春14:確保
「T-FACEを回ってるヤツから連絡だ。ゲーセンの店員さんが三ツ谷中の制服を着た女子二人組を見たって」
豊田市駅前に位置する中央図書館の自転車置き場にて、中心街の周辺の捜索に加わっていたイチローとジローが、行動を共にしているサブローが手に持って表示させている携帯のメッセージアプリの画面に目を向けた。
「女子ふたり組の片方はちょっと背の高いロングヘアで、もう片方はそれよりちょい低めのボブカット。黛が話してくれた特徴からして、いなくなった子はたぶんボブカットのほうだな。あと、目撃者が言うにはふたりとも美人で可愛い子だってさ」
「へえ、そいつは探しがいがあるな」
メッセージアプリに表示された文章を読み上げるサブローに、イチローが軽口を叩いた。
黛央士たちからイチローたちに与えられた指示は、三ツ谷中学の制服を着た女子生徒のグループの目撃証言を探れというものだった。
最初は「制服を着た女子生徒のグループ」なんて大雑把な括りで大丈夫なのかと思ったイチローたちだったが、”なんでも部”の一味である蓮雅臣は捜索隊に次のように説明した。
「失踪した女子中学生はおそらく制服で外を出回っているはずだ。学校からわざわざ家に帰って制服から私服に着替えるというのは、早朝でまだ家族が家にいるリスクを考慮に入れるとやるとは思えない」
加えて雅臣はこう付け加えた。
「そして平日の昼間に外で制服で歩き回っているような連中は目立って仕方がない。確実に周囲の目撃者の印象に残る。学校はどうしたんだとな。そういうヤツを探すんだ。特に店の店員みたいに、同じ場所にずっといる人間に狙いを定めろ。いいな?」
この言葉通りに動いた結果、実際に目撃証言を掴むことができたのだから、やっぱり”なんでも部”の奴らは大した奴らだなとイチローたちは舌を巻いた。
「にしても黛のやつ、ぜんぜんラインの返事来ないな」
「奥寺もだ。せっかく苦労して見つけた情報なのに」
「ちっきしょー、さんざん俺たちのこと働かせといて、そりゃないじゃないの」
自分たちが情報を手に入れたというわけでもないのに、三人は恨み言を口にした。
「とりま三ツ谷中で聞き込みしてる連中が、ズル休みしたっていう二人組が行きそうな場所を調べてまとめてくれた」
サブローがほかの二人に言うと、携帯の画面に表示させているリストを読み上げ始めた。
「サイゼ、図書館、KiTARAの映画館、248号線沿いの精文館……」
「サイゼと図書館は俺らがさっき回って見当たらなかったから外そうぜ」
ジローがサブローの携帯の画面を覗き込みながら言った。
「映画館はひとつひとつのシアターに入って探すわけにもいかないから、他の奴に出口で待ち伏せてもらおう。精文館は遠いから後回し」
イチローがリストを眺めながら判断を下すと、サブローがもうひとつの候補を読み上げた。
「となるとあと探せそうなのは『Singing」……この近くのカラオケだな』
サブローがリストにあるカラオケボックスの店名を指差して言った。
「ここを当たろう」
サブローが携帯をポケットにしまうと、三人は自転車のハンドルを握って駐輪場から出て、そのまま目的地のカラオケボックスへ向かって駆けていった。
◆◆◆
「あれ、琴音、まだ次の曲予約してなかったの?」
カラオケマイクを手に握っていた南乃葉が訊くと、ソファに座るあたしは首を横に振った。
「……うん、ちょっと休もうかなって」
「さすがに延々二時間も歌い続けてるとノド枯れるよねー。あ、なんか食べ物注文しよっと」
南乃葉がソファーにいるあたしのとなりに腰掛けると、テーブルの上にマイクを置いて、代わりにメニューの注文に使うタブレットを手に取って画面を操作し始めた。
「うち、ポテト頼もうかな。琴音も食べる? 琴音も食べるならサイズをMにしようと思うんだけど」
「じゃあ、あたしも食べようかな……飲み物、新しく入れてこないと」
あたしの前にあるコップのなかは底を尽きていて、ストローだけがぽつんと残されていた。
「じゃあうちが入れてくるよ。うちもおかわりしたいし。さっきと同じメロンソーダで良かった?」
「うん。ありがと」
南乃葉が部屋から出ると、わたしは制服のポケットに入れていた自分の携帯を出した。
携帯を出してスリープモードから画面を点けようとしたところで、あたしは携帯の電源をオフにしていたことに気がついた。
あーあ。今日同じこと何回やってんだろ、あたし……
今日は誰からも連絡が来ないように携帯をオフにしているのに、なんで忘れていつものくせで携帯を見ようとしちゃうのかな。
そもそも、なんで携帯を切って誰からも連絡が来ないようにしているかというと……
「どしたん? カゼでもひいたん?」
