春15:もう帰れない
えーっと……梢先生に捕まったあと何があったのかというと、とりあえず、凛音さんの妹は見つけることができた。
友だちと一緒にカラオケにいたのをそこで探していたイチロー、ジロー、サブローの三人が見つけて、その子たちの写真をおれの携帯に送ってくれた。
でもそのすぐ後、三人は盗撮犯としてカラオケの店員さんに捕まって、そのまま警察署へと連れて行かれてしまった。
そしておれや夏希、雅臣、そして凛音さんも、事情を説明するために梢先生と一緒に警察署に行くことになってしまった。
「だから私は止めたんだけどな。まあ、私が思ってたのとわりと違う終わりではあったけど」
警察署の玄関にある待ち合いスペースの席で足を組んで座っている梢先生は、隣の席に座ってるおれたちに言った。
「俺は止めようとしましたよ。止められなかったけど……」
夏希の隣の席にいる雅臣は、疲れ果てたようにぐったりと下を向いて地面を見ながら言った。ムリもない、さっきまでおれと一緒に警察のヒトにこってり絞られてたんだから……
「それにしてもあの刑事さん、君らのこと知ってるみたいだったね。知り合い?」
梢先生がおれに向かって訊いた。
「うーん、知り合いって言えば、知り合いなのかもしれないですけど……」
おれたちの顔が目に入った瞬間、刑事さんは「また君たちか!」と声をあげた。
なんでも部として色々やってると、今日みたいに警察に行くことが何度もあって……その度に会ううちに、その刑事さんとは顔馴染みみたいになってしまった。
「久しぶりに会ったけど、あの刑事さん元気そうだったねー。カレシ欲しいって言ってたけど、見つけたのかな」
夏希が頭の後ろで手を組んで言った。雅臣と違って余裕そうな表情だ。
ああ、それと……カラオケで捕まった三人からはこんなことを言われた。
「捕まった時はお前のことパンチしてやろうかと思ったけど、俺らの親に信じられないくらい叱られてるのを見てちょっとかわいそうになったから……まあ……許してやるよ」
「俺らも、盗撮はちょっとムチャしすぎだったよな。逃げたのもマズかったし」
「これで貸しってコトで勘弁してやるよ。ちゃんと返せよな」
おれのせいで逮捕されたのに、なんて優しい奴らなんだ。おれは二度とあいつらにメーワクをかけないことを心に誓った。
「央士、前も同じようなこと言ってたけどね」
……メンボクない。
「そういえば凛音さん、ちゃんと妹さんには会えたのかな」
警察に連れられたおれたちのなかで、凛音さんだけが今ここにいない。凛音さんは警察署に来た自分のお母さんと一緒に、警察まで事情聴取に連れられた妹さんに会いに行っている。
今日、妹さんが学校をサボったのは本当のことらしい。
そして……サボった本当の理由は、まだ聞いていない。たぶん、いま凛音さんがお母さんと一緒に聞いているところなんだろう。
「理由はやっぱ、お姉ちゃんとの恋愛に対する感性の違いってことだったのかねー」
「音楽性の誓いで解散するバンドみたいな言いかただな」
夏希の言葉に雅臣が返した。
「あ……凛音さん」
おれは奥の部屋からこの部屋に凛音さんと、そのお母さんと妹さんが出てきたことに気がついた。
おれたちは一緒に席から立ち上がると、凛音さんたちに頭を下げた。
「お騒がせして、すみませんでした」
おれが凛音さんのお母さんに向かって謝ると、凛音さんのお母さんは「とんでもない」と言って手を横に振った。
「お騒がせしたのはこっちのほうで……心配をおかけしました。凛音、琴音、黛くんたちに言うことは?」
お母さんが言うと、凛音さんとその妹の琴音さんも「ごめんなさい」と頭を下げた。
「なんにせよ、お子さんが五体満足でよかったです」
梢先生が、おれたちと凛音さんたち一家の間に入って言った。
