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春11:あなたのウィークポイント


「おっ、来たね。凛音さん、こっちこっち!」


 昼休みの時間、体育館でバドミントン用のコートを組み立てていたおれは、入り口に凛音さんが立っているのが見えると、彼女を大声で呼び寄せた。


「ありがとう、来てくれて。弁当はもう食べた?」


 体育館用シューズを履いておれがいる所まで来てくれた凛音さんに尋ねると、凛音さんはちょっと戸惑いながら小さく頷いた。


「うん、お昼は済ませてきたけど……これ、バドミントンかバレーに使うコートだよね? 何に使うの?」


「そりゃもちろん、スポーツをするためだよ。バドミントンをするためにね」


 おれは腰の両側にそれぞれ手を当てると、一緒にコートを組み立てていた夏希のほうを向いた。


「夏希、もうコートの準備はオーケー?」


「とっくにね! いつでも始められるよ」


「ええっと……黛くんが、あの子とバドミントンをするの? それでなんでわたしをここに?」


 夏希のことをよく知らないらしい凛音さんが、夏希のほうを見ながら言った。


「いや、バトミントンをやるのは君だよ。凛音さん」


「え」


 おれの言葉に、凛音さんはハトが豆鉄砲をくらったような顔をした。


 実際に豆鉄砲をくらったハトの顔なんて見たことないけど。


「それじゃ、最初はおれからサーブするから」


 おれは両手にそれぞれラケットとシャトルを持って、ネットを挟んで向こう側のコートにいる凛音さんに言った。


「さっき説明した通り、五点先に取ったほうが勝利だからね。それじゃ、始め!」


 体育館のステージに座る審判の夏希の宣言とともにおれはシャトルを宙に放り投げてサーブをした。


 すると凛音さんはすかさずシャトルが着地するポイントまで駆け寄って、ラケットを軽く振ってこっちにレシーブした。おれもそれに応えて彼女の返したシャトルにレシーブすると、またそれを凛音さんが打ち返してラリーが続いた。


 おれとバドミントンをやろうと言われて凛音さんは最初、明らかに混乱していたみたいだった。


 最初からバドミントンを一緒にやろうと言って誘いに乗ってくれるか判らなかったから、こうやって現地でいきなりこれから何やるか伝えることにしたんだけど、あのまま帰っちゃわなくて本当によかった。


 それにしても結構凛音さんスポーツのセンスあるなあ。帰宅部とはいえ生徒会に入っていたくらいだから活発なタイプとは睨んでいたんだけど、思った通りだったみたいだ。


「黛くん、他のこと考えてるでしょ」


 シャトルを追いかけながら凛音さんがおれに向かって言った。あ、バレてた?


「スキあり!」


 凛音さんはそう声をあげると、おれのいるコートのガラ空きになっていた所にシャトルを叩き落とした。


「鵜野森凛音選手、一点先制!」


 夏希が凛音さん側のコートに向かって手を挙げた。


「やるね」


 おれが凛音さんにグーサインすると、凛音さんは動き回ってバサバサになった髪のままラケットを構えて、おれにまっすぐな目を向けた。


「黛くん。わざわざ勝負に挑んだからには、集中してやって」


 凛音さんは完全にこのゲームにのめりこんでいるみたいだった。


 よし……向こうがやる気なら、こっちもやる気全開で行かなきゃ。


 今度は凛音さんのサーブで始まり、徐々に早くなっていくラリーにお互いシューズで床をキュッ! と鳴らしながら食らいついていって、そのテンポに遅れをとった凛音さんのレシーブミスで、おれが一点とって彼女と同点になった。


 これで一対一。ここから点をとっていこうと思っていたおれだったけれど、不思議なことに次の回からはずっと凛音さんのペースで、シャトルをコートすれすれにドロップされて拾い損ねたり、ドロップかと思いきやスマッシュをかまされて点を取られたりと、あっという間に勝負は決まってしまった。


