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4.バイト始めればいい


【浮世 凪】


「──ちょっといい加減にしてよ!!」


 学校から帰宅して僅か数秒……私はリビングの惨状を見るなりブチ切れた。


「……おう、帰ったか凪。急に何キレてんだよ」


「何キレてんだよ、じゃないし……グレン、あんたまた私のお金でピザとってんじゃん!? 今月の生活費ヤバいって昨日言ったばっかでしょ!?」


 リビングのテーブルには、宅配ピザの箱が散乱していた。犯人のグレンは、私の方を見もせずに、ピザを片手にテレビを見ている。


「お前の生活費がヤバいのは、後先考えずに同級生のガキ共に奢りまくったせいだろ。俺は生きるためにピザ頼んでんだよ」


「前半はグゥの音も出ないけど後半は異議ありだわ! 自分のお金で頼めばいいでしょ! だって自分のご飯なんだからね!」


「おいおい俺たちパートナーだろ〜? ひとつ屋根の下で暮らしてんだから持ちつ持たれつでいこうぜ凪〜」


「あんた持ちつ持たれつの意味知ってる? この1週間の生活を振り返った所感を言うと持ちつ持ちつつじゃなかった? 全部私持ちだったんだけど!?」


 グレンと契約を結んで魔法少女になった日、あの日からグレンは私の家に図々しく転がり込んできた。

 拒否する理由も気持ちも多分にあったけど、残念ながら肝心の拒否権がなかった。


 グレンは日がな1日、家で怪人がいつ出るかと端末ばかり気にして過ごしていた。


 その間私はお腹が空いたと言われればご飯をつくり、

風呂に入ると言われれば浴槽に湯を張る、家政婦のような生活を強いられていたのだ。


「あのなぁ、俺は世話を焼かせることでお前にストレスを与えてやってるんだぞ? マイナスエネルギーを貯めとかねぇと、困るのはお前自身なんだからなぁ」


「へーそんなんだ、グレンったら私に気を使ってヒモやってたんだ〜それはどうもありがとう……とか言うわけないじゃん! そんなことしなくても魔法少女になったってだけでも毎日継続的にストレス感じてるからもう結構だし!!」


「浅い。浅いんだよなぁお前は……ストレス感じてるって言ってもどの程度のマイナスエネルギーが貯まれば怪人をぶっ殺せるかなんて分かんねーだろうがよ。いざ闘って倒せませんでしたじゃ済まねぇんだよ!」


 グレンが手に持っていたピザを投げつけてきた。


「ちょっ、食べ物粗末にするんじゃないわよ勿体ない!!……んん、美味しいじゃんこれ」


「普通にキャッチして食ってんじゃねぇよ」


「あんたのせいでお昼ご飯買うお金もないのよこっちは!!」


「ぎゃーぎゃーうるせーよ。金が無いなら金持ちの親にせびるかバイトでもしろ!! ああでも、絶対に身体は売るなよ」


「……か、身体なんて売るわけないでしょ!? この最低セクハラサイコパスヒモ男!!」


 この男、基本的にやることなすこと全部最低だけど、そういう心配をしてくるあたり、一応私のことちょっとは考えてくれてる、のかな……だとしたら最低過ぎるのも、本当に全部私にストレスを与えるために仕方なくやってることだったりとか──


「魔法少女は処女限定ジョブだからな。途中で処女じゃなくなったら魔法少女じゃなくなっちまうから、くれぐれも男は作るなよ」


「……そんなことだと思ったし」


 くそ、一瞬でもこのサイコパス男にほだされそうになった自分が憎い……多分今めちゃくちゃマイナスエネルギー溜まってるわ。


 あれ、けど今の話って──


「……ねぇ、グレン。もし私がそういう理由で魔法少女じゃなくなったら自動的に契約解除になるんじゃないの?」


「まさにその通りだ」


「わぁ、名案じゃん!」


「名案かどうかはしょうもない理由で契約破棄した結果、俺がどれだけ残虐な気持ちでお前に向き合うかを考えてから決めた方がいいんじゃないか?」


 そう言われて、先週のラブホテルでの記憶が鮮明にフラッシュバックした。もし契約解除した後にあれより酷い目に遭わされたら──


「…………それ、食べたあとちゃんと片付けといてよね」

 

