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春8:失われた愛


「そんな……卒業式の日に会うこともできなかったなんて!」


 不知火くんから中学の卒業間際に起こったことを聞いたおれが声をあげると、不知火くんは静かに頷いた。


 あまりにもショックだった。凛音さんの様子からして、不知火くんとの間に悲しいことがあったことは何となく判っているつもりだったけれど、ずっと好きだった人と、こんな悲しい別れかたをしていたなんて。


「凛音とは、本当に仲のいい友だちでいたつもりだったんだ。恋人同士になるとか、そんなこと考えたこともなかったし、なりたいと思ったこともなかった。凛音に告白されて……僕は凛音が、いままで自分の思ってた凛音と、全然違う人みたいに感じた」


「でも、そんなことって……」


「わたし、その気持ち判るかも」


 おれの言葉をさえぎるように不知火くんにそう言ったのは、一緒に話を聞いていた犬飼さんだった。


「わたし、中学の時さ、クラスで仲良くしてた男子に、急に付き合ってほしいって告白されたんだ。わたしはその人に付き合うとか、そんなこと思ったこともないのに、向こうはわたしにそんなことを思ってた。彼のことを友だちだって思ってたわたしって何だったんだろう。わたしには、それで十分だったのに」


 犬飼さんはそう話すと、伏せ目になって肩を落とした。


「申し訳ないけど彼の告白は断って、友だちでい続けてほしいって頼んだ。でもそれ以来、彼はもうわたしに話しかけなくなった。当然と言えば当然なのかもしれないけど、恋人にできないわたしに興味をなくしたみたいで……辛かった」


 確かに、犬飼さんの話は不知火くんの話にとても近かった。


 いったい、不知火くんと凛音さんのあいだのずれは、どこで生まれてしまったんだろう?


 お互い、そのずれに気がつかないまま長い時間が経ってしまって、そして最悪のタイミングで、最悪のキッカケで気がついてしまったんだ。


「……ええっと、ごめん! 急にわたしの話を長々としちゃって!」


 犬飼さんが慌てるように謝りだすと、不知火くんは「大丈夫だよ」と首を横に振った。


「こっちこそごめん。犬飼さんを僕たちの話に付き合わせちゃってさ」


「そう! 気にしないで! それで……不知火くんは、告白された日以来、凛音さんとは一度も会ってなかったってこと?」


 おれが半ばむりやりに話を戻すと、不知火くんは「うん」と頷いた。


「だから驚いたよ。ずっと会えずじまいだった凛音が急に目の前に現れて、それも見ず知らずの男と一緒だったんだからね」


 不知火くんは手を組んでテーブルに両肘をついてもたれかかると、ふっと小さく笑った。


「実を言うとね。最初君たちを見た時は腹立たしかったよ。凛音とひどい別れ方をして、僕自身かなり後悔してた。もっといい方法があったかもしれない、あの時に戻ってやり直したいと何遍も思った。なのに向こうはさっさと次の恋人を見つけてるなんて。僕がこの二ヶ月近く散々悩んでたのは何だったんだと思ったし、凛音にとって僕はその程度のヤツだったのかってムカっときたし、悲しかった」


 不知火くんはそう話すと、テーブルに肘を乗せたままため息をついた。


「でも、そう感じたのに気がついて僕は、自分が嫌になった。自分から凛音の気持ちを無下にしておいて、凛音の隣に君がいることに嫉妬するなんて。結局……僕は凛音のことを、どう思ってたのかな」


 不知火くんは顔を上げると、何もない店の天井に目をやった。


「……そんなの、おれには判らないよ」


 おれは答えを求められているわけでもないのに、正直に自分の思ったことを言った。


「そりゃあさ、凛音さんや不知火くんの口から、君たちのことをほんの少しだけ聞いて知ることができたとしても、しょせんそのくらいじゃ十年以上一緒に過ごしてきたふたりの間にあったものなんて、理解できるわけないよ」


 おれはこの不知火渚ってヤツのことをほとんど知らない。


 でも……ハッキリと知っていることがひとつある。


「君はさ、今も凛音さんのことで悩んでるんだろ。でなきゃ、あの時おれを引き留めたりなんかしなかった」


 おれと凛音さんの姿を目の当たりにして、不知火くんはあのまま見て見ぬフリをすることもできたはずだ。


 だけど不知火くんはおれたちを追いかけて、向かい合うことを選んだ。どうすればいいのかは判らなかったかもしれないけど、あのまま凛音さんのことを見過ごすことだけはできなかったんだ。


「凛音さんがどうしてるのか、心配でたまらなかった。たとえ告白されて自分からフったとしても、君は凛音さんのことが好きだったんだ。ただ好きの形が、凛音さんとは違っただけなんだ」


 お互いに傷つけ合う結果になってしまったけれど、ふたりがお互いのことを大切に思っていたことに、きっと違いはないんだ。


「不知火くんさっき言ってたろ、やり直したいって何度も思ったって。やり直せばいいんだよ。今からでも、今夜でも間に合う。終わるにしても、もっといい終わりかたがあるはずなんだ。いままでの思い出が全部悲しくなってしまうような終わりかたなんて、そんなのってないよ」


 おれはそう言いながら、少し前に凛音さんに同じようなことを言ったのを思い出した。


「わたしも、やれることがあるならやるべきだと思う」


 犬飼さんがおれに合わせるように言った。


「わたしも、昔仲良くしてた男子とのこと、できることならやり直したいって思ってる。わたしはもう無理だけど、不知火くんならまだやり直せる。自分の思ってることを、もう一度伝え直すチャンスがあるんだよ! だからそのチャンスを、無駄にしちゃ、ダメ」


 おれと犬飼さんが不知火くんに一緒に伝えると、彼はおれと犬飼さんの目を見て、深く息を吐いた。


「凛音に、僕の気持ちをどう伝えればいいのか、判らない」


「だったらおれも一緒に考えるよ、どう伝えればいいのか」


 おれがそう言うと、ずっと俯いて影がかかっていた不知火くんの顔に、少しだけ光が差して、明るくなったような気がした。


「……やっぱり君は噂通りの人だよ、黛央士くん」


 不知火くんはそう言うと、おれに向かって微笑みかけた。


「噂? おれの噂ってどういう──」


 おれがそう尋ねた時、ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。おれはポケットから携帯を出すと、画面に表示された発信者の名前を声に出して読んだ。


「……凛音さんからだ」


 おれがつぶやくように言うと、不知火くんと犬飼さんはおれに向かって少し身を乗り出した。そんなふたりを前にして、おれはすぐさま凛音さんからの電話に出た。


「もしもし、凛音さん? いまどこにいるの? これから不知火くんたちと一緒に──」


 電話に出たおれが凛音さんに話しかけようとすると、全ての言葉を言い切る前に携帯のスピーカーからから声が飛んできた。


「黛くん。わたし、いま駅のホームにいるの」


 凛音さんは自分の居場所を言うと、間を空けずに次の言葉を続けた。


「黛くん。ひとりでわたしの所に来て。他は誰も連れてこないで。絶対だから。それじゃ」


 それじゃ、と凛音さんが言うと、おれが質問をしたりするヒマもなく、電話はブツッと途切れてしまった。


 携帯から耳を離すと、おれはこっちを見るふたりを、ただ見つめ返すことしかできなかった。


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