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春17:この門を潜る者は


 職員室まで来たおれたちは、凛音さんに手伝ってもらいながら書いた反省文を梢先生に渡した。


「うん、ちゃんと書けてるみたいだね。あんまり心配してなかったけど」


 先生は提出されたそれぞれの原稿用紙の右側から左側へさっと目線を動かすと、そのまま机の上に置いた。


「先生、ちゃんと読んだんですか? アタシからしたら、なんかパッと一瞬だけ見ておしまいって感じに見えたんですけど」


「心外だなあ。ちゃんと読んだよ。先生、文を読むのが早いんだ」


 疑ってかかる夏希に梢先生は軽く笑いながら言った。


「ま、先生としてはキミらの人助けしたかったって気持ちを完全に否定するつもりはないよ。ここに書いてある通り、問題は先生たちに相談しなかったってコト。きっと話したら止められると思って黙ってたんでしょ」


 梢先生は椅子に座ったまま、椅子のすぐそばに立つおれと夏希と凛音さんを見上げた。梢先生に見つめられて、おれたちはお互いに顔を見合わせた。


「図星、ってカオだね。いけないなあ。たとえ正しいコトをしようとしてるつもりでも、正しいやり方で通そうとしなかったら、結局ひどい結果を招くコトになる」


 おれの頭の中に牢屋に入った男子高校生三人組が頭に浮かんだ。たぶん夏希と凛音さんも同じかもしれない。


「とりあえず、それが今回のキミたちの教訓かな。キミたち、私の言ったこと判った?」


 先生がおれたちに問いかけてきた。


 おれたちは一瞬目を合わせると、一緒に「はい、すみませんでした」と梢先生に頭を下げて揃えて言った。


「よろしい」


 梢先生は椅子を回して机の方を向くと、おれたちの反省文を二つに折ってファイルに入れた。


「さて、一旦ケジメがついたところで、先延ばしにしていた部活の話をしようか」


 梢先生が机にある別のファイルを手に取ると、そこから三人分の入部届の用紙を出した。


「これがキミらの入部届だ。キミら以外はみんな昨日の時点でもうどこかの部活に入るのか決めてる」


 梢先生が入部届をおれたちに差し出してきた。空欄になっているのはおれと担任の先生、つまり梢先生の署名欄に、そして入る部活を記入する欄だ。


「ここに入りたいって決まってるところはある? いつまでも先延ばしにするわけにはいかないからね。先生としては、なるべく早く決断するべきだと思うな」


 先生に言われて、おれは隣にいる夏希の顔を見た。夏希もおれのことを見ていた。


 おれは夏希と目を合わせて頷くと、先生に向かって口を開いた。


「おれたち、ボランティア部に入ります」


 おれがはっきりとそう言うと、梢先生は眉を上げて目を大きく開いた。


「意外だな。もう少しなんでも部にこだわるもんだと思ってたけど」


「他に入ってくれる人もいないですもん」


 おれに代わって夏希が言った。


「先生言ってたでしょ、みんなもうそれぞれ入る部活決めてるって。悪あがきなんかしませんよ。央士とも話して決めたんです。部が無くなっても、ほかにやりようはいくらでもあるから」


「だけどまだ一人、キミたちふたりのほかに入部届を出していない人がいるでしょ?」


 梢先生はおれと夏希の奥にいる凛音さんに目を向けた。


「彼女を誘うつもりは?」


 先生に言われると、おれは首を横に振った。


「そのつもりでした。というか、一回誘いました。でも、なかったコトにするコトにしました」


 昨日の昼休みに”なんでも部”に凛音さんを誘ったことの返事はまだもらってなかった。理由はもちろん、あれから色んなコトがありすぎて、その話をするヒマがなかったからってことなんだけど。


「凛音さんには昨日のことでひどい迷惑をかけたし、それでおれたちと一緒にやってほしいなんて頼めないですよ」


「そう。鵜野森さんとも話して決めたの?」


「いえ、初耳です」


 後ろにいる凛音さんが言った。


「ふたりとも露骨にその話を出してくれなかったので、なんとなくそういうコトなんだろうなとは思ってましたけど」


「それは……ごめん。話しづらくて」


 おれが思わず凛音さんに謝った。


「いいよ、お互い様だから。わたしも話しづらかったし」


「で、鵜野森さんの中ではどこの部活に入るか固まってるのかな? キミも早いこと6組の担任の福岡ふくおか先生に入部届を出さなきゃだけど」


 梢先生が凛音さんに向かって言った。


「ええ。ここに来たついでに提出するつもりでした」


 凛音さんは制服のポケットに手を差し込むと、その中から四つ折りになっている白い紙を出した。


「この学校に入学して一週間。こんなにたくさん予想もしてなかったコトが起こるとは思いませんでした。黛くんたちと知り合いになったかと思ったら、妹が家出して色んな人に迷惑をかけて、前の学校では生徒会の副会長をして真面目な生徒として通っていた自分が生徒指導室でまさか反省文を書く羽目になるなんて」


