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春41:ムービー・スター


「さあ撮りますよ。笑って、お嬢様」


 豪華客船タイタニック号の船頭のセットの前で、執事さんの服を着た夏希がしゃがんで構えている携帯のカメラの画面に映る女子ふたり組に向かって笑いかけると、夏希の周りにいる女子たちが「キャーッ!」と叫び声をあげた。


「執事の夏希、かっこいいー!」


 夏希が女子たちからの声援を浴びている横で、おれはメイド服で『ローマの休日』の真実の口のセットに向かって携帯のカメラのレンズを構えていた。


「ヒューッ! メイドの央士カワイイよーッ!」


 おれに向かってそう声をあげたのは、女子じゃなくて携帯の画面の中にいるイチローとジローとサブローの男三人組と、おれの周りにいる男連中だった。女子の甲高い叫びを浴びている夏希と正反対に、おれには野太い声が飛んでくる。


「うるさいな! 後ろの列詰まってんだから早くポーズ取れよ!」


 おれは恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じながら、セットの前にいる三人に向かって叫び声をあげた。


 元なんでも部の雅臣がプロデュースして作り上げた1年5組の『ムービー・ムービー・ムービースタジオ』では、他のクラスの人たちや学校の外からやってきたお客さんが、有名な映画のワンシーンを再現したフォトスポットで記念撮影をするために列を作ってにぎわっていた。


 三つあるフォトスポットのうち一番人気で待ち時間の列が長くなっているのが、いま夏希がカメラマン役をやっている『タイタニック』の船頭のセットだ。


 そして残り二つの、おれがカメラマンがやっている『ローマの休日』の真実の口のセットと、雅臣がカメラマンをやっている『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンの実物大模型が同じくらいの人気だ。


「おー、繁盛してるねえ」


 おれがイチローたちの写真を撮って、携帯を持ち主のサブローに返すと、クラスの担任の西御門梢先生が教室に入ってきて、あたりを様子をぐるっと見渡した。


「ん? 何、その服」


 梢先生がおれのメイド服に目をつけたのかと思って先生のほうを向いたら、先生が目をつけていたのはデロリアンの前にいる雅臣だった。


 雅臣は背中に大きな黒い放射能マークをつけた真っ白なレインスーツを上下に着て、頭には天然パーマが爆発してる白髪のカツラをかぶっていた。


「放射線防護服? これから核戦争でも起きんの?」


 そう尋ねてきた梢先生に、雅臣は首を横に振った。


「エメット・ブラウン博士ですよ、先生」


 雅臣の返事に梢先生が首をかしげていると、教室の入り口のところから「こんにちはー」と写真を撮っているおれたちに向かって声が飛んできた。


「あ、犬飼さん」


 おれは列に並んでやってきた犬飼さんが教室に入ってきたのに気がつくと、スカートにシャツ、ジャケットと私服姿でやってきた犬飼さんは教室にあるセットを眺めて目を輝かせていた。


「うわー! すごい、実物だー!」


 犬飼さんは真実の口のセットに感激すると、続けて近くにいるおれに目線を移して目を丸くした。


「わっ、黛くんどうしたの、そのカッコ」


 おれは犬飼さんから目をそらして床に目線を向けた。


「……おれが知りたい」


「いいじゃん、似合ってる!」


 みんなにからかわれてちょっとすねているおれに、犬飼さんは口に両手をあてて笑いながら言った。


「ようこそ。連れの彼はどうしたの?」


 おれの横からタイタニックの前にいた夏希が出てきて犬飼さんに訊いた。


「不知火くん? 不知火くんは鵜野森さんに会いに行ってる。隣の6組でやってるマジックショーのブースにいるからって。いろいろふたりだけで話したりしたいみたい」


「そう……凛音さんのところに」


 おれは不知火くんをここに呼ぶコトを決めた凛音さんの顔を思い出した。


「うまくいくといいな」


 いまの凛音さんに何か手助けできるコトはないかもしれないけれど、ただふたりがうまくいくことだけをおれは願った。


「それじゃ、写真を撮ろうか。この真実の口のセットでいいよね」


「うん。あ、わたしの携帯だよね。どうぞ」


 犬飼さんが自分の携帯を手渡すと、「そうだ」と声をあげた。


「わたしひとりで寂しいし、せっかくだから黛くん、わたしと一緒に撮らない?」


「おれと?」


「うん! ダメかな?」


 犬飼さんはそう言うと首をことんとかたむけて、おれの顔を見つめてきた。


「いや、ダメじゃないけど。じゃあ一緒に撮ろうか」


「やったー! ええっと、ダレに撮ってもらおうかな」


 犬飼さんがきょろきょろと辺りを見渡すと、教室にいた梢先生が「じゃあ私が」と手を挙げた。


「それじゃー撮りまーす。笑ってー。はい、チーズ!」


 壁の石像の口に手を突っ込んで引っこ抜いて、ジャケットの中に手首を隠して手を食べられた演技をする犬飼さんに、それを見て両手を口に当てて驚くポーズをとるおれの姿を梢先生がパシャパシャ! と撮ると、「これでどう?」と出来上がった写真をおれたちに見せた。


「はい! ありがとうございますっ」


 犬飼さんは満面の笑みで携帯の中の写真を見ると、今度は「そうそう!」とおれに向かって言った。


「黛くん、ここにはいつまでいるの?」


「ここの当番のコト?」


 おれに訊いた犬飼さんにおれは質問し返すと、犬飼さんは首を縦に振った。


「だったらあと十分くらいだけど」


「じゃあじゃあ! 終わったらわたしと一緒に文化祭回らない? わたし、この学校のコトよく知らないし、案内して欲しいなーって思って!」


 犬飼さんはおれの手を握って、まっすぐな目でおれを見つめてきた。おれは犬飼さんの目を見つめ返した。


 そしておれは、おれの手首をつかむ犬飼さんの手を自分の手ごと下ろした。


「案内してあげたい気持ちはやまやまだけど、先約が入ってるんだ。ごめん」


 おれは犬飼さんから、夏希のほうに目をやった。夏希はタイタニックのセットの前で携帯を構えて写真を撮り続けていた。


 カメラマンの当番の時間が終わって、次の係に交代するとおれと夏希は一緒に教室から出た。


 教室から出た時、夏希がおれの腕に自分の腕を組んで巻きつけてきた。


「どうしたんだよ、急に」


「別に? さっきも体育館に行く時やったでしょ」


「いや、さっきより強く抱きつかれてる気がするだけ」


「気のせいっしょ。さ、行こう」


 そして執事さんの服を着た夏希に半ば引っ張られるように、メイド服を着たおれは、そのまま廊下の先に向かって一緒に歩いていった。


 ◇◇◇


 黛央士と奥寺夏希が1年5組の教室から去り、腕を組んで廊下を歩いていくふたりの姿を犬飼千鶴が見送っていると、千鶴の横から放射線防護服を身に纏った蓮雅臣が現れた。


「魔性の女だな、あんた」


 千鶴の横でそう口にした雅臣に、千鶴はきょとんとした顔を向けた。


「え?」


「いや……気づいてないんならいい」


 雅臣はため息をつくと、道の向こうへ去っていく仮装したふたりの姿を見つめた。


「ま、せいぜい頑張れ」


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