春1:"なんでも部"を作ろう
自分の高校入試の合否発表を見に西吾妻高校まで来たあたしは、一緒に見に行く約束をしていた友だちを探し回っていた。
けれど、あんまりにヒドい人混みのせいで、あたしはその友だちのことをなかなか見つけられずにいた。
もう! パパとママが中学を卒業してすぐに携帯を買ってくれてたら、すぐに連絡できて、こんなに探すのに苦労しなかったのに!
同じ中学の子たちに声をかけられながら、友だちがどこにいるか訊いたりもしたけれど、あっちで見た、いやこっちで見たと言われるたびにあっちこっち回っていたら、完全に迷子になってしまった。
どうしよう、もう発表の時間だ、せっかくなら、発表の瞬間は彼女と一緒に見たいのにな……
発表直前になって、あたしは慌てながら友だちの姿を探したけれど、そうやってバタバタとしていたら余計に探すのが雑になってムダに時間を使ってしまって、とうとう掲示板に受験番号が張り出される時間になってしまった。
あーあ。気になるし、もう先にひとりで見ちゃおうかな……
周りから歓声や、不合格を知った人たちの泣き声が聞こえるなかで、あたしは着けてきたメガネにいつの間に付いた花粉を拭いて、もう一度ぐるっとあたりを見回したけれど、結局凛音の姿は見つからなかった。
しょうがない、ひとりで受かってるかどうか確認しよう。
受験番号の載った掲示板を見て、あたしは自分の受験番号を探した。すると……そこには自分の番号が、しっかりと書かれていた。
やった! あたしは思わずその場でぴょんぴょんと小さくジャンプした。ついでに前に友だちから教えてもらってた彼女の受験番号を探したら、彼女の番号もちゃんと掲示板にあった。
良かった、これでどっちかだけ受かってもうひとり落ちてたら悲しいもんね。
この喜びを彼女と一緒に感じたかったなあ、そう思った時だった。
人混みが少しずつ減っていったなかで、目の前に友だちの後ろ姿を見つけた。
「凛音!」
あたしはすぐさま友だちの凛音のもとに駆け出した。
「やったよ! あたしたち、一緒に受かったよ──」
そう言ってあたしは凛音の顔を覗き込んだ。そしてあたしは、凛音の顔を見て、思わず言葉を失った。
凛音は静かに、涙を流していた。それも彼女が流していたのは喜びの涙でなく、明らかに悲しみのせいで出る涙だった。
「凛音、どうして? あたしたち受かったんだよ、なのにどうしてそんな顔してるの?」
あたしは凛音の顔を見ながら、思わず自分自身も泣き出しそうになってしまった。
どうして凛音はこんな哀しい顔をしているというの? それを考えた時、あたしはひとりの男の顔がすぐに浮かんだ。
──渚。凛音の想いを裏切ったあいつだ。
あたしが悲しみの次に感じたのは、渚に対する怒りだった。
許さない──凛音の心をコナゴナに砕いたあの男だけは、絶対に!
◆◆◆
中学校三年間でキツくなってきた制服を新調し、少し大きめの新しい制服を着て西吾妻高校に入学してから一週間が経った。
入学して最初に割り当てられたクラスで、嬉しいことにおれと夏希と雅臣は同じクラスになった。
これで授業や宿題で困った時も雅臣に泣きつけるぞ、と思ったおれと夏希だったけれど、雅臣にそう言ったら思いっきりすごい顔でニラまれた。
「自立しろ」
……さて、勉強以外の話をすると、新入生のおれたちはさっそくどの部活に入部するのかを決めなければならなくなった。
西吾妻高校では一年生の間は、みんな部活動に入ることが決められている。もちろん中学でやってきたスポーツをもっと、というヤツはそのまま同じスポーツの部活に入って三年間続けることになるし、あんまり部活にやる気のないヤツもとりあえず一年の間はどこかの部活に入ることになる。
「なあ、黛! 黛はまた中学と同じことやるのか?」
放課後、おれたちと同じく西吾妻高校に入学したイチローが、一緒にここに進学したジローとサブローと一緒に、廊下を歩いていたおれに訊いてきた。
「ああ。やっぱり”なんでも部”がいちばんおれに合ってるからさ」
「よく言うよ、他の部に入ったことなんかないのにな」
頭の後ろで手を組んであきれるジローに、サブローが「何言ってんだよ」と言った。
「逆だよ逆。黛は”なんでも部”であらゆる部活に入ってるようなモンだよ」
いまこの三人衆が話しているなんでも部とは何かって?
“なんでも部”はその名の通り、なんでもやる部活だ。
チーム人数の足りない部活が大会に出場する時の助っ人として試合に参加したり、カゼをひいて家で絶対安静の園芸部員の代わりに花壇の水やりをしたり、他にも夜に学校の廊下に出るとウワサの幽霊の正体の調査、不登校の生徒のご自宅訪問、そして生徒会役員選挙の立候補者演説の原稿のゴーストライターを務めたり……これらはなんでも部の活動のほんの一部だ。
中学生時代、おれと夏希と雅臣はこの”なんでも部”に所属し、本当にいろいろな経験をして、たくさんの人たちと関わりあうことになった。
どうしておれはこのなんでも部に入っていたのかって?
