春16:文章のプロ
次の日の放課後、おれと夏希と凛音さんは生徒指導室に閉じ込められて、昨日やったアレコレの感想文を書いていた。
さっきまで雅臣もこの部屋で一緒だったんだけど、さすが文芸部、サクサクと原稿用紙を全部埋めて職員室の梢先生のところへ持っていって、さっさとひとりで部活に行ってしまった。
「え、凛さん、もうかなり書けてんじゃん。なんでそんな早く書けんの」
夏希がとなりの席にいる凛音さんのほうへ乗り出すと、原稿用紙の中身を覗き込んだ。
「そうかな。ただご迷惑をおかけしてすみませんでした、以後同じような行動は慎みます、みたいなコトを書いていったら、おのずと埋まっていっただけなんだけれど」
「あー、アタシはそういうの書けないな。心にもないことを書くなって言われたらヤだし」
「反省してるって態度をちゃんと見せれば大丈夫だと思うけど」
「ウソつくのニガテだからね、アタシ」
「……ウソってことは、あんまり反省してないんだね、奥寺さん」
凛音さんはペンを動かす手を止めて、隣にいる凛音に顔を向けて言った。
「もちろん逮捕された三人には悪いコトしたなって思うよ。でも凛さんの妹ちゃんをアタシらで探そうとしたってコト自体は、何も悪いコトしたって思ってないもん」
夏希は手に持っていたシャーペンを、原稿用紙の上に放り投げた。
「悪いコトしたつもりはないのに、悪いコトしてすみませんでしたっていうのは、なんか違うと思うんだよねー。だからイマイチ反省文を書く気が起きないってワケ。央士もそうでしょ?」
夏希は凛音さんから前の席にいるおれのほうを向いて言った。
「……おれはただ、作文とか書くのがニガテなだけなんだけど」
おれは目の前の机の上にある自分の反省文の原稿用紙を見た。
最初の一行目にシャーペンで書いたり消しゴムで消したりした跡がある以外は三十分前に先生から渡された時のままだ。
「えー? そこはアタシの話に乗ってよー! それに作文がニガテなのはアタシも一緒なんだしさー」
夏希はのけぞって椅子の背もたれに寄りかかった。
「央士はどんな所が引っかかってんの? 原稿用紙の最後まで書く内容が持たなくて悩んでるとか」
「うーん……どっちかっていうと、どう書けばいいのか頭のなかでまとまらないんだよ。色々もやもや考えてることはあるんだけど、それをどうやって伝えればいいのかが判らなくて」
「意外と真面目なんだね、ふたりとも」
後ろから凛音さんのボソッと言う声が聞こえた。
「真面目? おれたちが? まさかあ」
おれは後ろを振り返って凛音さんの顔に向いた。
「真面目っていうのは、凛音さんとか、そういうヒトのコトを言うんじゃ……だってほら、凛音さん中学の時は生徒会に入ってたし」
「どうかな。ただ真面目なフリしてただけかも」
凛音さんは自分の反省文に目を向けると、シャーペンを持つ手を動かして、原稿用紙の中身を埋めていった。
「わたしもね、奥寺さんみたいに琴音……妹を自分で探そうとしたコトは、ちっとも後悔してない。もちろん、刑務所に行った三人のことは本当に申し訳ないと思うけど」
念のために言っとくけど、あの三人は刑務所に行ってないからな。
「こうやって反省文を書けてるのは、それらしいコト書いて、ちゃんと反省してるフリを見せればやりすごせるって思ってやってるから。そんなわたしに較べたら、自分の思っていることをどう書けばいいのか悩んでるふたりのほうがずっと真面目だと思う」
凛音さんはつっかえることなく文を書き進めながら、おれたちに言った。
「そんなコトないと思うけどな」
夏希もだろうけど、別におれはどうやって反省文を書けばいいのかそこまで真剣に考えてるワケじゃない。
いつも学校から出る宿題みたいに、メンドくさくて、できればやりたくないって思ってるだけだ。
「それで投げ出さないところが真面目だって言ってるんだよ」
凛音さんが原稿用紙の最後の行まで書き終えると、ペンを机の上に置いて、紙を二つに折った。
「わたし、ふたりが書くの手伝うよ。だから今ふたりが、昨日やったコトをどう思ってるのか教えて?」
凛音さんがおれの目をまっすぐ見た。
「……おれも夏希みたいに、琴音さんを自分たちで探そうとしたことを後悔してない。でも、もっとおれたちがしっかりしてたら、イチローたちは今も牢屋のなかに入らずに済んだかもしれないのに」
「今日フツーに学校来てたけどね、あの三人衆」
夏希がすかさず言った。まあ、それはともかく。
「だから反省してるっていったら、そこかな。でもそんなこと反省文に書いたってしょうがないだろ。おれたちが怒られたのは、自分たちで勝手に動いたからってことで、どう動けば良かったなんて書いても、反省してないって思われるだけで……」
「それでいいと思うよ?」
おれの話を聞いていた凛音さんが被さるように言った。
「ここからちょっと工夫すればいいんだよ。まず、文の初めでどうして今回こんな失敗をしたか書くの。わたしを助けようと思って、わたしの妹を助けようとしたって。次に助けようとした時に自分がどうすれば良かったのかを書くの。最初に先生に相談するべきだった、みたいなね」
凛音さんは椅子の隣に置いていた自分のカバンからルーズリーフを出すと、おれが反省文に書くことのリストを紙に書いていった。
「そして次に同じようなことがあったら、今回の反省を踏まえて同じ失敗をしないようにします、みたいなね。こうやって順を追って書いていったら、自然と原稿用紙の最後の行まで書いていけるんじゃないかな。どう? これでいけそう?」
凛音さんはこっちから見たら逆さまに見えるリストを、おれに見えるように半周回して差し出した。
「……すごい。おれがどう書けばいいのかずっと悩んでたのを、こんなあっという間に」
おれが凛音さんの作ったリストを手に取って眺めていると、夏希が席から身を乗り出して覗き込んできた。
「すっご。ね、これアタシも使っていい? アタシもこれとだいたい同じようなこと考えてたんだ」
「いや、パクリだと思われたらマズくないかな」
「大丈夫だと思うよ」
心配していたおれに凛音さんが言った。
「丸写しするわけじゃないし、あくまでこれは参考として、あとはふたりがそれぞれ書いていけば、出来上がった文は少しずつ違った感じになると思うよ。また書いていて詰まったところが出てきたら教えて。うまく書き進められるように手伝うから」
「……凛音さん」
おれはリストを握りしめながら凛音さんを見つめた
。
「今度また反省文を書くことになった時も、一緒に書くの手伝ってくれないかな」
「いや、できれば反省文は書かないで済むほうがいいんじゃないかな……」