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春2:デートに必要なものは?


「デート……か」


 おれは携帯で地元のデートスポットを検索して探してみた。


「最初にパッと思いつくのは映画館だけど、ありきたりすぎて面白くないよな。やるならもっとこう、トクベツ感のあるような場所に行くのかな」


「いいんだよ、ベツにひねらなくたって」


 クッションを枕にして寝転がりながら頭を悩ませるおれに、夏希が最近ハマってるらしいたまごっちをやりながら返した。


「映画観てその前か後にT-FACE(ティーフェイス)にある服屋さん見に行ったり甘いもの食べに行ったりすればさ、それでじゅうぶん楽しいデートになるって……あ、おやじっちになった」


「でも、そんなのいつもおれと夏希で遊びに行く時とまるっきり同じだろ。なあ雅臣?」


 おれは椅子に座って勉強机に向き合っている雅臣に言葉を投げかけた。


 すると雅臣は、ぷるぷると肩を震わせ始めた。


「……まずお前ら、平然と俺の部屋に上がり込んでるんじゃないっ」


 体育館の前でちょっともめた後、お互いの連絡先の交換だけして体育館の前で胡桃さんと凛音さんと別れたおれたちは学校を出てひとまず雅臣の家に行って、雅臣のお部屋におジャマすることにした。


「俺は本格ミステリの執筆に没頭しなきゃならないんだっ。だのに、そんな人間の前でダラダラと訳の判らない話をし始めて、俺の集中力を削いでジャマしやがって!」


 本当におジャマしちまったらしい。


「へー、もう文芸部で小説書いてるんだ。早いねー」


 おれと一緒に寝転がっていた夏希が起き上がって、雅臣の肩越しに机の上にあるノートパソコンの画面を覗き見た。パソコンのスピーカーからはシュミのいい古い洋楽が流れている。


「で、今のデートの話なんだけど、マサはどう思う?」


「人の話を聞け! こっちは今小説を書いてるんだ! だいたい何なんだ! 友だちとデートして欲しいなんてどういう頼みだ! どういう理屈でそんな事態が起こるんだよっ」


 雅臣はここまでの話の流れをわざわざ一気に振り返ってくれた。


「あ、けっこうアタシらの話ちゃんと聞いてたんだ」


「仕方ないだろ! 一度聞こえたら気になって仕方ない!」


 雅臣はノートパソコンをパタン! と閉じると、椅子をくるっと回しておれたちのほうを向いた。それと同時に、閉じたパソコンからさっきまで流れていた音楽が途切れた。


「それでどこのどいつなんだ。黛にデートを申し込んだ奴っていうのは」


 雅臣は足を大股に開きながら腕を組んでおれたちに訊いた。


「おれに申し込んだっていうより、その人の代わりにその人の友だちに頼まれたんだ」


「ふうん? お前が好きな奴がいて、面と向かって直接デートを申し込むのが恥ずかしいから、代わりに友だちに頼ませたってことか?」


「いや、そういう話じゃないらしいんだけど」


「アタシから話そうか」


 胡桃さんからあらかじめ話を聞いていた夏希が言った。


「最初アタシに会いにきたのは1年3組の弁天橋胡桃。中学でアタシらがなんでも部をやっていたことを知っていた彼女は、央士に自分の友だちの鵜野森凛音とデートして欲しいと依頼を申し込んできた」


 夏希は自分の携帯電話を出すと、胡桃さんが送ってきた凛音さんとのツーショット写真を雅臣に見せた。


「こっちが胡桃さんで、こっちが凛音さんね」


 写真は犬山のリトルワールドで撮ったらしい。ふたりともリトルワールドの体験施設で着せてもらえるヨーロッパのどこかの国の民族衣装を身につけた姿で映っている。


「胡桃さんの話では、凛音さんは中学を卒業する直前にずっと好きだった幼馴染の男子に告白して、その男子からヒドいフラれかたをしたんだって」


「悲しい話だ。で、それが黛にデートを申し込む話にどう繋がるんだ」


 雅臣が当然のように夏希に尋ねた。


「話はここから。凛音さんが幼馴染にフラれてからずっと落ち込んでいるのを見て、胡桃さんはどうにか凛音さんに昔の男のことを忘れて立ち直って欲しいって思った。そこで央士に白羽の矢が当たったわけ」


