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陽だまりに手を引く  作者: 真昼
陽だまりに手を引く
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展開

 







 大事な2人が悲しんでいる。

 1人は灰色の髪で、もう1人は赤い髪だ。




 よし。



「出掛けるぞ。シーリア」


「うん?」



 今日も閉じ込められてた部屋にいたあいつに声を掛ける。

 塞ぎ込むのは良くない。






 ∮






 距離を空けて置かれる壺や彫刻と、足音のほとんどを吸収する分厚い絨毯。

 王城の廊下は今日もお高そうなものばっかりで、遠くで肉が香草と焼かれるのとジャムが煮詰まる匂いもする。後で貰いに行こう。厨房の料理長は気前が良いしほかの奴らも色々くれる。良い奴らだ。


 王子がシーリアの元を訪れてあいつらが泣きまくった夜から、もう3日が経つ。ロザリンデに頻繁にお姉さまのところに行かないでと言われることは無くなった。

 もう俺は王子の凶刃(きょうじん)?に巻き込まれることはないだろうから、らしい。

 良くは分からないけれど、あいつらが王子を好きとか憎いで泣いていたのに関係しているのだろう。

 それが分かるのだから、俺も賢くなったものだ。



 ぼんやりと本棚の本をなぞっていたシーリアは、俺の声掛けに城の中ならね、とついてきた。

 その足取りはひどく遅い。


 2歩後ろに居るから、あいつの姿は見えない。

 それでも足を止めずにどうしたのと聞かれて、耳を揺らした。



「お前、ずっと落ち込んでいるだろう。ロザリンデもお前を見て元気がない。ならお前を元気にした方がいい」



 シーリアが元気になれば、その姿にロザリンデも元気になるに違いない。

 家族でも同胞でもないが、連れ出されたりこの城で部屋や飯を用意されたり知識をくれたり、世話になっている奴らだ。

 当然何かしてやりたい。


 階段を降りながら窓を見れば、太陽は高く充分に晴れている。連れ出したは良いが外は駄目だしどうしたものか、食いものでも貰いに行くか?と足を止めると、代わるようにシーリアが前を歩く。

 足取りは迷いなく城の隅に向かっていく。本と皮と、インクの匂いのする場所に。



 何度か本を探した、この城のでかい書庫。その奥の鍵のかかっていない扉。シーリアに連れられて初めて入ったそこは、酷く荒れていた。

 高そうな本と、真ん中にあるテーブルやソファ。隅には小さな棚と落ち着いた色のカーテン。

 けれど誰か暴れたかのように、いろんなものがめちゃくちゃだった。本の並びはバラバラだし床に落ちているものもある。



「酷いな。しかも高価そうな本ばっかりだ。誰だ荒らしたやつ」


 ここにある本は、中身もとても難しそうだ。外国の文字のもある。

 ここを散らかしたやつはあまりにも内容が分からなくて、自棄になったんだろうか。

 俺も本を読んで分からなかったり難しいところに頭を悩ませることはあるが、誰かに聞いたり他の本を読んで調べる。本や物にあたった事はないから、この部屋を荒らした奴よりも俺は偉いし賢い。


 ふん、と鼻を鳴らす。

 真ん中のガラス張りのテーブルはヒビが入って、欠片が床に散らばっていた。その一つを指先で摘んでシーリアは呟く。



「ずっとここにいた人だよ。彼にとっても、私にとっても大事な場所だった。誰かが立ち入るのを嫌って、本の並べ方1つまでこだわるくらいに。

……ヴェルシオはまだ、何処にいるか分からないんだ。彼が望むなら決して見つけられないんだと思う。そうしていつまでも、いない人間を王太子にしておけない」



 まだ病とごまかせているけれど、どんどん公務は溜まってる。そうして彼が王太子に相応しくないと王太子の座を失ったら、自殺を縛るギフトもなくなる。2度と会えなくなる。


…………何をすれば良い?これ以上間違えたくないのに。


 また弱々しい声を出す。

 立ち上がって身体が傾く。本棚にもたれ掛かって、灰色はどこかを見ていた。




「どんなやつだったんだ?」


 ここを荒らしたのも王子なのか、と思ったから尋ねた。ロザリンデから横暴野郎とか監禁男とかの悪口は聞いているが、そう言えばシーリアの口から王子について語られたのはあの夜くらいしかなかった。そいつについて何も知らない。


「良いやつか悪いやつか、どっちだ」


 たっぷり数十秒悩んでから、答えがあった。


「……どちらも。本ばっかり読む人嫌いで、式典の挨拶は絶対に断る無愛想。閉じ込めてる間なんか話しかけても無視されたし。簡単にSクラスにするとか、自分が天才すぎて他の人が出来ないことをいまいち理解してない所もあるし。けど完璧に踊れるのに私がダンスで足の踏み方が分からないときは、いつまでも何度でも教えてくれた。興味のない話でもずっと聞いてくれた。

