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春47:合わせる顔もない


 凛音さんの妹の琴音ちゃんは、学校の友だちと一緒にうちの文化祭に来たみたいだった。


 おれたちは廊下から近くにあった家庭科室で調理部がやってるたい焼き屋さんに場所を移して、頼んだたい焼きが来るのを待ちながらお互い自己紹介をした。


「へー。この人たちが、琴音のお姉さんがいる"なんでも部"の黛先輩と奥寺先輩かあ」


「あたしの友だちの南乃葉です。真波南乃葉」


 壁沿いのカウンター席で琴音ちゃんがおれたちに真波さんを紹介した。真波さんは琴音ちゃんより少し背が高くて、髪は長く伸ばして後ろでヘアゴムで留めている。


 琴音ちゃんはすそ(・・)の短い黒いスカートにセサミストリートのエルモのイラストがプリントしてあるTシャツと、その上に長袖のジャケットを羽織っていて、頭にアディダスのロゴが入ったキャップをかぶっている。


 真波さんのほうは琴音ちゃんと反対にさっぱりした感じだ。デニムのロングスカートに白い無地のTシャツと、右の手首にピンクの腕時計……たぶんBABY-Gを着けている。


 ふたりともきれいで可愛い感じの子で、ふたりがそろってここにいるだけで、この場所が華やかになって、いつもの教室と違って見えるような気がした。うん、そんな気がする。


「なんでわざわざ女子中学生のファッションの品定めしてんの? 央士って、それくらいのトシの子が趣味なの?」


 夏希がおれを横目に見ながら口を出してきた。ヒトのアタマの中を読むなよ! これを読んでるヒトたちのために説明してるんだから!


