5.天才外科医になればいい
「──って事があってね、ほんとバイト始めてよかった。なんかいろはと一緒なら魔法少女も頑張れそうっていうか?」
グレンの肩をマッサージしながら、今日知り合ったいろはの話を聞かせた。初めてできた親友だし、大切にしなきゃね。
「へーよかったなぁ凪。ぼっちのお前にツレが出来て俺も嬉しいぜ。あ、次背中頼むわ」
「えへへ、まあなんて言うの? こういうのを運命って言うのよね! もしかしたらあの子、ほらなんて言ったっけ、ツララちゃん? あの子とも仲良くなれたりして……へへ」
私のベッドにうつ伏せになるグレンの背中に跨って、肩甲骨の辺りに親指をねじ込んだ。ほんとは親指じゃなくて包丁とかねじ込んでやりたいけど、今は気分がいいから勘弁しといてやるわ。
「あー、六万体 氷麗な。そういやお前が留守の間に家を訪ねてきたぞ」
マッサージする手が止まった。
「えっ!? うそ、なんで!?」
「なんかお前の事を気にしてたみたいだったな」
「……や、やっぱり氷麗も私と友だぴっぴになりたかったんだ……」
「友だぴっぴってなんだよ……つーか、マッサージもういいわ下手くそ。ペチャパイのくせに重いんだよ」
「……こ、殺……」
「あ? なんだ?」
「コロンビアって、どの辺にあるのかな……」
「南米大陸の北西部だろ。学がねぇなあお前は。学生ならバイトとかしてねぇでもっと励めよ。勉学に」
「……倒置法うざ」
グレンの背中から降りて、私は部屋を出た。誰のせいでバイト始めたと思ってんだし……マジで殺したいクソヒモサイコパス。ていうか南米ってどこ。
扉を閉めると、部屋から「どこ行くんだよ凪〜」とムカつく声が響いた。お前の居ない所だよ! って言いたいけど、言ったら何されるか分かんないから素直に言っとこう。
「……お風呂! 覗かないでよね!」
脱衣所で服を脱いで、バスケットに放り込む。最近はお風呂中でもグレンがお構い無しに呼びつけるから、ずっとシャワーばっかりなのだ。
急にアイツが来た時のために体に巻くバスタオルもしっかり持って準備は万端。
「たまにはお風呂浸かりたいな……」
ぼやきながらお風呂の扉を開けた。すると、すぐ目の前に、椅子に縛り付けられて血まみれになった氷麗が居た。なんで?
「……ひっ……ぎゃあああああああああ!!??」
その場で腰が抜けて、血塗れの床に尻もちを着いた。直後、手にグニャッとした嫌な感触……。
「……ひ、な、なにこれ……」
手のひらで押し潰したそれを、恐る恐る拾い上げて見ると、それは切り落とされた舌だった。
「〜〜〜〜〜〜〜っっ!?!?」
恐怖のあまり声も出なくて、私は舌を放り投げた。宙を舞った舌は、お風呂の天井にビタンッと張り付いた後、ボトッと氷麗の頭の上に落ちた。
「ぎゃああああ!! ご、ごめんなさいごめんなさい!!」
私はパニックになって叫んだ。叫ぶこと以外出来ない……他にどうしろってのよ!!
「──んだよぎゃぎゃあうるせぇなぁ〜……ん? 舌なんか頭に乗っけて何してんだ凪、福笑いか?」
「……ちょ、入ってきてんじゃないわよ変態!! ていうか、またあんたの仕業ね!? なんで氷麗がこんな事になってるわけ!?」
「だからさっき言っただろうが。家に来たって」
「来てからこうなるまでの過程と経緯を聴いてんの!!」
「それも言っただろ。お前の事が気になってたんだとよ」
「……私と友達になりたがってたってこと?」
「違ぇよこの承認欲求のバケモンぼっちが。こいつはオオスッタモンダをぶっ殺したお前の強さの秘密を探りにきやがったんだよ」
言われて1週間前の騒動を思い出す。このクソサイコパスヒモDV男にいたぶれた私は、溜まりに溜まった負の感情を正のエネルギーとか言うのに変えて怪物をやっつけたのだ。一撃で。
「氷麗が家に来た理由は何となくわかったけど、だからってなんでこんな事すんの!?」
「俺ぁただ望み通りに強さの秘密ってやつを教えてやっただけだろうが。お前と同じようにな」
「……そんな事言って、どうせ氷麗は商売敵だからとかそんな理由で酷い目にあわせたんでしょ!! この人でなし!!」
「妖精だからな」
ああもう、グレンと話してても埒が明かない。とにかく今は氷麗の無事を確かめなきゃ、そもそも舌が頭に乗ってる時点で無事ではないんだけど……ていうかまず生きてる!?
「……つ、氷麗? 大丈夫?」
椅子に縛り付けられた氷麗の肩を揺さぶった。黒くて綺麗な髪に、どす黒い乾きかけの血がこびり付いている。
「……う、うぅ、あぁ、ぁう……」
「良かった、生きてる!」
「……うううぁ、ぁあぅ、あう……」
氷麗はまだ意識が朦朧なのか、頭をふらふらさせながらなにか話そうとしている。
「ああ、そうだ! 舌ね、今くっつけてあげるからね!」
私は氷麗の頭から舌をひっぺがして、口の中を覗き込んだ。色々と大変な事になっている。けど、びびっちゃダメよ凪。臆病な自分は押し殺して、自分を天才外科医的な何かだと思い込むのよ!!