今朝、部活の朝練が始まる前、あたしがロッカーで制服から部活で使うジャージに着替えていると、同じ部活に入っている友達の真波南乃葉があたしのほうを向いて言った。
「いや、ひいてないけど……なんでカゼだって思ったの」
「だって今日の琴音の顔色最悪だもん。もしかして、今日までの数学の宿題やるの忘れたとか? 数学の干場先生、怒るとメチャ怖いからねー。それでユーウツなんでしょ」
「違うよ」
あたしは南乃葉に向かって少し無理して笑ってみせた。
「昨日の夜ちょっと家族と揉めちゃってさ。それちょっと引きずってるだけ」
「親と喧嘩した?」
「いやお姉ちゃんと」
「お姉さんと? めずらし、仲良いんじゃなかったの?」
南乃葉に訊かれて、あたしは昨晩の喧嘩のきっかけを軽く話した。
「へえ、お姉さん、別の男の人に心変わりしちゃったんだ。ずっと好きな人がいるって聞いてたけど」
「だからだよ。そんなに大好きな人に振られて、なのにすぐに別の人と仲良くなってるなんて……気持ち悪くて。それ言ってすごいキレられた」
南乃葉に話ながら、あたしは昨晩お姉ちゃんと喧嘩した時のことを思い出した。
「お姉ちゃんは本当にアイツのことが好きなんじゃなかったの!? なんで平気で別の男の人とデートなんかできるわけ!? こんなのあたしが知ってるお姉ちゃんじゃない!」
「琴音にわたしの何が判るって言うのっ」
お互い全然話が通じなかった。
悲しかった。お姉ちゃんがいつの間にかあたしの知らない全然別の人になってたみたいで。
喧嘩をしていたあの時も、そしてそれを思い出している今も、ただただ嫌な気持ちになるだけだった。
「こりゃ朝練には手をつけられなさそうだねー」
南乃葉はそう言うと、脱ぎかけていた制服をもう一度着直した。
「ね、琴音。今日は一緒にサボっちゃおうよ、うちと一緒にさ」
「え……」
「朝練も、あとの授業も一日中。一緒にどっか行っちゃお?」
あたしは上半身がジャージのまま、ぽかんと口を開けた。
「いや、ダメだよ、そんなの。学校サボったら怒られるし、それに今日は、干場先生の授業あるし……」
「じゃあその時は、うちも一緒に怒られよっか」
南乃葉はあたしに向かって、サイダーみたいに弾ける笑顔で笑った。
こうしてあたしは今日、人生で初めてのズル休みを友だちとした。
午前中は南乃葉にお姉ちゃんとのことを話しながら駅前まで歩いていって、駅前まで来た後はT-FACEで服屋さんや雑貨屋さんを一緒に見て回った。
お昼は近くのファミレスでご飯を食べながら、学校の先生やお姉ちゃん、そしてお姉ちゃんの幼馴染の悪口を言ったりして、そのあとは駅前のGAZAにあるゲームセンターで遊んで、そしていまはカラオケであたしと南乃葉で交互に一曲ずつ歌って、こうして一休みしている。
「お待たせしました、ご注文のフライドポテトMサイズです」
「はーい、ありがとうございまーす」
南乃葉が部屋に来た店員さんから注文したポテトを受け取ると、ドリンクバーから持ってきたあたしのメロンソーダと南乃葉が飲むコーラの入ったふたつのコップの間に置いた。
「どうする? ポテト食べたらまた一曲いっちゃう?」
南乃葉はポテトを一本取ると、お皿にあるケチャップを付けて口に突っ込んだ。
「あたしはもういいかな。ちょっと疲れてきちゃったし」
あたしはポテトを一本摘むと、部屋の壁にかかっている時計を見上げた。
「夕方になってきたし、うちに帰らなきゃ、なのかなあ」
家に帰ったら、お父さんとお母さんになんて説明しよう。絶対、学校から連絡が来てるよね。
それにお姉ちゃんも……今のあたしには、お父さんやお母さんに叱られるより、お姉ちゃんとまた顔を合わせることになるほうが、気が重い。
「なら今日はうちに泊まってきなよ」
南乃葉はポテトを口にくわえながらいった。
あたしがいきなりの提案に目を点にしていると、南乃葉はイタズラっぽい笑顔を浮かべた。
「うちの親のことは心配しないで。うまく言ってゴマかすからさ」
「いや、泊まらせてくれるのは嬉しいけど……あたし、着替えとか持ってないよ」
「明日学校だったら制服のままでいいし、下着はあとでGAZAのしまむらに買いにいこっか」
「うーん、下着買うのに財布に入ってるお金、足りるかなあ」
「うちが出すよ。もとは琴音を外に連れ回したのはうちなんだし。遠慮しないで」
「……いいよ。それくらい自分でなんとかするから。ありがと」
あたしは南乃葉に笑いかけると、お皿の上のポテトをもう一本手に取った。
「じゃあ、これ食べたらまたしまむらに行って、買い物にいこっか」
◆◆◆
「部屋、空いてますか? 三人で一時間のコースとかあったらそれで行きたいんですけど」
