第2話(前編)
入学式を終えた金曜日の夜。
ヤドリギ寮201号室に忠太、朗、一颯の3人で集まりました。本来の201号室のメンバー、千呼と大和は席を外しています。
一颯の手土産である紅茶を飲みながら、3人は話を始めます。
「先祖返りには特殊な力がある」
新人戦対策会議――、の前に忠太のための座学の時間です。
「特に、鳥の先祖返りは影響力の大きさから重宝される。そして生徒全員が鳥の先祖返りなのが芸能科だ」
と端的に言われても、頭が追いつきません。
「……何が分からないんだ?」
「全部!」
一颯が頭を抱えました。
「そもそも鳥の先祖返りってことは、おれたちの先祖は鳥なの?」
回転する椅子でぐるぐると回りながら、朗が答えます。
「生き物はもとをたどれば1つなんよ、スズメ……」
「特殊な力ってなに?」
今度は一颯が、
「ボクの能力は音響調整だ。実演する」
ラー、とロングトーンが響きます。途中で音質が変わりました。ただの寮の一室ではなく、コンサートホールで音を出しているような、明らかな変化でした。
「マジック……?」
「まぁ魔法みたいなもんよな、実際」
「芸能科のみんなはコレができるの? 鳩井も?」
「俺の能力はリラックス効果だから、カラスとは違うなー」
「雀、きみの能力はなんだ?」
その言葉に忠太はきょとんとしました。
「え、知らない」
「……今朝もらった診断表に記載があるはずだ」
引き出しを開けて、中を漁りました。診断表にはざっと眼を通しましたが、身長が伸びていて嬉しい、ぐらいしか覚えてません。
「あった。これの――、ここか」
以下のように記載がありました。
『TBsp.スズメ(Passer montanus) Ef.共鳴(能力のコピー)』
(これは――かなり貴重な能力のはずだ)
一颯の記憶が正しければ、能力そのものに作用する能力は珍しいものです。
「きみは――、いやなんでもない」
「どうよ、大体分かったか?」
「なんとか……」
「とはいえ、考えなくてはならないことはまだある」
なにが? という顔をする2人に、壁に貼ってあるカレンダーを指さします。
「来週から、レッスンが始まる。一応聞くが、歌やダンスのレッスンを受けたことは――」
2人とも首を横に振りました。
「カラスはあんの?」
「ボクもない」
「ど、どうする? 明日から練習する? 走り込みとか」
この言葉に、朗は顔をひきつらせました。湯呑に入った紅茶をすすります。
(スズメよ、休みは休もうぜ……)
「月曜の課題曲の発表までは、自主練習で構わないだろう。それに、月曜のレッスンではトレーナーからのフィードバックもある。それを受けて今後の戦略を決めていこう」
休み明けの月曜日、朝からレッスンが始まります。
もちろん内容は、新人戦の課題曲の練習です。午前にボーカル、ダンス、午後はステージについて取り組み、課題を見つけていきます。ガイダンスだけではなく、簡単な実践とフィードバックもあるので1年生は浮足立っているようです。
まずはボーカルレッスンです。
声だしから始まり、最後に1人ずつ1番だけ歌うことになりました。
「音を取ることよりも人前で歌うことに慣れるつもりでやってみよう」
クラスメイトが順に歌っていきます。
そして、
「スズメふぁいとー」
という朗の応援と、緊張感のある一颯の視線を受けながら前に出ます。クラスメイト19人と、先生1人に見守られる中、忠太は歌い始めます。
よく通る声で歌い切りました。
「雀君、元気いいね。曲を聞き込んでいけば、その分よくなっていくと思うよ」
先生に会釈して、席のほうに戻ります。
「意外と緊張したかも」
「やるやんスズメ。俺もがんばらんと」
続く朗もいい評価でした。
「鳩井君、すっごくいいよ。肺活量を高めるのと、全体の演出を考えるだけでぐっと伸びると思うよ」
