春25:ふりだしに戻る
あやみ先輩が三つあった胡麻団子の最後のひとつを食べ終えて、コップの水に軽く口をつけると、おれは両手を組んでテーブルの上に置いた。
「先輩、学校でした話の続き、いいですか」
先輩はコップを手に持ったまま、いいともイヤだとも言わずに静かにおれを見た。
「続けます。もう一度訊かせてください。あやみ先輩、藤堂先生にラブレターを書いてみませんか。先生に告白するためだけじゃなくて、自分の気持ちを知るためにやるべきだっておれは思ってます。先輩は、どう思いますか」
おれが訊くと、先輩は手に持っているコップを小さく揺らした。コップの中の透明な液体がそれに合わせてゆらゆらと揺れている。
「ラブレターなんか無くても、自分の気持ちはもう判ってる」
あやみ先輩はコップの中身を空っぽにすると、コップをゆっくりとテーブルの上に置いた。
「さっき学校で先生と話してる時に思った。私、やっぱりあの人のことが好きだ」
先輩はテーブルの上に目を向けると、小さく笑って嬉しそうな顔をした。
おれはあやみ先輩のことも、藤堂先生のこともよく知らない。
だけど生徒指導室であやみ先輩のことを心配している藤堂先生を見て、それだけで藤堂先生があやみ先輩のことをしっかり者の教え子として大事に思ってるって判ったし、自分にそう思ってくれている先生のことを先輩は好きなんだってコトも判った。
「だから私、このまま先生にとって大勢いる生徒のうちの一人で終わるなんてイヤ。私は先生にとって、それ以上の存在になりたい」
先輩はそう言うと、まっすぐな目でおれを見た。迷いのない、目の前の道をまっすぐ進んでいこうとする人の目だった。
「告白するんですね」
おれが先輩に向かって言うと、先輩はおれに見つめ返した。
「今度はやめろなんて言ってひっくり返したりしないよね」
「しません。おれ、先輩のこと協力します。協力させてください」
「そこまで必死にならなくていいから」
思わずテーブルの上に身を乗り出したおれに、先輩がクスクス笑った。
「だったら、改めてラブレターを書くのを手伝ってくれる? 自分の気持ちは判ってるけど、それを先生に伝える方法は判らないから。もし、この子も乗り気になってくれたらの話だけどね」
先輩はそういって横の席に座っている凛音さんをちらりと見た。
その視線に気がつくと、凛音さんは黙って店の中を見回した。
「場所を移しましょう。混んできたし、長居をしたら、お店に迷惑だから」
凛音さんの言う通り、店の中には仕事帰りの人たちの数が多くなってきていた。
それぞれ別でお会計を済ませるとおれたちは店を出て、先を歩いていく凛音さんのあとをついて歩いていった。
店を出てから、凛音さんはおれたちと一言も話さなかった。おれたちは黙々と歩いていく凛音さんの後ろ姿をただただ追っていた。
「凛音さん、どこに行くつもりかな」
おれは隣で一緒に自分の自転車を押して歩いている夏希に言った。
「もしかしたら凛さんも判ってないんじゃない? 歩きながら内緒話するのに良さげな場所を探してるけど、なかなか見つからないとか」
「まさか」
おれたちがそんな話をしていると、凛音さんが急に立ち止まって、こっちに振り向いた。
「どうしたの、凛音さん」
おれが凛音さんに向かって訊くと、凛音さんは気まずそうな顔をした。
「わたし、迷子になっちゃったかも。ここ、どこ?」
……携帯の地図アプリ使えばいいんじゃないかな。
結局おれと夏希が携帯で近くにある公園を探して見つけると、おれたちはその公園まで歩いていって、公園の中にあった小さな屋根が付いている四人がけのテーブルの横に自転車を置いた。
「わたし、朝比奈先輩がラブレターを書くの、手伝おうと思います」
テーブルのベンチに座っている凛音さんは背中をまっすぐ伸ばして、向かいの席に座っているあやみ先輩に言った。
「急な心境の変化だね、凛さん。心変わりのキッカケでもあった?」
椅子に座らずにテーブルのそばで立っているおれの横で、一緒に立って腕を組んでいる夏希が凛音さんに訊いた。
「別にたいした理由はないよ。なんでも部の部長として、部員が迷惑をかけた責任をわたしなりに取ろうと思っただけ」
凛音さんはそう言っておれを見た。
……はい、すんません。反省してます。二度と機械の上に座ったりしません。
「じゃあそれを抜きに答えてほしいんだけど、もしあの件がなかったら、私を手伝うつもりはなかった?」
あやみ先輩が凛音さんに問いかけた。
凛音さんは少し考える素振りを見せると、小さく口を開いた。
「かもしれません。もし朝比奈先輩が藤堂先生に告白したら、どんな結果になったとしても、今ある先輩と先生との関係は二度と元に戻せません。いまある日常を壊してでも、先輩は告白をしたいと思っていますか?」
「逆に訊き返さないでよ」
あやみ先輩は困った顔をして笑うと、じっと凛音さんの目を見た。
「いまある日常に満足できないから告白するの。どんな結果になっても後悔しない。あなたが協力しようがしまいが、私はやるつもりだから」
「……そうですか」
凛音さんはゆっくりうなずくと、持ってきた自分の鞄からノートと筆箱を出した。
「そこまで言うのであれば、手伝わないわけにはいきませんね。協力します。なんでも部のリーダーとして」
筆箱から出したシャーペンをにぎって真っ白なノートの上に立てると、凛音さんは顔を上げてあやみ先輩の顔を向いた。
「教えてください。朝比奈先輩と藤堂先生のこれまでのことと、これからどうしたいのかを」




