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異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~  作者: SIS
闇の獣

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第51話 面倒事の時間


 花の怪物との激闘を終え、現地住民達が交渉を再開したのはそれこそ3週間近く経ってからの話だった。


 聊か対応が遅い気もするが、しかしまあ仕方ないのかもしれない。


 ただ単に武力衝突が発生したのならともかく、そこに御伽噺に名前が残っているような伝説の怪物が襲来し、双方共に大きな損害が発生した。為政者ならこの時点で頭を抱える。前世の感覚だと東京湾に鬼ヶ島が突如復活し、それをどこからか現れた桃太郎を名乗る侍が退治しました、といった具合の話だ。何が真実で何が勘違いなのか、まずはそこから始めないといけない。


 そして事実関係を概ね確認した上で、再び両者の間に会合が持たれる事になった。


 舞台になったのは、セルヴェの街でもウォールランド王国でもなく、また別の街。


 湖から少し離れた、私の知らない街だ。


 今回の案件に直接かかわっていない、中立の都市が交渉ごとの舞台になるのは、まあ不思議な話ではない。そしてセルヴェの街の政治を司る者達は、遠路はるばる護衛と共にそちらに向かう事になる。


 そしてそこに、私が重要参考人として呼ばれる事になった。






「グルルゥ……♪」


 気持ちの良い晴天の下、セルヴェの街側の隊列の横に並んで草原を歩く。


 ここは、慣れ親しんだ湖まわりの草原ではない。もっとずっと遠い場所だ。そうなれば、当然雰囲気も全然違う。


 風はそよそよと優しく心地よい。湖の上も涼しいが、時に湿気を含んでじとっとするそれとはまた違う、さわやかな風だ。仄かに混じる草木の香りがとても良い。


「★●◆、スピノ●?」


「グッルルル」


 私の首に身を預けるオルタレーネが、何事か語り掛けてくる。言葉は相変わらず分からないが、それでも彼女の人となりから想像する事はできる。概ね、「ご機嫌ですね」といったあたりだろう。


 そりゃあ、まあ、気分は悪くない。


 湖を離れて見知らぬ街へ。それはそれで好奇心が刺激される。道案内もあるというのが特に良い。これまでは地図どころかこの世界の事情も知らず、やたらめったら暗闇に突っ込むような探索だったので、目的地が決まっているというのは実にありがたい。


 そしてオルタレーネはいつもの侍女服ではなく、なんだかおしゃれな感じの白いドレスを着て、足をそろえたお嬢様座りで私の首にまたがっている。避暑地でお嬢様が着ているワンピースみたいなアレだ。ただ彼女は腕の翼のせいで普通の服は着れないので、貫頭衣の変形みたいなデザインである。身体の横に素肌が露出しないよう工夫がこなされており、デザインした人の配慮が光る一品である。とはいえ、私の肌は硬いやすりのようなウロコで覆われているので、服が傷つかないかとちょっと心配である。できれば、他の人と同じように馬車……馬車? に乗っていてほしいのだが。


 ちらりと隊列に視線を向ける。


 街道を、5輌の馬車がゴトゴトと音を立てて進んでいる。馬車とはいったが、それを引くのはなんだかよくわからない生き物だ。少なくとも、これに該当する生き物は前世の知識には該当しない。四本脚の鶏というか、鳥脚の犬というか。現地住民がなまじ見覚えのある姿をしているので私からするとギャップがすごい。


 だけどまあ、逆に言うと、犬人が犬をペットにしているのもおかしな話なので、どっちかというと当然の事、なのだろうか? 知性の有る無しの差があるとはいえ、自分と全く同じような姿の生き物を家畜にできるかっていうと怪しいだろう。


 ……いや、神殿の宗教画だと、そのあたり明確に線引きはされてなかった、ような。うん?


