一億円のボディ
珍妙な格好の男たちは謎の言語を操り、口論らしき動作を見せる。
「アギエルバ! バエルゴロ!」
こちらを槍の穂先で指したひとりが横を向き、隣のひとりが応じる。
「バエルゴロ? シブファティ!」
はあ!? マジで意味わかんねぇッ!? つか、ケツが痛すぎて脚が動かねぇ!
「ファティ、ファティ。オグゥ」
向かい合ったふたりの間に槍が伸び、口論していた者たちが驚き、飛びのく。
「はあ? 何だ。その物騒なもんしまえよ。バカ」
あ、しまった。思わず声に――。
「ホゲオロ! アマダグボ!」
おいおいおい! 何だよ、全員こっち向いて槍を向けて……? まさか――言葉が違うのを知られたのが、不味かったか!?
「アマダグボ、ブゴタイ!」
「ブゴタイ!」
「ブゴタイ!」
ぶごたいだぁ……? い、一体なにを言っていやがる。どう見ても友好的な雰囲気じゃねぇが。
「クソッ! こうなりゃヤケだ!」
心を落ち着けて、嗅覚に集中する。すると、如何にも安っぽい匂いが漂い始める。
「ハッ! 何だぁ、その武器。匂い嗅いでみりゃ、なんてことねぇ。百円!」
「ブゴタイ……?」
「百円の匂いしかしねぇよ! そんなもんで俺を殺そうってか!? やってみろ、ハゲ! ボ~ケッ!?」
次々と飛び出す罵詈雑言に、男たちは沈黙する。
「このハゲ! その頭の毛もハゲ隠しだろ、オラ! ひとつ残らず毟り取ってその辺の質屋にぶっこむぞ! ハッ! 一円にもならねぇだろうがなぁッ!」
しばらく押し黙り、成り行きを見守った男たちが、にわかに震え始め、槍を握る手に力が入るのが見えた。
や、やっべぇ。もしかしなくても、怒髪天を衝いていらっしゃる……?
「ブゴタイッ!!」
真ん中のひとりが、喚き出し、口から唾を飛ばす。
「へっ! ブゴタイ? 殺せ、とかそんな意味か! やってみろやぁ! そんな百円でなぁ、この俺の――、一億円の玉体を貫くなんてよォ、てめえらじゃあ、逆立ちしても無理なんだよ! 分かったらとっとと尻尾まいて失せな、ハゲッ!」
左で激昂し、槍を天に向けて唸っていた男が、一瞬でこちらに踏み込み、槍を突き出していた。
「あ――? ま、マジかよ」
バカがよ、本気で殺しに来る奴があるか……! こちとら生身だぞ!
「ア、アマダグボ……!?」
だが、左胸を貫かれたはずの痛みは、いつまで待っても訪れなかった。
「は? 痛くねぇ。どうなって――」
刺されたと思われる場所に目をやると、槍の先端が確かに左胸に当たっていたが、刺さらずに、柄がしなり、男の手が、続く腕と共に震える。
「な、なんだよ。もしかして、この槍、刃のついてねぇ玩具かなんかか?」
それに手を伸ばして材質を確かめようとした時、右側の男も飛び出し、伸びた手を叩かれた。
「いってぇ……くない。なんだよ、刃は、偽物かも知れねぇけどよ。この柄の感触……どうみても、堅い木かなんかじゃねぇか……」
重さもそれなりにありそうな木製の柄で叩かれても、手首には枝に突っ込んだ時の傷いがい見当たらない。
「アマダグボッ!? ブゴタイ!」
「へっ! まぁたブゴタイ! かよ。……どうした? やってみな」
左胸を親指で指して挑発すると、後ろに立っていた真ん中の男が、腰布のあたりに手をやった。
「なんだ……?」
そこには小さな黒い鞘がかかり、引き抜かれたのは見るからに鋭利な刃の短剣だった。
「ふん。また安もんかよ? 査定してやるよ、ふん、ふん。お! 一万円かぁ。どっちにしろ大した額じゃねぇなあ」
「ブゴタイィィィッ!」
真ん中の男が飛び出して左胸に短剣を突き立てた。
「は! 痛く――ね、え……?」
いや、痛いぞ?
相変わらず全力で突き立てたと思しき男の腕は小刻みに震えるが、刃の先端が、僅かに胸の表皮を傷つけ、血が滲んでいた。
それを見た三人の男たちが色めき立ち、奇声を上げて合唱する。
「アマダグボ、ブゴタイ、オグゥ!」
や、やっべぇぞ。ちょっとでも傷がつきゃ、何度も攻撃されりゃツミだ!
