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春18:来訪者

 部の設立願いを出した次の日にはもう、おれたち”なんでも部”には部室が用意された。


 部室といっても、使うのは放課後誰も使わない、おれたちがいつも授業を受けてる1年5組の教室だったんだけど。


「顧問をしてくれる西御門先生が黛くんと夏希さんのいる5組の担任だから、そのまま5組の教室を使うことになったんだよね?」


 部長になった凛音さんは、教室のうしろにある掲示板に貼ってあるプリントとか時間割表を眺めながら、部の日誌を手に持っていた。


「他の部活がうらやましいよねー。専用の部室があってさ、服とか色んなもの置いてけるロッカーとか置いてあって、色々物を置いて飾れちゃったりして」


 夏希はいつも使ってる自分の席に座って、机の下で足を思いっきり伸ばしていた。


「ゼイタク言えないよ。それに部室を用意してくれるだけでも中学の時よりいいし」


「中学校の時は毎日どこに集まってたの?」


「雅臣の家。作戦会議とかする時はいつも集まってた」


 そうやって毎日入り浸ってたから文芸部に逃げられたんだと思うけど。悪いコトしたなあ。


 おれたちが話していると、廊下のほうからタッタッタッと誰かが走っている音が聞こえてきた。そしてその足音が近くまで来ると、この部屋の引き戸がガラガラッと鳴った。


 教室の扉を開けたのは、メガネをかけた髪が短い女子だった。


「胡桃?」


 凛音さんが自分の友だちが来たのに気がつくと、胡桃さんはおれたちに向かって笑って小さく手を振った。


「やっほー! 部ができたって聞いて来ちゃった」


 胡桃さんは教室の中に入っておれの前まで来ると、ちょっと背伸びしておれの顔を見上げた。


「ごめんね、黛くん。琴音がいなくなった時は大して助けられなくて」


「気にしてないよ。胡桃さんには中学校に行って色々調べてもらったし。えっと、その袋は?」


 おれは胡桃さんが持っていたレジ袋を指さした。


「あ、これね。お菓子とかジュースを薬局で買ってきたんだ。部ができたお祝いに一緒にどう?」


 おれたちは教室の机を動かして四つ並べてくっつけて大きなテーブルにすると、その上に胡桃さんの持ってきたお菓子とジュースが入った大きなペットボトルと、ジュースを入れる紙コップを置いた。


