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異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~  作者: SIS
闇の獣

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最終話 Believe


 雷撃と炎、鮮烈なる光が激突を繰り返す。


「グォオオォオオ!!」


 全身に炎と電撃を纏って突進する私に、闇の獣……レイストフは僅かな感情も見せず淡々と迎撃の構えに入った。


 複数の小さな光輪が彼の頭上に展開される。それらは一斉に周囲へ散ると、細いレーザーを地面に向かって照射を始めた。さらに私に向かって薙ぎ払うように角度を変えていく。


 いわゆるレーザートラップ的なそれの隙間を、最高速度を維持しながら駆け抜ける。


 勿論、私に本来そんな器用なことはできない。炎の力で全身を無理やり制御しながら支えているだけ。サイドブーストとか、そういう感じだ。慣れてくれば、見えない腕で体をつかんで振り回してくるような感じで無茶な動きもお茶の子さいさいだ。そしてあまりにも強力な相手の神気は、目をつむっていてもビンビン感じる。肌にビリビリくる殺気を感じるがゆえに、紙一重でかわすのはそう難しくはない。


 問題があるとしたら心臓に悪い事だ。回避できるとはいえ、岩盤をバターのようにスパスパ切っているレーザーの威力を目の当たりにするのは心臓に悪い。


 そもそも高速移動で回避できるとはいっても、逆に言えば常にトップスピードに乗っていなければ回避できないという事だ。残念ながら私自身の反射神経とか高速戦闘能力は並み以下だ、なんとか対応できているのはこの肉体のスペックとこれまでの実戦経験によるものだ。


 見た目だけならシュトゥルムなスピノなんだけどね、乗っているのがエースパイロットじゃないからなあ!


「グァオ!」


 愚痴りながらもレイストフに突進する。迎撃を掻い潜られても彼に焦るような様子はない。そういう感情は、とっくに減耗してしまっている。


 彼にあるのは、ただ己の巫女を追い求める未練だけだ。私に対する攻撃も、機械的な反応にすぎない。


 それでも魂に刻み込まれた戦闘経験か、あるいは彼を構成する無数の悔恨がそうさせるのか、ゆっくりと首を振って近接戦闘の構えに入るのが見える。ギラリ、と黄金の牙が輝いた。


 あれで殴打されれば致命傷は免れられない。私は慎重にタイミングを計り、彼の迎撃範囲に入った瞬間、真横へと最大推力で機動を変更した。


 横殴りにされたかのような衝撃に骨がきしむ。スピノサウルスの肉体だから耐えられた、生身の人間だったら交通事故もいいところだ。それでも、そうしないと彼の迎撃を回避できない。それまでの緩慢な仕草がウソのように俊敏な動きで振りぬかれた黄金の牙が鼻先をかすめていくのに肝を冷やしながら、無防備な側面に回り込む。


 一旦脚をつけて制動した後に、勢いをつけてタックル。肩口に炎と雷撃を集中させて威力を増した一撃を叩きこむ。


 周囲の山々を震わせる衝撃と共に、レイストフの体が僅かに崩れる。黄金の骨格の内部に充填された闇が僅かに飛び散り、その総質量が僅かに減少する。


 手ごたえあり。だが、反撃が来る。


 確かに大きなダメージを与えたはずなのに、レイストフが大きく首を振って牙を叩きつけてくる。それをバックステップで回避、再び距離を置く。そこに追撃でレーザーが置かれてくるのを、なんとか掻い潜って回避する。


 そして両者、再び距離をあけて睨みあう。


 さっきからこの繰り返しだ。


 本格的に戦闘形態へと変化してからは、遠距離攻撃だけでなく肉弾戦も駆使してくるようになったレイストフに、なんとか私は一撃離脱で戦闘を継続している。


 だが、感情も痛覚も無いであろう怨霊相手には、神気を用いた遠距離攻撃も接近しての肉弾攻撃も効果が薄い。辛うじて物理的な衝撃なら、レイストフを構成しているあの闇を削れるので効果があるか、といったところだろうか。それに対してあちらの攻撃は全て一撃必殺もいい所、極端な緩急の差をつけた攻撃はどうにも避け辛く、回避し続けるこちらの負担が大きい。


 ダメージを与えられていない訳ではないからこれをずっと繰り返せばそのうち勝てるかもしれないが、恐らくさきにこっちがミスをしてやられてしまう可能性の方が高い。


 呼吸を整えながら頭を回転させる。


 このやり方が間違えている訳ではないが、効率が悪い。アプローチを間違えているのか? あるいはそもそも、根本的に今のレイストフを倒そう、という発想が非現実的なのか。


「グルル……」


 いや。間違っているとか正しいとかじゃない。


 レイストフがこれ以上過ちを重ねる前に止める。それこそが大前提だ。


 とにかく、冷静に考えろ。ザ・ワンの時の失敗を繰り返すな。力押しが多少通るからって、それでゴリ押した結果があの惨状だ。何の為に考える脳みそがある。もっとスマートに事を運べ。


 物理的な攻撃はもう散々繰り返して、一定以上の効果は見込めなかった。これを認めろ。


 では、どうする?