「こちらとしても、この三人のことは担任として厳しく指導しますので、今後ともよろしくお願いします。今夜は遅いですし、ゆっくり休んで、明日からまた二人ともそれぞれ学校に行けるように体調を整えてください。では、気をつけてお帰りください」
こうして梢先生の言葉で、おれたちは解散することになった。
「黛くん」
警察署の外の駐車場で、おれたちと別れる前に凛音さんがおれに声をかけた。
「今日は……なんて言えばいいんだろ。ありがとうって言うべきなのか、ごめんなさいって言ったほうがいいのか」
「ありがとうでいいよ。謝られるようなことされた覚え、ないから」
おれは疲れ切っていたけど、それでも精一杯の微笑みを凛音さんに向けた。
「……なら、ありがとう。また明日、学校でね」
「うん、また明日。……ねえ! 君!」
おれは母親と一緒にいる琴音さんに向かって声をかけた。おれの声が届くと、琴音さんはおれのほうを振り向いた。
「君はお姉さんに、許せないことがあるかもしれない。でもこれだけは言える。お姉さんは間違いなく不知火渚のことが好きだった」
琴音さんは黙ったままおれのほうを向いていた。おれは言葉を続けた。
「完全に忘れたわけじゃない。むしろ忘れられないから今も悩んでるんだ。お姉さんのこと、判ってくれとまでは言わないけど、それだけは知っててくれ」
おれはそう言うと、琴音さんや凛音さんに手を振った。
「それじゃ、気をつけて」
するとおれに向かって、凛音さんが応えるように小さく手を振った。そして琴音さんが軽くお辞儀をすると、ふたりは母親の運転する車に乗ってそのまま駐車場から出て行った。
「央士はさあ、デリカシーゼロだね。外で誰が誰のこと好きだったなんて大声で叫んだりしてさ」
帰り道、自転車に乗りながら夏希がおれに言った。すると雅臣も夏希に続いて同じようなことを言い出した。
「まったくだ。現実はドラマとは違うんだぞ。見ていて本当に恥ずかしかった。近くでは普通に人が行き交ってたのに」
「しょうがないだろ! ああやって伝えるしかなかったんだから!」
おれはボロクソにけなしてくる夏希と雅臣に叫んで言った。
今日は失敗だらけだった。琴音さんの捜索は警察を巻き込むような大事件になってしまったし、凛音さんにとっては自分の恋愛の話を外で大声でされたんだから。
「あーあ。これじゃ凛音さん、”なんでも部”に入ってくれるわけないよなあ……」
警察署の駐車場でやったことをいまさら後悔しながら、おれは友だちと夜の道を走り抜けていった……
◆◆◆
「……胡桃先輩からライン、来てた」
お母さんの運転する車の後部座席で、わたしの隣に座る琴音は携帯の画面を見ながら言った。
昼間、琴音が携帯の電源を切っている間に、ラインには自分がいなくなった理由を知らない友だちからの大量の通知が入っていて、琴音はそれにひとつずつ返信をしていった。
「お姉ちゃんが昨日一緒に出かけてたあの人、日暮中の”なんでも部”の黛先輩だったんだね。それで胡桃先輩が黛先輩にお姉ちゃんとデートをするように頼んだ」
琴音は胡桃から送られてきたラインの内容をそのままわたしに伝えた。
「だったら言ってくれれば良かったのに! でなきゃあたし、お姉ちゃんのこと誤解したりなんて」
「琴音は誤解なんかしてない」
わたしは車のフロントガラスの外の景色を向いたまま言った。
「わたし、もう渚のこと忘れようと思ってる。そうだよ? 長い間好きだった人のことさっさと忘れて次の恋を探そうとしてる」
わたしの言うことに琴音は、なにも返さなかった。
「わたし、琴音が知ってるわたしには戻らない。たぶん、二度とね」
琴音が今どんな顔をしているのか、わたしは見る気にもなれなかった。