それはたぶん……昔会った、あの結婚の約束をした女の子と出会ったことが、その理由なんだろう。本来なら一生会うことのない、知り合うはずのなかった人と出会って、思い出を一緒に作ることの楽しさを知っているからかもしれない。
たくさんの人たちと会って一緒に何かをやって、そして友だちになりたい。だからおれはなんでも部をやっていたんだろう。
「でもよ、高校でもやるにしたって、”なんでも部”なんてこの学校に置いてないだろ? どうやって続けるつもりなんだよ」
三人組のなかで一番背の低いイチローが言った。
「簡単だよ。無ければ作ればいい。梢先生に聞いたんだ。新しい部を作るには三人集めればいいって。良かったらお前らも入るか?」
おれが三人に向かって提案をした。すると三人衆は急にそれぞれ廊下の窓の外や天井とか蛍光管のほうにバラバラに目をやった。
「い、いやー、俺はもう入る部活決めてるからなー」
中学でバスケ部に入っていたイチローが言った。
「そ、そうだなー、俺はのんびりと英会話部でイングリッシュで語らいたいからなー」
帰国子女のジローが言った。
「ま、まあ、俺は合唱でハーモニーを奏でたいからなー」
卒業式の『旅立ちの日に』でソロパートを歌ったサブローが言った。
「……なんでみんなおれから目ぇそらすんだよ。”なんでも部”に入るの、イヤなのかよ」
「イヤに決まってんだろ! オマエらと一緒にやってたらムチャしすぎて干からびて高校卒業する前に再起不能になるわ!」
サブローが合唱で鍛えた発声力で、廊下に声を響かせた。
「言いすぎだろ、そんなの。なんでも部をなんだと思ってんだよ」
そりゃ、中学の時のなんでも部では、ラクロス部と演劇部とブラインドサッカー部の大会を一日でハシゴしたり、こっそり夜の学校に忍び込んで音楽室のベートーヴェンの幽霊と遭遇したり、いじめっ子グループをやっつけて地域一帯に平和をもたらしたりしたけど……そんなにムチャなコトしたかな?
「それを『ムチャなコトしたかな?』で片付けるヤツと俺は部活をしたくない」
ジローがエイリアンでも見るような目でおれを見た。
「だいたいおれたちが入らなくたって奥寺と蓮が入るだろ。中学の時お前と一緒にやってたんだから。お前と奥寺と黛で三人。それでちゃんと部を立てられるんだからいいだろ」
イチローがおれに向かって言う。確かに夏希と雅臣も、中学の時はおれと一緒になんでも部に入っていたけれど……ちょっと痛いところを突かれてしまった。
「ええと、それが夏希はいいんだけど、雅臣がさ……」
おれは頭をかきながら困り果ててしまった。
「断る」
西吾妻高に入学してすぐ、おれがなんでも部に誘うと雅臣は即答した。
「あんな修羅場の連続は二度と御免だ。俺は高校では文芸部で本格ミステリを執筆しながら穏やかに過ごすのでそのつもりで。あともう文芸部に入部届は出したからな。引き留めても時間の無駄だ。誰か他を当たれ」
……というわけで誘ったら即OKしてくれた夏希の他にもうひとり、おれはなんでも部に入ってくれる人を探さなきゃならなくなった。
おれのクラス担任の西御門梢先生から言い渡された期限は来週の月曜日まで。それまでに入部希望者を見つけなきゃならない。
とまあ、いろんなヤツを誘ったけど、だいたいみんな雅臣みたいにどこの部活に入るかもう決めてるか、さっきの三人衆みたいにやんわり断られるかのどっちかになってしまった。
今日が木曜日で、週末は学校が休みだから……あと三日が期限か。
ま、あせったってしょうがない。とりあえず夏希に相談しよう。
そう思っていたらちょうど制服のポケットの中に入れていた携帯に夏希からラインの通知が入った。いちおう校内は携帯の電話はオフにしなきゃいけない決まりだけど、誰もそんなの守っちゃいない。
それでも先生に見られないように近くの空き教室に入って扉を閉めてから、おれは携帯を出して夏希のメッセージを確認した。夏希からのメッセージは二件来ていた。
“高校に入ってから初めての依頼だぜ!”
“央士に会いたいって子がいるんだ。十七時に体育館の表口で集合ね!”