「あざーす」
歌詞もメロディもしれっと覚えていますし、アクセントのつけ方もきれいです。全体的な印象はそつがない、といったところ。
「鳩井めっちゃすげーじゃん。今度カラオケいこーぜ」
「ありあり」
2人の会話には混ざらず、一颯はメモを取っています。
「次はカラスの番か」
「曲は覚えた。問題ない」
この発言の通りの結果でした。
歌詞間違いもないですし、音も外れてません。しかし感情も抑揚もない、平坦な歌声でした。ロボットのように歌い切りました。
これには先生も、
「逆にすごいな。……修正はじっくりしていこうね」
と苦笑いです。
ミスをしたり、緊張したりということならまだしも、本人はいたって堂々としていました。こうなると指導しようにも、かえって難しいようです。
「意外な弱点発見」
「そう? 真面目な烏丸らしいと思うけど」
「くっ……」
続くのはダンスレッスンです。
歌よりも『とりあえずやってみる』のハードルが高く、振付を中々覚えられない生徒もいました。しかし、覚えることに関しては一颯の得意分野です。
「OK! リズムも取れてるし、正しく踊れてるよ。ちょっと固いからもっと大きく体を使っていこう」
「はい! ありがとうございます」
お礼を言って、一颯はクラスメイトの方に戻ります。
「……サビ前の手の動きってどんな感じやっけ」
「んじゃ、おれが先に踊るな」
自信なさげな朗に代わり、軽い足取りで前に立ちます。
そして、忠太のダンスを観て、みんな驚きました。
合ってるし、上手い。
「Good! 雀はダンスとか部活とかやってた?」
「はい! サッカー部と剣道部と、美術部でした」
先生は『美術部』のところでちょっとウケました。
「あんだけぴょこぴょこ跳ねても崩れないのは、体力あって、体幹もいいからだな」
戻ってくる忠太に、朗はわなわなと手を震わせながら言います。
「スズメ、覚えられたんか……?」
「……いろいろな部活をした分、見て覚えるのは得意なのかもな」
「うへー、俺も続かんといかんやつか……」
ぶつくさ言っても朗の番です。
朗へのフィードバックは、
「んー、振りはちょっと怪しい、くらいだけど……、なんかリズム合わないね。烏丸とは逆にもうちょっとコンパクトに」
というものでした。
「はーい……」
とぼとぼと戻ります。
「鳩井はのんびり屋だからなぁ」
「スローテンポなら、あるいは――。しかし課題曲がある以上、なんとかしなければな」
「へーい」
昼休みを挟んで、午後は町のイベントホールに行きました。
実際のステージ上の動きを学びます。立ち位置の目印とか、ライトが暑いとか、初歩的なことから教わります。
「新人戦はWeb中継される。カメラへのアピールの出来は、結果に直結すると思え」
先生が配った紙には、曲のどのタイミングでカメラが切り替わるのか、その画角はどんなものなのか、が記載されています。
「人数によって変えてある。ユニットのやつらはカメラも意識してセンターを決めたほうがいいぞ」
カメラにどう映るのか、体験することになりました。
3人でステージに立ちました。歌を口ずさみ、軽く踊ります。手元の紙を見て、カメラを見て、と忙しなく眼を動かさなくてはいけません。
忠太はカメラをガン見、という感じでした。朗は軽くピースをする程度。一方で、一颯は毎回映えを狙った、ともすればあざといポーズを決めました。
「えーっと、烏丸だったか。引き出しが多いな。残りの2人にも教えてやれ」
「はい!」
残りの2人は「これ横ピースもすれば引き出し倍じゃね」「鳩井天才じゃん」とか喋ってました。
初日のレッスンが終わり201号室に戻ると、朗がようやく終わったとベッドに倒れ込みます。忠太も椅子にがたっと座りました。一颯は立ったままで口を開きます。