 状況を整理するんだ。レイストフは、未練に従って行動する怨念にすぎない。その攻撃、行動は、ある種機械的だ。性能の低いロボットのようなもの。だがエネルギーは無尽蔵、痛覚も感情もない彼に疲労、という概念はなく、淡々と対象を破壊するまで一定パターンを繰り返す。これがゲームなら雑魚ボスかもしれないが、現実はそう簡単ではない。彼と違い、こちらのパフォーマンスは秒ごとに低下していく。感情を持つ生きた者が、そのどちらも持たないものと消耗戦に付き合って勝てる道理はない。


 最初の、闇の質量に物を言わせてレーザー攻撃で圧倒するだけの状態なら、まだ戦いやすかったのだが。今のレイストフは、頑強な黄金の骨格に、闇が内臓や筋肉のように纏わりついてそれを動かしている状態だ。体当たりなどの攻撃で表側に出ている闇は消し飛ばせても、内部から染み出してきた闇が補ってしまう。また見た目上の体積の変化を見ても、内臓部分に相当量の闇が圧縮されているようだ。逆に言うと、闇が削られないようにしまい込んでいる、とも見れる。


 ……そうだ。レイストフは、これ以上闇を削られる事を警戒している。


 つまり、闇の総質量を減らす、というアプローチは間違っていないのだ。


 問題は、私がその為に取っていた手段が効率的ではない、という事だ。他に何か、彼に大きなダメージを与える手段があれば……。


『……巫女……ヨ……』


「グルルル……!」


 しまった、時間を空けすぎた。レイストフが外敵への迎撃から、再び神殿への攻撃モードに切り替わってしまう。再び特大レーザーのチャージ動作に入った彼に、ライトニングブレードを放って注意を引く。最初と違って、私という外敵の存在を認識しているせいか素直にレーザーの照射を中断し、迎撃レーザーを放ってくる。


 再び光のギロチンを回避しつつ、策を練る。


 物理攻撃そのものが無効な訳ではない。威力が足りないのだ。いくらスピノサウルスの肉体が巨大とはいっても、相手も同等以上の質量。ぶつかり合いは効率が悪い。


 だったら……。


 ちらり、と私は周辺の地形に目を向ける。神殿に続く坂道、その左右には大きな岩がゴロゴロしている。レーザーの流れ弾で、それらの岩には大穴が空いていたり、切り裂かれたりしている。私はそちらへと、レイストフのレーザーを誘導するように動いた。案の定、振り回される光の刃が、スパスパと大岩を切り刻んでいく。これだけの大きな岩だと、ただのレーザーだと表面を焼くだけに終わりそうだが、綺麗に切断できているあたり、何らかの物理的な破壊力も生じているらしい。ますます食らってはいけない感じが増すが、今はそれは主題ではない。


 ガラゴロと音を立てて転がるその岩に近づき、前足で抱え上げた。


 盾にするわけではない。この岩の耐熱性と強度では、諸共切り裂かれて終わりだ。だからこれは、攻撃に使う。


「グルルルゥ!」


 レーザーを回避する勢いを乗せて、大きく勢いをつける。そのまま、岩を砲弾のようにレイストフに投げつけた。


 飛来する大岩をレーザーが迎撃するが、あまりにも切れ味鋭いそれは岩に穴をあけただけでコースを変えられない。ゴガンッ、という音を立てて岩がレイストフの巨体を揺るがし、こらえきれない衝撃が足をぐらつかせ、闇が飛び散った。衝撃のあまり能力処理プロセスに影響ができたのか、レーザーの迎撃網も明滅して消滅する。


 効いた!


 崩れた体勢を立て直すレイストフを観察しながら内心ガッツポーズを決める。


 やはり、マンモスといえば投石ないし投槍に限る。前世における過去の歴史において、マンモスの絶滅原因の一つは人類だとされている。人類はマンモスに比べれば小さく弱い存在だが、投擲に特化した肉体を駆使しての遠距離攻撃でマンモスを狩り安定した食料を得る事が出来るようになった事で他の競争相手に一歩先んじた。今の私はスピノサウルスだが、投擲というのはそれだけ強力な攻撃手段なのだ。


 問題は魔獣を相手にした場合、図体の大きさに反比例した反応速度と機動力を持っているため、岩を頑張って投げたところで命中が望めなかった事だ。だが、レイストフは外界からの刺激に受動的に反応するゾンビのような状態だ。動きも緩慢で、十分充てられる余地はある。


「グルルルゥ!」


 続けて転がっている岩を拾い、一発、二発とお見舞いする。立て続けに岩の打撃を食らい、ダメージが蓄積した所を狙って突撃。電撃と炎を纏ったタックルを叩きこむ。これまでは踏ん張られて反撃を受けていたが、投石によってダメージが蓄積していたおかげか、この一撃でレイストフの体が宙に浮いた。


