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陽だまりに手を引く  作者: 真昼
陽だまりに手を引く
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道標

 





 1番目立つところに外国の本が置かれるようになった赤い屋根の本屋に、毎日味が違う飴が目玉の菓子屋。


 彼女には退屈じゃないか心配だったけれど、赤い瞳は興味深そうに王都の店を眺め、道端の露店で銅貨3枚の魔法花を求めさえした。道ゆく人々はすれ違う美少女が、新聞で見た救国の聖女様な事に呆気にとられたり話しかけようとして、私がお忍びだから、と人差し指を口に当てると、察したように頷いて、見守ってくれる。



 広場の目の前の果実を絞ってくれる店で飲み物を買ってから、2人並んで噴水のベンチに座った。

 ヴェルシオと再会するためにこの子やエヴァンズ公爵家にたくさん助けてもらって、代わりにとお願いされたのが、今日この日の、王都の案内だった。

 賑やかな王都の中心部は老若男女問わない人の声で、騒がしくも賑やかだ。視界の端では数人の子供が、草笛を吹いて遊んでいる。


「……本当にこんなので良かったの?ロザリー」


「ええ。お姉さまが愛したこの場所を、ずっと一緒に歩いてみたかったんです。ここでもあなたは慕われているのですね」


 君の方が人気者だよと言いかけて、口を閉ざした。多分そういうことではない。


「楽しんでくれた?」


「もちろん。格式あるものや高価な品の価値は認めますが、この光景はこの国の日常だもの。愛おしいと思うわ」


「そっか。良かった」


「もっと早くお願いすれば良かったわ。あの男の……ヴェルシオの後を追うようで、ずっと言えなかったの。けれどもうすぐあなたは、故郷に戻られるのでしょう?」


 ハンカチも敷かない固いベンチで、ロザリーに顔を向けられる。街に降りるからと普段よりシンプルな、けれどどうしたって平民には見えないワンピース。肩に掛かった赤髪が、一房零れる。



「うん。彼と一緒に、アーデンに行く」


 言葉をつくるのに、少しだけ緊張した。深みのある赤が、静かに伏せられる。


「ーーーその方が、お姉さまのご家族にとっても良いのでしょうね。結局ヴェルシオの望み通りになったのは気に食わないけれど、これしか無かったのだとも思います。この国にとっても、お姉さまにとっても」


  魔法花を買った店に置かれていた新聞。表紙には王太子に決まった当初こそ優秀と持て囃されたけれど、病ゆえにその位を降りることになった彼のことが書かれていた。

 長く、病ゆえに表舞台に姿を見せない事になっていたから記事自体は疑われていなかったけれど、王の息子が2人とも王とはならない事に、市井からは不安の声も上がっている。

 けれどこの子の父親、エヴァンズ公爵はこのままヴェルシオ殿下が王となるよりマシでしょうな、と顎髭を撫でていた。


「案外、民は王の名前などどうでもよいものです。権威よりも政策、政策よりも朝食のテーブルに並ぶパンの質や卵の値段の方が、余程重要なのですよ。なにより、じきに民は王太子の変更など、気にもしなくなります。外国を知り、新しい文化や種族と出会い、それどころではなくなるでしょう」


 相変わらず真っ黒な服を着て、読めない表情で。そうならなくてはいけないのです、と机に大量の書類を並べたまま話していた。けれどもし申し訳ないと思われるのでしたら、仕事の一部でも引き受けて頂きましょうか。あなたが殿下に閉じ込められてから用意した公務は嫌がらせでしたが、あの王子はやはり優秀なようだ。迷惑を掛けたのですから、王太子の変更に伴う雑務くらいして頂けるでしょう?と、飄々と。


 ヴェルシオとエヴァンズ公爵の間でどんな会話があったのかは、詳しくは教えられていない。けれどあの人とも、国王様や次の王太子様と話した後にも暗い表情を浮かべていなかったから、そう悪い内容では無かったのではと思う。

 それを伝えれば、少し不満げに彼女は肩を竦めた。



「せいぜいこき使ってやるわ。交易を再開するにもあまりにも世界は広くて、いま、なにから先に受け入れるかの精査に、陛下もお父様もその下の役人たちも、とても忙しくしているんです」


 知っているよ、と頷いた。アーデン伯爵領は他国との境にあったから、外国や他の種族とも、少しだけ関わる機会が多かった。ロザリーはよく、そんな私の話を聞きたがった。彼女の方が詳しい事も多くあっただろうに、それは教科書や国の書物に記された知識ですからと言って。


 雲の切れ間から陽が差した。

 ずっと慕ってくれていたこの子はベンチを立って、太陽を背にして、私に笑いかけた。


「……お姉さまに教わったことが、本当に役に立ちました。そうしてわたしの無知も、知ったんです。

ーーーわたし、学園を卒業したら、この国を出ようと思います。そうしてアウディスクの人間として世界を回って、この国の外を知りたいんです」


 王妃にはなりません。そうあれと望まれて、王太子の伴侶になることがこの国の為と思っていたけれど、今のこの国に必要なのは王妃ではなく、世界とこの国の、架け橋になれる人間だと思うんです。



