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春13:危機の予兆


「A班は三ツ谷中学周辺、三ツ谷中の卒業生を集めたB班は校内でOB、OGとして在校生に聞き込み。C班は鵜野森家周辺を捜索、D班は市駅周辺を捜索だ。これをラインを使って送信しろ。いいな?」


「了解」


 雅臣の指示を携帯に入っているメモ機能で入力した夏希は、その内容をそのまま各班のグループラインに送信した。


 いまごろ外ではおれたちの頼みに応じてくれた人々が次々を学校の外へ飛び出して、凛音さんの妹を見つける手がかりを探しに行っているところだろう。


 いっぽう、無人の視聴覚室に場所を移したおれたちはそこを捜査本部として、部屋にあったプロジェクターでホワイトボードに市内の地図を写しながら捜査の方針を練っていた。


「三ツ谷中学に人を多く集めているけど、どうしてここに集中させてるんだ? 他のところより二倍も人をやってるけど」


 おれは夏希に指示を出した雅臣に質問をした。


「鵜野森は、妹がいなくなったのは今朝のことだと言ってたな」


 雅臣が腕を組みながら自分の背後にいる凛音さんに訊いた。


「うん……私は顔を合わさなかったけど、お母さんが仕事に行く前に妹にお昼のお弁当を渡したから、少なくとも朝学校に行くまではちゃんといたみたいだけど」


「考えてみろ。もし昨晩鵜野森と口論して、それが原因で家出したのだとして、昨晩の間に感情的になって勢い余って家を飛び出したというのなら理解できるが、普通怒っている人間でも一晩寝れば、少しは気持ちが落ち着くはずだ。なのに一晩明けてから改めて自ら姿を消すというのは、いささか流れが不自然だ」


「じゃあ待てよ」


 おれは雅臣に向かって言った。

「ということは、凛音さんの妹は自分からいなくなったんじゃなくって、朝家から学校に行っている間に誰かにさらわれていなくなったんじゃ──」


「話は最後まで聞け。それに自宅と学校の距離からして誘拐の線は薄いとさっき話したばかりだろう、この鳥頭が」


 おれは雅臣に言われた「とりあたま」という言葉の意味が判らなかった。たぶんいい意味じゃないんだろう。


「俺の仮説はこうだ。姉との口論のあと一晩経った鵜野森の妹は落ち着きを取り戻し学校へ向かうとことまでは行ったが、感情的にはわだかまりが残ったままだった」


 雅臣は部屋の中を歩き回りながら、おれたちに自分の「仮説」というやつを説明していった。


「そして学校まで来て部活の朝の練習が始まる前に、自分の友人……おそらく同じ部活の同級生だろう。そいつに昨晩あったことと、自分が姉に抱いている感情を明かした」


 おれたちは歩き回る雅臣の姿を目で追いながら、雅臣の話すことを聞き続けた。


「するとその話に同調した友人は、鵜野森の妹をそののかして、授業を無断欠席させて学校の外へ連れ出すことを提案した。こうして一旦は収まった感情が、他者の存在によって再熱し、失踪するに至ったわけだ」


