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3.ステッキなんて無くていい


【浮世 凪】


「──冗談じゃないわよ……」


 グレンと一緒に繁華街を進んだ私たちは、ものの数分でそれを発見した。商店街の中をズルズルと這い進む、禍々しい肉の塊を……。


 縦横3メートルくらいの肉の塊は、所々に人の腕みたいなのが突き出していて、伸び縮みを繰り返しながらズルズル移動していた。


「あ、あんな……気持ち悪いのが怪人なの!? 人って字が入ってるならせめて人の形しときなさいよ……」


「人の負のエネルギーから生まれた怪物なんだから、怪人でいいだろ別に。ちなみにアレはパチスロで金をスった時の負の感情が生んだ怪人……スッタモンダだな」


「名前のコミカルさと見た目が乖離しすぎてるわ!!」


 スッタモンダはまだ私たちには気づいていないみたいだけど、商店街をこちらに向かってズルズルと進んでいるから、いずれは私たちに気づくだろう。けど、あんなのと戦うなんて不可能だ。無理すぎるわよ!


「──ギイイイイイイイイイ!!!!」


 突如鼓膜が敗れるんじゃないかってくらいの奇声が、商店街を駆け抜けた。反射的に怪人の方を見ると、怪人の身体に何かが突き刺さっていた。


 そして、怪人のすぐ側の筋から1人の人影が……。


「……な、誰よあれ」


「ち、お前がちんたらしてるから来ちまったじゃねぇかよ……クソ」


 グレンは舌打ちして、憎々しげにそう言った。そうか、じゃああの子がそうなのね。あの子が私と同じ──


「……魔法少女」


 怪人のすぐ側、セーラー服の女の子が、手に持っていた杖のようなもの高らかに掲げて、振り下ろした。


 すると、怪人の頭上で生成された煌めく氷の槍達が、一斉に怪人を貫いた。


「よくやったわね氷麗(つらら)!! まだ魔法少女になりたてなのに、スッタモンダをこんなにも早く倒すなんて凄いわ!!」


「……ありがとう。エステル」


 怪人が沈黙した商店街は声がよく響く。怪人を倒した魔法少女と、その傍に現れた小さな猫の声は数十メートル離れた私の耳にハッキリと聞こえた。


「おら、行くぞ凪」


「ちょっと、行くって……待ちなさいよグレン!」


 スッタモンダが倒されたのを見て、グレンはつまらなさそうに踵を返した。あの魔法少女のこととか色々気になるのに、なんて勝手な奴なのよ。


「──ちょっと待ちなさいそこの2人!!」


 背後から呼び止められて、グレンと私は足を止めた。向こうの会話がこっちに聞こえているんだから、当然逆も然り。声を出したからバレてしまったみたいだ。


「なーんでこんなとこに人間が……って、グレン!? グレン・バイオレンス、あなたこんなとこで何してんのよ!?」


「……グレン・バイオレットだ。間違えるんじゃねぇよエステル」


「……あんた、協会から弾かれた筈でしょ。もしかして無断でこっちに来てるの!? 擬態も解いてるし、明らかに規定違反よ!!」


 どうやらこの青い目の猫ちゃんとグレンは知り合いらしい。ついでに物騒なあだ名も付けられてるみたいね。グレン・バイオレンス……つけた奴センスあるわよ。


「別に規定には違反してねぇよ。重大なやつはな。俺は今フリーランスでスレイヤーをやってるんだ。つまり、お前とは商売敵だなぁエステル」


「はん、協会の支援無しでスレイヤーなんて出来るわけないでしょ。もしかしてその子が候補者なわけ?」


「候補者じゃねぇ。もう契約したからなぁ、おら来い凪」


 私はグレンに首根っこを掴まれて、猫とセーラー服の前に引きずり出された。


「ちょっと、痛いってばグレン!! もっと丁重に扱いなさいよね……ほんと最低」


 グレンに抗議しつつ顔をあげると、セーラー服の女の子の肩に猫ちゃんが乗っていた。


「……えっと、エステル・ブルーよ。こっちの子は私の相棒 六万体ろくまんたい 氷麗つらら。あなたは?」


「あ、どうもご丁寧に……浮世うきよ なぎです……」


 私はエステルと名乗った猫ちゃんと、六万体 氷麗という子にぺこりと頭を下げた。猫ちゃんは尻尾をフリフリして、六万体さんは微かにお辞儀をした。なんだかクールそうな子って感じ。


