第3話(前編)
ライブのあと、SPARCRO VISIONの3人は、生徒会長に声をかけられました。許可なく路上ライブをしたからです。放課後に生徒会室に行かなくてはなりません。
「怒られる、よね」
忠太はサンドイッチの包装を破りながら言いました。
「しゃーないな。実際、許可もらってないし」
そう言う朗ですが、手は止まってません。お茶碗いっぱいの白米を食べています。
「やってしまった……」
ボクとしたことが、と一颯はずいぶんと青ざめた表情です。
「カラス、想像できたことだろ」
「できるか! よりにもよって生徒会なんて……。せいぜい職員室だろうと」
お昼休みです。全員もともと席が近いので、机をくっつけてご飯を食べています。忠太と一颯は購買で買い、朗は炊飯器持参です(朗のおなかの音がうるさいので持ち込みが許されました)。
忠太が紙パックの牛乳にストローをさします。
「なぁ一颯、職員室より生徒会のほうがマシじゃない?」
大人に怒られるほうが気が重いのでは、と思います。その点、あのさわやかな先輩なら、それほど厳しく怒ることはないでしょう。いいライブだった、とも言ってくれましたし。
しかし、一颯の言いたいことは、そういうことではありません。
「いいか、生徒会長は宇留鷲家の次期当主だ」
「うるわし家ってすごいの?」
「いわゆる名家のひとつだ。鳥の先祖返りたちを牽引する家だな」
「つまり?」
「今後の活動、学園からの待遇、……果ては卒業後まで影響が出るかもしれない」
ご飯に集中していた朗も、これにはちょっとびっくり。
「そんなにすごいんか」
一颯は深く溜息をつきました。
「きみたちは無頓着すぎる。……ま、ボクも学園を調べて初めて知ったが、鳥の先祖返りには七つの名家がある。それぞれが複数の他家を束ねて、大きな派閥を作っている。芸能界はもちろん、政界や財界にも《《家》》の人間がいるわけだ」
と、ここまで聞いて2人は思います。
なんだか遠い話だなぁ、と。忠太も朗も一般家庭出身ですし、先祖返りについて知ったのも最近です。ちなみに一颯も同じく一般家庭で育ちましたが、彼は事前調査を熱心にしました。あと、親戚付き合いの面倒さも知ってます。
もう祈るしかない、と一颯は天を仰ぎました。
「ボクたちを退学させるぐらいの権力があるんだ……」
別の声が割って入ります。
「あの……、ハジメくんは怒ったりしないと思います」
「そーいや、タカはおなじユニットだもんな」
千呼は頷きます。席が忠太のひとつ後ろなので、話が聞こえたようです。入学式でライブを披露したRap Bellus――、そのメンバーとして、生徒会長のこともよく知っています。
「ハジメくんはすごくいい人です! 優しくて、ダンスも教えてくれるし、淹れてくれるコーヒーもすごく美味しいんですよ!」
珍しくハイに喋るので、忠太たちはくすりと笑いました。
「す、すみません。……急に割って入ってしまって」
「いやいや、こっちこそごめん。バカにしたわけじゃなくて、仲いいんだなって」
忠太のフォローで、さらに顔が赤くなりました。
「えっと、はい。仲良くしてもらってます……」
「だとしても、だ」
3人とも一颯の方を見ました。
「談話室や寮の食堂でもなく、生徒会室に呼ばれたんだ。覚悟はしておくべきだろう。それに10分休みや昼休みじゃない、ということは――」
「ということは?」
「……長い話になるに違いない」
で、あれば。
「今のうちに、よう食っといたほうがいいわけか」
「黙れ鳩井」
「まぁまぁ……」
今度は千呼がにこにこ笑いました。仲がいいな、と。
放課後、生徒会室と書かれたプレートを見つけました。
廊下の窓は開いていて、温かい風が吹いています。生徒たちは教室を出て、レッスンに向かっています。生徒会室の方に向かう人はほとんどいません。
忠太、朗、一颯の3人は生徒会室の前まで来て、最後の確認をします。
「いいか、きみたち。絶対に余計なことを言うなよ」
「ほいほい、分かってるって」
「大丈夫! たぶん……」
意を決してノックしようとしたそのとき。
がらがら、とドアが開きます。一颯はちょっとびびりました。
「お、来たな」
宇留鷲統が微笑みました。
「――というのが、路上ライブの申請手続きだな」
2.5人掛けぐらいのソファに3人で腰かけ、レクチャーを受けました。学内のイベントは小規模なものなら生徒会の許可のみでできるそうです。内容をできるだけ細かく記載し、生徒会や風紀委員、教員などの監督者がいれば、なお通りやすくなります。
「……」
「今回みたいに急ぎのときは、寮で言ってくれても構わないよ」
統はそう言うと、手元の申請用紙の見本を机に置きました。落ち着いた態度で、手際のいい説明でした。対する3人の表情は『困惑』でしたが。
「あの、おれたち怒られるんじゃないんですか?」
耐え切れず忠太は聞きました。
「怒らない」
と統は断言しました。そして続けます。
「そもそもイベントができるのか、できるとして、申請はどうすればいいのか――、事前に疑問を解消できなかったのは生徒会側の落ち度でもある。ということは……むしろ、俺に怒ってもいいぐらいだな」
