第8話(後編)
スクリーンに映るのはトリを飾るユニット。
SPARCRO VISION の3人。
「みなさん、はじめまして! せーのっ」
「SPARCRO VISION です!!!」
忠太の号令に合わせて、3人全員で挨拶しました。
千呼のパフォーマンスのあと、活気が消えてしまった囀ドームに、久々に元気な声が響きました。5000人の観客は、目が覚めるような思いで、ステージに注目します。しかし期待ばかりではなく、ようやく終わるのか、という安堵もありました。明らかに落ち込み、パフォーマンスが発揮できていない高校生を見続けるのは、正直つらいからです。
一颯が一歩、前に出ます。
「皆さん、今日はおなじ曲ばかりで疲れましたか?」
きりっとした顔で言う一颯に、会場のあちこちから笑いが起こりました。第78期芸能科男子課題曲を今日で何回聞いたことでしょう。
間髪入れず、朗も前に出ます。
「ほな、最後はぱーっとみんなで歌いましょ!」
そして忠太も一歩踏み出し、
「ミュージックスタート!」
高らかに音楽を始めます。
音楽の開始とともに、3人はステージを降り、観客にもマイクを向けます。
しかし。
(やりたいことは分かるが――、そううまくはいかないだろう)
VIPルームから統は冷静に分析しました。ステージから下りたことで観客は驚き、歓声も上がりました。しかしマイクを向けても苦笑するばかりで、ほとんどの人は歌いません。元気に走り回る3人とハイタッチをしたり、手を振り合ったりする程度です。人前で歌うことが恥ずかしい、という感覚は一般的なものです。
(それに、歌って感動させるよりも、歌わせて感動させる方がはるかに難しい)
歌うというアクションを起こさせても、それがいい感情体験になるかは分かりません。歌うことが好きな人ばかりでもないですし、その技量もピンキリです。そういう意味では、自分たちの才能や努力で完結するパフォーマンスの方がよほど楽でしょう。
盛り上がりつつも、どこかアイドルと観客がズレたままライブが進みます。
もうすぐ、曲の1番が終わってしまいます。
(ちょっと甘かったか)
と、考えるのはなんと忠太でした。
(見に来た人たちが顔を上げてくれるようにと思ったんだけど……)
実際、顔は上がりました。忠太の目標とするライブに一歩近づいたのは間違いないでしょう。誰もがきらきら目を輝かせるライブで、うつむく人はいないはずですから。
(2番で流れを変えなきゃ)
アイコンタクトをほかの2人と交わします。まったく予定してなかったことをやるけれど、構わないか、という意思確認でした。返答は2人とも「OK」です。
忠太は走ります。
観客席のど真ん中の通路を走り抜け、ステージに飛び乗り、そのまま勢いを落とさず舞台裏へ向かいます。観客も、VIPルームで見守る先輩や教職員も、級友たちも、SPARCRO VISION の2人さえも意図が分かりませんでした。
舞台裏の37人の1年生全員と目が合った気がしました。もちろん気のせいでしょう。そこのライトは弱く、メインステージから漏れ出る光で、影ができる場所です。全員の目がはっきり見えるなんてことはありません。
「歌おう! いっしょにやろう!」
胸を張って言う忠太に、誰も何も言えません。
が、すぐに。
「何言ってんの……?」
「いや会場にいる全員で歌おうと思ったんだけど、やっぱお客さん恥ずかしいみたいでさ。でもさ――」
船に乗った日。迷子の男の子は、一緒に歌を歌って元気になりました。
「みんなで一緒に歌えば恥ずかしくないかなって」
「……知らねぇよ」
はき捨てるような声がします。
「お前らの自己満足になんで付き合わなきゃいけねぇんだよ」
「つか俺らの出番終わってるし」
「感動ごっこじゃん、きも」
否定の言葉が続く中、千呼は自分のつま先を見ていました。
(僕のせいだ――)
この忠太の提案は、気持ちが沈んだ同学年の仲間を思いやった結果でしょう。そして沈めたのは他でもない千呼です。
(そのせいで雀くんまで――)
手を抜くべきだったなんて思いません。観客のために完璧なパフォーマンスを提供するのはアイドルの責務です。絶対に譲れない点です。しかし結果として、笑えなくなってしまった人がいるのも事実です。
(みんな、よくしてくれたのに)