「クソッ! 逃げっぞ!」
しばらく続いた珍妙な問答のおかげか、脚の痺れは治まり、何とか立ち上がる事が出来た。真ん中の男がまた短剣を突き立てようと身構えるが、それを尻目に反転して逃げ始める。
「はっ、はっ! なんか、走りにくい。いや、元々そんなに運動なんてしてねぇが。……にしても、視線が低くなってねぇか……?」
靴はなく裸足になっているようで、何度も足を取られそうになりながら、凸凹の地面を駆ける。
「ブゴタイッ――!」
背後からは、すぐ近くで三人の奇声が聞こえ、いくら走っても全く離れる様子がない。
「はぁ、はぁ――まじィ。息が、切れてきた」
後ろの足音が徐々に近づいて来る。
「あそこ――」
あれは、先ほど落ちて来た途中で見た覚えがある建物だ。森の中にぽつんと聳える巨大な建造物が、木々の上部に頭を覗かせる。
「うわッ――」
足元に張り出していた木の根につまずき、全力疾走の勢いのまま転がり、折悪しく下り坂にさしかかり、天地も分からない状態で下まで落ちる。
「いってぇ……。クソッ! 身体中うっちまった。痛くて動けねぇ」
坂の手前あたりからは、「ブゴタイ! ブゴタイ!」と聞こえて来て、それが焦りを生む。
「あそこに、窓みてぇな入口がある。……何とか這って行くんだ」
激しい痛みを訴える身体を引きずり、腕の力のみで這って行く。追いかけて来た男たちは、坂を降りるのに躊躇していたようだが、意を決したのか、小石が幾つも転がり落ちて来る乾いた音が響き、ついで断続的な滑る音が聞こえ始める。
「力も弱くなってる気がするが、どうなってんだ……?」
擦りむいて傷だらけの肘が、血の跡を残し、それが衣服も汚していく。
「服……。服にも何か違和感が」
後ろに迫る足音が、限界を告げ始める中、奇妙な建物の窓らしき分厚いガラスに触れると、どんな仕掛けがあるのか分からないが、自動ドアのように横向きにスライドして開いた。
「――開いたッ!」
開いた空間の左右に手をかけ、一気に引き寄せ上半身を突っ込むと、中は床からの距離が遠く、滑り落ちるように頭から落下してしまった。背後には「フゴタイ!」という叫びがすぐ近くまで迫って来ていた。
中に滑り込む時、足の裏に何かが刺さり、痛みを感じたが、そのまま皮を裂かれるように筋状の傷が出来た状態で建物の二メートル程したの床に叩きつけられ、頭をかばった右腕に激痛が走り、そのまま反転して仰向けに倒れ込む。
「クソッ! 散々な目に合った! 右腕、折れてねぇだろうな……」
痛みに呻きながら、血まみれの身体に力を入れ、ゆっくりと立ち上がり、首だけで振り向いて頭上の入口を見た。
「もう、閉じられてる……。何だったんだ? 自動開閉って事は、機械があるのか……?」
自分の血まみれの掌を見つめて呆然と立ち尽くす。
「つかよ。何で、開いた……?」
窓から明かりが差し込んではいるが、薄暗く、立ち昇った埃の舞う中に踏み出していく。足裏を押す感触は、何かの金属のような気がした。
「いって、右足の裏、一直線に指の股あたりまで裂けてるっぽいぞ。――クソ! 五千兆円が手に入ると思ったらこのザマかよ。あ~あ、ツイてねぇなぁッ!」
誰に言う訳でもないが、当たり散らしたい気分だった。そして、傷ついた足を庇いながらしばらく進むと、今度は奇妙な窪みでなる紋様の刻み込まれた巨大な扉に突きあたる。
「クソ! 何も考えずに逃げ込んだが……。ここが行き止まりだったらどうすんだよ」
その巨大な扉の中央にあった宝石のような部分を調べようと、手を沿わせた時、唐突に溝を光の筋が通り抜け、まばゆい明滅の中で何か奇妙な声を聞いた気がした。
「――なんだ、今の声。でも、このドアも自動で開いちまった……」
中心から両側にスライドした扉の真ん中を抜け、閉ざされていた暗い室内に踏み込むと、奥の空間に何か光る物が見えた。
「え……? 人間の、女……?」
奥の壁沿いに鎖のような拘束具に繋がれた何者かの白い髪が、緩やかに揺れた――。
やっほ~。猫だよ~。他のお話も是非読んでね!