 雅臣の話を聞いて席に座っていた凛音さんが「そんな」と口に両手を当てながらショックを受けていた。


「琴音にそんなことが……」


「あくまで仮説だ。鵜呑みにしなくていい。しかし検証してみる価値はある」


「だから三ツ谷中に大勢人をやって、それを調べるってわけだね」


 夏希がそう言うと、雅臣は首を縦に振った。


「鵜野森。お前の妹はソフトテニス部所属だと言ったな」


 雅臣はこの部屋に来る前に凛音さんから聞いた話を持ち出した。


「そこを重点的に洗う。同じテニス部の部員に、今朝鵜野森の妹が朝練に現れたか、朝練に参加して、その後授業が始まるまでの間に姿を消したのか。それを調べさせるんだ」


 雅臣からおれと夏希を通して中学校にいる捜査員たちに指示を出すと、おれたちも学校の外に出て三ツ谷中学へ向かうことにした。


 視聴覚室に雅臣を残して、おれと夏希と凛音さんが学校の自転車置き場に向かおうと教室の外に出た。


 すると廊下には、おれたちを待っていたかのようにそこでひとりで立っている人の姿があった。


 おれたちのクラスの担任の西御門にしみかどこずえ先生だった。


「や、黛くんに奥寺さん。それと6組の鵜野森さんだね」


 黒のスカートスーツにボウタイを着けた、おれたちより十歳ほど年上の梢先生は、おれたちに向かって軽く笑いながら手を振った。


「あ……お疲れ様です、梢先生。すみません、部活の入部届出すの、遅れちゃって」


 おれが梢先生に軽くお辞儀すると、梢先生は「いいよ、そんなの」と笑って首を小さく横に振った。


「それより問題なのはさ、いま君らがやってる探偵ごっこのことでね」


 笑いながらそう言う梢先生の言葉を聞いて、先生の横を通り過ぎようとしていたおれは思わず足を止めて、どきりとした。


「見たよ、君らの友だちが自転車に乗って大勢出動する場面。壮観だったなあ」


 梢先生はそう言いながら、笑顔を崩さないままおれたちのもとに向かって歩み寄ってくる。


「でもさ、本来こういうのは私たちオトナがやることで、君たちがやるコトじゃない。それはもちろん判ってるよね?」


 すぐ近くまで来た梢先生の影がおれに覆い被さった。おれより背が少し高いことはいつも教室で顔を合わせているから知っていたけど、それでもいまの梢先生は、いつも見ている以上に大きく見えた。


 おれは背筋が寒くなるのを感じながら、梢先生の顔を見上げた。


「……判ってます。でも、おれたちにもやれることがあるんじゃないかって」


「ない。これはキミたちがやるべきことじゃない」


 梢先生はおれの言葉を遮ってキッパリと言った。


「キミたちはいなくなった鵜野森さんの妹を探しているんだってね。じゃあ、もし彼女がいなくなった理由が、悪いオトナに捕まったせいだったとしたら? そして彼女を探しにいった子たちが、同じように悪い人たちの毒牙にかかったとしたら? キミたちのせいで傷つく人が増えることになるんだよ? キミらはそれを判ってやっているの?」


「それは……」


 おれは梢先生の顔から目をそらした。すると「待ってくださいっ」という凛音さんの声が耳に飛び込んできた。


「違うんです、わたしの妹がいなくなったのは別の理由があるって蓮くんが──」


「それが百パーセント正しいって言えるの?」


 梢先生が凛音さんに向かって言った。梢先生に顔を向けられた凛音さんは、びくっと震えて後ずさった。


「今すぐキミらの友だちを撤収させて。何かあってからじゃ遅い。さあ、早く」


 梢先生が再びおれのほうを向いていった。その顔にさっきまでの笑顔はなかった。


「冷たい人だなあ、梢先生は」


 おれたちが梢先生に気圧されていると、夏希が肩をすくめていった。


「知ってます? オブラートに包まずに正論をぶつける人は、人を傷つけてキラわれがちなんですよ?」


 梢先生を挑発するように夏希は余裕の笑みを浮かべながら言った。だけど梢先生のほうも、夏希に向かって涼しい顔を浮かべた。


「キラわれて結構。生徒を正しい道に導くためならね」


 梢先生と夏希がお互いに向き合っていると、おれの制服のポケットに入れていた携帯が震えて、着信が入ったことを知らせた。


「雅臣」


 おれが携帯を出して電話の主に呼びかけると、すぐ近くにいた三人がいっせいにおれのほうを向いた。


『三ツ谷中にいるB班から連絡が入った。おれの読みは当たっていた。鵜野森の妹と同じソフトテニス部の部員が無断欠席をしていたことが判った。部活の朝練も休んでな。やはり鵜野森の妹は、そいつと一緒に姿をくらましたんだ。いまからおれもそっちに向か──』


 電話の向こうの雅臣がそこまで話したところで、視聴覚室の扉がガラガラと開いた。そして部屋の中から、すぐ近くにいたおれに電話をかけていた雅臣の姿が現れた。


「おい、お前ら、まだここにいたのか? もうとっくに行っているもんだと──」


 おれたちに向かってそう言う雅臣だったけれど、おれたちと一緒に梢先生がいたことに気がつくと雅臣は言葉を失い、手に持っていた携帯がするりと手から床へと滑り落ちていったのだった。


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