春42:ファンタスティック・フライト
わたしと渚が校舎中を回りながらあちこちのクラスの出し物の看板を眺めていると、三年生のクラスの前で渚が足を止めた。
「気になるところ、あった?」
わたしは立ち止まると、渚と同じようにすぐ目の前にある教室の入り口のすぐ近くに建てられた看板に目を向けた。
“3年5組 プラネタリウムアトラクション『ソアリン:スターフライト』”
看板に書かれてある文字を読んで、わたしは渚と顔を見合わせて笑った。
名前からして東京ディズニーシーにある、大きなパラグライダーのようなライドに乗って、巨大スクリーンに映し出された世界の風景を体感するアトラクションをもとにして作られた、西吾妻高流の”アトラクション”なのだろう。
実際にわたしはディズニーシーにあるアトラクションには乗ったことがあるし、好きなアトラクションでもあるからどんなふうに再現されているのか気になるし、それ以上にプラネタリウムという形式にわたしは興味を惹かれた。
なぜならいまわたしの隣にいる渚とは、地元にあるプラネタリウムに何度も一緒に足を運んだ思い出があるからだ。
「『ソアリン・スターフライト』にようこそ! 次回の上演は十分後です」
教室の前で、文化祭のために特別に作ったのであろう、宇宙服を身につけているミッキーマウスが描かれたクラスTシャツを着た生徒が、次回の開演時間が記された看板を掲げて廊下を通る人たちに呼びかけていた。
「入る?」
「もちろん」
わたしの問いかけに、渚はためらうことなく答えた。
中に入ると、教室の壁のほとんどの部分が黒い画用紙と布で覆われていた。窓も外からの光が一切入ってこないように、黒いカーテンの下にさらに黒い画用紙が貼ってある。明かりは部屋の中央に置かれた、高さ一・五メートルほどの高さの台に置かれたランプだけだ。
そのランプを囲むように椅子が輪の形になって壁に向けて前、中央、後ろの三列に並べられていて、すでに三分の二くらいの席が埋まっている。
「これから皆さんを幻想的な宇宙への旅へとご招待します。上演中はお持ちの携帯電話は電源をオフにしていただくか、機内モードに設定していただくようお願いします」
わたしたちは席に座ると、教室のスタッフの説明に従って自分たちの携帯電話をオフにした。どんなショーになるかは判らないけれど、宇宙へ旅している最中に誰かから携帯に電話がかかってきたりしたら興醒めだものね。
そして開演時間が訪れると、部屋の中央にあったランプの灯りが消えてあたりが真っ暗になった。
わたしたちをはじめ、部屋にいる観客たちが戸惑いを覚えるとすぐに灯りがもう一度点いて、今度は照明の色が間接照明のような暖色系から、明るい青色になって再び部屋の中を照らした。
ランプに水色のフィルターを取り付けたのだろうか? そう思っていると、うしろのランプのあるあたりから女性の声が聞こえた。
「改めまして、『ソアリン・スターフライト』にようこそ。いまわたしたちが見ているのは地上数十メートルの青空の景色。ここからはるか銀河の果てへと、みなさんをお連れします。それでは最後までごゆっくりお楽しみください」
そうか、今見ている水色の照明は青空を表現しているんだ。
案内役の女子生徒のアナウンスが終わると、青空をイメージした照明が帳を下すように上から下へと消えていって再び部屋は真っ暗になった。ランプの周りに覆いを被せて光を遮ったのだろう。
部屋が真っ暗になって少しすると、部屋のどこかに置かれているであろうスピーカーから大きな音量で音楽が流れ出した。
金管楽器の奏でる音、そしてフルートの演奏が続いて、わたしは今流れている曲がホルストの組曲『惑星』の『木星』ということに気がついた。
大音量の音楽に紛れて後ろから微かにカチッとスイッチを切り替えるような音がしたかと思うと、突如部屋中に幾千万の明るい星々が照らされた。
壁面に現れた星々に、周囲から「おーっ」と声があがった。
なるほど、仕組みはこうだろう。中央に置かれたランプにたくさんの細かい穴を開けた覆いを被せて、そして空いた穴から中にあるランプの光が漏れて壁に転写させ、たくさんの星が現れたというように見せる。本当に原始的な形のプラネタリウムだ。
しかも覆いの内側にまたフィルターを貼り付けているのか、壁に照らされた星がそれぞれ赤みがかった色、オレンジっぽい色と、違った色味で輝いているように見える。
そうやってこのプラネタリウムのつくりについて考えを巡らせながらも、わたしはそれ以上にただ純粋に、この小さな部屋に現れた宇宙空間に目を奪われてしまった。
さらにスタッフが覆いを動かして操作しているのか、周囲の星全体がゆっくりと動いきだして、自分の周りの風景がぐるりと回っているようでちょっと不思議な気持ちになる。ある意味、巨大なドームを見上げて鑑賞するふつうのプラネタリウムよりも臨場感があるような気がした。
上演中、何度か灯りが真っ暗になって再び星が映し出されるたびに星の位置や並びががらっと変わった。灯りが消えるたびに覆いの天体図を入れ替えているのだろう。なかには巨大な恒星が現れたり、眩い灯りの集う銀河が現れたりもした。
案内役からの解説はいっさいなく、スピーカーからは『木星』が流れてくるだけだった。そしてそれが逆に、無心になって宙の世界へわたしをのめり込ませた。
星座や太陽系をめぐる惑星の並ぶ順番など知らない、ただ夜空に輝く星々に目を奪われていた子どもの頃、子ども園で帰りの遅い親たちを待ちながらわたしと渚は夜空を見上げていた。
覚えてる、渚? わたしたちが出会ったあの頃のこと……
わたしは渚の横顔を見た。渚は空に浮かぶあちこちの星々を見つめていて、その瞳にはたくさんの灯りが反射して写っていた。
そしてわたしは思った。それは渚もわたしと同じように、子どものころを思い出しながら目の前の星を見ているのかということと、そしてわたしみたいに、隣にいる幼なじみの横顔を眺めたりしているのだろうかということだった。