「すごいな、途中から完全にやられちゃった」


 コテンパンに叩きのめされたおれが呆然としていると、一緒にコートを片付けていた凛音さんはどこか得意げな顔をしていた。


「黛くん、動きが結構ワンパターンだから。最初のほうのラリーでクセを見つけて、そこを突いていったら勝てちゃった」


「ラリーするだけで央士の弱点を掴めちゃうなんて、やるねえ、鵜野森さん。バド部には入らないの?」


 コートのネットを畳みながら、夏希が凛音さんに言った。


「高校に入ってから運動部に入るのも、経験がないからちょっとね。スキルもだし、新参者が入るのは少し疎外感あるから。胡桃からはバレー部に誘われたりしたんだけど、そっちも断っちゃって」


「じゃあ凛音さんは今のとこ、どこの部に入るつもりなの? 一年生は必ずどこかの部活に入らなきゃいけない決まりになってるけど」


 コートの柱を床にしまい終えると、おれは目の前にいる凛音さんに訊いた。


 すると凛音さんは首をかしげて「うーん」と言った。


「いちおう、文芸部にしようかなって」


「文芸部? マサがいるところじゃん。もう入部届は出したの?」


 夏希が訊くと、凛音さんは首を横に振った。


「いや、放課後になってからにしようかなって。それに、他の部にするかもまだ少し悩んでて」


「そうか、まだどこに入部するか決まってないんだ」


 おれが腕を組んでつぶやくように言うと、凛音さんが顔をこっちに向けた。


「……それで、試合に勝ったら教えてくれるって約束だったよね。どうしてわたしをバドミントンに誘ったのか。ちゃんと教えてくれるよね?」


 凛音さんに訊かれて、おれは組んでいた腕を下ろして後ろで組み直し、体育館の天井に目をやった。


「実はさ、今の試合はちょっとしたテストだったんだよ」


 おれは天井から目線を下すと、凛音さんと真正面になるように顔を向けた。


「凛音さん。もし良かったらだけど、”なんでも部”の部員になってくれないかな」


 おれの誘いに凛音さんは真顔でぽかーんとして、おれの言ったことの意味をよく飲み込めていないみたいだった。


「さっきの試合で判ったんだ。凛音さんにはなんでも部に求められる体力があるって。スタミナがないとなんでも部はやっていけないからね。それに、凛音さんにはおれのスキを見抜く鋭さもある。まさしく”なんでも部”に求められるヒトだ」


 どこの部活に入っていなかったけれど、その気になったら生徒会に入ろうって思えるくらい、行動力と思い切りのよさとガッツがある。


 だからもし凛音さんがなんでも部に来てくれたら、ものすごく心強い存在になるかもしれないって、おれは思った。


「だからさ、君になんでも部に来て欲しいんだ。どう? おれたちと一緒に、やってみないかな」


 おれが言葉を付け加えてもう一度凛音さんに問いかけると、凛音さんは目を体育館の床に向けて、もう一度おれのほうを見た。


「ちょっと突然の話すぎるから、どう答えればいいのか判らないかな」


「だろうね。おれもさすがに唐突だったかなって思うし。どうせ放課後までは時間があるんだし、それまでに考えてくれたらでいいよ。それでいいかな」


「……判った」


 凛音さんがそう答えると、昼休み明けの授業の予鈴がスピーカーから鳴った。あと五分で次の授業が始まる合図だ。


「おっと、教室に戻らないと。また後でラインで連絡入れて。じゃ!」


 体育館で凛音さんと別れると、おれと夏希は早足で自分たちの教室に向かった。


「どう? 凛音さん、来てくれると思う?」


 廊下を歩きながらおれが夏希に尋ねると、夏希は「さあね」と肩をすくめて言った。


「ここまでは勢いだけで来れたけど、放課後までの間にあの子が冷静になって『やっぱ止めます』とか言い出さないとは限らないしね。本当に入部させたかったんなら、さっき体育館で入部させるところまで持ち込めば良かったんだよ」


「そんなのダメだろ、断れない空気作ってムリやり部に入れさせるなんてさ」


「甘いねえ、央士クンは。中途ハンパに」


「やめろよ、そうやっておれの痛いトコ突くの……」


 とまあ、こうして何とか凛音さんをなんでも部に勧誘するところまでは持ち込むことはできた。


 あとは凛音さん本人がどんな返事をしてくれるのか……おれは放課後になるのを待った。


 そして放課後、凛音さんからおれにラインで送ってきたメッセージは、あまりにも予想外なものだった。


 “ごめんなさい、黛くん。わたし、部活に入るか返事できない”


 “妹が行方不明になったの”


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