「そっかあ、凛音が部長かあ。あたしが凛音に黛くんたちを紹介した時は、こんなコトになるなんてねえ」


「それはここにいるみんな同じ気持ち」


 向かいの席でじゃがりこを食べる胡桃さんに、彼女の隣の席にいる凛音さんが紙コップに口をつけながら返した。


「黛くんには心の底からありがとうって感じ」


 じゃがりこを一本食べ終えると、胡桃さんはもう一本じゃかりこの入ってるカップの容器に手を伸ばした。


「琴音のコトもだけど、落ち込んでた凛音を元気にして、新しい居場所を作ってくれて……」


「やめてよ、胡桃」


 凛音さんが困ったように笑った。


「ありがとうはこっちのセリフだよ」


 おれは紙コップにジュースのおかわりを入れながら言った。


「凛音さんがいなかったらこの学校でなんでも部はできなかった。凛音さんがいてくれて本当に良かった。な、夏希」


「まーね。ふたりだけだったら、どっかよその部活行くしかなかったからさ」


 おれの隣の席にいる夏希は袋にたくさん入ったアルフォートを一枚取って、その包みを破って一口かじった。


「部長のシゴト引き受けてくれたんだし、これからは凛さんに全力で頼っていくからね。よろしく」


「こちらこそ。それじゃ改めて、部の設立を祝して──」


 凛音さんが紙コップを持って顔より上に持ち上げると、おれと夏希さんと胡桃さんも合わせるように紙コップを持ち上げた。


「乾杯」


「乾杯!」


「乾杯」


「カンパイ!」


 紙コップで乾杯をしてもチリン! と鳴る音はしないけれど、お互いのカップが当たった瞬間、おれの頭のなかではその音が鳴ったような気がした。


「そうそう、黛くんにひとつ提案があるんだけど」


 胡桃さんはジュースを一口だけ飲んでテーブルに置いた。


「前に凛音とデートした話の続きでさ、せっかくだから、本当に凛音と付き合ってみようとは思わない?」


 おれは飲んでいたオレンジジュースを思いっきり吹き出した。


「黛くん、大丈夫!?」


 凛音さんは持っていたポケットティッシュを出すと、おれが吹き出したジュースを拭き始めた。


「えっ、ごめん、そんな驚くハナシだった?」


「いや、気にしてないよ、まったく」


 胡桃さんにそう返しながら、おれは袖で口のあたりをぬぐって、教室に置いてあるティッシュ箱からティッシュを何枚かとって机の上を拭いた。


 凛音さんと付き合う……うーん、凛音さんはいい人だし、デートもしたけど、そこまで考えてはいなかったというか……


「ヘンなこと言わないでよ、胡桃!」


 おれは飲みそこなったジュースにもう一度口につけると、ティッシュを片付けた凛音さんが目の前で胡桃さんに言った。


「第一、黛くんは夏希さんと付き合ってるんだから!」


 おれは飲んでいたオレンジジュースをまた思いっきり吹き出した。


「黛くん、大丈夫!?」


 おれがむせていると凛音さんの声が聞こえた。なんかさっきも同じようなコト聞いたような気がするぞ。


「アタシと央士は付き合ってないよ」


 夏希はとなりにいるおれの背中をなでると、目をおれに向けながら凛音さんに言った。


「え、そうだったの? わたしはてっきり、恋人同士だと思って……」


「勘違いしてたってワケか」


 おれは今度こそちゃんとオレンジジュースを飲んで、ノドを落ち着かせた。


「それに、なんでも部は部内恋愛禁止だからね。だからそこんとこよろしく」


「へー、知ってた? 凛音」


「わたしも初めて聞いた。知らなかった」


 夏希の言葉に凛音さんと胡桃さんは驚いてるみたいだった。


 おれも初めて聞いた。知らなかった。


「そういや胡桃さんはいいの? 部活があるのに、ここでくつろいでて」


 夏希は腕を組みながら胡桃さんに向かって言った。


 確かに。こうやって一緒にお菓子を食べてるけど、本当は部活の時間だ。胡桃さんはバレー部に入ってるはずだけど、部活に行かなくていいのかな。


「大丈夫、今日は家の用事で休みますって伝えたから」


 胡桃さんがまたじゃがりこを一本取ると、凛音さんは心配そうな顔をした。


「大丈夫なの? もしバレー部の先輩とかに見つかったら大変なことになるんじゃ……」


「大丈夫だって。まさかわざわざここに先輩が来るコトなんてないだろうし──」


 胡桃さんがじゃがりこを食べようと口を大きく開けた時、教室の引き戸がガラガラっとなる音がした。


 教室の扉を見ると、そこには胸の辺りに”西吾妻高校バレーボール部”と書かれた部活Tシャツを着た女子生徒がそこに立っていた。


「あ」


「あ」


「あっ……」


 いっせいにみんなの口から同じような声が聞こえると、し〜んという音が聞こえた。本当に聞こえた。本当になんの音もしない時はそんな音が聞こえるんだなあとおれは思った。


「……あんた、新入りの一年生だよね」


 扉の外に立っているバレー部の部Tシャツを着ている女の人は胡桃さんに向かって口を開いた。


「……ええっと、はい」


 バレー部の先輩に見つめられながら、胡桃さんは固まっていた。ふたりの様子を見守るおれたちも固まっていた。


「あんたは何も見なかった」


「え?」


 胡桃さんがぽかーんとしていると、バレー部の人はギッと胡桃さんをニラみつけた。


「いいから! サボってるってチクられたくなかったら早くここから出てって!」


「はっ、はいーッ! 失礼しましたーッ!」


 女の人にドナられると、胡桃さんは自分の荷物を持ってそのまま教室から走って逃げていってしまった。


 え、ええーっ……なんだったの、今の……


 おれたちが今起こった一連の出来事にあっけにとられていると、女の人は教室からいなくなった胡桃さんからおれたちのほうに顔を向けた。


「あなたたちが、なんでも部の子たちで合ってるよね?」


「そ、そうですけど」


 女の人に訊かれておれは固まったまま答えた。


「私は2年5組の朝比奈(あさひな)あやみ。この服と今の流れを見て判るだろうけど、バレー部に入っててあの一年の先輩やってる」


 女の人……あやみ先輩はおれ、夏希、凛音さんと目線を移していった。


「なんでも部のあなたたちに頼みたいことがあるの。……ここからは他言無用でいくから」


 あやみさんはおれたちから目をそらすと、横を向いてほっぺたを赤くして、大きく息を吐いた。あやみさんがおれたちから目をそらした時、肩にかからないくらいの長さのつやつやした髪が揺れた。


「あなたたちにラブレターの代筆をお願いしたいの。私の、その、好きな人に……」


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