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春40;決戦の日-凛音の場合


「これは予言のマジックです」


 いつも学校で着ている制服のブラウスの上に、黒のベストと黄色のリボンタイを身に着けたわたしは、1年6組がこの文化祭に出展する『マジシャンズ・ハウス』のマジシャンとして、目の前にいる大勢の人たちが見守るなか、テーブルクロスを敷いた机の上に一円玉、十円玉、百円玉をそれぞれ一枚ずつ横に置いて並べた。


「みなさんのなかからひとり、前に出てわたしの向かいの席に座っていただけますか。参加していただけるかた、いらっしゃいますか?」


 わたしは準備を終えるとそう言って目の前にいる観客たちを見渡した。ここにいるオーディエンスのほとんどがこの学校の制服を着た、他のクラスの人たちだ。


 だいたいみんな友だちやカップル同士で見に来たみたいで、友だちどうし、カップルどうしで「どうする?」「出てみなよ」「えー、どうしようかな」とお互いに笑いながら顔を見合わせている。


 彼ら、彼女らが周りの様子を伺いながら躊躇して誰も出ないでいると、群衆の中からひとり、制服姿ではなく、ジーンズに半袖のワイシャツを着たわたしと同じくらいの年頃の男の子が踊り出た。


「では僕が」


 細身で、やや髪の長いその男の子はわたしの席の向かいにある椅子に座ると、テーブルの上に両手を置いて重ねた。彼がわたしに微笑むと、わたしも彼に微笑み返した。


「ご協力ありがとうございます。では、これからあなたが選ぶコインを、わたしが予言してみせましょう」


 わたしは座ったままポケットに手を入れてその中に入れてあるコインを手に握り、握りしめた拳を観客たちに向けて掲げた。


「いまわたしの手の中には、これからあなたが選ぶコインが握られています。では、あなたの前にある三枚のコインから、一枚を選んで後ろに下げてください」


 わたしがそう言うと、男の子は目線をわたしからテーブルの上にあるコインに下ろした。


 そして彼は、三枚のうち彼から見て左側にある一円玉を後ろに下げた。


「では、残った一枚のうち一枚を手に取って、手のひらの上に乗せて見せてください」


 わたしが残された十円玉と百円玉を指すと、男の子は頷いて中央の十円玉を手に取って手のひらの上に乗せてわたしに見せた。


「これでいいかな?」


 彼がそう言うと、わたしはテーブルの上にある彼の手の隣に自分の手を差し出した。


「あなたが選んだのは、このコインですね」


 わたしは握っていた拳を開くと、手の中にあったコインを彼に見せた。


 わたしの手のひらの上には、彼が持っているのと同じ銅色の十円玉硬貨があった。


 わたしの持っていたコインを見て、周りにいた観客たちが「うおーっ」と歓声をあげて拍手した。


 まるで嵐のような声と手を叩く音が教室に響くなか、目の前に座る少年はただ微笑んでわたしを見つめていた。


 そしてわたしはぎりぎり彼に聞こえるぐらいのささやき声で、彼に短く語りかけた。


「十一時になったらまた来て。わたしの担当の時間、それまでだから」


 そして十一時になって自分の持ち回りの時間が終わると、わたしはベストを身につけたまま教室を出た。


 すると教室の引き戸の向かいにある廊下の窓に掲げられた窓のすぐそばに、さきほどわたしのマジックのお相手をした男の子が佇んでいた。


「久しぶり、渚」


 最初に呼びかけたのはわたしのほうだった。


 あたりに付けられた装飾にぼんやりと目に向けていた不知火渚は、わたしの声に気がつくと、びくっと肩を震わせてすぐさまわたしのほうに目をやった。


「……凛音」


「ここじゃ邪魔になっちゃう。場所を変えよっか」


 わたしがそう言うと、目の前にいるわたしと同じくらいの背丈の渚は黙ってこくりと頷いてわたしと同じほうを向いた。そしてわたしと渚はそのまま特にどこか行くあてもなくその場から離れて歩き出した。