「てことで、今回はお前らに獲物を譲ってやったが、次からは早い者勝ちだぜ」


「……グレン、あなたこんな事して何になるって言うのよ。怪人を倒しても、ステッキが無いんじゃ──」


「……お前にどうこう言われる筋合いはねぇんだよエステル」


 何やら神妙な顔で話してるけど、相手が猫なのよね。笑っちゃいそうだけど笑ったらきっと酷い目に合わされるから、ここは我慢よ凪。


──ピコン♪ ピコン♪


 必死に魚の小骨が喉にひっかかった時の事を思い出して笑いをこらえていると、何かの通知音が鳴り響いた。それも重複するように2つ。


「……氷麗つらら! 怪人よ!!」


「どうやらツキが回ってきたなぁ」


 六万体さんとグレンが殆ど同時に懐から端末を取り出した。


「グレン、それなんなの?」


「怪人ホイホイだ。怪人の動きを察知してスレイヤーに情報を知らせてくれる便利ツールだな」


「……まじであんたの世界のネーミングセンスどうなってんの」


 なるほど、つまりこの端末を見てグレンはここまでやって来たのね。闇雲にタクシーでドライブしてた訳じゃなかったんだ。


「ちょっとグレン、それどうやって手に入れたの? 怪人ホイホイは協会からスレイヤーに直接支給される筈でしょ」


「……それ、ほんとに聞きたいのか?」


「あー、やっぱりいいわ。私は何にも知らない知りたくない。あなたみたいな厄介者に関わったら私の人生プランが台無しになっちゃいそう」


 全く意外じゃないけど、このサイコパスは相当評判が悪いらしい……私その男と契約しちゃったんですけど!?


「……おい、これ壊れてねぇか? エステル、お前の端末はどうなってる」


「そうね。多分そっちと一緒だと思うわ。怪人の反応はこの場所を指してる」


「ますますラッキーだな。同じ場所にもう一体とは……行くぞ凪、今度こそ俺たちでぶっ殺す。エステル、お前らはあっちの死骸の始末でもしとけ」


 グレンはそう言って端末を片手に歩き始めた。


「ちょっと、ほんとに今から探して闘うの? さっきの見てたけどあんな事できる気がしないんだけど!?」


「安心しろ、変身したらあれくらいわけない……筈だ」


「筈ってなによ!?」


 結局嫌がる私をグレンが引き摺って、繁華街をさまよった。すると、ものの数分で遭遇してしまった。怪人に。


「……ふむ、これはなんつーか……でかいな」


「……む、無理無理無理無理! 絶対無理だからね!?」


 カラオケ屋の前の道路で静止していたそいつは、怪人素人の私が見てもスッタモンダだと分かった。なぜならさっき見たばっかりのやつと見た目がまるっきり同じだったのだ。


……ただし、大きさが数倍はあった。どうすればいいのかとグレンを見ると、グレンは端末で怪人の写真をとっていた。そんなことしてる場合か!!


