執拗なブゴタイ
鎖のような物体に、四方から拘束されていた白髪の女性に近づいていくと、突然、電気が通ったかのように周囲が明滅を始め、謎の音声が再生される。
「生命体の接近を感知、休眠モードを解除し、対象のデータ取得を試行。既存データベースのリストより、対応するモデルを検索。――比較的高度な知能を有した知的生命体と認識。ついで推論の検証開始、対象の思念波の取得のため、メインシステム外郭アンテナの受信感度を暫定的に上限値へ設定――」
何らかの機械が起動したのか、矢継ぎ早に言葉が再生される。それを呆然と見つめていると、ごく小さな頭痛のような感触が現れた。
「いて――!」
その奇妙な感覚に首をかしげていると、動かなかった女性の両目が開き、こちらの身体を明るい光が包み、足先から頭頂までをなぞるように照らした。
「紅い、眼だ……」
内側から漏れ出した光に透かされ、紅い瞳が吸い込まれるような美しい色合いを帯び、輝き、それから目を離せなくなる。だが、息をのみ、瞳を見つめていた集中を乱す、一定のリズムを持って再生される音声が、何処か恍惚とした陶酔に水を差した。
「星系言外の思念波の探知を確認、敵性存在の可能性はほぼゼロと推測されるが、若干の混乱を観測、スキャンによりバイタルサイン測定、――肉体の各部に軽微な損傷を確認、生命維持機能への問題は見られず。外郭アンテナ閉鎖、メインシステム防壁を解除し、精査フィルターの制限も解除。プロセスの完了まで、あらゆる情報の受け入れを準備。内郭受信アンテナ出力を最大値に設定、時空間干渉開始、発信者の現在、過去、未来全てにアクセス可能。――共通言語モデルのプリセットをプレインストールリストより選出、事前ロード完了。――発信者の言語パターン解析開始。対応する文字列の取得、基礎的な文法、代表的な単語を選出。引き続きデータベース解析、検索を続行しつつ並行し、逐次インストールを開始。異なる星系の言語形態と推測。――該当星系の過去データを参照するも、著しい件数不足で解析の要件を満たさず、しかし特異なパターンは検出されず、基底データの星系言語モデルと大幅な乖離は見られない。データベース構築に不足する情報の空白を、発信者の思考データから直接解析可能。思念波の取得への精神防壁は確認できず、文明ランクを想定より大幅に下方修正。その水準に合わせ、言語モデルを調整開始――」
確かに日本語に聞こえるが、再生された機械音声は、驚くほどに無機質で、内容も理解できない。聞いていると思考が追いつかず、混乱をきたす。
「なん、なんなんだ。言ってる事が全然いみ分かんねぇ。まるで――エスエフの近未来モノの展開みてぇだ」
そういう物を好んで見た訳ではないが、子供の頃の記憶が鮮明に蘇って来た。目の前の光景は、それほど非現実的なのだ。
「基底星系の言語モデルと対象の言語モデルを比較、非対応と推測される言語パターンの齟齬を、発信者の思考パターンより補填。変換の試行を継続。並行処理中の対象言語の基本データのインストール完了。ついで全システムメモリをデータベース構築に投入。――およそ十パーセント完了、処理を継続――二十、三十」
パーセントという、割合を表す数値が徐々に変動して行くが、五十を越えた辺りで、反応がなくなり、周囲の明かりも消えた。突然の停電らしき現象に視覚が対応できず、暗闇の中で手持ち無沙汰に佇む。
「さっきの外の奴ら、違う言葉を喋ってたよな。何で、この機械っぽい声は、日本語を話してんだ……? 突然とまって電気も消えちまったみてぇだし、どうなって――」
その時、開け放されたままだった入口の扉の向こうから、ガラスが割れる高音が響き、あの特徴的な言葉が聞こえた。
「ブゴタイ――」
それを耳にした瞬間、鼓動が跳ね、焦りが膨らんでいく。
「クソッ! あいつら、あんなに分厚いガラスをぶち破ったのか!? ドア開いたままだしよ、この部屋を見つけられたら……!」
また部屋の明かりが灯り、謎の機械音声が再開される。暗闇からの唐突な点灯で目が落差に悲鳴を上げた。
「まぶしっ!」
「……外部メイン電源の喪失を確認。予備電源を自動起動。電源喪失による強制シャットダウンの影響を評価――エラースキャンを開始。データベース構築を一時停止。スキャン進捗率、十パーセント、二十」
割合の数値が変動するが、先ほどとは異なる対象を示しているようだ。眩しさに目を細めながらも、状況の悪化に慄き、焦りが口をついて出る。
「お、おいおい! また違う処理を始めちまったみてぇだ! この部屋も明るくなっちまったし、奴らが気付いたら――」
「アマダグボ――!」
先ほどとは声音が異なる。明らかにこの部屋の存在を認識したと思しき奇声が、不安と焦燥を急激に育てていく。
「やっべぇ! 何か知んねぇけど、そこのドアを閉めてくれ!」
縋るように、再び目をつむり動きを止めた白髪の女性の肩に触れた。
「――ッ!! 設計者、開発者と同種の遺伝情報を検出。――思念波の乱れも急速に増加。看過不能な危機の接近を感知。エラースキャンを停止、問題の対処を開始……」
右手の掌に流れた血液が、まだ固まっていなくてついたのか、驚いて離した無機質な肩当らしき物体に、血痕が残る。
「なんだ? 急に反応が変わったような……」
「オグゥ!」
叫び声は、すぐ近くで聞こえた。恐る恐る振り向くと、あの仮面の男たちが槍を構えて扉の外に並ぶ。
「ブゴタイッ――!」
「クソッ! もう逃げ場が――」
居並ぶ面々は、既に一万円の短剣を片手に握りしめ、威嚇するようにそれを振りかざした――。
やっほ~。猫だよ~。他のお話も是非読んでね!