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春23:ごちゃまぜのココロ


「何か変な気がする」


 生徒指導室の前で立って藤堂先生が来るのを待っている間、凛音さんが言った。藤堂先生はバレー部の人たちに今日の残りの時間の練習メニューの指示を出してからここに来るらしい。


「どうして藤堂先生がわたしたちを叱るのかな。藤堂先生はある意味今回の件の当事者の一人になってしまったんだから、逆に外されそうな気がするんだけれど」


 確かに。今回のことはあやみ先輩の片想いとはいえ、逆に藤堂先生が他の先生に詰められそうな気がする。生徒をユーワクしたんじゃないかとか。


 そこまでじゃなくても、直接藤堂先生からあやみ先輩に話を聞くなんてコトもちょっとありえないと思う。ふつう、別の先生がふたりの間に入るんじゃないかな……


「言われてみればそうかもだけど、そんなコトに気づくなんて凛さん、けっこう余裕ある?」


 一緒に立っている夏希が言うと、凛音さんは小さな言葉で返した。


「……少なくとも、先輩よりかは」


 凛音さんの言葉でおれたちは同時に横に並んで立っているあやみ先輩のほうを向いて。


 あやみ先輩は膝ががくがく震えていて、顔はあんまりに恥ずかしくて赤くなってるのか、目の前が真っ暗になって青くなってるのかどっちだか判らない感じになっていた。


 そんな先輩を見て、おれは自分がどんなにひどいヘマをしたのかを改めて思い知った。


 あやみ先輩にとっては自分の好きな人の話を大勢に聞かれただけでも最悪なのに、さらにその中に好きな人本人がいたんだから、もう最悪の中の最悪の状況というしかない。


 先輩に何か言ったほうがいいのかなと思ったけれど、じゃあ何を言えばいいんだよというと、ケッキョク何も頭に浮かばなかった。


 地面に顔を向けてうつむいている先輩の横でおれがもたもたしていると、大柄な男の人の影がおれたちにかぶさったのに気がついた。


「全員、部屋の中に入りや」


 おれたちの前に藤堂先生が立っていた。藤堂先生はここにいる四人全員より確実に背が高くて、白いポロシャツには胸筋の形が浮かび上がっている。


 生徒指導室の中に入って先生が部屋にある椅子に座ると、おれたちは先生の前に横に並んで立った。おとついおれが反省文を書いた席に、藤堂先生は腕を組んで背もたれにもたれかかっている。


「どこを見とるんや、あやみ。ちゃんとこっち見いや」


 先生は自分から目を逸らしているあやみ先輩に言った。先輩は先生の言葉にびくっと震えると、おそるおそる先生のほうに目を向けた。


 藤堂先生、何を考えてるんだ? 自分のことが好きな教え子にそんなコト言うなんて。気まずいとか、先輩のこと気遣う気持ちとか、そういうのないのか?


「何や、その目は。言いたいコトがあるなら言うてみい」


 藤堂先生が先輩からおれに目をうつすと、大股になって膝に肘をつけて前かがみになりながらおれをにらみつけた。


 なんだよ、この人……こんな偉そうにして!


 おれはムッとなって両手のこぶしを強く握った。


「ひどいですよ、藤堂先生。あやみ先輩の気持ち考えてくださいよ! さっき体育館で聞いたでしょ、あやみ先輩は──」


「待って、黛くん」


 おれが先生に言い返そうとすると、凛音さんが手を軽くあげておれの口をさえぎった。


「ここはわたしが説明するから」


 凛音さんは落ち着いたようすでおれにアイコンタクトをした。


 いけない、ちょっとカッとなっていたみたいだ。ここはいったん、凛音さんに任せよう。何か考えがあるみたいだし……


「ありがとう」


 おれが口を閉じて一歩下がると、凛音さんは手を下げて藤堂先生のほうに向いた。


「先ほどは大変お騒がせし、皆さんの部活の練習の邪魔をして申し訳ありませんでした。”なんでも部”の部長として、代表してお詫びします」


 凛音さんはあらかじめセリフを準備してきたみたいになめらかに言うと、藤堂先生に礼儀正しく頭を下げた。


「その、なんでも部ってやつなんやけどな」


 凛音さんが頭をあげると、藤堂先生は大股で座ったまま背もたれに体重をあずけて太い腕を組んだ。


「あやみがその……好きなヤツのことについて悩んでいて、その悩みの相談をなんでも部にしてたってことなんやな?」


「はい。先輩が空いた時間を縫って、わたしたちと内密に。なにぶん大っぴらにできない話だったので」


 凛音さんが先生と話している横で、おれはふたりの話にちょっとついていけなくなっていた。


 好きなヤツのことだって? 藤堂先生にとっては完全に自分の話なのに、なんで他人事みたいに言うんだ?


 おれはあやみ先輩の顔を見た。先輩もおれと同じで、どこか納得のいってない顔をしてるみたいだった。


「なるほど、ね」


 おれの耳のそばで夏希がささやくような小さい声で言った。夏希の生暖かい息がおれの耳に当たって、背中がぞぞぞっとした。


 いや、何がなるほどなんだよって詳しく訊き出したいところだったけど、先生がいる前で話をするのは無理そうだった。


「まあ、さっき体育館でスピーカーから流れてた話を聞いた感じ、それっぽい感じの話ではあったんやろうけど」


 戸惑ってるおれをよそに、藤堂先生はあいかわらず他人事みたいに話を続けていた。


「あやみはワシらの知らんとこで悩んどった、っちゅうコトか」


「ええ。他の人に話せなかったのも無理もありません。なぜなら朝比奈あやみ先輩は”自分の友だちの恋人”を好きになってしまったんですから」


「え?」


「え?」


 おれとあやみ先輩がほぼ同時に同じ言葉を出した。あんまりにぴったりなタイミングだったから、お互いの声がハモって耳から頭の中に響いた。


 凛音さんが言ったコトは、今までおれたちがあやみ先輩と話してきたコトとまるっきり違う。友だちの恋人を好きになった? どこからそんな話が飛んできたんだ?


