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春44:ヴィーナスとマース

 前にも話したと思うけど、うちの学校は部員が三人以上で部活として活動が認められる。


 で、ふたり以下の場合はどうなるかというと部活じゃなくて「同好会」という扱いになる。部の予算は出ないし、正式な部じゃないから、必ずどこかの部に入らなきゃいけない一年生は、きちんと別の部に入らなきゃいけない。


 黒井川ハルもそんなひとりみたいだ。活動人数ひとりの占い同好会に所属しているハルさんはいちおう英会話部の部員らしいけど、完全に幽霊部員状態。


 いつも放課後は物理準備室を借りてナゾに満ちた占いの研究をしている……ってウワサだ。女子の間では。


 夏希からそんな話を聞きながら、生徒や学校の外からの来場者が大ぜい行き交う第二校舎の廊下を歩いて『星巡りの館』がある物理実験室の前まで来ると、部屋の中からふたり組の女子が出てきた。


「先輩に告白、うまくいくかな」


「大丈夫だって! 『流れ星は星と解けてひとつになる』って言って励ましてくれたし! イミはよく判んないけど」


 女子ふたりはコスプレをしているおれたちをちらちら見ながら横を通りすぎた。


「ユニークな予言だね。どんな子が相手してくれるのかワクワクしてきた」


 夏希は執事服のジャケットの腕をまくった。


 占いができる同級生の女子……どんなカンジかなんとなくイメージはつく。黒いブカブカしたローブを着てて、水晶玉をかざして予言をする、みたいな。


「お邪魔しまーす。空いてる?」


 引き戸の前に立った夏希が部屋の中に向かって呼びかけると、中から女子の声がこもった音で聞こえてきた。


「どうぞ」


 扉を開けると、入り口には黒いカーテンがかけられていて、カーテンをまくって中に進むと、部屋の中はほとんど真っ暗になっていた。窓にかかっているカーテンも全部黒色で閉まっていて、天井の照明はひとつも点いていなかった。


 ただひとつ、部屋の中にある机に火の点いたろうそくが燭台に立ててあって、それがこの部屋にある唯一の灯りになっている。


 そしてそのすぐそばに黒いセーラー服を着た、左目に眼帯を付けている女子が座っているのがみえた。


 一目見て、あ、このヒトかっておれは思った。何度か廊下を歩いている時にすれ違って見たことがある女子だった。


 なんせ暑くなりはじめてきた時期なのに生地が分厚い冬の制服を着ているし、いつも眼帯を付けてるんだ。印象に残らないわけがない。


「ようこそ、黛央士くんに奥寺夏希さん。そこに座って」


 ハルさんは自分の向かいにある席を手で差した。席は机に向かって横並びにふたつあった。


「すごい。アタシたちの名前当てちゃった。これも占いで見抜いたの?」


「いや、ただ単にあなたたちが有名人なだけ」


 席につくと、おれは目の前にいるハルさんの顔を見た。黒い髪を肩の辺りまで伸ばしていて、前髪は少し長めだ。片方だけ見える目はやや切れ目で鋭くて、本当に普通の人には見えないものが見えてしまいそうな気がする……のは思い込みのせいかな。


「暗い場所でごめんなさい。わたしの精霊は明るい場所が苦手で。夜の間か、こうやって暗くした場所じゃないとわたしを導いてくれないの」


「精霊?」


 おれは気になってつぶやいた。


「わたしとこの宇宙を繋いでくれる存在。わたしに星々が巡る法則と、今ある場所とこれから行く先を示してくれる」


「へえ……」


 へえ、なんて返してみたけど、おれにはハルさんの言ってるコトが何のことかさっぱりだった。


 机の上に目をやると、細い木の棒が刺さったボトル、ろうそくの燭台と、ろうそくの火に照らされている模型があった。


 ボトルからいまこの部屋にただよっている甘い香りがした。アロマボトルかもしれない。夏希の家に行った時に、夏希の部屋にこれと似た感じのボトルがあるのを見たコトがある。