「なんだよ、どっか行くのか?」


「……バイトの面接よ! あんたに言われなくても私は自分のことちゃんと考えてるんだから!」


 人の金で散財するグレンが我が家に寄生し始めてすぐ、私は生活費のピンチを察してアルバイトを探し始めていた。


 バイトなんて今まで一度もしたことないけど、きっと何とかなるわよね──




* * *




「きょ、今日からお世話になります……浮世 凪です。バイトとか、初めてなんですけどっ、精一杯がんばります!」


 きっと何とかなると思っていた面接は、実際何とかなった。


 というか、何とかなり過ぎて即採用の即日勤務だった。


「みゃはは、凪ちゃんって言うんだ〜めっちゃ緊張してんのウケるじゃんね〜! かわちぃ〜!」


「え、かわち……ありがとう、ございます?」


 私が応募したのは、家から一駅離れた所にある中華屋さんだった。交通の便がいいのはもちろんのこと、何より募集内容に書かれていた『まかない無料』に強く惹かれた。


 バ先で食べれるんだったら、家に帰ってあのムカつくサイコパスと顔を合わせながら、不味いご飯を食べなくてすむし。


 それにしても、教育担当に抜擢されたこの人、凄いギャルだ。果たして私はこのテンションについていけるのか……。


「てかてか〜凪ぴは何でこんなとこバイト先に選んだわけ〜? もっとおしゃかわなバ先いっぱいあるっしょ?」


「……え、家から近いし、まかないがタダだったので」


「ま!? 凪ぴ男子野球部かよ! ウケる〜!!」


 あはは〜ウケる〜私は女子帰宅部だよ!! 


「えっと、先輩の事はなんて呼べばいいですか?」


「え、やば! いろはまだ名乗ってなかった!? ウケる〜!」


「……ははは〜」


 さっきから何に対してウケてんだこいつ。ちょっとマイナスのエネルギー溜まってきたわよ。


「じゃあ名乗りまーす! (きつね)日和(びより) いろは 17歳だよ〜! いろはの事は好きに呼んでね〜! てかいろはに敬語とか要らないし、てか凪ぴ歳いくつだし!」


「……私も17よ。同い年だったのねいろは」


「いや順応性〜! まじウケる〜!」


「別にウケないけど」


 初めてのバイトで胸の中は不安でいっぱい……みたいな可愛らしい気持ちは一瞬で消し飛ばされた。これ、家でもバイト先でも落ち着いてご飯は食べれない気がしてきたわ。




* * *




 開店までの時間で、私はいろはから業務内容を粗方聞いてメモをとった。お客さんの案内とか、注文のとり方とか、配膳とか、お会計の仕方とか……覚える事は多かったけど、一つ一つは大して難しい内容ではなかった。


 それに実際に始まってみると、いろはが殆ど1人で業務をやってのけたから、私は殆ど見ていただけでバイトの前半戦は終わった。


 今は賄い休憩で、バックヤードでいろはと一緒に賄いを食べている。


「あの、ごめんね。殆どいろはに仕事押し付けて……私、生意気に賄いだけ頂いちゃって……」


「えぇ!? そんなん全然気にしなくていいよぅ!! 新人なんて最初は皆見るとこから始まるじゃん? 凪ぴのペースでちょっとずつ出来ること増やしていけばいいから〜!」


「あ、ありがとう。思ってたより優しいんだ、いろは」


「思ってたよりってなんだし〜! もしかしていろはビビられてた的な〜!? ちょーウケるー!」


「別にウケないけど」


「てか凪ぴ連絡先教えてよ〜んでバイト休みの日とか遊び行こ〜」


「……え、遊びにって、なんで私と?」


「いやなんでって何だし! ウチらもう友だぴっぴじゃん〜!」


 いろはは私が毎月両親から多額のお小遣いを貰っていることを知らない筈。だって今日初めてあったんだし、なんならバイトしてるんだからお金に余裕が無いと思われているかも……。


 けど、それでも彼女は私と友達だと言ってくれて、遊びに誘ってくれている。何だか、それがものすごく嬉しかった。


「そ、そうよね。私たち、親友だものね!」


「みゃっはっは! いろはより距離の詰め方バグってるのウケる〜!」


「別にウケないけど」


 グレンのせいで嫌々始めたバイトだったけど、思いもよらない出会いが転がっていた。

 バイトって、悪くないじゃん!


「あ、そうそう聞いてよ凪ぴ〜!」


「ん、なに?」


 親友のいろはが急に何か思い出したように話しかけてきた。この子こういう落ち着きのないところがあるのよね、まぁそれがいろはらしくていい所なんだけどさ。


「コレ見てみ! なんか最近魔法少女のバイト追加で始めたんだけど、めっちゃヤバくない!? なんか怪獣とか倒しまくりみたいな〜!」


 いろはが見せてきたスマホの画面には、怪人の残骸をバックに自撮りする彼女の写真が映っていた──




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