「それで、南乃葉はあたしと同じバレー部に入ってて、それと、えっと……」


 続けておれたちに真波さんのコトを続けて紹介していた琴音ちゃんだったけど、そこまで言ったところで急に言葉が途切れた。


「それと? それとどうしたの?」


 おれが尋ねると、琴音ちゃんはおれから目をそらして、もじもじして恥ずかしそうにした。


「えーっと、それとなんですけど、南乃葉は前にあたしが学校をズル休みした時に、一緒に外に遊びに出ていった子で……」


 琴音ちゃんはそう言うと、おれたちに向かって座ったままぶんっと頭を下げた。


「その節はご迷惑をおかけしましたっ」


 琴音ちゃんに続いて、真波さんも軽く頭を下げた。


「うち……私も考えなしにいろんな人を巻き込んで、すみませんでした」


「いいよいいよ! おれたちに謝らなくったって! 無事に見つかって良かったし、それにもう二、三ヶ月も前の話だし。あ、ボウシ落としたよ」


 おれは床に落ちたキャップを拾って、琴音ちゃんに返した。


「あ、どうも……とにかく! その節もあの節も含めて、黛先輩と奥寺先輩には本当、ありがとうって気持ちで一杯で!」


 琴音ちゃんがおれから受け取ったキャップをぎゅっと頭に被りなおして、おれと夏希に向かって言った。


「中学を出てからずっと落ち込んでたお姉ちゃんを立ち直らせてくれて、ふたりには感謝してもしきれないんです」


「大げさだよ」


 おれは弱って、思わず苦笑いを浮かべた。 


「こっちこそ、キミの姉さんにはうちの部の部長として、いつもお世話になりっぱなしだし」


「凛さんがいて勉強見てくれなきゃ、央士は宿題の怠けすぎと赤点連発でとっくに退学処分だもんね」


「さっきから夏希、おれへの当たりキツくない!?」


 目も合わせずにチクチク言ってくる夏希におれは叫んだ。


「お待たせしました〜。たい焼きの白あん入りとアップルカスタード入りをお持ちしました〜」


 おれたちの席に、たい焼きの乗ったお盆を持った調理部の女子がやってきた。髪をくしでまとめていて、薄い黄色のチェック柄が入ったおしゃれな和服を着ている。


「ありがと。アタシ、白あん」


「おれ、アップルカスタード」


 夏希とおれがたい焼きを持ってきた女子にそれぞれ手を挙げた。


「どうぞ〜、お焼きたてでお熱くなってるので、お気をつけてお食べください〜」


 紙に包んだアツアツのたい焼きをおれと夏希にそれぞれひとつ渡すと、店員さんは空になったお盆を抱えて後ろに下がった。


「すみませ〜ん、そちらの方のつぶあんおふたつはもうすぐお焼き終わりますので、もう少々お待ちくださ〜い」


 そう言って店員さんはたい焼きを焼いている部員のいるガステーブルへ向かっていった。


「焼き終わるに"お"はいらんくなかったですか?」


 たい焼きのお預けをくらった真波さんがさっきまでここにいた店員さんの背中を見ながらつぶやいた。


「それじゃ、熱いうちに先にいただきまーす。おっ、アップルカスタードいいな、コレ。ふたつの別々の甘さがいいカンジ」


 おれがたい焼きの頭にかぶりつくと、白あんのたい焼きに口をつけた夏希がおれのたい焼きを見た。


「へー、気になる。アタシにもあの味一口ちょうだいよ」


「はいどうぞ。こっちも白あん一口くれよ」


「どーぞ」


 おれが自分のたい焼きを差し出してそれを夏希がぱくっと一口食べると、今度は夏希が「ん」と自分のたい焼きを差し出しておれはかじりついた。


「関節キッス……」


 夏希に分けてもらった白あんをもぐもぐしていると、後ろから琴音ちゃんの声が聞こえた。


「オトナだ……関節キッスしてそんなしれっとしたカオしてるなんて」


 琴音ちゃんを見ると、顔を赤くして両手を口に当てていた。となりにいる真波さんも、おれたちの顔を見てごくりとつばを飲む音が聞こえた。


「いや、フツーでしょ。間接キスぐらい」


 夏希が何でもなさそうに琴音ちゃんに言った。おれも同じだ。


「おれと夏希とでこうやってお互いが食べるもの分け合うなんて、大ムカシからもう何遍もしてるし。まあ、幼なじみだから気にしてないだけかもしれないけど」


「いやいや! あたしのお姉ちゃんにも幼なじみがいましたけど、お姉ちゃんたち、関節キッスなんて一度もしたコト──あ」


 琴音ちゃんが急に口を閉じて、沈んだ顔をしてうつむいた。


「どうしたの」


「その、お姉ちゃんの幼馴染のコト思い出しちゃって」


 琴音ちゃんはうつむいたまま、ひざの上に置いた手をぎゅっと握った。


 不知火くんのコトだろう。思い出してみれば、前に琴音ちゃんが学校をズル休みした理由も不知火くん関係で色々あったから、だったハズだ。


 そういえば琴音ちゃんは知ってるのかな……不知火くんが今日ここに来てるコト。おれは不知火くんの名前を出さずに、うまいコト探ってみようとした。


「えーっと、キミの姉さんは知ってるのかな。今日キミがここに来るのってのは」


「知らないですよ。だってイヤがってましたから。学校にいる時の自分を見られるのが恥ずかしくてイヤだって。半年前まで同じ中学に通っておいて、なーに言ってんだってハナシですけど。だからナイショで来ちゃいました」


「ワルだねえ、琴ちゃん。アタシ、そういうの好きだよお」


 白あんのたい焼きを食べ終えた夏希がテーブルに両ひじをついた。


「でもあたしがここに来てほしくなかった理由、それだけじゃないって思うんです」


「というと?」


「お姉ちゃんの幼なじみがここに来るからです」


 琴音ちゃんは顔を上げると、おれに向かってはっきりとそう言った。


 おれはどう返したらいいのか少し迷って、それから口を開いた。


「聞いたの? キミの姉さんから、そのハナシ」


「聞いてないです」


 琴音ちゃんは首を横に振った。


「あたしのお姉ちゃんとお姉ちゃんの幼なじみ、中学では生徒会で副会長と会長やってたから、ちょっとした有名人なんです。さっきここに来た、同じ中学の友だちから聞いたんですよ。会長が副会長とデートしてたって」