 模型は夏希が話してた天球儀ってやつだろう。トロフィーみたいな五センチくらいの高さの木でできた台座の上の中央に銅色の小さい玉があって、それを囲むようにさらに小さな玉を通したいくつもの輪がバラバラの向きで並んでいる。


 それぞれの輪には定規みたいに細かい目盛りが付いていて、そして右側と左側から輪と中心の玉を貫くようにして横に通っている軸を中心にぐるりと回すコトができるみたいだけど、これをどうやって占いに使うのか、おれには見当もつかなかった。


 天球儀の横には占いで使うのか、トランプのカードが四つの山に分けられて置いてあった。それぞれの山のいちばん上にはハート、ダイヤ、スペード、クローバーのA(エース)が表を向いている。


 そしてスペードのエースにはアルファベットで何か書いてあって、おれは薄暗い部屋の中で目をこらしてその文字を読み上げた。


「……ニンテンドー」


 なんと目の前にあるトランプは『スーパー人力ブラザーズ』の元ネタでおなじみのニンテンドー製みたいだった。


「え、これって占いに使うトランプだよね。占いに使うトランプって、ニンテンドー製なの」


 夏希がおれと同じようにスペードの上にある"Nintendo"の文字に目をやると、ハルさんが反応した。


「ニンテンドーのトランプはいいトランプ。いいトランプを使わないと、精霊は怒ってしまうから。だから占星術を扱う人間はみんなニンテンドーのトランプを使ってる」


 知らなかった……占星術のコトよく知らないから。


「改めて、黒井川ハルです。お見知り置きを。さて、なんでも部のあなたたちが、わたしにどんな依頼を?」


「彼、央士の探している人を見つけて欲しいんだ」


 夏希が隣に座っているおれの肩を叩いて目配せしてきた。


「ほら、話してみなよ」


「あー、うん……」


 十年くらい前、おれが小学校に入学する前の春休みに旅行先で出会って仲良くなって結婚の約束までした女の子。


 その時に会ったきりで、今どうしているのかまったく判らないその子のコトを、夏希はハルさんの占いで探してみようと提案してきたけど、おれはなんとなく乗り気になれなかった。


 それはたぶん評判がいいからって言っても、本当にハルさんの占いがアテになるのか信じ切れないからっていうのと、周りの友だちとかにもあまり自分から話してない話を初対面の人にするのが気が引けるからってのと、それともうひとつ。


 今のあの子がどうしているのか、それを知るのが怖いからだ。


 十年も経ってるんだ。性格とかが変わっててもフシギじゃないし、だいいち向こうがおれと同じようにおれのことを覚えているのか、それを知るのが怖い。


 もし彼女がおれのコトをキレイさっぱり忘れていたりしたら……ずっと忘れられずにいて、いまでも夢にも見ているおれは、耐えられない気がした。


 だからいっそのこと、もう何も知らないままでもおれはよかったんだけど、夏希がおれのためにしてくれた提案を拒否る気にはなれなかった。


 だから中途半端な気持ちでここまで来たんだけど……


「やっぱりやめよう。ほら、探すにしたって手がかりとかいるだろ。おれがその子と逢ったのはほんの二日三日くらいでそれもずっと前のコトだし、これじゃハルさんだってやりようがないんじゃ」


「手がかりならあるでしょ」


 夏希がおれの言葉をさえぎって言った。


「どうせアレ持ってるんでしょ。アレ出しなよ。ほら」


 おれは夏希と、ハルさんの顔を見た。ハルさんは何も言わずにおれの顔をじっと見ていた。


 ため息をつくと、おれはメイド服についているポケットから自分の財布を出した。そしてカードとかを入れるポケットから、小さなリングを取り出した。


「それは、指輪?」


 ハルさんが向かいの席にいるおれが出したものを見て首をかしげた。


「ずっと昔に会った女の子からもらったんだ」


 おれは財布から出した指輪を見つめた。こんなにこの指輪をまじまじと見るのは久しぶりだった。


「その子とは家族旅行をしている時に会って仲良くなった。この指輪はたぶん向こうのお土産屋さんとかどっかのお店で売ってて、いつかまた会ったら結婚しようって、その証にお互い同じものを親に買ってもらって送り合ったんだ」