自分のようなハズレに、親切にしてくれました。寮でも、教室でも、町でも、おなじ芸能科の生徒として仲良くしてくれました。特に、忠太には感謝しています。入寮初日から助けてもらったからです。
「もう一回やったらいいじゃん。パフォーマンス」
「なにを――」
「もっかいアピールできるじゃん。それにさ、それにさ」
あはは、といつも通りに笑います。
「ぱーっと歌ったらすっきりするじゃんね!」
お気楽な調子の忠太に、空気が和みました。それまであった暗く、重たい空気が、風が吹いたみたいに消えていきました。
「カラオケかよ」
「いいじゃん、カラオケ好きだろ? 鳥里」
鳥里、と呼ばれたB組の生徒は目を丸くしました。忠太とは違うクラスですし、あんまり絡みもなかったはずです。
「なんで名前……」
「え、寮で自己紹介したじゃん。あとあれ、歯磨き粉借りた」
あっけからんと忠太は言いました。そして、
「ぼっ!」
と千呼が声を上げます。
「ぼ、僕も、……落としたペンを拾ってもらいました」
沈黙のあと、爆笑が起こりました。
「そんだけかい!」
「鳥里、悪ぶってるけどいいやつだよな」
「それな」
「おいコラ適当言うな」
「てゆーかおい、もう2番始まってんじゃん!」
37人が走り出します。ライトが眩しくて、隠れる場所がなくて、最高の自己表現ができるステージへと向かいます。
足が動かなかったのは千呼1人。
(僕は――)
「行こう!」
それもほんの一瞬のこと。
忠太に手を引かれて、千呼はまたステージに戻りました。今度は1人ではなく、40人で表現し、5000人へと伝播する。そんな歌のために、ステージに立っています。
曲はCメロからラスサビへ――。
GW真っ只中。新人戦の翌日。
新人戦を終え、1年生たちはもう気を抜いていました。新人戦のフィードバックのために、芸能科校舎に登校していますが、午前のみで解放されます。入学から1か月、寝ても覚めても新人戦のことを考えていました。もちろん本番で悔しい思いをした生徒も多くいます。しかし最後にぱーっと歌ったことで、なんとか引きずらずにしみました。
1年A組の教室では騒々しい朝の光景が広がっています。
SPARCRO VISION の3人と千呼や大和も教室の一角で話しています。
「ネットでは賛否両論だな」
一颯はスマホを見ながら続けます。
「自分たちのユニットのみで完結させるべき、共感性羞恥、子供の遊びの発想、といった酷評もあるが、感動した、観ててしんどかったけど最後に救われてよかった、といったものもある」
「なあカラス先生、賛否の賛が弱くね?」
朗がおにぎりを頬張りながら、一颯の肩を小突きます。
「やめろ。……こういう意見もある。鷹峰千呼の「個」としての完璧さとは逆に「集団」を巻き込む力で会場の盛り上がりを復活させたのはSPARCRO VISION の実力の証明である。コンサートや舞台のようなある種の集中や静謐さを観客に要求した鷹峰千呼と、応援やお祭りのような気楽さや騒々しさを要求したSPARCRO VISION は、間違いなく第78期芸能科男子を代表する存在である」
「せいひつ、とは?」
「静かってことやな」
漢字も意味も分からなかった雀に、朗が雑に教えました。
「オウ! 俺もそう思うぜ。おめぇらと鷹峰はすげぇ!」
大和が言うと、千呼ははにかみます。
「ありがとうございます。……でも」
千呼はライブ前のような集中した顔つきになり、言います。
「次は負けませんから」
周りの4人はさすがに驚きました。
第78期芸能科男子新人王・鷹峰千呼が言うことではなかったからです。
「ストイックよなぁ、タカは」
「ボクらの立つ瀬がない気がするが」
「ほんとにね。おれたち負けたんだけど」
第78期芸能科男子新人戦第2位・SPARCRO VISION
「圏外だった俺のことも気を遣ってくれていいんだぜ?」
大和がおどけると、みんな笑いました。
第78期芸能科男子新人戦新人王・鷹峰千呼(ソロ)
第78期芸能科男子新人戦第二位・SPARCRO VISION
鷹峰千呼は既にデビュー済みのRap Bellusに所属しているため、夏季強化合宿の参加権利は繰り下げ、第二位SPARCRO VISION に与えられる。
「楽しみだなぁ、合宿」
5月になったばかりでも、風はすでに熱気を帯びています。夏の近づく空を、小さな鳥が気持ちよさそうに飛んでいました。