春35:セーブする?
「これは予言のマジックです」
わたしはテーブルの上に一円玉、十円玉、百円玉をそれぞれ一枚ずつ置くと、向かいにある椅子に座るなっちゃん……わたしと同じ部活に所属している奥寺夏希が机の上のコインに視線を注いでいるのを確認した。
「いまわたしの手の中には、これからあなたが選ぶコインが握られています」
わたしはなっちゃんに向かって、固く握りしめている右手を掲げた。
「わたしがあなたの選ぶコインを当ててみせましょう。では、三枚のうちから一枚選んで後ろに下げてください」
なっちゃんはわたしの言葉にうなずくと、机の上の三枚のコインのうち中央にある十円玉に人差し指を置いて後ろに引いた。
「では、次にもう一枚手に取ってください」
わたしがそう言うと、なっちゃんは残る二枚のうち一円玉を指でつまんで取った。
「百円玉が残りましたね。では、わたしの手の中を見てください」
わたしは机の上で握っていた右手を開くと手のひらを上に向けて、そこに乗っている百円玉をなっちゃんに見せた。
「えっ、すご、どうなってんの」
何度もこのマジックの練習をしたわたしは、目を丸くして驚いているなっちゃんを見てうまく成功させられた実感にほっと胸を撫で下ろした。
来月の文化祭に向けて、いまわたしのいる1年6組では色々なマジックをオーディエンス……お客さんに披露する『マジシャンズ・クラブ』をやることになった。
教室のなかではクラスメイトたちが画用紙をはさみで切って教室の壁に飾る星を作ったり、それぞれが本番でお客さんに見せるマジックの練習をしている真っ最中だ。
わたしがやるコイン当てのマジックの他にも、トランプを使ったマジックやペンを消したり浮かしたりするマジック、服の袖から大量の国旗を出すマジックなどが準備されている。
それぞれのマジックのブースの担当は交代で受け持つことになっていて、このローテーションを組んであるおかげで自分の出番じゃない時は休憩したり、ほかのクラスの出し物を見に行けるようになっている。
「ね、もしアタシが最初に百円玉を選んでたらどうなってたの?」
なっちゃんに訊かれると、わたしは机の上にあった三枚のコインをもとの位置に戻して百円玉をもう一度手に握り、最初に言ったセリフを繰り返した。
「これは予言のマジックです。いまわたしの手の中には、これからあなたが選ぶコインが握られています。わたしがあなたの選ぶコインを当ててみせましょう。では、三枚のうちから一枚選んで後ろに下げてください」
なっちゃんはわたしの台詞を聞くと、今度はさっき言った通り百円玉を指で後ろに引いた。
「あなたが”選んだ”のは百円玉ですね。では、わたしの手の中を見てください」
わたしは手を上に向けて開いて、手の中にあった百円玉をなっちゃんに見せた。
「あ、そういうコトか」
「そう、これが有名な”マジシャンズ・セレクト”。観客が自分でコインを選んでいると思い込ませて、実は最初から決まったコインをマジシャンに”選ばされる”トリック」
マジックを始める時、わたしの手の中には百円玉が握られている。そして、最終的になっちゃんが自分で百円玉を”選んだ”ように錯覚させるのがこのマジックの肝だ。
もし最初の段階でなっちゃんが百円玉を選んだらそこで終了、「あなたが選んだコインはこのコインですね」とわたしが手に持っていた百円玉を見せる。
逆に一円玉か十円玉を選んだら、続けて残った二枚のうち一枚を手に取らせる。
選んだ二枚のうち、百円玉を手に取ったらわたしは予言したコインとして手にある百円玉を見せて、百円玉を選ばなかったら、そのまま唯一残った百円玉を最後に手に取らせて「あなたはこのコインを選びましたね」と百円玉を見せる……
「文化祭が終わるまで誰にも教えちゃダメだよ。央士くんにも内緒だからね」
わたしはマジックに使ったコインを集めると、制服のポケットの中に入れてある財布のなかにしまった。
「今日は央士くんとのダンスの練習はお休み?」
うちの学校の文化祭では大食いコンテストや授業で勉強した範囲から出題される学年別クイズ大会が催されるのだけれど、それに加えてペアダンスのコンテストが開かれる。
そして、このコンテストに古い付き合いのなっちゃんと央士くんがペアになって出場するというのだ。
「央士? アイツ、アタシをほったらかして浮気してるよ。うちのクラスの女子ふたりがT-FACEに買い出しに行くから、その荷物持ちだってさ」
なっちゃんはわたしにそう話しながら頬杖をついてほっぺたを膨らませた。
「なっちゃん、その子たちにヤキモチ妬いてるの?」
「はー!?」
わたしの言葉に、なっちゃんは口を縦に開けて大きな声をあげた。