「元気だった?」


 歩きながら渚がわたしに話しかけた。


「まあね。渚はどう?」


「うーん。そこそこかな」


 わたしの問いに、渚が肩をすくめて言った。


「高専の授業はどう? 建築の勉強は捗ってる?」


「まだそういうのは習ってないよ。数学とか国語とか英語とか、たぶん凛音と習ってる内容はそう変わりないんじゃないかな」


「じゃあこれからなんだね、建築の授業とか始まるのは」


「うん。まずは一般科目で基礎を固めるところからかな」


「おばさんは元気?」


「母さん? 元気だよ。凛音のこと気にしてた。縁がなくなって、最近どうしてるかさっぱりだったから」


「ありがとうって伝えて。おばさん、また残業したりしてない?」


「しょっちゅうね。僕、最近母さんのことで気づいたことがあるんだ」


「どんなこと?」


 わたしは渚の横顔を向いた。


「昔は、母さんはなんで残業ばっかりして早く帰らないのかって思ってた。頼み事されてもきっぱり断って帰ればいいのにって疑問だった。でも、高専に上がってバイトを始めてから思い知らされた。定時になっても周りが働いてると帰るに帰れない」


 渚が自分でそう言いながら吹き出すと、わたしもつられて思わず笑いだしてしまった。


「血は争えないね」


「かもね。琴ちゃんはどう?」


「ああ、琴音……」


 わたしは妹の琴音を思い浮かべた。最後に渚に会ったあと、琴音のことで央士くんやなっちゃんを巻き込んで色々あったのだけど、まあ説明すると長くなるし、省略しておこうか。


「元気にしてるよ、うん。最近は毎日遅くまで部活やってる」


「胡桃はどう? 西吾妻高に進学したって聞いたけど」


「あー……胡桃ね」


 胡桃も渚がらみで色々あったんだけど、面倒だし省略。


「元気だよ、元気。中学と同じ、バレー部入ってる」


「へえ、じゃああとで会いに行こうか──」


「それとさ!」


 胡桃の話に深入りする前に、わたしは無理やり話の流れを変えた。


「最近はわたし、なんでも部に入ったんだ」


「ああ……うん、噂は聞いてるよ」


 急に話題を変えたわたしに渚は戸惑いながらも、話題を合わせた。


「スプリンクラー大量窃盗事件はうちの学校でも話題になってた。大活躍だったって。あっ、そうだ。そういえば、さっきのマジックだけど……」


「予言のマジック?」


 今度は渚が話題を変えてきた。わたしは目を渚のほうに向けた。


「うん。懐かしかったな。昔一緒に読んだマジックの本に書いてあったやつでしょ?」


「やっぱり覚えてたんだ」


 わたしと渚はよく図書室に行って色んな本を読んだ。図鑑や写真集や画集を見ることが多かったけど、それだけじゃなくて占いとかマジックを解説する本など、本当に様々な本に手を触れた。


 わたしがさっきやった予言のマジックも、渚と一緒に読んだ本の一つに記されたものだ。


「わたし、マジシャンとして最低かもね。観客にタネを見破られてるなんて」


「それを言ったらこっちも最低の観客だよ。タネが判ってるマジックに自ら乗り込んできたんだから」


「渚はなんでわたしのマジックに名乗り出たの?」


「懐かしかったからだよ」


 わたしが渚の横顔を見つめながら問いかると、渚もわたしのほうを向いた。


「嬉しくなって、つい、さ」


 渚は照れくさそうに笑うと、わたしから目を逸らすように前を向いた。


「そう」


 わたしも渚と同じように、前を向いた。


「わたしも嬉しかったよ。渚にもう一度、ちゃんと会えて」


 わたしは不思議だった。ずっと前に渚の姿を見たとき、どうしてわたしは逃げ出してしまったんだろう?


 わたしは今、こうやってかつての幼馴染と昔みたいに、一緒に当たり前のように話して笑っているっていうのに。


「今日は一日、案内するよ。わたしが通ってる学校のこと」


 わたしは渚より少し早足で、すぐ近くにいる渚に振り向いて言った。


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