「グォオオゥ!!」


 チャンス! とばかりに、密着状態でライトニングブレードとファイヤブレスを最大出力で吹き付ける。宙に浮いたレイストフの肉体が吹き飛ばされ、そのまま岸壁に叩きつけられた。衝撃で壁にヒビが走り、ガラガラと崩落する岩にレイストフの巨体が埋まっていく。灰色の砂埃が上がり、闇の神獣の姿は岩雪崩の下に消えた。


 ふぅ、と言わんばかりに私は息を吐いた。


 これでとどめを刺せたとは思わない。そもそも生きていないしね。だが、決して軽いダメージでも無いはずだ。しばらくは岩の下で大人しくしてくれると助かる。


 いまのうちに、レイストフを完全に滅ぼす手段を考えなければ。


 一番いいのは、レギン達が調査を終えて帰ってきてくれればいい。レギンの実力は歴戦の冒険者だ、これと似た状況に遭遇、あるいは知識があるかもしれない。とはいえいつ戻ってくるかわからない、私でもやれる事を考えなければ。でかい岩でも用意するか?


 あのレイストフを葬ってやるには恐らく、物理的に行動不能なまでに破壊するのが一番簡単な話だと思う。本質があの闇の塊だとして、レイストフの骨格があれらに行動するための肉体を提供してしまっているようだ。骨格を破壊し、闇の塊を露にした上で分割、消失させてしまうのが考えられる討伐方法だ。故人の骨を損壊するのは気が引けるが、やむを得ない。


 とりあえず、このあたりに大岩はいくらでもある。とりあえず私でも動かせそうなのを探そう。


「グルル………ルゥ?」


 きょろきょろと視線をさ迷わせていた私だが、不意に寒気を感じて身をすくめる。


 いや。これは、気温が下がったんじゃなくて。


 何か、こう。


 嫌な、予感が。


「……グルルルゥ!」


 異臭を感じとり、慌てて瓦礫の山から距離を取る。


 一見、見た目では何の変化もない瓦礫の山。だがよくみると、詰みあがった岩や砂利の間から、黒いモノが滲みだし、シュウシュウと岩を溶かしている。見る見る間に岩の体積は減っていき、やがては黒い水溜まりに全て溶けてなくなってしまった。ゴポゴポと泡立つ闇溜まりの中から、ゆっくりと黄金の骨格が浮上してくる。


 いや、それだけじゃない。他にもいろいろな生き物の断片的な骨格が闇の中から浮き上がってくる。それらは私の見ている前で本来の構造を無視して組みあがり、やがて一匹の巨大な獣の姿となった。


 マンモスでも、ダイナソーでもない。そもそも古代生物ですらない。


 コウモリのような翼。地を裂く四本の脚。長い尾。蛇のような首に、天を衝く七つの角。そして、その身に纏う腐肉のような闇。



 

 それは。


 あらゆる幻想生物の頂点に立つ者。ヒトの根源的な恐れ、畏怖、憧れの象徴。




 ドラゴン。


 ドラゴン・ゾンビ。





『KYGOOOOOOOOUUU!!』


「グルゥ……?!」


 咆哮と共に、闇色の風が吹きすさんだ。踏ん張って飛ばされないようにこらえるが、風を浴びた体から急激に気力が失われる。


 それは生き物に限らない。周囲の岩も、急激に経年劣化が進んだように色褪せ、ひび割れ、朽ちていく。大気は淀み異臭が蟠り、空はどんよりと濁って紫色の光を帯びる。


 これは、まさか周辺から神気そのものを強制的に徴収しているのか?


 そんなの、もう、神獣ではない。


 魔獣じゃないか。


「グ……グァオオオオゥ!」


 どこまで堕ちるつもりだ! その意を込めて吠え掛かるが、相手はそれを意にも介さない。ただ、虚ろな眼窩の奥で赤い炎が燃えて、私を睨みつけた。


 やばい。


 とっさに横に回避した直後、竜が口から吐いた黒炎が大地をえぐった。黒炎は大地を一瞬でえぐり、ぐずぐずと燃え落ちる亀裂を残した。


 炎?! 驚愕に目を向ける私の前で、今度は奴の周辺に大地を突き破って錆びた刀剣類が出現する。一斉に放たれるそれは、私の回避できるような隙間はない。


 とっさに電撃の力を最大開放し、磁場による防御を試みる。拡散放射したライトニングブレードが上手い事作用したのか、強烈な電撃で磁化した刀剣のコースが大きく乱れ、何とかその間に入り込んで直撃は回避する。よけきれなかった数発は、電撃と炎の鎧ではじき返した。


 何とか凌ぐことができた。だが今の、攻撃。覚えが……。


 そんな事を考えたのが悪かったのか、次なるドラゴンの攻撃に私は対処できなかった。


 これまで何度も見た光の拡散レーザーが放たれる。それらは先の攻撃で放たれ地面に突き刺さった刀剣類に放たれると、複雑に反射しながら私に襲い掛かった。


 とても回避できるようなものじゃない。防御に全ての力を注ぎこんで身を守る。


 照射は一瞬の事だった。だがその一瞬で、私は防御の上から全身を焼かれ、立っていられずその場に膝をついた。


「ガ、ゴォ……」


『KYGOOOO!!』


 私が戦闘能力を失ったのを見て取ったのだろう。勝鬨を上げるように竜が吼え猛る。


 こいつは……まさか、同じ怨念と化した神獣の集合体か? 使ってきたのは、その神獣達が生前使っていた攻撃……?


