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陽だまりに手を引く  作者: 真昼
陽だまりに手を引く
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恋心

 










 ずっと共にいた。穏やかで優しくて、けれど寂しがりな少年だった。



 何度城から連れ出して、隣を歩いただろう。

 通り雨のなか軒下で手をつないで、温もりを離さずいられる理由を探したことも、イキシアの花をこっそり買って、きっと花言葉を知らないからと飾る花の中に忍ばせた花祭りも。

 面白くないと感じた本はすぐに後ろの方を読んでしまうことも、朝のコーヒーは薄めが好きなことも。


 知ってしまった。隣にいる時間を心地いいと思ってしまった。

 あれを不幸というのなら。


 目尻が熱い。滴が落ちる。

 泣いているのは、彼もだった。






 ∮







「不運って、なに」


 白い頬を、水滴が落ちる。


「あの日々を不幸だって、悔やむべきって言ったの」


 できるわけないでしょう。ずっと、君といたのに。

 掠れて、掻き消えそうな声だった。


「………ごめん。たくさん傷つけた。けれど、不運じゃないよ」



 ここで君に殺されたって君と婚約したのは、隣にいられたのは、不幸じゃなかった。


 幸せだったよ。





 震える唇が、途切れながら言葉を紡ぐ。

 こめかみをつたって、髪に雫が染み込む。泣いているのは俺もかと、やっと気付いた。




 国から離れた大陸の端、人間も、魔族だって立ち寄らないような暗い森の中に朽ちた屋敷を見つけた。

 広大である必要はない。ここなら厳重に魔法をかければ、2度と出さずに済む。そう確信して、20以上ある部屋のひとつひとつで彼女を思い浮かべた。

 欠けた壁はいくらでも直せるが、家具のひとつもないから、何を用意するべきか。城に作った部屋と同じようにーーーそうして、あの部屋では本も読まなかったシーリアを想って。窓枠に触れた。

 彼女が連れてきてくれたアーデンの本だらけの屋敷は、素晴らしい場所だったのに。どれだけ似せても、同じ家具を持ってきたって、同じになれない。






 祭りにはしゃいで石鹸玉で遊ぶ子供を幸福と呼ぶような、そんな人間だった。

 豪華なフルコースよりも露店の焼き菓子を好んで、領地の子供から貰った押し花の栞を、後生大事に使うような少女だった。 

 震えながらでも、暴走する馬に1人立ちすくむ人間がいれば、助けようと抱きしめる善人だった。

 押し付けられた、ろくに返事もしない無愛想で態度の悪い少年にだって、笑いながら手を差し出すような婚約者だった。


 知っている、愛していたから。人生の半分、同じだけ傍にいたから。



 誰よりも大切にすると誓った。

 綺麗ごとでいいから、絵本に出てくる王子のように薄っぺらでいいから、彼女を傷つけようとする全てから守って、代わりに笑いかけてほしかった。


 喜んでほしかった。照れてほしかった。

 触れてほしかった。傍で守りたかった。


 それだけだった。

 決して、傷つけたかったわけじゃない。



 あ、と嗚咽が漏れた。

 愛されている。知っていた、だってずっと好きだった。


 愛されていてほしかった。この世の誰よりも。

 愛したかった。俺が愛したかった。





 腕の力が抜ける。首筋に顔を埋めた。

 なのに。俺はこの執着を、捨てられない。




「殺してくれ」


「終わらせてくれ。もうお前を、傷つけたくない」



 泣きじゃくる彼女に、唇を寄せる。勝手に奪った初めては塩辛かった。


 こんなになっても、まだここで死ねばお前が失う最初になれると考えている。

 ここで俺を失えば、お前は2度と幸福を感じられないほど、不幸になってくれるだろうか。お前を失った俺がそうであったように。


 自分のせいだと悔やんで、心臓の半分を俺にくれ。代わりになんでもあげるから。気にいるものが有ればいい。お前のいない世界で幸福を知らないから、どれが価値があるのか俺にはよく分からない。



 そう考えれば、手を離すことが出来た。



「……お前が生きていて、良かった」


 なぁ、シーリア。愛している。



 表情は見えない。ずっと言いたかった。

 やっと伝えられたと笑う。




 お前だけだった。
























 ∮
























「ロザリー。何も聞かないの?」


 手渡された暖かい布を、目元に押し付けながらつぶやいた。


「……どうか、今は、休んでください」


 人的な被害はないと確認できましたが、多くの部屋の魔法が壊されていました。張りなおしてきます。震える声で彼女が立ち去って、部屋には静寂が満ちる。


 初めて触れた唇は、柔らかかった。

 泣く私の頭を撫でて、ヴェルシオはどこかに消えた。


 魔法の数々が無くなっても、彼はもうこの部屋を訪れることはないだろう。愛していると言われた。あれは別れの言葉だった。

 部屋どころか城にも、きっと何もしなければ、2度と、姿を見ることすら。

 目元を抑える手に力を込める。柔らかな布が、また水分を吸う。


 明け方近かった。クロルは変にまじめな顔をして、私を見ていた。



「俺はいるぞ」


「…………聞いてくれる?私ね、ヴェルシオが、好きだったんだよ。恋をしていた」


「ファンじゃなかったらしいな」


 ファン、の意味を考えて、王都を訪れようと決めた、あの日を思い出す。

 美貌の王太子と公爵令嬢の記事を眺める私に、クロルは2人のファンなのかと声をかけて、そうと応えれば王都のパレードを見ようと誘われた。

 あの誘いを断っていれば、違う再会の仕方ならば。

 もしもなんて、どこにもないのに。





「彼がマーヤに魅了された時も、今だって。ずっと彼が好きなんだよ」


 口に出せばひどく簡単で、また涙がこぼれた。


 好きだった。だから彼が身分の高い少年たちと、可愛らしい少女と楽しげに過ごす姿を見た時、ショックを受けた。

その光景を美しいと、思ってしまったことに。


 東屋でマーヤを囲む少年たちのなかに彼がいて、何も望まないと言われた時、足元が揺らいだ。このままでは立つことすらままならないと思って、だから逃げた。

 元から彼に渡したものは、全て独りよがりに、勝手に抱いた願いだって、分かっていたから。






「最初から不釣り合いだったって、離れて当然だって

ーーーそう思えたら、良かったのに!」
















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