「……おい凪」
「うるさい!! 今集中してんだからほっといて!!」
「いや、でも……」
「うるさいって言ってんじゃん!! 私はいま集中治療室に居るんだから!!」
「……ここ風呂場だぞ?」
アホのグレンはほっといて、私は集中した。大丈夫よ凪、ちょっと舌をくっつけるだけ。こんなの簡単な手術なんだから……一気に片付けちゃうのよ凪!
「……ふう、手術は完了したわ。汗!」
私はテレビで見たとおりに、両手を胸の前で上げたまま、汗を吹いてもらおうと助手の方に顔を向けた。
「汗! じゃねぇよタコ」
「……にゃあ!!」
ビンタされた。こんなのテレビじゃやってなかった……。
「ちょっと、何すんの痛いじゃん!」
「人の話を聞かねぇからだろ」
「聞く必要なかったでしょ!? こうやって手術は成功したんだから!」
「おいそのオペって言うのイラッとくるからやめろ。あと全然成功してねぇから」
「はぁ? どこがよ、大成功じゃん。ねぇ氷麗?」
「……あろ、らんあ、おあいいいあうるんえうえぉ……」
氷麗は元気におしゃべりしたけど、明らかに呂律がおかしかった。しかし、天才外科医の凪ちゃんはすぐに異常事態に気がついた。
(これ、舌が上下逆さまにくっついてるじゃん……)
「あーあ。だから人の話しを聴けって言ってんのに……どうすんだそれ」
「……どうしよう」
とりあえず謝っとくか。ほんとごめんなさい。
「……氷麗ごめんね、悪気はなかったの。けど、医療にミスって付き物だから」
「クソ野郎じゃねぇかよ。もういい変われ……天才外科医のグレン様の腕を見せてやるよ」
「……あんた、破壊だけじゃなくて再生も司ってるの?」
「インド神みてぇに言うんじゃねぇよ……ほら、ペンチ!」
キリッとした表情のグレン先生に言われて、私は慌てて傍に落ちていたペンチを手渡した。
「よし、そのだらしない口を開けろ氷麗……いい子だ」
先生は氷麗の口の中にペンチを突っ込んで、舌の先を引っ張り出した。すかさず次の指示が入る。
「……よし、カッター!」
「はい!」
床に散乱している拷問道具の中から、素早くカッターを探し当てて手渡した。私、助手の才能もあるのかもしれない……。
「いいか、辛いことを我慢する時は頭の中で誕生日ソングを歌うんだ。気をしっかりもてよ」
「ふふ、何その可愛い耐え方……」
ていうか、いっそ気を失った方が本人のためなんじゃない?
「よし、じゃあよーいドンで行くからな」
「かけっこじゃあるまいし」
先生はふざけた事を言いつつも、目は真剣だった。あれが天才外科医の目ってわけ……。
引っ張りだされた舌に、キリキリと伸ばされたカッターの刃が添えられる。
「覚悟はいいか? 氷麗……」
氷麗はまん丸にした目に涙を溜めて、ガクガクと震えている。それを見てるとなんか、だんだん正気に戻ってきちゃった。冷静に考えると今からとてつもなくグロいことが始まるじゃん。
「よーい……!」
グレンが声を張り上げた、氷麗と、ついでに私も身体に力が入る。怖い……お願い、すぐに終わって……!
「……親子丼!!」
「っ真面目にやれ!!」
「……んんんんんんんんんんん〜〜ッッ!!!??」
真顔でふざけ倒したグレンの頭をぶっ叩いた。するとその拍子にグレンの手が滑ったのかスパッといってしまった。何がって、舌を……。
氷麗の口から血が溢れ出して、全身がガクガク震えている。びちゃびちゃと水音がして、見ると氷麗が失禁していた。
「……ぐ、グロいグロい!! グロすぎるっ! 早くくっつけてよグレン!!」
「ったく、急に正気に戻りやがって。おら、口開けろ氷麗……上下よし、はい完璧!」
グレンは氷麗の口から手を引っこ抜くと、私の胸に手を押し当てて血を拭った。
「ひぃぃ!! 大胆にも胸触りながら血拭いてんじゃないわ!! まじ最低!」
「え、胸とかあった? どこに?」
「……こっ、ここ、殺……」
「あぁ? 何だ凪、言ってみろ」
「……コロンブスって、誰だっけ……」
殺してやるって言いたかったんだよ!!
「……コロンブスはアメリカ大陸を発見した冒険家ですね。ちなみに彼にちなんで着けらた名前の国が南米大陸にあるのはご存知ですか?」
「ええぇ!? 氷麗が超流暢に喋ってんじゃん……」
「手術は成功だな」
「ほんとね。あ、あと南米大陸の国ってもしかしてコロンビアじゃない!?」
「正解です」
「……思わぬ伏線回収だったな」
血だらけのまま氷麗はにこやかに微笑んでいる。可愛い。正解したしもう友だちってことでいいよねこれ。
「……しかし妙だな、あれだけ痛めつけたのにこいつからそこまでのマイナスエネルギーを感じない」
「嘘でしょ、私ならオオスッタモンダ3体は殺せるくらいストレス溜まったと思うんだけど……氷麗アタマ大丈夫?」
「……お前、そんなだから友だちいないんだぞ」
「えぇ!? なにが!?」
「グレン様、凪さんを責めないであげてください……というか、責めるなら私を……えへへ」
「……」
「……」
グレンと目が合った。多分、マイナスエネルギーが溜まっていない原因に同時に気づいたと思う。
氷麗、ドMだ!!──