 勘違い、していた。


 レイストフは、ただ闇に堕ちて正気を失っていただけじゃない。怨念と慚愧に塗れた混沌の中で、『巫女に合いたい』という彼の強烈な意志が、それらを牽引して方向性を与えていたんだ。


 だから、闇の獣はレイストフの姿をしていた。


 だが、私の攻撃によってそのレイストフの力が衰えれば。他の怨念を統率するだけの方向性を失ったら。


 そこにあるのは、方向性のない、無差別な怨念と復讐心の塊。もはや神獣の残滓とも呼べない、世界全てを恨む怨念の塊。


 それがこの、ドラゴンゾンビだ。


 私はよかれと思って介錯を施そうとして、レイストフが抑えていた最悪の存在を呼び覚ましてしまったのだ。


「グ、グゥルウル……」


『KYGOOOOO!』


 私が戦闘力を失ったのを見て取ったのだろう、ズシン、ズシンとドラゴンゾンビが近づいてくる。


 その胴体部がぐばりと開き、その奥にどこまでも続く暗闇の渦を露にする。上下に開かれた肋骨は、まるで巨大な怪物の顎のようだ。いや、あくまでドラゴンの形をとっているだけで元は様々な骨格の集合体だ、本当にそれらは牙なのかもしれない。


 私を、取り込むつもりか。


 そうして、力を増して、ただこの世界を傷つけながら彷徨い続ける。


 無限地獄もいい所だ。断じて冗談じゃない。


 冗談じゃない、がもはや体に力が入らない。レイストフとの闘いでもともと消耗していた私には、これ以上ドラゴンゾンビに抵抗する力が残されていない。


 もはやこれまで、か。


「グ。グルゥゥウ……!!」


 そう思いながらも、体は最後の力を振り絞って立ち上がる。全身全霊で神気をくみ上げ、これまで以上に神気をくみ上げ、雷撃と炎を燃え上がらせる。


 ああ、そうか。私の心は遅れて気が付いた。


 ここで、もし私があれに取り込まれれば。あれの一部になってしまったが最後、私も悲劇を生み出す一助になってしまう。


 もしかしたら、この手で。あの子を。


 それなら。


 そんな事になるぐらいならば。


 いっそ、諸共……。


「グ、グォ、グォオオオオオオオオッ!!」


 もはや限界に達した肉体、その限界すら超えて神気をくみ上げる。過剰な力の発現に、自分自身の体が内側から光り輝いているのがわかる。本来ならこのエネルギーでタービンを回し、炎や電撃の力に変えるのだが、それをあえて行わない。


 もし、限界以上に力を蓄えこみ、放出しなければどうなる?


 決まっている。暴発だ。


 神罰執行のあの無制限な力の供給こそないが、神獣の権限において吸い上げられるだけの力を吸い上げて、己の中に閉じ込める。タンクを満杯に、どころか、内圧でベコベコと変形するそれにさらに無理やりエネルギーを注ぎ込む。内臓が傷ついていくのがわかるが、それでも蓄える。


 これだけの力を、自爆覚悟で瞬時に開放すればどうなるか。一瞬でも神罰執行に近い火力が出せるはずだ。恐らくその代償に私自身が弾け飛ぶとしても。


 食らうがいい! 名付けて必殺、神獣爆弾!


 我が身に変えても、ここで貴様に引導を渡す! そしてこの身の一欠けらも、貴様には渡さない!


 全身全霊の力を込めて闇に向き合う。


 一瞬、頭の隅をオルタレーネの事が過ぎった。彼女は多分、悲しむし怒るだろう。


 だけど、きっと乗り越えてくれる。そして生きていく内に、私の事を過去の事として懐かしむ事だろう。あれだけ器量の良い娘なのだ、誰かと結ばれて、子に恵まれて……そして子孫に語り継いでくれるかもしれない。いつか、どこかで確かに存在した、臆病な獣の事を。


 だったら、それでいい。傷になりたい訳ではないが……こんな私に残せる物があれば。残せる物があるのなら。生きていても、きっと何も成せない私に出来る事なら。


 それがいいんだ。


「グルゥオオオオオ……」


 未練は振り切った。覚悟は飲み込んだ。


 そして、迫りくる闇が視界を埋め尽くし、その時が来る。


 その刹那を前にして。




 怒りと悲しみに満ちた叫びが響いた。





「勝手に! 満足して! 逝かないでください!!」


 突如、私とドラゴンとを隔てるように、光の壁が生じた。突っ込んできていたドラゴンはあっさりとその壁に阻まれて脚を止め、私も驚いた拍子に自爆攻撃のスイッチを入れ損ねてしまう。たちまち神気が霧散していくが、それよりも私の感心を引くものがあった。