「白羽の矢が”立った”だ。”当たった”じゃない」


「いいよ、いちいち訂正しなくて」


 夏希がうっとうしそうに雅臣にイヤな顔をした。


「ようは友だちに別の男と仲良くなって欲しいってことだよ。過去なんか捨てて前を向くんだ、ずっと一緒だった幼馴染以外にも、世の中には男が大勢いる! って」


「なるほど。そりゃあ親切な友だちだな」


 雅臣が椅子の背もたれにぐっともたれかけながら言った。雅臣がこういう言いかたをする時、本気で言ってるのかイヤミで言ってるのかよく判らない。


「ま、確かに何もせんで部屋に閉じこもって落ち込んでいるよりはいいかもな。それで黛はそいつとデートするのか?」


 ずっと聞く側に回っていたおれが急に質問された。


「……うーん」


「断るつもりか?」


 雅臣は前のめりになると、太ももにひじをついて両手を組んだ。おれは首を横に振った。


「いや、本当にデートするならおれはノリノリでやるつもりだよ。知らない人と遊びに行ってお互いのコトを知り合って仲良くなるのは楽しくて好きだし、おれはそのためになんでも部をやってたんだから。問題は、当の本人があんまり乗り気じゃないってコトだよ」


 体育館の前で会った時、凛音さんはおれたちに頼み事をしようとする胡桃さんを止めようとしていた。


 たぶん凛音さんは、胡桃さんに押し切られるようにあそこまで話を進められてしまって、結局自分ではおれとデートする気にはなれなかったんだろう。


「心の中ではイヤがってる人とデートして遊びに行ったって、そんなの全然楽しくないだろ。お互いツラい気持ちになるだけだ。そんなことになったら誰も幸せになれない。おれも凛音さんも、凛音さんを助けようとしてる胡桃さんも」


 悲しくて落ち込んでいる友だちを助けたいと思う胡桃さんの気持ちを否定したくはない。でもだからって、その気持ちを友だちに押し付けるのは違うと思う。


「とにかく一度、凛音さんとちゃんと会って話さないと。大事なのは凛音さん本人がどうしたいかってコトなんだから」


 おれが言うと、雅臣が「そうだな」と口を開いた。


「やるなら、そのお世話焼きのお友だちのいないところでやるべきだろうな」


 雅臣の言葉におれが頷くと、おれは夏希のほうを向いた。夏希もおれと目が合うと、首を小さく縦に振った。


「央士ならそう言うと思ったよ」


 夏希はクールな笑みを浮かべながら言った。


◆◆◆


「しかしまあ、お前らもよっぽど暇なんだな」


 蓮雅臣は客人のいなくなった自分の部屋の勉強机の椅子に腰掛けながら、自分の携帯電話で数十分前までこの部屋にいた奥寺夏希にメッセージアプリを使って無料通話をかけていた。


「部員集めはどうしたんだ。うかうかしてたらすぐに月曜の締め切りだぞ。なんでも部を作れなくなってもいいのか」


『ベツにいいよ、できなくったって』


 夏希の乾いた声が携帯のスピーカーから発せられた。それを聞いて、勉強机ようの回転チェアを小さく左右に捻っていた雅臣の両脚の動きが止まった。


『央士と一緒にどっかテキトーな部に行って、そんでもって幽霊部員になって、今まで通りあっち行ったりこっち行ったりしてフラつくつもりだよ。二人っきりでさ』


「二人っきり、ね」


 雅臣は通話相手には見えない皮肉な笑みを浮かべた。


「そういえば例の黛のデートの件、最初から奴が断ると判ってたのか?」


『トーゼンじゃん。央士のことに関してはプロだからね、アタシ』


「だったら最初からお前が依頼人に断ればよかっただろ。そうすれば、余計な手間を増やすことなかった」


『しょーがないじゃん。胡桃サンには央士の彼女じゃないなら頼んでいいよね、って言われて頼まれちゃったんだからさ。アタシが断るとメンドーなコトになりそーじゃん』


「そんなことだと思ったよ」


 雅臣は呆れるようにため息をついた。


「”メンドーなコト”にしたって良かっただろ。結局お前が黛に好意を抱いていることに変わりはないんだから」


 雅臣がそう言うと、携帯の向こう側から「アハハハハ!」と大きな笑い声が聞こえた。


『”好意を抱いてる”! やっぱ小説書いてるヒトのコトバ遣いは違うなあ!』


「俺を馬鹿にしているのか?」


『馬鹿にしてるのはそっちでしょ』


 笑い声が急に止むと、電話の向こうからは冷たい声が聞こえた。


『アタシが央士に対して想ってるコトを、”好意を抱いてる”なんてコトバで片付けないで』


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