「なるほど、画像検索したらどうやらこいつはオオスッタモンダらしいな。初めて見たぜ」

 

「まあ便利なツールだこと!!」


「──グオオオオオオオオオオッ!!!!」


 目の前で騒いでいると、オオスッタモンダがおたけびをあげた。商店街のやつとは比べ物にならないくらいの音量に、思わず私は尻もちをついた。


「……お、攻撃くるぞ。ちゃんと避けろよ凪!」


「……へ、攻撃って……ちょ──」


 オオスッタモンダの身体が一回り程縮んだかと思うと、次の瞬間無数の腕が爆発するように伸びた。見境なく、全方向に伸びた巨大な腕が、車や標識、信号機を吹き飛ばした。


 私も気がつけば宙を舞っていて、視界がグルグルしたあと何度か強い衝撃を体に受けて、止まった。


「……っかハッ、あ、あぐ……い、だい……」


 目の前は舗装されたタイル……に広がる自分の血。ぐちゃぐちゃに曲がった右手が、音を立てて元通りに修復されていく。これがまた気が飛びそうな程痛くて、声も出なかった。


「ったく、ちゃんと避けろって言っただろ。まあ、マイナスエネルギーはこれで充分溜まっただろうし、結果オーライだな」


 ちゃっかり猫の姿になって攻撃を回避していたグレンが、私の元に近寄ってきてそう言った。


「……この、サイコパスゥ……!」


「ではいよいよ反撃の時だ凪。今から変身してあのオオスッタモンダをぶち殺せ」


 ようやく上体を起こせるくらいまで身体が修復した。今すぐ目の前の猫をどこかへぶん投げてやりたいところだけど、またさっきみたいな目に遭うのはごめんだ。


「ど、どうやって変身するのか早く教えなさいよ!! オオスッタモンダが来ちゃうでしょ!?」


「簡単だ。お前の身体は既に魔法少女として覚醒している。今はスイッチがオフの状態なだけだから、スイッチをオンにしてやればいい。自分の中で魔法少女になった自分を想像して、変身と口に出せ」


「……そ、それだけ!?」


「ああ、簡単だろ?」


「〜〜〜ッ!!」


 スイッチがどうとか、塾のCMじゃないのよ!? だいたい、魔法少女になった自分とか、この歳で想像出来ないわ!!

