春20:それぞれの後悔
もし誰かのコトが好きな人がいれば、おれはその人のことを応援するし、その恋を叶えるためにできるコトがあればなんでもしたいって思う。それは凛音さんも同じはずだ。
ただそれが、できれば成就しないほうがいい恋じゃなければの話だけれど……
どうしてあやみ先輩が、おれたち以外に誰にも自分の好きな人のコトを話せなかった理由が判った。
自分のいる部活の顧問の先生が好きだなんて、友だちに話すのも気まずいし、先生や親に話すのはもっとムリだ。だから友だちでもなんでもないおれたちのところに相談に来たんだ。
だけど結局のところ、おれたちはあやみ先輩の期待をウラ切ってしまったんだ。
「……出来るって言ったのに。私の恋、成就できるって言ったのに」
あやみ先輩の顔から一気に熱気がひいた。さっきまで自分が好きな人の話をしてた人とは、全然違う人に見える。
雰囲気が完全に変わったあやみ先輩に、凛音さんはしどろもどろになっていた。
「いや、その、まさか先輩の好きな人が先生だとは全く思わなくて、私はてっきりクラスメイトとか部活の先輩とかだと思ってて……」
「もういい」
凛音さんの言葉をさえぎって、先輩は座ってた椅子から立ち上がった。
「誰かに頼ろうとした自分が間違ってた。誰も理解してくれるわけないって判ってたはずなのに」
捨てセリフのように先輩はそれだけ言うと、さっさと教室から出ていこうとした。
「あのっ、先輩っ」
凛音さんはあやみ先輩に声をかけて引き留めようとしたけれど、先輩は足を止めようともしなかった。
その時、おれの隣から夏希の声が聞こえた。
「先輩、少しだけいいですか」
夏希の声が聞こえると、先輩は足を止めてこっちを振り向いた。そして夏希は先輩のいるところまで歩いていって先輩と向き合うと、少し息を吸って、口を開いて言葉を発した。
「何の助けもできなくて、本当にすいませんでした」
夏希はそう言って、あやみ先輩に深く頭を下げた。
「自分たちにこんなコトを言う権利はないかもしれないですけど、先輩にとって納得のいく結論が出せるコトを祈っています」
あやみ先輩は自分に向かって頭を下げる夏希を、口を閉じたまま黙って見つめていた。
そして先輩は何も言わずに、代わりにガラガラと教室の扉が開いて、ガシャンと閉じる音が聞こえた。
「ま、こういうコトが起こる部なんだよ、なんでも部って」
夏希は頭を上げると、頭を回して振って、顔の前に垂れた髪の毛を直して整えた。
「頼みは聞くし期待に応えたいとは思うけど、いつもうまくいくワケじゃない。今回みたいに、相手の願いが度を越してる時なんかはね」
「前にもこれと同じようなコト……あったの?」
先輩がいなくなった教室で、肩を落としてうつむいていた凛音さんが訊いた。
「そうだね」
凛音さんの質問におれが返した。
「中学にいた時、三年で部活の最後の大会でベンチ入りしたいから特訓をつけてくれって人がいたんだ。おれたちはその人の頼みを引き受けた。でも一緒にトレーニングをして判った。その人にそんな実力はなかったんだ」
話しながら、おれの頭に野球部にいたその人のコトを思い浮かべた。丸刈りの先輩だった。間違いなく情熱にあふれた人だった。でもその情熱に何もかもがついていってない人だった。
最後に会った時、期待をウラ切ったおれたちを、涙を流しながら睨んだあの顔がしばらく頭から離れなかった。
「わたし、先輩に酷いことしちゃった」
おれが過去の失敗を思い返している横で、凛音さんはさっき自分がした失敗を後悔しているみたいだった。
凛音さんは目を瞑って、両手を握ってそのこぶしを震わせていた。
「無責任なコト言って、都合が悪くなったら平気で突き放して……」
「このままズルズル話に付き合って、余計メンドーなコトになるよかずっとマシだよ」
自分のやったことに打ちひしがれていた凛音さんに、夏希がバッサリと言った。
「夏希、それ、フォローのつもりで言ってんの?」
おれはちょっとドライすぎる夏希に目線を向けた。
「ベタベタに慰めたって余計ツラい気持ちになるだけだからさ」
夏希は動かしたままにしていた机の場所を引きずって戻し始めた。
「とりあえず今日はここまでにして解散。明日からまたどうするか考えよう」
おれも夏希と一緒に机を片付け始めると、凛音さんも手伝ってくれてあっという間に片付けは終わった。
「あ……そういえば」
机の位置を全部元に戻すと、凛音さんが近くの机の上に置いたままにしていた冊子を手に取った。
「部活の日誌……書かなきゃ」
凛音さんは日誌の表紙を見ると、顔を上げておれたちのほうを向いた。
「今日の日誌……なんて書けばいいのかな」
人生相談をされたというコトにした。
「じゃあわたし、職員室の西御門先生に日誌を届けに行くから。ふたりは先に帰っていいよ。お疲れ様」
日誌の今日のページを書き終えると、凛音さんはカバンを肩にかけた。
「お疲れー。じゃあお言葉に甘えて、アタシらは先に帰らせてもらおっか」
夏希が帰る支度を始めておれに訊いた。
そんな夏希に、おれは首を横に振った。
「いや、おれも凛音さんと職員室まで一緒に行くよ。夏希は自転車置き場で待ってて」
そしておれと凛音さんが職員室に行くと、仕事机の上を片付けて帰る準備をし始めていた梢先生に日誌を渡した。
「人生相談ねえ。具体的にダレからどんな話をされたのかも書いて欲しいんだけどな」
「個人のプライベートに関わることですから」
日誌を眺める梢先生の質問を、凛音さんはうまくかわした。
「それじゃあ仕方ない。でも、もし手に負えそうになくなったら私に早めに相談するコト。それと、黛くんは誰かお探しかな?」
職員室のあちこちに目をやっていたおれに梢先生が気づいたみたいだった。
「いや……女子バレー部の顧問の藤堂先生を探していて」
「2-3の担任の? 今は不在みたいだけど。まだ部活から戻ってないんじゃない?」
梢先生が二年生の担任の先生が集まる席のほうに目を向けた。
「もしかして黛くん、なんでも部から女バレに転向する気とか?」
冗談を言った梢先生に、おれは笑って返した。
「いやいや、今日藤堂先生からちょっと頼まれごとをされてて、そのことで話をしようと思ったんです。そっか。まだ部にいるなら、体育館に行こうかな」
職員室から出ると、おれと凛音さんは横に並んで廊下を歩いていった。
「すごい偶然だね、黛くん。わたしの知らないところで藤堂先生に頼み事されたその日に、その先生のコトが好きな人が現れるなんて……」
「ああごめん、凛音さん。あの話ウソ」
「えっ?」
凛音さんが足を止めると、おれも足を止めてこっちを見る凛音さんのほうを向いた。
「明日やるコトが決まったよ。凛音さん、家に双眼鏡とかないかな?」




