第4話(前編)
新人戦まであと17日。
烏丸一颯は、人生で初めて張り込みをしました。
雀忠太や神気煌耀のいる温室を見ながら思います。
(なるほど、鳴美先輩の言う通りだ。これで見えてくるものは多い)
温室の外の壁に耳をつけるようにして声を聞きます。
「朱凰先輩、お茶おかわりいります?」
「うむ、くるしゅうない」
(雀は――、上下関係しっかりしてるんだな。気も使ってるようだし)
「いいなぁ雀くん。僕も紅蓮様にお茶を――」
「……寮でやりゃいいだろ」
「だって恐れ多いし」
隣にいる縁の2人、鳴美瑠璃音と夏焼黒嗣は、大きな体を丸めて草木に身を隠しています。瑠璃音はその辺で拾った小枝で顔を隠しています。
なぜこの3人が怪しげな張り込み(?)をしているかというと言うと――、ほんの1時間前とのこと。
「烏丸くんのユニットメンバーを見に行こう」
と、瑠璃音は提案しました。
「雀と鳩井をですか?」
いまいちピンとこなかったので聞き返してしまいました。
「そうそう」
「理由だけお聞きしてもよろしいですか? もちろん、不満があるわけじゃないです!」
特に気にした風もなく瑠璃音が答えます。
「メンバーの理解のためだよ。烏丸くんはSPARCRO VISIONのプロデュースをしていくんでしょ?」
「……はい」
プロデュースといってもそれが新人戦までなのか、そのあとも続くのか本人にも分かりません。新人王になったらさすがに解散はしません。組むメリットの方が多いですから。もちろん例外もありますが。
「雀くんや鳩井くんが自分以外の人と話してるところってあんまり見たことないんじゃない?」
同じ教室にいるからこそ、だと思いました。自分たちもクラスメイトも、同じユニットで集まりがちです。
「普段とは違う2人を知るチャンスだと思うんだよね」
(つまり鳴美先輩は――)
アイドルとして、プロデューサーとして、外部の人と関わってるところを見ろ、と。客観視し、分析することが新人王獲得に繋がる、そういうことでしょう。アイドル研究部の部長の言うことですし、説得力があります。
瑠璃音としては、
(もっと仲良しになったら、もっと尊いもんなぁ……)
ぐらいの考えです。
「つっても、烏丸がいたらあんま変わんねーんじゃなーか?」
一颯がいないときの2人を見ることができないのでは? という疑問です。
「その通り、だから張り込みする」
「は?」
「ええと、張り込みというと……」
「クロくん、あんぱんと牛乳買ってきて」
そして温室に行きました。
「烏丸、あんぱん食うか?」
「ありがとうございます。えっと、お代は……」
「バカいうな、こんぐらい奢らせろ」
「ごちそうになります!」
受け取ったあんぱんをじっと見つめています。
「なんだ? ……こしあん派か?」
「いえ、これも買い食いなのかな、と」
真剣な表情に言葉が詰まります。
「まぁ……、そうなんじゃねーか?」
「これが、買い食い」
「……」
あんぱんから一颯は目を離しません。張り込みといえばあんぱんと牛乳と言われたときは呆れましたが、買ってきた甲斐がありました。
張り込みとは言いつつ先方に話は通してあります。こっそり様子を見にくることは神気煌耀もRap Bellusも知っています。SPARCRO VISIONの2人にも見学に行くかも、とは言っておきました。
(朱凰サンなんか、来た瞬間に目ぇ合ったしな)
なにか気配でも感じたのでしょうか。こちらが目を向けるとすぐに目が合いました。つくづく連絡しておいてよかったと思います。
(怒ったとこなんざ見たことねーが。それでも怒らせたくねぇんだよな)
「どう烏丸くん?」
「すごく参考になります」
そう言いながらメモを取っています。忠太たちの動きを逐一メモしているようです。すでに何度もページをめくっていました。
温室の会話が聞こえてきます。
「ではワシの能力をコピーし、使うてみぃ」
「はい! ……で、能力ってどう使うんですか?」
「うむ! ……なんじゃってぇ?」
出鼻をくじきつつも、忠太の能力レッスンが始まりました。
「――雀は能力を重点的に強化していくみたいですね」
「みたいだな。共鳴つったか? コピー能力っつーことはコントロールできねぇとメンドそうだしな」
「リスクがある、と」
「別に腫物って言いたいわけじゃねーぞ」
「もちろんです。ただ仮とはいえ、同じユニットですから。未然に避けられるリスクなら」
メモとペンを持ってまっすぐに眼を向けられました。先輩として、いっそう微笑ましい気持ちになります。
「……気にした方がいいのは、コピーした能力を雀が使いこなせるか、ってとこだな。下手にコピーするとパフォーマンスの邪魔になるかもしれねぇ」
「なるほど。ボクの音響調整だと容易にイメージできますね。雀にコピーさせたらかえって混乱してしまう……」
2人で同時に曲をMIXするようなものでしょう。それも歌い、踊りながら――。一颯自身も能力をまだ手探りで使っています。
「どんな能力も器用に使いこなせるならいいが――」
温室の様子を観ている限り、器用ではなさそうです。
「――地道にやってくしかねぇな」
「あ、あれでも雀は意外と鋭いというか、カンがいいので。練習時間を確保して、コツさえ掴めばあるいは」
黒嗣の驚いた顔に気づかず、一颯はスケジュール帳を見ていました。忠太の練習時間の割り振りを見直しています。
(雀のこと高く買ってんだな、こいつ)