 それを聞いておれは少し落ち込んだ。色んな人に迷惑をかけたのはおれたちのせいで、凛音さんのせいじゃないと思ってたからだ。むしろおれが凛音さんに迷惑をかけたようなものなのに。


 でも凛音さんはくすっと笑って、手に持っている紙を開いてその中身に目線を落とした。


「今までわたし、将来自分はこうなるんだろうなってなんとなく頭に浮かびながら毎日学校に行ったり勉強してきました。でも黛くんと奥寺さんと会ってから、これまで思ってもみなかったコトが起こって、それがちょっと楽しいって思えたんです。うまくいかなかったり、人生で初めて反省文を書いたコトを含めて」


 凛音さんは前に出ると、自分の持っていた紙を梢先生に見せた。


 中身は入部届だった。梢先生に渡される前から、自分で準備していたみたいだった。


 そしてそこには凛音さんの名前と一緒に、”なんでも部への入部を希望します”と綺麗な字で書かれていた。


 おれと夏希は一緒に、凛音さんの横顔を見つめた。おれたちが見ているのに気がつくと、凛音さんはこっちを向いて微笑んだ。


「これで三人。部を設立するのに必要な人数は三人ですよね、西御門先生?」


 凛音さんが前を向くと、改めて自分の入部届を梢先生に差し出した。


 梢先生は凛音さんの入部届を受け取ると、クスッと笑ってすぐに凛音さんに返した。


「わざわざ準備したのがムダにならなくて安心したよ」


 梢先生はさっき入部届を出したファイルに手を伸ばすと、そこから一枚の書類を出しておれたちに見せた。


 その書類には大きな文字で”新規部活動設立に関する届出”と書いてあった。


「これって」


 おれが目を見開くと、先生はおれにそのまま書類を渡した。


「読んで字のごとし、新しい部活動を立てるために出す書類。ここにまだどこの部活にも入ってない生徒三名の署名と、顧問となる教諭の署名を入れて校長に提出するコトで、部が部として認められるわけだ」


 おれたちが集まって書類の中身に視線を向けていると、夏希が顔を上げて梢先生に顔を向けた。


「なるほど、ここには三人いますね。でも誰が顧問になってくれるんですか? まさか梢先生が顧問になるつもりですか?」


「まさかも何も、その通りなんだ」


 梢先生は夏希にニヤリと笑った。


「今はどこの部活の顧問もやってないし、やるなら私がちょうどいいかなって思ってさ」


「アタシらが言うのもなんですけど、ゼッタイ苦労しますよ」


 夏希は呆れたように言った。本当におれたちが言えるセリフではないんだけど。


「キミらを野放しにしてまたおかしなコトを起こされた方が、よっぽど苦労しそうだからね。それにキミたち反省文に書いただろ? これから人助けや大勢を巻き込むようなコトをする時は、必ず先生を通すって」


 先生は机の上に置いておいたおれたちの反省文を手に取って見せて、すぐに机の上に下ろした。


「だから今度からは何か大きなコトする時は顧問になる私に話を通してもらう。ま、言いかたは悪いけど、監視だね」


 梢先生はおれの手から書類を取ると、机の上にあるボールペンを手に取って顧問の先生の記入欄に自分の名前を書き込んだ。


「さあ、とりあえずこれで顧問は決まったワケだ。あとはキミたちだ。改めてもう一度訊こうか。キミたちは、どこの部活動に入るつもりなのかな?」


 自分の名前を書き終えて、先生がおれたちに質問をした。


 そしてそれに一番早く答えたのは凛音さんだった。


「わたしの答えはさっきと同じです。わたしはなんでも部への入部を希望します」


 凛音さんは前に出ると先生の机の上にあるボールペンを手に取って、部員名の欄の一番上に”鵜野森凛音”と書いた。


「残るはふたり。どうする? もちろん、さっきキミたちが言ってたボランティア部や別の部に入る選択肢もまだ残されてる。鵜野森さんが今までと違う道を選んだように、キミたちもこれまでと違う道を選ぶというのも、先生としてはアリだと思うけどね」