 会長と副会長がデートしてた。それはつまり、不知火くんと凛音さんがいっしょにいたってイミだ。


「あたし、そいつのコト兄みたいに思ってたんです。物心つく前からお姉ちゃんと一緒にいたから、いつかは本当の兄貴になるのかなって本気で思っちゃったりして」


 琴音ちゃんはそう言って笑うと、また顔を下げてうつむいた。


「だからふたりが破局した時は、お姉ちゃんを悲しませたあいつが許せなくってマジでムカついて。その上お姉ちゃんもすぐに他の男の人とデートなんかしちゃって、もうワケ判んなくなっちゃって、まー……そのあとはご存知の通り、先輩たちに迷惑をかけまくっちゃったワケなんですけど」


 ちらっとおれの顔を見て、琴音ちゃんは小さく笑った。


「だからそのせいでお姉ちゃんがエンリョしてるとしたら……悪いコトしちゃったな、あたし。お姉ちゃんに合わせる顔がないや」


「お待たせしました。つぶあん、おふたつお持ちしました」


 おれたちの席の近くにお盆を持った店員さんが来た。さっきの和服の店員さんと違って、ベストを着て洋風なカンジで……


「……琴音?」


「え、お姉ちゃん?」


 琴音ちゃんが店員さんの顔を見上げた。


 そこには、ビシッとおしゃれをした凛音さんの姿があった。


「え、ちょっと待ってよ。それに、なんでなっちゃんと央士くんも……」


 凛音さんはおれの前の席にたい焼きを乗せたお盆を置くと、おでこに手を当ててふらふらしだした。


「琴音、来ないでって言ったのに」


「いいじゃん、来たって。ていうかお姉ちゃん、渚くんとデートしてるんじゃなかったの?」


「ウソ、どうして渚のコト知ってるの」


 凛音さんのその言葉に琴音ちゃんが答える前に、外からバタバタと大きな足音がしてきたのが聞こえた。


 するとその足音の主がこの部屋の中に入ってきて、おれたちのいるほうに向かって叫び声を上げた。


「副会長ーッ!」


 こっちに向かってそう叫んだのは私服姿の男子だった。後ろには同じような感じの男子がふたりいて、三人とも大量の汗をかいていた。


「副会長? 凛音さんのコト?」


 おれが凛音さんに目をやると、凛音さんは部屋に入ってきた男子たちのところへ駆け寄った。


「あなたたちは……三ツ谷中の」


「そうです。おれたち、副会長がここにいるって聞いて駆けつけてきました」


 先頭にいる男子がおデコに流れる汗を服の袖でぬぐうと、うしろにいた男子が声をあげた。


「ヤバいです。会長、ほかの女子と浮気してます!」


 このたい焼き屋さんにいる店員やお客さん全員が、「浮気」の二文字を聞いて凍りついた。会長や副会長っていうのがダレなのか知らなくても、何か大変なコトが起こっているって判ったかもしれない。


 そして会長や副会長がダレなのか知ってるおれたちなら、なおさらだった。


「そんな……アイツ、お姉ちゃんのいないところで何をして」


「落ち着いて! 琴音」


 席から立ち上がって震える琴音ちゃんに凛音さんが言った。


「とにかく渚に電話を。きっと何かの勘違いのハズだから」


 凛音さんはズボンの後ろのポケットから自分の携帯を出して、通話アプリから不知火くんに電話をかけた。


「出ない。どうして……あ!」


「どうしたの、何かあったの」


 おれがそう訊くと、凛音さんはおれに振り向いて、携帯を持つ手をだらんと力なくぶら下げた。


「わたしとプラネタリウムに行って、それから携帯の電源、切ったままなんだ……」



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