約束の時間の少し前に体育館に着くと、出入り口からは部活を終えた大勢のバスケ部やバレー部の部員たちがユニフォームから制服に着替えた姿で出てきていた。
「これから会うのは弁天橋胡桃って子。アタシ達と同じこの学校に入ってきたばかりの一年生。今は部活の後片付けしてるみたいだね」
先に来ていた夏希がおれに説明をした。
確かに体育館の中を扉から覗いてみると、バレーボールのネットを外して畳んでいる部員たちの姿が見える。みんなが履いている学校指定のシューズの色を見ると、今年の一年生を表す赤色のラインが入っていた。
「イヤだねー、運動部の上下関係って。後輩に仕事押し付けて自分らだけ先に帰るなんてさ」
まさに今帰っている先輩たちが目の前にいるなかで夏希は言った。恐れ知らずな女だ。
「胡桃さんはおれたちに何の依頼を?」
「ええと、彼女の依頼はね──」
おれの質問に夏希が答えようとしたとき、扉のほうから「ごっめーん!」と声が飛んできた。
振り向いて扉を見ると、中からおデコに汗を流しているベリーショートの女子生徒が顔を出しておれたちのほうを向いていた。
「この人が弁天橋胡桃さん?」
おれが夏希に訊くと、かわりに入り口からこっちを見ている女子が返事した。
「そう! こんな遅くまで待ってもらってごめんねー。いま片付け終わったから、大急ぎで着替えてくるね!」
少しして制服に着替えた胡桃さんが戻ってくると、彼女はさっき着けていなかったメガネをはめていた。
「キミらの噂は聞いてるよ。頼みごとならでもなんでもござれのなんでも部。あれ、もうひとりキレの鋭そうなメガネくんがいたんじゃなかったっけ?」
弁天橋さんが首を傾げると、夏希が「ああ、マサね」と腕を組んだ。
「なんでも部の教えに背いたから破門したよ」
破門じゃなくて逃げられただけなんだけど。
「そういえばメガネといえばさっきは着けてなかったよね。部活の間は外してるの?」
夏希が胡桃さんの変化に気づいて尋ねた。
「あ、このメガネ? そう、部活やってる時は外してるんだ。授業中黒板見なきゃいけない時とか、夜暗いなか帰るときなんかは必要だから着けてるんだけどね」
メガネを外して見せながらおれたちに説明する胡桃さんだったけれど、おれにはメガネ以外にもうひとつ、気になることがあった。
着替えてきた胡桃さんはとなりにひとりの女子を連れてきていた。
そしてその女子は、おれが合格発表の日に見た、あのひとりで涙を流していた彼女だったのだ。
おれは彼女の姿を見て、思わず目を丸くした。
彼女、この学校に受かっていたのか? じゃあ、どうしてあの時……
「あれ、凛音とは知り合い?」
胡桃さんが、自分と一緒に来ていた彼女のことをおれがじっと見ていたのに気づいて訊いた。
「え? あ……いや、全く」
おれがとっさにそう答えると、凛音と呼ばれた彼女のほうも首を振って「わたしも、知らない人」と答えた。
うん、嘘はついていないな。わざわざ一人で泣いていたのを見たなんて言うことないだろう。この人も恥ずかしいだろうし。
そうか、この人、凛音って名前なんだ。
「初めまして、凛音さん。おれは黛央士。よろしく」
おれが笑ってあいさつすると、凛音さんは小さく頭を下げてお辞儀をした。
「……鵜野森凛音です」
凛音さんは少し縮こまって、固い雰囲気でおれに自己紹介した。
「凛音はまだ部活に入ってなくってね。黛くんと会ってもらうためにこの時間まで部室で待ってもらったんだ」
胡桃さんが、自分より少し背の高い凛音さんの肩に手を置いた。
「おれと会ってもらうため? もしかして、なんでも部に入ってくれるのか? 助かった! 部員が足りなくって困ってたんだ」
「いや違うけど」
胡桃さんは即答した。なーんだ、期待してたのに。
「あれ、夏希ちゃん、まだ説明してなかったの?」
胡桃さんが夏希に言った。
「うん、ちょっと話しそびれちゃってさ」
「オッケー、じゃああたしから説明するね」
胡桃さんがそこまで言うと、隣にいる凛音さんが「待ってよ、胡桃」とストップをかけた。
「いいよ、やっぱりわたし、そういうの」
凛音さんは心の底から困ったような様子で胡桃さんに言った。
「ごめんなさい、黛くん。こんな時間まで、よく知らないわたしたちに付き合ってもらって」
「何言ってるの! あたしはただ、凛音に前を向いて欲しいだけで──」
「やめてよ! 余計なお世話だから!」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
言い争いが始まりそうなふたりに、おれは止めて入った。
「落ち着いて。どういう話なのかよく判らないんだけど、どうして胡桃さんはおれと凛音さんを会わせに来たの? おれになにか頼み事をしに来たの?」
「それは──」
「胡桃は黙ってて!」
何か言おうとする胡桃さんの口を凛音さんが抑える。
するとその時、おれの隣にいた夏希が口を開いた。
「彼女とデートをして欲しいんだってさ」
おれは夏希のほうを見た。夏希はなんでもないような平然とした顔で、目の前にいる凛音さんに視線を向けた。
「彼女、鵜野森凛音とのデート。それが高校に入って、初めてのなんでも部の依頼だよ、央士」