……全部話すと長くなるよ。10年近くだから」



 灰色の前髪が落ちて、眼に影を作る。言葉を選ぶように口が動いてまた閉じた。


「いいぞ。暇だからな」


「……いま話しても後悔ばかりになりそう。あの夜別の言葉を選んでいたら。閉じ込められている時だって。それより前も、いくつも私は間違えた」



 マーヤと関わろうとする彼を引き留めれば良かった。嫉妬が混じりそうで、一度だって言えなかった。

 オーランドとちゃんと話すべきだった。ヴェルシオは遠駆けより近場を散策する方が好きで、それでも決して弟を嫌ってないって。そうしたらロザリーと袂を分つことも、彼が貴族牢に入ることもなかったかもしれない。


 そうしてなによりも。好きだと伝えていれば良かった。崖に落ちて熱が出て。寒気と詰まる呼吸に死ぬかもと思いながら何度も彼を思い浮かべた。

 このままいなくなったら、いつか私を思い返すだろうか。私がいない事に少しは物足りなさを感じるだろうか。そうだったらいいざまあみろって。

 そうやってうじうじ泣くくらいなら、花言葉でも万年筆に隠した紙切れでもなく。振られたっていいから顔を見て、好きだと言えば良かった。




 気付けばまた、ぼたぼたと泣いている。拭うことを忘れたように、灰色の瞳の縁が赤くなる。

 


「あの時、馬車に1人、残らなければ」


「……そうだったら俺は、まだあの村にいただろうな」



 恋ってなんなのだろうな、と思う。

 怪我をしているのでも、病でも老いでもないのに人を傷つける。ぼろぼろにして泣かせる。傷ついて、悲しいのに手放せないなんて、随分とおっかないものだ。

 それでも、その一言にはむっとなった。機嫌の悪い声が出て、シーリアはこっちを見る。



「知ってるだろ。お前が崖から落ちて、たまたま俺が拾って。逃がそうとして連れ出されて俺は村を出た。俺はこの暮らしが好きだ。飯がうまいから城も料理人たちも、お前らも。俺はお前を川で拾って良かったと思う。けれど、それもお前にとっては後悔の1つなのか?」



 後悔ばっかなのは良いが、俺を助けたこともお前は後悔するのか?それはちょっと腹が立つ。

 別にいいが。構わないが。お前の感情だし。



 ガラスの欠片が指から落ちた。瞬きひとつ。シーリアは目を見開いている。




「………………思わない」


 1人で逃げていたら村の人間は獣人を働かせていたと捕まることをおそれて、騎士が来る前に証拠になる君を殺していたかもしれない。

それは、いやだ。


 視界の端で、俺の尻尾がちょっと揺れた。


「そうか、なら良い。自慢して良いぞ、お前は俺を助けた」


 そして俺もお前を助けた。今度自慢しよう。ロザリンデとかに。


「……誇って良いの?たくさんの人を傷つけたのに」


「だれの許しがいるんだ?必要なら良いぞ、俺が許す」


 変なやつだ。

 感情に許しなんて必要ないのに。

 


 しばらく俯いて、シーリアはゆっくりと口を開く。俺の後ろを見ながら、日光を透かして灰色は少し淡くなる。




「……そうだね。最善ではなかった。初めて出会ったとき、村長への言葉を選んでいれば3ヶ月も捕まらなかったかもとか、反省するところはたくさんあるけれど。君を助けたことそのものは、少しも後悔しない」



 白い手が本棚の綺麗に整頓された、濃紺の背表紙を選ぶ。


「たくさん傷つけて傷つけられた。それでも許されたいって、許したいって思っていい?」


 だから感情に許しなんかいらないとあれほど。

 それでも誰を許したくて、許されたいのかはなんとなく分かった。あの王子だろう。


「思うのはタダだろ。許してくれるかはヴェルシオってやつに聞いてこい。駄目だったらは断られた時のお前が決めろ。断られた時の俺が、話ぐらいは聞いてやる。お前らは本当に、色々悩むからな」



 シーリアは軽く笑った。パンと小気味のいい音を立てて、両手で頬を打つ。



「……君の楽観的で前向きなところ、羨ましくてとても好きだよ」


「そうか。真似していいぞ」


「そうする。彼と連絡を取る手段を探すよ」


「そうしろ。手紙とかじゃだめなのか?」


「住所がないから………あ」


 まだ潤む灰色の目玉から1つ雫を落として、それでもゆるく口角が上がった。



「……ロザリーと、協力してくれそうな子のところに行ってくる」



 別に涙をみっともないとは思わない。

 でもまぁ、いつまでも泣いてばかりはつまらないからな。



 そういえばシーリアもロザリンデも、俺にお互いについてどれだけすごいとか可愛いとか素敵とか褒めるのに、直接言い合うことはない。

 褒められれば嬉しいものなのに。今度伝えといてやろう。



 あいつが立ち去って、1人で本棚を見回した。ボロボロだと思っていたが、案外無事な本も多くある。もっと文字を覚えて今度読もうと思いつつ、あいつがなぞっていた濃紺の背表紙に触れて、気がついた。


 チラシが挟まれている。ディリティリオ、という多分人間の名前と、記念公演という文字だ。

 日付は10年前で、よくこんな古いのをまだ持っていたなと感心した。




 荒れて散らかっているけれど、良く見れば無事なものも多くある。ガラスの扉が付いた棚は傷だらけでも中の食器は無事だったり、古びた蓄音器もその一つだ。

 俺が触れてもうんともすんとも言わないけれど、まだ壊れていないんだろう。

 そんな気がした。












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