「何言ってんだよ凛音さん。あやみ先輩が好きなのは──」


 おれが凛音さんの代わりにそう言おうとした瞬間、夏希がおれの口を手のひらでおおってふさいだ。


「ダメだよー、おしゃべりの央士クン。乙女のプライベートをペラペラ垂れ流しにしちゃ。あ、手のひらベロで舐めんなよ」


なめうあげないあご(舐めるわけないだろ)!」


 夏希に口を押さえられながら、おれはもごもご言った。


「朝比奈先輩。わたしの口からお話ししても大丈夫ですか?」


 凛音さんはあやみ先輩に振り向いて言った。


 あやみ先輩もおれみたいにまだどういう状況なのかよく判ってないみたいだけど、それでも凛音さんに向かってコクリと頷いた。


「先生が先ほどお聞きした通り、朝比奈先輩は叶えることのできない恋をしています。そして先輩はその恋を諦めるコトができないことで悩んでいると」


「せやな。それが友だちの恋人ってトコはいま初めて聞いたけどな」


 いま初めて聞いた、だって?


 いやいや、先生も聞いていたはずだぞ、あやみ先輩は藤堂先生のことが好きで、先生のことが諦めきれなくて悩んでるってコトを。だから友だちの恋人とかそんな話は、それを聞いてたら全然違うって判るはずじゃ……


 ……え、ちょっと待てよ。


 じゃあもしかして、”聞いてなかった”ってコトか?


 先生が好きとかそのあたりの細かい話はマイクが拾ってなかったか、スイッチがオンになってから出なかったとか……


 た……助かった〜っ!


 夏希に口をふさがれたままおれは頭のなかがぐるぐる回って、それで出た熱で気を失いそうになった。


「そうか。今まで誰も言えずにずっとひとりで悩んどったんか。いつも真面目でしっかり者のあやみがなあ」


 藤堂先生は両膝に手をついて背すじを伸ばすと、鼻から息を吐いた。


「ごめんなあ、あやみ。お前が悩んどるのに気付けなくて」


「ええっと……その、気にしないでいいです、先生」


 藤堂先生にもじもじしながらそう言うあやみ先輩は、とにかく何もかもがバレずに済んでほっとする気持ちと、好きな人が自分のことを気遣ってくれてうれしい気持ちと、自分が本当は誰が好きなのか気づいてくれない寂しい気持ちがごちゃ混ぜになっているみたいだった。


 もっとも、それはおれが全部知っているからそう見えるだけかもしれないけど……


「お前らも、あやみの相談に付き合ってくれてありがとうな。これからもあやみのこと、よろしく頼むわ」


 藤堂先生はおれたちなんでも部の三人に向かって言った。


「ええ、もちろんっすよ」


 夏希がおれの口から手を離すと、おれは藤堂先生に笑いかけた。


「それじゃあ話も丸くおさまったコトだし、おれたちは失礼します。お疲れ様でした──」


「あ、そういえば忘れとった」


 おれが生徒指導室から出て行こうとすると、藤堂先生が後ろから呼び止めた。


「結局あのスピーカーで声が流れたのは何やったんや? 今の話にそうなった原因とかはちっとも出てこおへんやったけど。あやみの悩みを何とかするのに必要やったんか?」


「あ、別にそれはそういうわけで起こったんじゃなくて」


 おれは部屋の扉に背を向けて先生に説明をした。


「マイクとスピーカーの調節をする機械に腰掛けてて、立った時にうっかり手に当たったか、おしりで踏んだりしちゃったみたいで」


 おれがそう答えると、先生は前かがみになって眉をひそめた。


「何やて?」


「まあでも良かったですよ、先輩がこうやって先生に自分の悩みを打ち明けられたんですから、ハハハ……」


「アホかっ」


 おれが気の抜けた笑い声をあげていると、藤堂先生がいきなり怒鳴り声をあげた。


 あんまりに大きな声におれの身体が一気に縮こまって動けなくなった。


「お前、あの機械がいくらするのか判っとんのかっ。もしそんな雑に扱って壊れたりでもしたら弁償やぞ!」


「え、いや、その、それは」


「お前、もし壊れたらその弁償代払えんのかっ。ヘラヘラ笑ってるんちゃうぞ!」


 ケッキョク、おれだけが信じられないぐらい先生に叱られた。


 最後は肩を怒らせながらさっさと生徒指導室から出ていった藤堂先生に続いて、ヘロヘロになったおれはムカデみたいに床をはって部屋から出た。


「黛くん、大丈夫?」


 先に外に出してもらえて待っていた凛音さんと夏希がおれの腕を持ち上げて立ち上がらせた。


「……帰りに中華食いに行こう。エネルギーが完全にゼロになった」


 ようやく立ち上がった身体を壁にもたれかからせて、あやみ先輩のほうを見た。


「先輩も行きます? 『シンロン』のチャーハン定食、うまいですよ」


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