 まあいっか。目の前にある事実が全てだ。


 馬車の造りは、割と普通だ。この世界独特の構造があるという風には見えない。普通に車輪だし。揺れを見る限り、板バネはすでに発明されているらしい。やはり以前からの認識通り、技術力は結構あるようだ。


 乗車しているのは、なんだか立派な衣装の街人と、護衛の冒険者たち。兵士達は街の防衛に残し、冒険者を要人警護に回すあたり、冒険者への高い信頼が伺える。それだけの実績を積んできた者なのだろう。その中には当然のように、あの飛竜と切り結んでいた剣士の姿がある。彼はザ・ワンとの闘いにはでばってきていなかった気がするが、信用度から考えて街の守りに残していたのだろうな。それを今回は使節団の護衛に回しているあたり、本気度が伺える。


 それに護衛といっちゃ私もそうだしな。ザ・ワンとの闘いでは後れを取ったが、そんじょそこらの奴に負けるつもりは無い。


 名誉挽回の機会でもある。ふんすと鼻を鳴らして気合をいれていると、何ごとかオルタレーネが語り掛けてきて首筋を優しくなでられた。


「◆●●★▼」


「グゥ」


 あふん。くすぐったくて力が抜ける。


 ちょっと力みすぎていたかもしれない。優しく撫でる手つきにリラックスした私は、大人しく隊列を追いかけた。なだらかな丘を登る馬車を追いかける。


 と、先頭の馬車が不意に動きを止めた。


 何かトラブルだろうか? 私は脚を速めて先頭馬車の前に出る。賊か何かが出たのなら、私の巨体が威嚇になるかもしれない。


 しかしどうやら違ったようだ。


 なだらかな丘を越えると、先は一転して低く広がる盆地のようだった。少し色合いの違う草木が生い茂る中、盆地の中央に街が見える。


 恐らく、目的地だ。


 目を凝らすと、盆地の反対側を進む隊列が見えた。こちらと同じく、数台の馬車で構成された部隊。その横には、青白い鱗を持つ巨大ワニの姿が見える。


 間違いない。ウォールランド王国の使節団と、その護衛のサルッカスだ。


 どうやら互いに、ちょうど申し合わせたように到着したらしい。通信設備もないのに、よく合わせたものだ。


 再び馬車が動き出す。少し先に進んでいるウォールランド王国側に合わせたのか、気持ち早足だ。その後を追いかけながら私は、近づいてくる街に思いを馳せた。


 事前に聞いた話だと、確か、街の名前はマニプル、だったか。


 都市連合王国の一部を構成する、セルヴェと同じ都市国家。セルヴェの街と違い、湖とは縁がないあの街が、果たして私を歓迎してくれるだろうか。


 一抹の不安を抱きつつも、私は静かに隊列に付き添うようにして街に向かった。




 近くで見るマニプルの街は、概ねセルヴェの街と同じ構造のようだった。


 分厚い防壁に覆われた、戦争を想定した造り。ただセルヴェの街以上に防御が分厚く、外周は深い堀に覆われ、鉄門もより頑丈で大きい。それはこの近隣の魔獣の危険性を物語っている。


 セルヴェの街の周辺も頭のおかしいクマモドキが出現する危険地帯だが、逆に言うとそいつらを避けた魔獣がこのあたりにいるのかもしれない。まあ所詮憶測だが。


 人の言葉が分かればなあ。せめて文字が読めればよいのだが、どう頑張ってもこの世界の文字は意味不明な幾何学模様にしか見えない。法則性もイマイチ分からず、外国人が日本語を見たらこんな感じなのだろうかとすら思う。


 閉ざされた門の前で馬車が停止すると、しばしやりとりがあって、重々しく扉が開いていく。何かしらの機関を用いているのか、門の後ろで巨大な歯車が軋みながら回転し、ゆっくり大扉が上昇していく。


 重そうな扉だ。あれが上から落ちてきたら私も大怪我では済まなさそうである。まあ、もしこの街を攻め落とすとしても私は門から攻めないが。以前ならともかく、今なら電撃と炎で防壁をぶち破って内部に侵入する。深い堀も、水陸両用であるスピノサウルスには問題ない。