「今日のフィードバックを元に戦略を決めるぞ」
「俺は腹減ったぞ、カラスよ」
うつぶせになった朗が、顔だけ一颯に向けました。
「分かった。食べながらでいい」
何もわかってない、と思いながらも黙ります。カロリーがもったいないからです。
「まず、これが1‐Aの評価だ」
一颯のタブレット端末は、生徒の名前と評価でびっしりと埋まっていました。
「鷹峰が全部高評価なのに対して、僕たちは1人1つしか高評価がない。あげく、1人1つ低評価がある」
しかし、ボーカル、ダンス、ステージパフォーマンスの3項目で、高評価がない生徒も多くいます。3人の成績はむしろ前向きな結果です。
「それぞれの強みを活かすのがベストだ」
忠太は緑茶を飲みながらまじまじと表を見ています。
「センターは雀だ」
「お、おれ?」
「中央でダンスをメインに任せる。カメラへの立ち回りはボクが教えるし、いくつかのタイミングでわざと雀に重なるように出る。ボーカル担当は鳩井だ。ボクはできるだけ声を抑えるから、きみたち2人で――」
「いやいや待て待て」
朗がストップをかけます。
「あくまで『今』苦手ってだけだろ、これから練習していけば――」
「時間がない」
新人戦までは1か月。思ってるよりもすぐだ、ということは、朗も分かっています。
「逆にいえば、1か月はあるんだ。じっくりやろうや」
「勝ちたくないのか?」
「そりゃあ勝ったら嬉しかろうけど」
「きみには才能がある」
ストレートな誉め言葉に、忠太は驚きました。しかし本人はむしろ心外そうに言います。
「――だから、もっと頑張れやって?」
「いや。だからきみは努力しないんだろう。ボクたちと違って、努力しなくてもできるから」
「そんなこと、思ってない」
朗は顔をしかめました。
「まぁまぁ、2人ともとりあえず落ち着けって」
控えめなノックが聞こえました。
返事をすると、千呼と大和でした。
「あの……戻りました」
「オウ。帰ったぞ。なんか話してんなら出るけどよ――」
「構わない。ボクはもう出るところだ」
2人の横を通って一颯は部屋から出ていきます。ばたんと大きな音がして、扉が閉まりました。
この日はこれ以降、一颯と話すことはありませんでした。
日々のレッスンはうまくいったと言えるでしょう。3人とも確実にレベルアップしました。気まずい空気は解消できませんでしたが。
そして、練習漬けの1週間がようやく終わると思われた金曜日のこと。
「土日もやるんか……?」
商店街の『食い倒れMAP』と書かれたチラシを片手に、朗がわなわなと震えます。
「当然だ。新人王に一番近いのは、あの鷹峰だ。土日練習ぐらい最低条件だろう」
この1週間で、千呼もほかのライバルも成長しています。
差を埋めたければ、あるいは差をつけたければ相手が休んでいるときこそチャンスだと一颯は考えています。
「でもさ、烏丸。このスケジュール、朝から晩までぶっ通しでってのはやりすぎじゃ」
「そうだそうだー」
一颯が提案したスケジュールは食事や睡眠、入浴などを除き、ずっと練習するというものでした。チャットグループにあるスケジュールが更新されたとき、朗は間違いに違いないと思いましたし、忠太はドン引きしました。
しかし一颯は食い下がります。
「ボクは勝つために――」
「なーんでそんなに焦るのかね。なにも命がかかってるわけじゃなしに」
あくまでのんびりした言いように、一颯は怒るだろうな、と目を向けました。
「……」
「烏丸?」
「――ああ、そうだな」
思わぬ言葉に驚きました。
「……命が、か。……その通りだ」
それだけ呟いて、一颯はいなくなってしまいました。場がしんと静かになりました。
「……カラス、どしたんかな」
「分かんない、けど」
(怒ってる顔じゃなかった)
どちらかといえば何か諦めているような、そんな表情でした。