「なるほど。つまりその指輪を送った女の子を、あなたは探しているのね」


「……まあ、うん」


「あなたの持っている指輪、少し借りても?」


「いいけど」


「拝借します」


 おれがハルさんに指輪を渡すと、ハルさんはそれを小さな銀色の皿の上にのせた。


「今の話を聞く限り、かつて黛くんが逢ったその女の子も、これと同じ指輪を持っているというコトになるけれど」


「ゴミ箱に捨ててなきゃね」


 なぜかおれは弱気になって言った。


「どちらにせよ、これは重要な手がかりになるでしょうね。これと同じ霊力を持つ触媒を探せばいいのだから」


「お、一気に占いっぽくなってきたねー」


 夏希が机に向かって身を乗り出した。


「それでは始めましょう」


 ハルさんはそう言うと、天球儀の台座に付いている小さな扉を開けて、そこに銀色の皿に乗せた指輪を入れて納めた。


「いくつか黛くんに質問する。判らないところは『判らない』で返して構わないから」


 机の上にある四つの山に分けたカードを一枚ずつ分けて並べたりまとめたりしてシャッフルして手を動かしながら、ハルさんはおれに質問を始めた。


「まず、その子の名前は覚えてる?」


「……コノハ」


 おれは久しぶりにその名前を口に出した。


「コノハだ。名字は覚えてない、というか訊いてないと思う」


「コノハさんね。コノハさん、その時何歳だった?」


「おれと同い歳。おれがコノハに会ったのは小学校に上がる前の春休みだから、六歳だと思う。そういえば、こども園の卒園祝いと誕生日祝いを一緒にするために旅行に来たって言ってた気がするから、誕生日もその辺りだったかな」