 今の、声。


 聞き間違えようもない彼女の声。


 今までになくはっきりと聞こえた声を求めて、後ろへと振り返る。背後ではドラゴンが光の壁を破ろうと攻撃を繰り返しているようだがどうでもよかった。


 振り返った先、神殿の入口。


 そこに、彼女が立っていた。


 オルタレーネ。


 一体何があったのか、レギンの羽織っていたマントをバスタオルのように巻き付けて裸体を隠しながら、彼女が石畳に仁王立ちしている。その手には、日の光を浴びて輝く錆一つない青銅の剣。


 境界剣だと一目でわかった。


 そうか、良かった。無事手に入れられたんだな。


 ……なのだが。何故か、オルタレーネは眉を潜めてご機嫌斜めだった。いや、正しくは怒っている。物凄く、怒っている。傍らに控えるレギン達が状況を把握した上でそーっと背後に撤収するぐらい、怒りのオーラを噴出している。


 まってまって。何がどうなってるの。あと、今気が付いたけど、手、どうしたのそれ。え、翼は? なんで人間みたいな腕になって境界剣を握りしめてるの。まってまって、一応それ滅茶滅茶貴重なアイテムだから引きずったら駄目だって。ちょっと。


 大体今、ヤバいんだって。状況分かってる? 背後で光の壁をガンガンやってるヤバイの見えてるでしょ? ホラ、バリバリ砕かれてそう長持ちしそうにない! 大体この光の壁、何!? そもそも何で君の声が明瞭に聞こえるの?


「そんな事は! 今、どうでもいいんです!!」


 そんな事って。いや、一応それの為に遠くここまでやってきたんだし。私だって、その為に命を切った張ったしていた訳で。


「この場に及んで、取り繕わないでください! 私が怒っているの、なんでか本気で分からないんですか!?」


 いや、だって。その。だって。


「いい加減、現実逃避はやめてください! 私がスピノ様の事好きなの、いくらなんでもわからないはずないでしょう! そのスピノ様が自殺紛いの特攻なんてして、私が悲しまないと思ったんですか!? 自分の事を棚に上げて言いますけどね、もしスピノ様が死んだら後追いしますからね、私! 貴方の思うように、後世に語り継いだりなんか、ぜーーーーったいにしませんからね!!」


 ちょ、ま。まって。頼むからちょっと落ち着いて。あと何で私の心を見透かしてるの!?


「おちつきません! 何ですかさっきから私は冷静ですよ、みたいにすまし顔して! そうやって自分の感情を殺してやり過していれば苦しまないで済むとでも!? ずーっとそうやってるから、自分の望みすら分かんなくなって、生きている意味だって見失ってしまったくせに! スピノ様がこれまでどんな経験をしてきたか私にはわかりませんけどね、何されたっていいって思ってる相手にそれは逆に失礼なんですよ! わかりますか! わからないでしょうね!! このクソボケ唐変木!」


 ひ、ひどい。そこまで言う!?


 そりゃあ言われてる事は百パーセント事実だけどさぁ……。


「もぉ!! なんでそこでキレ返して来ないんですか貴方は!? 私の言ってる事理不尽な言い掛かりでしょうが!! どう見たって感情的になってキレ散らかしてるの私の方でしょ!!?」


 ひぃ、自分で自分に逆切れしないでくださいよぉ。


 え、いや。その。


 なんで??


「……ふぅ。いや、理屈は色々ありますけど。そんなの些事です。好きになっちゃったんだから、理由なんて全部後付けにしかならないです。そういうものなんです。私の場合。スピノ様はどうなんです?」


 え。えーと。それは……。


 ……分からないよ。人を好きになった事も、愛した事もない。いや、過去に確かに、好きだったと思った事も、愛していると思った事もある。けど、それは勘違いだったんだ。


 全部、私の一時的な思い込みで。


「はっきり言いますけど。スピノ様、ちょっと恋とか愛だとかに理想、抱きすぎです。相手の全てを受け入れられないと駄目だ、とか、永遠に変わらないモノこそが真実の愛、だとか。ちょっと綺麗ごとを真に受けすぎです。逆にホントにそんな不変のものしか愛や恋と呼べないなら、そんなものそれこそこの世界に存在しません。逆です。変わってしまうものだから、皆、変わらないように努めるんです。そのために努力するんです」


