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春21:茨の道


 次の日の放課後、おれたちは演劇部に頼んで、体育館にある舞台の音響と照明の調整に使う部屋のカギを借りた。


 おれと夏希と凛音さん体育館の舞台そでの二階にある調整室に入ると、そこには舞台の照明を動かしたり、スピーカーの音量を調節できるレバーやボタンがたくさんついた大きな機械があった。


 でもおれたちのお目当てはそれじゃない。おれたちは機械のすぐ上にある大きな窓のところまで行くと、窓からは体育館全体を見下ろすことができた。


 体育館のなかではバスケ部とバレーボール部が練習をしていて、おれたちがいる手前側……つまり舞台側はバスケ部が使っていて、奥のほうはバレーボール部が使っている。手前と奥のスペースでそれぞれ右側を男子が、左側を女子が使っているみたいだ。


 つまり女子バレーボール部の顧問の藤堂先生を探すには、ここから見て体育館の奥、そして左側のあたりを探せばいいわけだ。


「ええっと、藤堂先生がいるのは……よし、見つけたぞ」


 おれはバレーボールのコートの中でトレーニングをしている女子生徒に向かって、腕を組みながらなにか声をあげている男の先生を見つけた。


 髪は短めで、歳は四十代半ばくらい。肩幅が広くて腕にたくさん筋肉がついた、けっこうゴツい感じの人だ。


「うん……あの人。胡桃から見せてもらった写真の人と同じ」


 おれの隣で一緒に窓の外の部員たちを見下ろしている凛音さんが言った。凛音さんが胡桃さんに教えてもらった話だと、胡桃さんたち一年生やレギュラー入りしてない部員たちは外でランニングや筋トレをしているらしい。


「胡桃ちゃんに先輩のコト教えたりした? 先生が好きってハナシ」


 夏希は藤堂先生みたいに腕を組んで凛音さんに訊いた。


「まさか。ウソをついてごまかしたよ。昨日の黛くんみたいに」


 凛音さんに横目で見られて、おれはぎくっとした。


 昨日、職員室から出て帰って別れるまで、凛音さんからはずっと冷たい目で見られた。そりゃ、ウソはよくないって判ってるけどさあ……


「はい。これ、昨日頼まれた双眼鏡」


 凛音さんは家から持ってきた双眼鏡を出すと、そのままおれに渡した。


「前に家族で舞台を観に行った時に使ったのを見つけて持ってきたんだ」


「なら今回は逆に、舞台から客席のほうを見るってワケか」


 夏希がそう言って面白がっている横で、おれは双眼鏡を構えて藤堂先生のことを目で追いかけた。藤堂先生はコートの周りを歩き回って部員たちに指導をしていた。


「いかにもな体育会系の熱血コーチって感じ。部員にドナり散らかしたりしてるのかな」


 夏希もおれの横で、双眼鏡はないけれどおれと同じところをじっと見つめているみたいだ。


 先生が部員たちに向かってなんて言ってるのか、さすがにここまではハッキリとは聞こえない。


 だけど、口を大きく開けている様子からして、ボールの跳ねる音や床とシューズの間で鳴る足音にかき消されないくらい大きな声をあげているのは間違いなさそうだ。


「おっと、お姫サマのご登場だ」


 夏希の声が聞こえた次の瞬間、藤堂先生だけが写っていた双眼鏡のなかの景色にあやみ先輩が入り込んできた。


 あやみ先輩が藤堂先生に何か報告をすると、ちょっとピリついていた先生の表情が緩んで、微笑みを浮かべてなごやかになったように見えた。


 そしてそんな先生と話しているあやみ先輩は運動して上がった熱のせいか、汗をたくさんかいて、顔が茹でタコみたいに赤くなっていた。もしかしたら、そうなってるのには別の理由があるかもしれないけど……


 藤堂先生があやみ先輩と話していると、先生が組んでいた腕をほどいて下ろしたのが見えた。


 それが判ると、おれはすぐさま先生の左手の部分に双眼鏡のレンズを向けた。


 藤堂先生の左手の薬指には、銀色に光る指輪がはめられていた。


「やっぱりか」


「やっぱりって何?」


 双眼鏡を覗いているおれに凛音さんが訊いた。


「結婚指輪。双眼鏡使ってもどんな宝石かまでは見えなかったけどね」


 おれが凛音さんに双眼鏡を返すと、凛音さんも双眼鏡を構えて藤堂先生の手もとを確認したみたいだった。


「確かに……藤堂先生の左手の薬指、結婚指輪が付いてる」


「あたしにも見してよ」


 凛音さんが夏希にも双眼鏡を渡すと、今度は夏希が双眼鏡のなかを覗いた。あやみ先輩はもういなくなっていて、先生はまた腕を組みながら部員たちに稽古をつけているみたいだった。


「こりゃ望み薄だね。妻子ある身をぶん盗るなんていばらの道を渡るところか、裸足でスキップしながら越えていくようなもんだよ」


 夏希が双眼鏡を覗きながら言った。いや、結婚してるかはともかく、子どもがいるかはまだ知らないんだけど……


「で、こうやって女バレと藤堂先生の生態を楽しく観察して、央士はこれからどうすんの? 先輩に既婚者だから諦めろって追い打ちかける?」


「そんなワケないだろ……第一、先輩のほうは藤堂先生が結婚してるってコトとっくに知ってるだろうし。だから余計に悩んでるかもしれない」


「じゃあどうするつもりなの?」


 凛音さんに訊かれると、おれは窓から目を離してため息をついた。


「おれは、先輩に告白させたいって思う」


 おれは凛音さんと夏希の顔を見た。


 ふたりとも、眉をひそめておれのことを怪しむような目で見ていた。


「……いや、でもその、黛くん」


 凛音さんは口を開くと戸惑うように言った


「先輩の好きな人はあの先生で、そんなの……」


「凛音さんの言いたいことは判ってる」


 おれは凛音さんの言葉を遮った。


「先輩の恋が叶う可能性なんて一パーセントもないかもしれない。だけどあやみ先輩が藤堂先生に告白するコト自体ができるなら、おれは絶対に先輩に告白をさせるべきだと思う」


「何を言ってるの黛くん!?」


 凛音さんはまっすぐおれに向かって言った。


「そんなの、先輩を失恋させて傷つけに行けって言ってるのと同じことだよ!? どうしてそんなこと言えるの!?」


「だってあの人にはチャンスがあるんだ! おれにはそんなチャンスなんてないのに!」


「チャンス?」


 凛音さんはおれが思わず言った言葉を繰り返してつぶやいた。


「チャンスって何のこと? そのチャンスが先輩と何の関係が──」


 凛音さんがそこまで言いかけたところで、部屋の扉がきしみながら開く音がした。


 その音でおれたちは一斉に扉のほうを向いた。


 扉の外にいたのは、さっきまで藤堂先生と一緒に話をしていたあやみ先輩だった。


「さっきからあなたたちがここにいるのが外から丸見えなんだけど、あなたたち、一体ここで何をしてるの?」


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