 ……そう考えると文明に対しては割と無法な性能してるな、この体。流石スピノサウルスである。


 開門を確認し、馬車が橋を渡って堀を越えていく。幅が狭いのでそれを後ろで見送り、最後にその後ろに続いた。


 門で馬車を受け入れていた衛兵が、私を目の当たりにしてビクッと肩を震わせる。見た所、彼はセルヴェの街の人々と同じ、背の小さい獣人のようだ。緊張している彼に、できるだけ愛想よく、こんにちは、と頭を下げた。


「◆●★、スピノ●◆。●◆●?」


「●、◆●★★」


 首に腰かけるオルタレーネが声をかけると、衛兵が驚いたように反応した。ぼう、と彼女を見つめる衛兵の視線にはどこか熱っぽいものを感じる。


 わかる。オルタレーネ、美人だもんね。しかも着飾っているからバイバイでドンだ。


 でも駄目だよ。駄目。一応、私が先約っぽい感じなので。


「フゥ」


「●◆★ーーーーッ!?」


 ちょっとした嫉妬を感じて、ふぅ、と息を吹きかけると、衛兵は心底竦み上がったような声をあげて腰を抜かした。ぺちゃんと倒れこんでしまった彼に、え、そんな反応? と困惑していると、ぺちぺちとオルタレーネに頭を叩かれた。


 怒られているらしい。


「グ、グルゥ」


 ご、ごめんね、と笑いかけたつもりだった(注:乱杭歯のスピノサウルスが目を細めてにっと頬を吊り上げる様を想像してみてください)が、衛兵は毛皮の上からでもわかるレベルで顔を青ざめさせてぶるぶると首を振った。


 駄目だこりゃ。これ以上やっても脅しにしかならなさそうである。


 首筋でオルタレーネがため息をつく気配を感じて、私はこれ以上の失態を重ねる前に門をくぐった。


 その瞬間、何やら薄い布のようなものが飛んできて、私の鼻を塞いだ。


「ブフォッ」


 びっくりして思わず荒い鼻息を零す。


 見れば、小さな布や紙きれが、次々と私に降り注ぐように舞い散っていた。


 街を見渡す。


 街並みは、セルヴェの街が健在だった頃のそれに似ているのだろう。二階建ての小さな建物が並んでいる。その屋根から、二階の窓から、住人達が身を乗り出し、小さな旗を振っている。篭を手にした街人が、そこに持った紙吹雪を振りまいて声を上げている。


 通りには、いくつもの横断幕。そこに書かれている文字はわからないが、少なくとも拒絶を示すものではないだろう。


 流石にこれは私でもわかる。


 街は、歓迎ムード一色だった。


 先に街に入った馬車から、要人たちが身を乗り出して街人に手を振っている。そんな彼らに、祝福するように色紙がまかれ、握手するものもいる。護衛の冒険者たちは流石に真面目腐った顔で警戒を怠っていないようだが、そんな彼らにもキャアキャアと街人の歓声が飛ぶ。よく見ると顔をしかめっつらのように整えているが、口元が緩んでいる。本当は自分達もはしゃぎたいが、護衛の仕事を優先して我慢しているようだ。流石のプロ意識である、ここぞという所で抜擢されるだけの事はある。


 まあ私はプロでもなんでもないので一通り楽しませてもらおう。


 どーもー、スピノでーす。神獣(仮)やってますー。にこやかに笑いながら手を振りつつ、街に繰り出す。





 一瞬、街に静寂が通り過ぎた。





 それは本当に一瞬の事だった。次の瞬間には何ごともなかったかのように人々は笑顔を見せるが、その笑顔はいささか引き攣っていた。喜んで歓迎しているというより、歓迎しないとマズいといった感じの対応だった。こう、独裁国家の軍事パレートの観客みたいな。


 正直言うと。


 心情的にあまりにも致命傷だった。グハァ。


 そりゃ、まあ、そうである。話を聞いていたとしても、隊列の後ろから全長14mの巨大生物がぬっとあらわれて、あまつさえ変に人間らしい仕草をわざとらしくしてたら、うん。引くわ。


 前世の感覚でも割とない。コメディとホラーの境目というのは、実は曖昧なのである。


 駄目だ。終わりだ。もう何もしたくない……。


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