 ……それは。そうかも、知れないけど。


「本当の事、言ってください。貴方は、私の事どう思ってるんですか? あ、体格が違いすぎるとか、種族が違うとか無しですから。私はそんな事どうでもいいので」


 君が良くても私は気にするんだよぉ……。


 ……その。オルタレーネの事は好きだよ。可愛いし、性格いいし。傍にいてもらうと安らぐ。一緒に笑えると楽しい。君が背中に乗っていると、あるべき形に収まっているようでとても安心できる。君とこれから先もずっと生きていけたらきっと楽しいし、私も苦しい事をきっと忘れられる。


 ああ、そうだよ。


 私だって、君の事が好きだよ。好きに決まってるじゃないか。


「だったら、他に理由とか、言い訳とか、いります? 両想いじゃないですか。何も疑ったり怖がったりする必要もないです。これまでは、そうだったかもしれませんけど。この状況で、何を取り繕う必要があるんです?」


 ……。


「それとも。私に見捨てられるのが怖い? 好きになった理由がはっきりしないなら、ある日突然好きではなくなってしまうとか、考えてます? 偶然手に入れた力が無ければ、自分自身には何の価値もないって、まだ思ってます?」


 それは。


 そうだ。


 スピノサウルスの力は、たまたま神様から与えられたものだ。私自身が努力したりして手に入れた者じゃない。いつ、どんな理由で失われるか分かった物じゃない。


 力で育まれた関係なら、力が失われれば崩壊するのが必然じゃないか。


「……。……失礼しますね、スピノ様。流石にちょっと。我慢の、限界ですので」


 へ?


 一言断ったオルタレーネは、茫然と見下ろす私の目の前で境界剣を地面にブッ刺して固定すると、右手を思い切り私の鼻先目掛けて振りかぶった。


 パァンッ!!


 甲高く、乾いた音が山脈に響く。正直全く痛みは感じなかったが、にも関わらず私は顔を傾けたまま、茫然と彼女を見つめ返した。


 柔肌でゴツゴツとした鱗を打ったからだろう、彼女の手のひらには血が滲んでいたが、それに全く構う事無く、オルタレーネは強い視線で私を非難していた。


「馬鹿な事、言わないでください。それは、貴方を取り巻く全ての人に対する非礼です。私だけの話じゃない、レギンさんやマリサさん、街の人達皆に対する侮辱です。訂正してください」


「グ、グルルゥ……」


「力で育んだ関係? ただ力を振りかざすのなら魔獣とそう変わりありません。最初、神獣という確信が持てなかったスピノ様に対し街の人達が好意的に接したのは、確かに飛竜から街を守ってくれたからですが……それは貴方が正しい事の為に力を振るう御方だったからです。強い力を持ちながら、それを平和と愛の為にふるったからこそ、街の人はスピノ様を守護竜と崇めたのです。もし貴方の力が突然失われれば街の人達の接し方も変わるかもしれませんが、貴方を見捨てるという事ではありません。スピノ様が清く正しく心優しくある限り、ただその関係の在り方が変わるだけです。あんまり他人を馬鹿にするのもいい加減にしてください」


 ぐうの音も出ない。


 理路整然と、私の心の洞が打破されていく。自分の心が詳らかにされるのは本来ならば羞恥と怒りを覚えてもいいはずなのに、しかしながらそんな気持ちはこれっぽっちも沸いてこなかった。


 何故か。オルタレーネの言葉は厳しいけども、確かに優しさと思いやりに満ちていた。


 先ほどの平手打ち。硬い鱗に阻まれて傷一つ入らなかったはずの打たれた箇所が、ジンジンと痛む。


「スピノ様。何度でもいいます。皆、貴方の事が大好きなんです。貴方が皆を愛そうとしたように、皆も、スピノ様の事を愛しているんです。私も、他の誰よりも貴方の事を特別に。恐ろしいのも分かります。信じられないのも分かります。でもせめて、せめて皆に囲まれているのに、孤独であろうとしないでください。貴方の弱さを、少しずつ、私達にも背負わせてください」


 ……いいのか。


 何も成せなかった私が。誰かに何かをしてあげられるとも思えない私が。 


 他の誰かに何かを求めても。この胸の虚をさらけ出しても。


 許されるのだろうか。


「ええ。何度でも言います。私に、貴方の愛を共に背負わせてください。どうか私達を、信じてください」


 胸に手を当て、神聖な誓いのようにオルタレーネが宣言する。


 ……ここまでされて。


 それでもなお、答えられない……そんな事はない。


 私だって。


 私にだって。


 彼女を信じたい、という気持ちは、在る。





「S……z……」


「し……zi……R」


「シん……ジ……ゥ」





「……信じ、ルゥ……」





「……はい! 私もきっと、貴方の事を最後まで信じます!」


 黎明を照らす太陽のように。夜闇を照らす満月のように。オルタレーナは何の憂いも見せない満面の笑顔を浮かべた。


 ああ。


 私はずっと、何に怯えていたのだろう。


 一度言葉にしてしまえば、それはとても簡単な事だった。


「それじゃあ、早速! 二人の共同作業と行きましょう!」


 オルタレーネが境界剣を地面から抜き放ち、私の横に並ぶ。私もそれに従い、背後へと振り返った。


 彼女と言い合っている間にも、ドラゴンは光の壁を破ろうと暴れていたようだったが、それを阻む壁はびくともしていない。さっきまで割と砕かれていたのだけど、何がきっかけなのか、光の壁は急激にその強度を増したようだ。これは恐らく、禁則地を隔てたそれと同類なのか?