「そう、早生まれだったの。ありがとう、大事な情報が手に入った。彼女がいつこの宇宙に現れたのか絞り込める。彼女と出会った場所は?」


安曇野あずみの。長野にある。そこのどこかの旅館で逢った」 


「コノハと過ごした期間は」


「三日。最初の日の夜にコノハと会って、最後の日の昼前に別れたから、だいたい二日半くらい」


「それ以来彼女とは会ってない?」


「ない」


「連絡も?」


「ラインとかやってなかったから。そもそも自分の携帯なんかないし」


「ない、ね。最後にもうひとつ訊かせて」


 ハルさんがトランプをかき混ぜる手を止めると、おれの顔を見た。


「彼女に、コノハにもう一度逢いたい?」


 その質問におれはすぐに答えられなかった。


「判らない」


 コノハに逢ってから十年。十年前とは違っているかもしれないコノハに逢うのが怖い気持ちと、それでも逢いたい気持ちの両方がおれの胸の中にはあった。


「せめて元気でいるかどうかだけ知れれば、おれはそれで」


「そう」


 ハルさんはトランプの束を一つにまとめると、それをざーっと扇形に並べた。カードは全部裏面を向いていて、どれがどんな柄なのかは全く判らない。


「それじゃ、このカードのなかから二枚選んで」


 おれは全部同じ柄になっているカードをじっと見た。そして何も考えずに頭を空っぽにして、五十枚以上あるカードのなかから二枚を抜き取った。


「選んだカードを裏返して」


 おれはハルさんに言われた通りに取ったカードをひっくり返して表に向けた。


 おれが選んだカードはスペードの3と、同じくスペードの7だった。


「スペードがふたつ。そう。あなたの惑星はネプチューン、海王星なのね」


 なのね、と言われてもおれは全くピンと来なかった。


 なんでスペードがふたつで海王星になるのか、ぜんぜん理解できなかったけれど、おれはハルさんの言っているコトを黙って聞いているしかできなかった。


 すると今度はハルさんが並べられたカードからカードを五枚抜き取った。


「9、4、12、4、3……うん。判ったよ、セルヴィー。これが貴女の答えなんだね」


 セルヴィー? セルヴィーってダレ? って訊きたくなったけど、どう考えてもそんな空気じゃなさそうだったから訊かなかった。


 するとハルさんは眼を閉じて、手を天球儀の上にかざした。そしてそのまま手の指先を天球儀の一番外側にあるリングに下ろして人差し指を触れさせた。


「セルヴィーラ、セルヴィーラ、わたしを星へと導いて。星よ星、わたしをコスモスへと導いて」


 リングには定規の目盛のような線が刻まれている。ハルさんは落ち着いた声で不思議な言葉を唱えながら指の感触だけで目盛りの数を数えるようにリングの上の指を滑らせている。


「コスモスよ。わたしを真理へと導いて。そしてわたしにせて。全ての時と運命と、そこに息づく精霊たちを!」


 ハルさんが指の動きを止めた。そしてその場所でハルさんがリングを触れていた指ではじくと、天球儀のすべてのリングがぐるぐると勢いよく回り始めた。回転するリングにろうそくの火が照らされるたび、ちかっ、ちかっと反射して光る。


 そしてしだいにリングの回る動きがゆっくりになってぴたっと止まると同時に、ハルさんは判っていたように眼を開いた。


「判ったよ、黛くん」


 ハルさんは肩が上がったり下がったりするのが見えるくらい荒い息をしていた。


「十年前、あなたの惑星に彗星が訪れ、彗星があなたに訪れた証を、あなたは彗星に出逢った証を与えた」


 彗星……ハルさんが言っている彗星がどういうイミなのか、ハッキリ言われなくてもおれには判った。


「その彗星は、いまどうしてる?」


「ほんの少しの逢瀬ののち、彗星は貴方のもとを離れ、遠くへ去っていった。だけど彗星には、まだ貴方が与えた証が宿っている」


「それって」


 おれはひざの上で握っている手に力が入ったのを感じた。


 あの子は、コノハは今でもどこかかにいて、おれのコトを──


「コノハにまた会える?」


「それは判らない。彗星がどのような軌道を描くのか、貴方の惑星へ再び巡るのか、それが掴めないから。ごめんなさい」


「そっか、判った。いいよ、コノハがどこかで元気にしてるって判ったから」


 おれは完全にハルさんの言ったコトを信じきっていた。


 さっきまで占いのコトなんて何にも知らなかったし、本当にハルさんの言ってるコトが当たってるかなんて判りっこないのに、おれはコノハが今でもおれを覚えているんだって当然のように思ってしまっていた。


「ありがとう、セルヴィー」


 ハルさんはそう言うと天球儀の台座に入れていた指輪を出して、それをおれに渡して返した。


「どうぞ。お返しします」


「ありがとう、おれのコト占ってくれて」


「調子いいねえ。最初はイヤイヤやってたのに」


 指輪をハルさんから受け取って財布に戻すおれに、夏希はイヤミっぽく言った。


「また何か困ったコトがあったら訪ねてきて」


「うん。今日はここに来れてよかった。ハルさんも困ったコトがあったらいつでもなんでも部に来てよ」


 おれと夏希は席を立つと、続けて立ち上がったハルさんに背を向けた。


「それじゃあまた──」


「ちょっと待って」


 出入り口のカーテンに手が触れたその瞬間、後ろからハルさんの声が聞こえた。 


「どうしたの」


 おれが振り返ると、ハルさんが立ち上がったまま机の上にある天球儀に視線を向けていた。


「貴方の近くの惑星に異変の前兆が起こってる」


 ハルさんは天球儀を見つめ続けながらおれたちに言った。


「貴方と一緒に恒星の周りを巡っている火星と金星。ひき合ったこのふたつの惑星に何かが起こる。それも間もなく」


「えっと……それ、どういうイミ?」


「このふたつを並べる時、一般に火星は男性、金星は女性と例えられるの」


 ハルさんは顔をあげると、おれの顔をじっと見た。


「貴方の近くにいる男と女の間に何かが起こる。それも、よくないコトが」


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