「違うんですけどー! 央士のコトは友だちとして好きであって、恋愛的に好きとかそういうんじゃないしー! アタシは央士が女子にだらしないのに怒ってるだけだしー!」
「そんな必死に否定しなくてもいいんじゃないかな……?」
なんでも部に入ってから二ヶ月、幼なじみ同士のなっちゃんと央士くんを見てきて、ふたりの関係性がなんとなく掴めてきた。
まず央士くんはなっちゃんのことを、本当にいい友だちとして見ている。つまりそれはなっちゃんのことを好きな女子として付き合いたいとか、そう思ってるわけじゃないってことになる。
もしかしたら前に央士くんが話してくれた、昔逢った女の子の存在が央士くんのなっちゃんに対する気持ちに無意識にセーブをかけさせている……のかもしれない。
もっとも、なっちゃんが央士くんのタイプじゃないって可能性もあるけど。だとしたら央士くん、見る目ないけどね。なっちゃん、カッコいいし、いつも凛としてて綺麗だし、茶目っ気もあるし。
で、そのなっちゃんのほうは央士くんのことをどう思っているのかだけど……男性として好きなんだと思う、やっぱり。
だけど、央士くんには心に残っている存在がいることを知っているから、なっちゃんは央士くんに対する気持ちに意識してセーブをかけているんだろう。いまある関係を壊してしまうかもしれないから……
「え、奥寺、黛のコト好きじゃないの? じゃあオレ、奥寺のカレシに立候補しちゃおうかなあ」
わたしとなっちゃんが話している間に、クラスの男子が自分に指をさしながら割り込んできた。彼の頭には文化祭の本番で着けるシルクハットが被られている。
なっちゃんはシルクハットの彼に顔を向けると、そっけない表情を浮かべた。
「は? 知らん。そのへんでボウシからハトでも出してな」
「くうーッ、キツーッ! でもそんなトコが好きィー!」
男子はそう叫ぶと、その場に倒れてうずくまりながら身もだえしはじめた。
わたしとなっちゃんが彼を爬虫類でも見るような目で見ていると、今度は教室の外から女子の声が聞こえてきた。
「おーい、夏希―!」
わたしたちは声が飛んできた教室の窓のほうを向くと、そこにはふたりの女子とそのうしろに央士くんの姿があった。
「あんたの彼氏返すわ! ありがとね、央士くん」
「またなんかあったら頼ってよ。それじゃ」
央士くんはその場からいなくなった女子たちに手を振ると、教室にいるなっちゃんを読んだ。
「お待たせ。じゃあダンスの練習しようか、夏希」
「こっちは準備万端よ」
なっちゃんは央士くんにそう答えると、席から立ち上がった。
「あ、凛さんアタシらの練習見に来る? マジック見せてくれたしさ」
席から立ったなっちゃんが席に座るわたしにそう尋ねると、わたしは首を横に振った。
「いいよ。楽しみは本番まで取っておこうかな。練習、頑張ってね」
「オッケー、そっちもマジックの練習頑張ってね。じゃ、また明日」
そう言ってなっちゃんは教室を出ると、央士くんと一緒に練習スペースとして開放されている武道場へと向かっていった。
なっちゃんと央士くんがいなくなった後、わたしはクラスでマジックの練習や飾りつけの手伝いをした。
そして今日のぶんの準備を切り上げて帰ろうとした時、わたしの携帯のメッセージアプリに着信が入った。
なっちゃんからのメッセージだった。なっちゃんからのメッセージはシンプルにこう綴られていた。
“緊急事態、集合”
「央士の様子がおかしい」
なっちゃんのいる5組の教室まで行くと、なっちゃんは簡潔にわたしにそう言った。こっちのクラスも今日の準備は切り上げたみたいで、なっちゃんの他には誰もいない。なっちゃんが話題に挙げている央士くんの姿もなかった。
「さっきまで央士とダンスの練習をしてたんだけど、明らかに集中力が無いんだよ。ミスしまくりでボーッとしてて上の空だし。なんか別のコト考えてるってカンジ」
「別のコトって……央士くん、何かあったのかな。心当たりは?」
「さあ?」
なっちゃんは肩をすくめて両手を軽くあげた。
「でも央士、今日はひとりで帰るって言ってた。家族に頼まれて市駅のほうに買い出しに行くとか言ってたけど、だからってアタシをハブんのは不自然だよねー。いつも帰る時一緒なのに」
「確かに……」
同じ小学校からの付き合いのふたりはここから家の方角が近くて、学校から帰る時はいつも一緒だ。スーパーやコンビニにおつかいに寄って行く時も一緒らしい。なのに、どうして今日に限って?
「と、いうワケでさ」
なっちゃんは両手を後ろに組んで頭を軽く下げると、上目遣いでわたしを見た。
「凛さん、これからアタシと一緒に央士のあとを尾けてかない?」