統がいたずらっぽく言うと、
「めっそうもないです!」
一颯が頭を下げました。ほかの2人も続きます。
「そうだ、コーヒーでも飲むか? ここにはインスタントしかないんだが」
席を立ち、棚からカップを取り出します。
統の様子を見ながら、朗は思います。なぜ自分たちは呼ばれたのでしょうか。イベント申請のやり方を教えるだけならそれこそ寮でもよかったのでは。
コーヒーの香りがしてその思考は中断されました。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
一颯はそのまま飲みます。忠太はミルクを。朗は砂糖をたっぷりにミルクもいれてマイルドにしました。それでも苦いと感じて、砂糖を追加しました。
「ワシ先輩、質問いいですか?」
「お、もちろんいいぞ」
「今日の話って、申請用紙の書き方だけなんですか?」
「鳩井!」
ぎょっとした一颯が目を向けます。あれほど余計なことを言うなと……。しかし当の朗はどこ吹く風で、なにも気にしてません。
まっすぐな質問に、統が笑います。
「いや、実は君たちにユニットを紹介したいんだ」
「紹介、というと?」
「君たち3人には、先輩ユニットのところにいってレッスンを受けて欲しいんだ」
机の上にタブレットを置きます。表示されているのは芸能科男子のウェブページでした。その中の、在学生によるデビュー済みユニット一覧のページです。
「なんでですか?」
今度は忠太が聞きました。
「ここだけの話なんだが……、新人戦を辞退したいという声が出ている」
新人戦を辞退したい?
そんな生徒もいるのか、と驚く一方で、自分たちのことを思い出します。例えばメンバー間でケンカしたとか? あるいはソロの生徒が怪我をしてしまったとか?
「なんでですか?」
また忠太が質問しました。
「あー……、それなんだが」
ばんっ、と音がして生徒会室のドアが開きました。そして入ってくるのは宇留鷲統、鷹峰千呼と同じユニット・Rap Bellusのメンバーの1人。
「ハジメ! 遅ぇ!」
荒鳶可弦でした。
メンバーの元気な登場に、統は苦笑しました。
「あのな、カイト。もう少しこらえ性を――」
「だらだら話してもしょうがないだろ」
統の横にどかっと座ります。3人の顔を1人ずつ眺めました。
「一年坊主にしちゃマシそうだな」
そうつぶやきながら統のコーヒーを横取りします。ヤンキーというよりは子供でした。しかし音一つ立てずに飲むあたり、育ちがいいのが分かります。咎める気もなく、統は立ち上がり、もう一度自分のコーヒーを用意し始めます。
無音でカップを置くと、可弦が言います。
「ようは、チコにびびったんだとよ」
ごくり、と一颯が唾を飲み込みました。
「チコ、というのは鷹峰のことですよね」
「そーだよ。入学式でかましたからな。俺もハジメも出ねぇし、チャンスだと思ってバトればいいのによ。根性なしが多くてつまんねーの」
とはいうものの、千呼の実力は誰もが認めるところ。未経験者が、1か月で差を埋めるのは難しいでしょう。どうせ負けるぐらいならいっそ、と弱気になる生徒がいてもおかしくありません。
統がマグカップを片手に席に戻ります。
「チコの影響が大きい以上、ユニットの仲間として見過ごす気はない。生徒会長としての責任もあるしな。だから君たち――SPARCRO VISION、か。熱意ある君たちと、直接話したいと思って呼んだ」
「んで、新人戦が配信されるのは知ってるよな?」
新人戦はオンライン配信されます。一年生のパフォーマンスを観られる最初の機会でもあり、言ってしまえばお披露目会です。ここで推しを見つけようという学園のファンも少なくありません。
運営からすれば外せないイベントの一つです。今年は不作、などと思われるわけにはいきませんから。
「期待の意味も込めて、デビュー組とのレッスン、という機会を送りたい。そんなわけで、君たち1人1人に合ったユニットを選んでみた」
タブレットのユニット紹介ページを開きます。
『縁』
「ここは寮長の……」
「そーだ。鳴美のとこにはカー太郎、お前が行け」
「カー……太郎……?」
返事を待たずに、可弦は別のユニットのページを開きます。
『神気煌耀』
「ここはチュン太郎」
それを聞いて、一颯の心臓が飛び跳ねます。
「そんで鳩ポッポは俺らな」
「俺らっていうのは――」
「だから俺らだ。『Rap Bellus』バチバチにしごいてやる」
一颯は、忠太と代わりたいと思いました。口にすると感じが悪いので言いませんでしたが。忠太は、朝からつまみ食いをしようとする小さい先輩を思い出しました。朗は、突っ込みをいれたくなりました。ストイック路線は俺には合わんて。
「話は通してあるから、とりあえず顔合わせに行ってくるといい」
三者三様の表情を眺めながら、統が言いました。
そして『なぜSPARCRO VISIONなのか?』という点を、あまり深く追求されなかったので、ほっとしました。そういう意味では可弦の乱入もナイスタイミングだったといえるでしょう。話がどんどん進みましたから。
(わざわざ裏の事情を話す必要はない)
ひとまず今日、統は嘘をつかずに済みました。