「ええと、大体似てるような、ちょっと違うような。どうしましょうか? なんならこのまま、この闇を封じ込めてしまう事もできますけど」


 ……それは、どうかやめて上げて欲しい。今でこそ生きている者の脅威となってしまったが、彼らは本来、尊んで弔われるべき存在だ。どうか、この場で成仏させてあげたい。


 できるだろうか?


「……大体、アレが何なのかは私もわかります。愛ゆえに未練と後悔に苛まれ、迷い出てしまった魂。それを、あるべき場所へ還すべき、というスピノ様の御心、私も尊く思います。ええ、ええ。大丈夫、可能です! 貴方の巫女に、お任せください!」


「デハ。……頼ンダ」


「はい! 境界剣、開闢!」


 オルタレーネが境界剣を正眼に構え、宣告する。それに応え、境界剣に刻まれた無数の刻印に、青い光が走る。まるでサイバーパンクの演出みたいだなあ、と見ている私の目の前で、なんと境界剣はその刻印に合わせてバラバラの小さな部品へと分解していった。ひとりでに宙を浮く無数の部品が、オルタレーネを取り囲むように渦を巻き、何かしらの形を構築していく。


 それは私には、何らかのコンソールのように見えた。


「新たなる巫女、オルタレーネの名において(新規管理者コードの登録完了)! より小さく、より曖昧なモノを指し示せ(境界剣、精密識別モードに移行)!」


 謳うように告げるオルタレーネの声が、別の意味にダブって聞こえる。これは私の前世の知識によるものだろうか? 目の前で起きているのが超常的な魔法現象のようにも、行き過ぎた科学によるシステム制御のようにも、その両方の意味合いで私には見て取れる。


 展開された境界剣から、無数の光の鎖が伸びる。それは今だ暴れるドラゴンの体へと突き刺さり、その体内に潜っていく。気が付けば数十、いや数百の光の鎖によって、ドラゴンの全身は拘束されていた。


「境界剣よ! その悲しみ、憎しみを……切なる哀から、引きはがしたまえ(指定条件に基づいて、対象レイヤーの分離を開始)!」


 ジャラジャラジャラ、と音を立てて鎖が巻き取られ始める。それによって、深く楔を穿たれたドラゴンの体……正確には、その大半を構成している闇が、ベリベリと骨から引きはがされていく。ドラゴンは暴れて抵抗するが、その力が徐々に衰えていく。


「……ある人が教えてくれました。神の力は、愛の力だと。あの獣の力の源になっているのも、方向性は違えど愛です。愛する者を喪った悲しみ、守れなかった自分への憎しみ……そういった負の方向の愛情が、闇に力を与えていました。本来なら不可分のそれらを、境界剣の力で分断します。そうすれば、後に残るのは単なる未練の塊です。トドメを刺すのは、スピノ様、お願いします」


「分カッタ」


 頷き、分かたれていく闇を見る。


 ……神の力が愛の力というなら。なるほど、この闇が絶大な力を持っていたのも頷ける。喪われて数千年、決して癒える事も満たされる事もなかった悔恨と未練。数十匹以上のそれが混ざり合ったこの混沌の力は、局地的には神のそれに匹敵したかもしれない。禁則地の封印を破ったというのも頷ける。


 境界剣の力によって闇がどんどん引きはがされていく。もはや骨ばかりになり、ドラゴンゾンビというよりスケルトンドラゴン状態の奴が、抵抗するように激しく身を捩った。奴からすれば、死しても尚しがみついた別れがたい執念だ。そう簡単に引きはがされてはくれないらしい。


 ガキン、と音を立てて巻き取られる鎖が止まる。


 分離が完了したのかと思ったが、オルタレーネの顔色はよろしくはない。


「……っ、ここに来て抵抗が激しい……!」


「イヤ。もう、十分ダロウ」


 オルタレーネの前に出る。彼女のおかげで十分休む事が出来たので、力を振るうに何の支障もない。


 見ればドラゴンはすでに十分弱体化している。今の奴ならば、私の全力であれば滅ぼせるはずだ。


 意図をくみ取ってか、光の壁が解除される。それに素早く反応し、ドラゴンが鎖に抗いながらも口腔に炎を蓄えた。機を見るに敏、と言いたいところだが、境界剣の力でその脅威は大きく衰えているのが傍目にも明らかだ。