 ぴょんっと跳ね上がって人間の姿に戻ったグレンを睨みつけていると、彼の背後の店が目に入った。


 パチンコ屋の壁に、色んなキャラクターのイラストが書いてある。その中に、ピンク色のフリル満天のドレスを着たキャラクターがいた。


 あれは、確か日朝でやってる魔法少女 プリティチェリーだかのキャラクター……魔法少女、プリティチェリー……。


 遠くからオオスッタモンダのおたけびが聞こえる。私は必死に頭の中でイメージを膨らませて、祈るようにその言葉を唱えた。


「……変身」


──その途端に、身体中に染み付いていた不安とか、怒りとか、悲しみみたいなものがふわっと軽くなったような感覚を覚えた。身体が一瞬光で包まれて、そして収まった。


「……やればできるじゃねえか。凪」


「これが、変身……!?」


 私の身体はピンク色のフリフリドレスで包まれていた。バカでかいリボンと多すぎるレース、靴まで変わっている。


「それにしても凄まじい格好だな。コスプレとか好きなのか?」


「はぁ!? 好きでこんなに恥ずかしい格好してるわけないでしょ!? あんたが魔法少女を想像しろって言うから……」


「力を解放した自分をイメージしろって事だよ。さっきのなんとかって魔法少女も学生服だったろうが」


「……え、普通の格好で変身とかできるの?」


「いや、うん。でももう無理だぞお前は。変身後の姿を決めれるのは最初の1回だけだからな。お前はずっとそれ。どんまい」


「いっそ殺してよもう」


「──グオオオオオオオオオオ!!!!」


 恥ずかしすぎる格好に絶望していると、オオスッタモンダが暴れる音が聞こえてきた。


「ちぃ、あのハイエナ共また来やがった……いけ凪、お前の力を見せてやれ」


「いや、変身はしたけど……ほんとに勝てるのあれに!?」


 遠目からオオスッタモンダと六万体さんが闘っているのが見えた。どうやら駆けつけてくれたらしいけど、六万体さんはかなり苦戦しているみたいだ。


 そんな相手に私なんかが、勝てるはずない……。


「……あっ!!」


 六万体さんが触手の直撃を食らった。ものすごい勢いで吹き飛ばされて、道路に止まった車の屋根を跳ねながらバーガーショップに突っ込んだ。


 ついさっき自分も同じ目に遭ったから分かるけど、ほんとに死ぬほど痛いのよね、あれ。


 私は走り出していた。恐怖はもちろんあったけど、それを塗りつぶすくらい助けなきゃって気持ちが上回っていた。

 自分でもビックリするくらい足が早くなってて、あっという間に私はオオスッタモンダの目の前に来ていた。


 ここまで来るともう、戸惑いとか躊躇いは無かった。ただ、私は振り上げた拳を目の前の肉の塊に打ち付けた。


 巨大な爆発音と共に、5階建てのビルくらいの大きさの怪物が爆散した。たったの一撃で。いとも容易く。


 数秒遅れて、真っ赤な肉片と血が雨のように辺り一面に降り注いだ。


「……はぁ、はぁ……ぐ、グロすぎる……」


 辺り一面オオスッタモンダの肉片塗れで、私も血まみれだ。物凄い吐き気が襲って来るけど、なんとか我慢した。


「いやはや、凄まじい威力だな。どうやら虐めすぎたらしい」


「……ふ、ふふ、ねぇグレン、六万体さん大丈夫かしら? どこら辺に飛ばされたか見てた?」


「ん? ああ、あいつらなら向こうのバーガーショップに──」


「死ねぇサイコパス!!」


 隙をついた私の渾身のパンチは、グレンの胸にヒットした。トスッ、っと乾いた音を立てた私の拳はそれっきりうんともすんとも言わなかった。


「……痛てぇな、なんのつもりだ?」


「え? あ、いや、蚊が止まってたから……そうよ蚊が止まってたのよ!!」


「けどお前今、死ねサイコパスって言ったよな?」


「蚊なんてみんなサイコパスでしょ!? 花の蜜でも吸ってりゃいいのにわざわざ命懸けで人間の血を吸いに来るのよ!?……あ痛ぁッ!?」


「オオスッタモンダをぶち殺した褒美に、これで勘弁してやる。次やったら半日拷問コースだからなぁ凪?」


「は、はい……」


「そもそもこの空間に蚊とかいねぇから」


「はい、ごめんなさい……」


 オオスッタモンダをワンパンした今の私なら、このムカつくサイコパスをこの世から消しされるんじゃないかと思ったけど、どういう訳かダメだった。


「──おう、生きてるかぁエステル」


「……ん、んん、グレン……?」


 エステルさんはグレンと同じように人間の姿になって、六万体さんを抱きしめるようにして倒れていた。


 エステルさんは淡いブルーのロングヘアがとても綺麗な美人さんである。


「魔法少女を庇うとか、何考えてんだ?」


「……私達のために闘ってくれてるのよ、出来るだけ怪我とかして欲しくないの。当然でしょ……ああもう、バリバリバリアー君が壊れちゃった、協会に申請しなきゃ」


 エステルさんは指にはめていた指輪をカチカチ触りながらため息をついた。どうやら六万体さんが攻撃された時、彼女を庇って一緒に吹き飛んだらしい。


 自分だけ逃げたグレンとはえらい違いよね。ほんと。


「……氷麗、氷麗! ダメね、気を失ってるわ……ていうか、そういえばオオスッタモンダは!?」


「ふん、俺の凪が倒したぜ」


「その言い方ほんとにやめて」


「え、凪ちゃんが倒したの!? あんな大きいの、よく倒せたわね……ステッキもなかったのよね!?」


「……ええ、まぁ」


「これでわかっただろ。スレイヤーをやるのにステッキなんて無くていいってなぁ」


 こうして、記念すべき私の初怪人退治が終わった。


「……ん、私……」


「氷麗! 目が覚めたのね! もう大丈夫よ、オオスッタモンダは彼女が倒してくれたわ!」


「…………なんで、プリティチェリー?」


 そして、これからの怪人退治の衣装も終わった──


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