 凛とした言葉だった。


「私が、ヴェルシオを選んだから?2度も婚約を破棄させて、君の名誉を傷つけたから、」


「いいえ。特にヴェルシオ殿下との婚約は、わたしが彼を捨てたんだもの。なに1つ後悔はないし、清々したわ。

 ……マーヤはハーピーと人間のハーフでしたが、魔族と人の間の子は、時に魔族以上に強い魔力を持って生まれてくるそうです。そうして今のこの国の探知魔法では、その魅了の判別は難しい。この国の魔法やその知識は、他よりずっと遅れているんです」


 他国から示されるなかから選ぶだけではなく、知識を自ら求めなければいけない。そうしてそれは、わたしが出来る、1番この国のためになることだと思うんです。


 胸に手を当てて、前を見据えて。お父様もお兄様もいらっしゃるんだもの、わたしが国を離れてもアウディスクは大丈夫です、と唇を動かす。




「……格好いいね、ロザリーは」


「ふふ、そうでしょう?わたしこそ、お姉さまにお礼を言っていませんでしたね。オーランドのこと、ありがとうございました。彼の家族を奪ったわたしが、彼の未来について話すべきではなかったから」



 数日前の彼の金髪を思い返した。ぐしゃぐしゃに泣いていたけれど、最後、その瞳には光があった。


「エヴァンズ公爵の言葉を伝えただけだけれどね。やっぱり、国外追放を選ぶって。けれど彼とはまた、会って話せると思う」


「よかった。わたし達の道は交わっても重ならなかったし、お互いがお互いよりも大事なものがあって、だからお互いを選ばなかった。結ばれなくて当然だったと、今では思います。けれど、かつての婚約者だもの。彼が前を向いてくれるなら、嬉しく思うわ」


 とびきり美しい表情から、全てを伺うことはできない。言わないだけで、たくさんの感情があるのだろう。けれどよかったと笑うなら、それが答えだった。



「…………むかし、君は、オーランドのことが好きだった。絵本の王子様に憧れるようなものだったかもしれないけれど、そう思うよ」



 学園の子に聞いたけれど、私がいなくなってオーランドに婚約を破棄されたとき、オーランドを愛したことは1度もない、とこの子は彼に言ったらしい。

 彼女の感情で、彼女の言葉だ。私が口を出す権利はないけれど、それでもかつて、ロザリーはこのヒーローはオーランドに似ていませんか、と少し照れたように恋愛小説を差し出してくれた。その瞳にあったのは、確かに暖かな感情だった。


 1度だけ瞬きをして、彼女は口元を綻ばせた。


「ええ。だからこれは、失恋なのでしょうね。でも、この間クロルに、もっとわたしのことを知りたいって言われたの。ロザリンデを見ていると心臓がドキドキする、理由を知りたいからわたしが国を出るなら付いていきたいって。行商を手伝ったこともあるから俺は役に立つぞ、ですって」



「…………………いつの間に」


 やるなクロル。ずっと一緒にいるなと思ったら。



「わたしが世界を全然知らないと認められたのは、彼がいたからなんです。クロルがまっすぐに世界を知ろうとするから、無知は愚かさでも、恥ずかしいことでもないってわかったの。

いつかわたしはこの世界を旅して、クロルをもっと知るわ。そうしてわたし自身のことも知って、きっと彼に恋をするの。誰かやなにかを愛して、その愛を失ったり忘れたりして、代わりに得たもので、わたしはわたしになるわ。そんな最後の自分に満足ができたなら、かつての失恋すら愛せるって、そう思うんです」



 出会って愛して、傷ついて怒って泣いて。

 そうしてわたしは、わたしになるの。そんな自分を愛したいの。



 少女は笑う。薔薇より赤い瞳と髪の、完璧と思っていた女の子が。


 妹のように可愛くて、けれど妹にはならない君。それでもずっと、かけがえのない女の子。

 唇が震える。幸福を願うなら、この子の未来に言葉を贈るなら、何が相応しいだろうか。



「ロザリー。君に出会えて、本当によかった」


 何度助けられただろう。君が慕ってくれたから、私は私であれた。

 私はロザリーが思うよりずっと面倒くさがりで、器用でも、優しい人間でもなくて。けれどこの子が信じてくれるから、誰かに優しくしたいと、そんな人間でありたいと思えた。


 手を差し出される。そうするのが当然のように指先を重ねて、額にあてた。



「……これから先、君が誰を好きになって、嫌って、誰に愛されて、疎まれても。なにがあっても君は、世界で1番素敵な女の子だ」




 ーーー完璧には生きられない。それでも、心の在り処を知っている。

 正解のないこの世界で、それでも前を向いて進んでいく。

 その道標となるものを、誇りとか信念とか、或いは愛と呼ぶのだろう。





 ありがとうと、彼女は、花が綻ぶように笑った。





「あなたに愛されたわたしだもの、わたしは、わたしを愛せるわ!」










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― 新着の感想 ―
本当にヤンデレの重い愛をおおらかに受け止められるのはクロルみたいなやつ!
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