「グルゥオオオオ……ッ!」


 炎の力を最大出力で放出、吹き上がった炎を私の頭上で球状に収束。そこに背びれから放出した雷撃を纏わせて、炎と雷撃の圧縮エネルギーを作り出す。


 以前、ザ・ワンに放った時は漲る力でこれをさらに圧縮してジェノサイドカッターを放ったが、流石にあれほどの力は今は出せない。比較すると、ジェノサイドカッターはそれこそ、素手で手のひらサイズの鉄球をビー玉に圧縮するぐらいの非常識な力がいる。それでも持ちうる力で極限の圧力をかけてエネルギーを圧縮する。


 圧縮されたエネルギーが逃げ場を求めて荒れ狂う。あとは、それに一点だけ、圧力の逃げる場所を作ってやれば、内部のエネルギーが一斉に解放される。


 名付けて……。


「ライトニング……バーニングフォース!!」


『KYGOOOOOO!!』


 ドラゴンの黒炎ブレスと、私の雷炎ビームが正面から撃ち合う。


 拮抗は一瞬。


 もはや燃えカス同然のドラゴンの炎を打ち破り、私の雷炎がドラゴンを正面から飲み込んだ。





■■





 ずっと。ずっと探していた。


 それでも見つからず、本当はどこかで最初から分かっていたのかもしれない。


 私の巫女は。もうどこにも居ないのだと。


『巫女、ヨ……』


 それでも未練がましく呼び続ける。ああ、なんと女々しい様だろう。


 金色のレイストフ、等と呼ばれていても。結局私は、愛しい人一人守り切れなかった弱者に過ぎなかったのだ。


『いいえ。いいえ。そんな事は、ありませんよ』


 在り得ないはずの声がした。


 聞こえないはずの声がした。


 とても懐かしい、探し求めてきた姿がそこにあった。


『申し訳ありません。随分と、お待たせしてしまいました。……私になぞ、もう愛想が尽きてしまったかと……』


『そんな……そんな事は無い……! ああ、巫女よ……ずっと、ずっと探していた……。会いたかった……! 我が、愛よ……!』


『……はい。レイストフ様。私もずっと、逢いたかった。長い間、ずっとずっと、探し求めておりました……!』


『ああ、もう離さない。二度と……』


『ええ。ずっと、一緒です』





■■





 天を衝いて炎が燃える。燃え盛る葬送の炎の中で、ドラゴンのシルエットが崩れていく。一つ、また一つ、未練に満ちた遺骨が灰となっていく。


 その中で、最後まで燃え残っていた黄金の牙も、やがて灰となって朽ちていく。一瞬、その炎の中のシルエットが、小さな少女を傍らに伴っていたように見えたのは、果たして私のそうであって欲しい、という願望故だろうか。


 そうとも。そうであって欲しい。どうか、最後はせめて心安らかに。


 目を閉じて一しきり祈る。


 やがて全てが燃え尽きて、炎が消えていく。あとには僅かな灰が残るのみだ。それも、風にさらわれて散っていく。この優しい世界に、彼らの残した悲しみが溶けて消えていくのを見送って、私はようやく息を吐いた。


 今回も、なんとか乗り切る事が出来た。彼女のおかげで。


 傍らに寄り添う、柔らかく小さな存在と目を合わせる。彼女は風に揺れる百合のように、優しく私に微笑んだ。その手には、元の姿に戻った境界剣が握られている。


「お疲れさまでした、スピノ様」


「アア……」


 頷き返し、最後に一度、彼らの存在した場所に目を向ける。


 ……彼らと私に、大きな差は無い。彼らもまた、他の誰かを心の底から愛していた。そしてその愛を失い、この世に彷徨い出た。


 いつか私にも、そのような末路が訪れるのだろうか。あるいは、今胸にある愛を失う日が来るのだろうか。それは、神ならぬこの身にはわからない事だ。


 今は、ただ。傍らにあるこの熱を信じて、生きていくしかない。


 諦念はある。


 猜疑は絶えない。


 それでもただ、信じてみようと思った。


「■●ーー!」


「●■★!」


 神殿の入口から状況に圧倒されていたレギン達が駆けてくる。いやまあ、レギンに関してはオルタレーネの怒気にビビっていただけで介入するだけの力はあったんだろうけど、まあいいか。しかしオルタレーネの声は聞こえるようになったのに、彼らの声はさっぱりだ。まだまだ私の心は臆病さを捨てられないらしい。


 気を落とす事はない。ゆっくりやっていけばいい事だ。


 幸い彼らもどうやら元気なようだ。


 終わりよければ全てよし。


 私は元気に彼らに手を振り返し……二歩目を踏みしめた所で想像を絶する虚脱感にそのまま崩れ落ちた。


「スピノ様!?」


「●■!?」


 大慌てする彼女達の声を聴きながら、意識が遠のいていく。……そういえば、うん。レイストフ相手に相当無茶したし、自爆覚悟で神気貯め込んだりしたし、うん。とっくに限界を越えていたらしい……。


 いやあ、メンゴメンゴ……。次が在ったらもうちょっと、自分の限界を見定めるよ……。


 そう弁解をしながら、私の意識はストンと闇に落ちていった。


 グッナイ。



 今日は良い夢が見られそうだ。


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