春45:星が散る時
「そういえば僕たちも昔、手作りのプラネタリウムを作ったな。覚えてる?」
三年生の教室でプラネタリウムのショーを鑑賞したわたしと渚は教室を出ると、再びあてもなく廊下を歩きはじめた。
「そうそう。工作の本に書いてあったのをそのままそっくり真似して作ったんだよね」
正確にいつのことだったのかは思い出せないけど、わたしが小学生のころの話なのは間違いないと思う。
いつも学校の図書室で図鑑とか図録だとかを眺めていたわたしと渚だったけど、それらの本の中に、身の回りにある日用品や普通なら捨ててしまうようなゴミを使っておもちゃを作る方法がたくさん書かれた工作図鑑があった。
さっきのショーでプラネタリウムの仕組みがすぐに判ったのは、昔図鑑に書いてあった手作りプラネタリウムを、実際に渚と一緒に作ったからかもしれない。
「確かカップ麺の容器を使って作ったんじゃなかったかな。どん兵衛とか赤いきつねみたいな、低面積が広くて高さが低いドーム状に近い形の容器を使ってさ」
「その容器に何回も針をたくさん刺して、内側にアルミやセロハンを貼り付けて作ったんだよね」
わたしの頭の中にその時の光景がくっきりと浮かんだ。
もう十年近くも前なのに、わたしの家のわたしの部屋で、わたしと肩を寄せ合いながら図鑑を見て、手もとを動かしながらカップ麺の容器でプラネタリウムを作る渚の姿が明確なイメージとして現れた。部屋の窓から差す夕陽に照らされた、自分の力で何かを作り出すことに夢中になっている幼い少年の横顔が。
「そしてプラネタリウムが出来あがったら僕と凛音のふたりで一緒にベットの中にこもって、そこで実際にカップ麺の中に入れたライトを点けて星を映した」
「あの狭い空間の中にたくさんの色とりどりの星が浮かんでた。頭の上に被さってたふとんにも、渚の顔にも」
わたしは思わずため息をついた。そうやって息を吐かないと、胸にあるものが膨らみすぎて、破裂してしまいそうだったから。
わたしは渚と一緒にいて幸せだった。だからこの先もずっと一緒にいたいと思ってた。恋なんかしなくたって、あの時ふとんのなかで星を眺めていたわたしはそう思っていたんだ。
「凛音、どうかした?」
黙って物思いに耽ってたわたしに、渚が横から声をかけてきた。
いつの間にかわたしは立ち止まっていたらしい。わたしの横をこの学校の生徒や、外からやってきたであろう人たちが通り過ぎる。
「ねえ渚、わたし──」
わたしは頭に思い浮かべた言葉をそのまま口にしていたその時だった。
感情が言葉にはっきりと定まった瞬間、うしろから「おーい!」と女子の声が聞こえてきた。
「いたいた! 鵜野森さん、助けて欲しいコトがあるんだ」
わたしが声が飛んできたほうを向くと、そこにはさっきで走ってきたのか、ぜえぜえと肩で息をしながらひざに手をついている、淡い緑色の茶衣着を着たこの学校の女子生徒の姿があった。
「えっと、あなたは一年七組の冬宮斎さん? たしか調理部に入ってる」
「そう! よくあたしのこと知ってたね」
額に汗を流しながら、冬宮斎さんは髪をかきあげてわたしの顔を見上げた。
「いちおう、全校生徒の名前は把握するようにしてるから」
「すご!」
「それでどうしたの? わたしを探してたみたいだけど、何か用事があった?」
「そう! そうなんだよ! なんでも部に頼みたいことがあってさ」
冬宮斎さんは膝から手を離すと、ようやくまっすぐ立ち上がった。
「調理部でひとり、調理場の熱にやられて脱水症状で倒れちゃった子がいてさ! それでひとり欠員が出ちゃって、手伝ってくれる人を探してたんだ! 誰に頼もうかってなって、それじゃ、なんでも部がいいって話になってあちこち探してたんだけど」
冬宮斎さんはそこまで一気に話すと、わたしに向かって手を合わせた。
「ごめん! そういうワケであたしらのブース手伝ってくれないかな? 黛くんや夏希も見つからなくて。もちろんちゃんとお礼はする。お願い!」
わたしに向かって頭を下げる冬宮斎さんを見て、わたしは困ってしまった。
こうやって手助けを求めている人が目の前にいる以上、それを無下に断るのは心が痛むし、あとできっと後悔するだろう。いつものわたしながら喜んで引き受けたはずだ。
でも、今わたしの隣には渚がいる。わざわざわたしが呼び寄せて、そして離れ離れになったあとの続きの時間を共に過ごそうとしている渚を放って、ひとりで行ってしまっていいのかと、わたしの中でそんな考えが巡った。
「いいよ、行っても」
わたしの横から、渚の声が聞こえた。
下を向いて、自分の足もとを見ていたわたしが顔を上げて渚に振り向くと、渚はわたしに向かって微笑みを浮かべていた。
「僕のことは気にしないでよ。凛音はなんでも部の一員として必要とされてるんだろ。行っておいで」
渚にそう言われて、わたしは渚と冬宮斎さんの姿を交互に見た。
そしてこぶしを握って黙ってうなずくと、わたしは冬宮斎さんのいるところに駆け寄った。
「判った。一緒に行くよ。何を手伝ったらいい?」
わたしが尋ねると、冬宮斎さんの表情がぱあっと輝いた。
「本当、ありがとう! とりあえず、一緒に行きながら説明するから!」
冬宮斎さんがその場から走り出すと、わたしは彼女を追いかけた。
「とりあえず調理のほうはうちらが何とかする。鵜野森さんに頼みたいのは接客で──」
後ろを振り向くと、渚の姿がどんどん小さくなっていっていた。
渚は言った。わたしはわたしを必要としている人のいるところへ行くべきだって。
なら渚にとってわたしは、必要じゃなかったってことなの?