カラオケボックス『Singing』のロビーで、サブローは受付に立つ店員に向かって言った。店員の後ろの壁にはこのカラオケボックスのロゴが大きく掲げられている。
「かしこまりました。当店はフリータイム制で、現在は夜二十時までのプランをご用意しております。いま十七時ですので、あと三時間ほどですね」
店員が答えると、ジローの後ろに並ぶイチローとサブローが目を見合わせた。
「俺ら三時間どころか、三分くらいで店の中探して帰るつもりなんだけどなあ」
「じゃあ正直にそう言うか? 怪しまれて即110番されるぞ」
自分の後ろで聞こえる声をよそに、ジローは店員との受け答えを続けた。
「じゃあそれでお願いします。値段はどれくらいですか」
「料金は平日料金で、一千五百円となります」
「判りました。なあ、三人でそれぞれ五百円ずつ出そうぜ」
ジローが後ろに振り返ってイチローとサブローに言うと、三人は自分たちの財布を出して、それぞれ均等になるように受付の上にあるトレーの上に料金を出した。
「領収書もらっとけよ。あとで黛たちに請求しなきゃな」
イチローがジローに向かって言った。
受付で会計を済ませると、三人は案内された番号の部屋の前をそのまま通り過ぎた。
「すぐ店から出たら店員さんに怪しまれる。ぐるっと一回りして探して、見つけられなかったら一時間くらい歌って帰ろう」
それが決まると三人は店内の巡回を始めた。それぞれのボックスの扉にはガラス窓が付いていて、中の様子が窺えるようになっている。
「この部屋にはいないな」
二番ボックスのほうを見たジローが言った。
「どこにいるのかなあ」
ジローがそう言うと、先導しているイチローが肩をすくめた。
「そもそもこの店にいるかどうかも判っちゃいないんだ。さっさと済ませて、いい感じに時間潰して帰ろうぜ──」
「あ、いた」
七番ボックスの前に立ったサブローが言った。
「早ッ! いたのかよ! もう見つけたのかよ!」
サブローのもとにイチローとジローが駆け寄って扉の窓ガラスから部屋の中の様子を覗き込んだ。
部屋の中を見ると、確かにそこには目撃証言にあったロングヘアの女子中学生とボブカットの女子中学生の姿があった。
二人とも三ツ谷中学の制服であるセーラー服を身に纏った、思わず目を惹かれてしまう美しい少女だった。
「よし! きっとこの二人だ」
イチローが携帯を取り出すと、携帯のカメラ機能で部屋の中を撮影して、その写真をメッセージアプリで黛央士に送信した。
「頼む、ちゃんと写真見ててくれよ」
央士とのトークルームに写真の送信が完了すると、写真の隣に”既読”の二文字が付いた。
「これで合ってたら尾行か。怪しまれないようにしないとな」
「いや、俺たち……もう怪しまれてるっぽぞ」
「えっ」
イチローが携帯の画面から隣にいるふたりに顔をあげると、ふたりはイチローのほうを向いて、青白い表情を浮かべていた。
イチローはもう一度部屋の中を見た。すると部屋の中にいる女子中学生二人は外にいるイチローたちのほうを指さしながら、ロビーに繋がる内線電話の受話口に向かって怯えるような顔で何かを訴えかけているようだった。
「俺たち、通報されてるぞ!」
「通報!?」
イチローが大きな声をあげた。
「マズい、尾行どころじゃない。早くズラからないと──」
ジローが一緒にいる二人に向かってそう言ったところで、廊下の奥のほうから「待ちなさい!」と男の声が飛んできた。
イチローたちが声のする方向を向くと、そこには三人の店員が立っていて、三人とも手には先端がU字状になった金属製の杖、すなわち刺股を握っていた。
「貴方達ですね、そちらの女性のお客様の部屋を盗撮したのは!」
ロビーでイチロー達を対応した男性の店員が先ほど彼らに見せたのとは違う表情でイチロー達に向かって声をあげると、イチローは両手をばたつかせながらうろたえた。
「ち、違います! 俺たちは盗撮なんて──」
「してただろ、バッチリ!」
苦し紛れの弁解をするイチローにジローが言うと、イチローは「あ」と声を漏らした。
「逃げろっ」
逃げたからといって事態が解決するわけでもないのにサブローがそう言うと、三人は一斉に店員達のいるほうとは逆方向に向かって駆け出した。
「逃すなっ」
廊下を走って店員から逃れようとするイチロー達だったが、この店の構造を熟知する店員達に彼らが敵うわけがなく、あっという間に三人とも店員に追いつかれて刺又で取り押さえられてしまった。
「不審者、確保―ッ!」
「は、放して! 放してくださいっ」
「警察はイヤだーッ!」
壁に押さえつけらたジローとサブローがじたばたと抵抗したが、店員達は彼らを放してくれそうにもなかった。
「お、俺たちは無実だーッ!」
床に無様に押さえつけられたイチローの叫びが、カラオケボックスの廊下で虚しく響いた。