春36:チャンス到来
「黛くん、疲れてる?」
「え?」
駅前のマックの二階で、向かいの席に座っている犬飼さんはテーブルにあるフライドポテトをつまみながらおれに言った。
「顔がそんな感じ。当たってた?」
「まあ……ちょっとね」
おれは指さきの爪で自分の顔の目の周りの部分をかいた。
「さっきまで学校で文化祭の発表の練習してたんだけど、ミスしまくって怒られちゃって」
「へーっ。黛くんの学校、西吾妻高校だよね。今度文化祭があるんだ! 発表って何やるの?」
犬飼さんは口にポテトを食べる手を止めると、興味津々になっておれに訊いた。
「ダンスだよ。ペアダンス。文化祭でコンテストがあって、それに出るんだけど、おれたちに振り付けをつけて練習を見てくれるダンス部の人と、一緒にダンスやる相方にだいぶキツく叱られてさ。それで、疲れてるように見えたのかも」
「ダンスの相手、女の子?」
「そうだけど」
「うわーっ、いいなあ。すっごく青春って感じ」
そう言って目を輝かせると、犬飼さんはテーブルの上にある紙コップに入った自分のコカコーラゼロをストローで吸った。
「それで、おれから犬飼さんに話したいコトがあるんだけど」
T-FACEにクラスの女子たちと買い出しに行って、その帰りに犬飼さんとばったり遭遇したおれは、この人とちゃんと話をしたいと思って彼女を誘った。
ただ、そのすぐあと犬飼さんはT-FACEにあるレストランでバイトがあって、おれのほうも買ったものを持ち帰るために一度学校に戻らなきゃいけなかったから、こうやってお互いの用事が済んだあと、おれは改めて駅前まで戻って犬飼さんと会うコトになった。
「前はごめん。キミらを置き去りなんかにして」
おれは椅子に座ったままひざの上に手をついて、犬飼さんに謝った。
そんなおれに、犬飼さんは手に持っていた紙コップをテーブルの上に置いてほほ笑んだ。
「いいよ。気にしてない。わたしも不知火くんも、そうしなきゃいけない理由があったって判ってたから」
不知火くん……凛音さんがずっと好きだった幼馴染の不知火渚のコトだ。
二ヶ月前のおれと凛音さんのデートの最中、おれたちの目の前に現れた不知火くん。おれは彼が中学校を卒業する直前、凛音さんと何があったのかを聞いた。
そして友だちとのひどい別れをやり直したいという不知火くんの願いを、おれは叶えることができなかった。
「不知火くんは、今どんな感じ?」
「……普通だよ。本当に普通。わたしとあの日の話をするコトもないし」
犬飼さんはポテトを口に入れながらおれにそう言ったけれど、かみ砕いたポテトをノドに流し込むと、ため息をついてこう言葉を続けた。
「もちろん、ムリして話題にしないようにしてるだけかもしれないけど」
「だろうね。凛音さんも似たような感じだから」
凛音さんと会ったばかりのころ、いなくなった凛音さんの妹を探しに行った時と、あやみ先輩にラブレターを書くのを頼まれた時にちょっと不知火くんのコトを話題に出したりはしたけど、それ以外は一度も凛音さんとあの時の話はしていない。
「あのさ、こうやってわたしと黛君がまた会えたのも何かの縁だよね」
おれが自分のスプライトに口をつけていると、犬飼さんがおれに言ってきた。
「良かったらさ、これを機にふたりを仲直りするチャンスを作ってみるのもどうかなー、なんて……」
そこまで言いかけた犬飼さんだったけど、黙っているおれを見て、そのまま次の言葉は途切れてしまった。
「……だよね、やっぱし」
凛音さんと不知火くんの間に起こった出来事が何も解決できないまま終わって、おれだってそれに納得できたワケじゃない。
だからって、ここから凛音さんと不知火さんがまた顔を合わせたところで、ふたりがそれで幸せになれるのか? まさか。前よりもっとつらい思いをするに決まってる。
ここからもうどうするコトもできないから、無理やりにでも忘れるしかおれにはできないんだ。
「もういいだろ。凛音さんはおれたちと西吾妻高で楽しくやってるんだ。君らだって、高専で楽しくやってるんだろ。だからそれぞれの場所で、お互いのコトを忘れて楽しくやるのが一番──」
「ハーイ! モテモテボーイの央士く〜ん」
おれが話している途中で、後ろから聞き慣れた感じの声が聞こえてきた。
その声が耳に入った瞬間、おれはとんでもなくマズい予感がして背筋がぞくっとした。
そしてゆっくりと後ろを見ると、店の一階からここに上がる階段のほうから夏希と、そして凛音さんの姿が現れた。
「ヤ、バ……」
凛音さんの姿が目に入った瞬間、おれの口から声が漏れた。
ベツに夏希に見られるぶんにはまだいい。ちゃんと説明すれば判ってくれる。
だけど凛音さんは……あの日、犬飼さんが不知火くんと会うところを見てた凛音さんに、犬飼さんと会うトコロを見られるなんて!
「ヒドいじゃーん。アタシにウソついて女の子と密会なんてさー。それで、そこにいるお嬢さんは一体どこのどちらさんかな?」
冗談っぽく、それでいて若干キレ気味に質問してくる夏希に、おれは冷や汗を流しながら何も答えられずにいた。
そしてそんなおれと犬飼さんを、凛音さんはじっと見つめてきた。
「央士くん……」
おれは思わずぎゅっと目をつむって覚悟を決めた。すると、凛音さんの口からは意外な言葉が飛んできた。
「その人……誰?」
おれは目を開けると、テーブルの前にいる凛音さんの顔を見上げた。
凛音さんは首をかしげながら、きょとんとした顔をしていた。