 おれは先生と、凛音さんの顔を見た。


 コタエは決まってる。


 おれは机の上にあるボールペンを取って、書類の中の凛音さんの名前の下に自分の名前を入れた。


「おれは今まで、”なんでも部”でいろんな部活の助っ人をしたり、委員会を手伝ったり、いなくなった友だちの妹を探しに行ったり、色んなコトをしました」


 だからおれにとって、なんでも部にいることは、いつも違うコトをしてるみたいなものだ。


「おれはこれからも、なんでも部で毎日違うコトをするつもりです」


「オーケー。これでふたりだね。奥寺さんはどうする?」


 梢先生が夏希に訊いた。夏希は先生の机にある書類に目を向けた。


「もしここでイヤだって言ったら、アタシ、すごい大悪党になりますよね」


「え、まさか夏希、”なんでも部”に入らないとか……」


「そんなコト一言も言ってないじゃん」


 夏希がおれの前に出ると、机の上のボールペンで書類にササっと自分の名前を書き入れた。


「アタシが耐えられるワケないでしょ? 央士がアタシの知らないところでアタシと違うヒトと面白そうなコトするなんて。これからも、ご一緒させてもらうからね」


 夏希はボールペンを机の上に戻すと、凛音さんに顔を向けた。


「これからタイヘンだよ。もうフツーの青春なんか送れないからね。それでもいい?」


 夏希にそう訊かれると、凛音さんは右手を夏希に向かって差し出した。


「臨むところだよ。これからよろしく、夏希さん」


 凛音さんに名前を呼ばれてると、夏希は同じように凛音さんの名前を呼んだ。


「こちらこそ、凛さん」


 夏希が凛音さんの握手に応えて手を握った。


 そして握手するふたりの手に、おれは自分の手を乗せてふたりの目を見た。


 おれが手を乗せて凛音さんは最初少し驚いたみたいだったけど、すぐに頷いて握っていないもう片方の手をおれの手の上に乗せて重ねた。それに夏希も続いて自分の片方の手を乗せる。


 そして最後に梢先生が椅子から立ち上がって、重ね合わせたおれたちの手の上に自分の手のひらを被せた。


「じゃ、というコトで、これで”なんでも部”設立だね。おめでとう。これからよろしく」


 おれは目の前にいる三人の顔を見た。


 いままでずっと一緒で、これからも隣で一緒に歩いてくれる夏希。


 最初はおれたちのやるコトを阻止しようとしたけど、これからどうするべきかを一緒に考えてくれた梢先生。


 そして……合格発表の日に初めてあの姿を見た時は、おれたちの”仲間”になるとは思いもしなかった凛音さん。


 おれはこれからこの三人に助けられたり、そして助けながら、この学校で三年間を過ごしていくんだ。


「あ、そうだ。部長を誰にするかだけどさ」


 梢先生が急に思い出したように言った。


「この三人でだったら、中学で生徒会にも入ってた鵜野森さんにやってもらうのが一番だと思うけど、どうかな?」


 先生の言葉で、おれと夏希が同時に凛音さんの方に向いた。


「え、え、わたし?」


 凛音さんはおれと夏希の顔を交互に見ながら戸惑っているみたいだった。


「わたしはいいけど……いいの? 新入りのわたしが部のリーダーになっても」


 凛音さんに訊かれて、おれは夏希と顔を見合わせた。


「おれはまあ、いいけど」


「アタシも別にいいよ」


「それに中学の時は雅臣に部長やってもらってたし」


「生徒会との部長会議とか行ってもらってたもんねー」


 改めておれたちは凛音さんのほうを向いた。


「というわけで、凛さんが部長でアタシはいいよ」


「むしろ、おれたちの代わりに部長になってほしいです。ていうか、なってください。お願いします」


 おれたちが凛音さんに一緒に頭を下げた。


「えっと……じゃあ部長として、こちらこそ、これからよろしくお願いします」


 凛音さんがそう言うと、凛音さんのほうもおれたちに頭を下げた。


 こうして……新生”なんでも部”は、凛音さんを部長として動き出すコトになったのだった!


 ◆◆◆


 どうして合格発表の日、わたしは不意に涙を流してしまったのだろう?


 ずっと好きだった渚と離れ離れになったしまったのが悲しかったのなら、もっとずっと前に大泣きしていたはずなのに。


 でも最近、黛くんと渚とのことを話して判った。


 これまでわたしはずっと、この先何があろうと渚と幸せな日々を過ごしていくと信じ続けていた。たとえ高校は別々になってもつながりは消えずに、また巡り会えるって。


 でもそれが突然終わりを迎えて、別々の学校に通うことが決まった瞬間、渚のいない世界でこれから生きていかなきゃいけないことに気がついて、わたしは怖くなってしまったんだ。


 これから何が起こるか判らない場所で渚が隣にいてくれないことが本当に心細くて、それで思わず泣きだしてしまったんだ。


 でも、今はこれから先どうなるか判らないことが、わたしの胸をときめかせてくれる。


 なぜなら、央士くんと夏希さんがわたしを新しい世界に連れ出してくれたから……


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