横では瑠璃音がへへっ……と鼻をこすりました。
「尊いね、クロくん」
「……おう」
(こいつらの能力はライブでも使える組み合わせだ。ま、上が決めたって思うと気分はよくねぇけど)
「そろそろ鳩井くんの方も見に行こっか」
よいしょと瑠璃音が立ち上がり、残りの2人も続きました。
「そういえば、お2人はライブでは能力をどう使ってるんですか?」
道中で一颯が聞きました。
「ん? 僕らは使ってないよ」
「そうなんですか!?」
芸能科の生徒は全員能力持ちです。パフォーマンスの際も、能力を使うことが前提とされます。
「てゆーか使えないんだよね」
瑠璃音が肩を竦めると、黒嗣も頷きます。
「こいつは能力強化で、オレが物理攻撃だからな。客殴るわけにはいかねぇだろ」
「能力強化と物理攻撃……」
黒嗣が思い出したのは、1年生のときのことです。口を開くだけで、怖がれたことがありました。音の届く範囲なら攻撃できる、という能力だったからです。実際には、黒嗣の不愛想さや体の大きさもあったとは思いますが、それはさておき。
一颯は驚きの表情を浮かべます。
「まさか――、素のパフォーマンスであれほどのライブができるなんて」
「え、烏丸くん見てくれたの?」
「もちろんです。デビューライブのクオリティは圧巻でした」
「ありがとう! いやぁ~嬉しいなぁ」
またしても、1年生のときを思い出します。
(やっぱ、色んなやつがいるんだよな)
怖がる人もいますが、何も気にしない人もいます。利用しようとする人もいれば、ただ理解を示すだけの人もいます。
一颯がいるならSPARCRO VISIONは大丈夫、とそう思いました。
「鳩井……」
「あっはは! 鳩井くん、すっごい嫌そうな顔してるね!」
「しゃーねぇとは思うけどな。あの3人に付き合わされちゃあ」
レッスン室では朗とRap Bellusの3人がダンスに励んでいます。汗はだらだらと流れ、朗は陰鬱な表情を浮かべています。
ガラスドアから顔を離して、一颯が嘆きます。
「せっかく指導していただいてるのに……」
デビュー済みユニットは4月下旬のスプリングライブに出演します。練習で忙しい時期に、後輩ユニットの面倒を見るのは大変です。
「顔に出るぐらい可愛いもんだろ」
「しかしですね」
「マジでやる気ねぇーならサボるか、それとも手ぇ抜くかだろ?」
「それは、そうですが……」
「少なくとも手抜きにゃ見えねえが」
もう一度、中の様子を伺います。
防音から漏れてくる音は、アップテンポのダンスミュージック。シューズと床の摩擦の音が連続し、荒い呼吸も聞こえてきます。Rap Bellusの3人とは違い、朗にとってはただ振りについていくだけでも難しいダンス。食らいつくので精一杯のようです。
「そう、ですね」
苦手で、しんどいことで、表情はゆがむけれど。
それでも続けています。
「鳩井も、まぁ、それなりに頑張ってますね」
仕方ないから認めるか、という様子に、2人は笑います。
「それなりか」
「うんうん。それなりに、だね」
ちょっと耳が赤くなった一颯がそっぽを向きます。
「ボクらもレッスンに行きませんか?」
「そうだな、やるか」
すぐに一颯は立ち上がります。
「では、行きましょう」
その様子を見て、さすがに照れすぎだと黒嗣は思いました。ただ、口に出すと悪いので、黙って置きましょう。
「照れてる烏丸くんめっかわじゃない?」
「言うな言うな」
縁のレッスンもなかなかハードでした。
「ほれ」
「ありがとうございますっ」
その場に座り込んだまま、ペットボトルを受け取ります。水を取りに行くのもしんどいぐらい、疲れました。
(ボクとしたことが――、鳩井のことを笑えないな)
「ごめん! 飛ばしすぎたよねぇ」
顔の前で手を合わせ、瑠璃音は謝りました。しかし汗こそかいていても、息は上がっていません。日頃のトレーニングの成果でしょう。
「いえ、問題ありません」
2人組ユニット『縁』の特徴の一つが、ステージを広く使うことです。運動量が多い分、それに耐えるスタミナもあります。
インタビューの時、瑠璃音はこう答えました。
『できるだけ多くのファンに近くで観てほしいから』
だから、右から左まで、そしてできるなら客席まで行って、ファンサービスで盛り上げていく。この特徴はそのまま、縁の魅力でもあります。
「お二人はさすがですね……」
「いやいや、烏丸くんはすごいよ。僕は1年生の頃なんて全然ダメダメだったからね」
「ダメダメだなんて……だって新人王じゃないですか!」
第77期新人王は2人組。
鳴美瑠璃音と荒鳶可弦です。
「新人戦の後、荒鳶くんは宇留鷲先輩と組んで、僕はしばらくソロだったんだよね」
懐かしそうな口調で語ります。
「できるだけ早くクロくんと組みたかったんだけど……。あ、そうそう、昔のクロくんは尖っててね?」
「おいやめろ」
「は、はぁ……。ちなみどうして夏焼先輩と組もうと思ったんですか?」
2人は顔を見合わせ、頷くと、
「顔」
と言い切りました。
「入寮のときから顔いいねって言われた」
「言ったね」
「しかもこいつ荒鳶と組んでるときから勧誘してきたからな?」
「したね」
「二番目はビジュアルだったか。顔とほぼ同じだろ」
「違うのだ」
一颯はどう突っ込んでいいのか、そもそも突っ込んだ話を聞いていいのか迷いました。
「興味あんなら――」
それを見かねて、黒嗣が助け舟を出します。
「――話してやろうか? オレがなんでルリと組むことになったのか」