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陽だまりに手を引く  作者: 真昼
陽だまりに手を引く
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三方

 












 騎士の配置、魔力の痕跡、その偽装痕。

 王城の見取り図に浮かぶ無数の文字と記号を追いながら、次に思考を巡らせる。


 予想外の脱走は、けれど想定内だ。国が誇る牢に、あの男にも厳重に魔法封じをしてから放り込んだけれど、拘束は魔術的なものも物理的なものも、一つ残らず壊されていた。

 途方もない実力。けれどずっと隠し続けていたのだから、この程度ですらないのだろう。


 周囲にもてはやされた卒業前の頃すら、今に遠く及ばない。あの頃は喪失の絶望で、今よりずっと、何もかもが落ちていたはずだ。



 城に張った無数の探知魔法は、いくつも反応を示している。どれが本当で、どれがわざと発動されたものなのか。あの男はいま、何処にいるのか。

 全く、嫌になるわ。軽く唇を舐める。

 腹立たしい。気に食わない。―――あのまま朽ちていれば良かったのに。



「…………忌々しい」


「なにが嫌いなんだ?」


 ひょこ、と気軽に窓から顔を出したのは、今日もどこかを駆け回っていたクロルだった。窓にかけた、侵入禁止の防衛魔法を解く。



「窓から入らないでって何度も言っているでしょう」


 そうだったか、と言いつつ彼は慣れたように、汚れた靴で絨毯を踏む。魔法でいくらでも綺麗にできるけれど、それ一枚で王都の人間が10年優雅に暮らせるのよ、とは思う。言えばすこしは改めるかしら。そんなことはないのだろう。



「また分からない所があったの?本?」


「いや、向かいの塔の屋根から顔が見えたから来た。なんかむっつりしてただろ」


「誰がむっつりよ」



 呆れるくらい目がいいのねと思うけれど、失礼な言葉に、不満を表情に出す。にらむようにクロルを見上げても、そんな難しそうなのをずっと睨んでいるからだろ、と悪びれることなく、彼は王城の地図のほかに散らばった、紙束を指さした。







 ∮





 お姉さまを閉じ込めた障壁魔法を壊し、半月近くが経過していた。あの男の行方は杳として知れず、けれどあざ笑うかのように時折反応を示す魔法が、あいつの生存と執着を示していた。



「お姉さまは?もう眠ってらっしゃるのかしら」


「知らん。寝てるとき部屋に入るなって言ったのはロザリンデだろ」


「当然でしょう」


 問いかけには首を振られ、クロルの言葉に異性なんだからと答えれば、茶色の耳を傾げられる。



「別にあいつと寝たこともあるぞ?森とかじゃなきゃ獣とかを警戒しなくて良かったからな」


 宿屋の部屋は一緒だったからソファとベッドか、ソファが無ければ床で交代で寝てたぞ、金がもったいないしと言われて、深く深く、ため息をつく。


「……それ、絶対に、わたし以外がいるところで、言わないでね」


「どうしてだ」


「どうしてもよ。……異性との関係とか、この国でとるべき距離とか。あなたはまだ、それは分からないでしょう。なら、理解できる日まで慎みなさい。言葉で説明するのは難しいし、いつか分かるわ」



 今じゃないのかと言われて、長くなるもの、と返す。いつものように教えてくれと言われそうだけれど、年の近い異性に恋について説くのは、国最高と謳われる頭脳をもってしても言葉に困る。


 それにしても、とため息をついた。

 やはり彼を、お姉さまの隣にいさせるわけにはいかない。お姉さまの名誉が傷つく以上に、あの男が狂って、壊れるほどに彼女を求めていた頃、昼夜と問わず行動を共にしていたのがクロルなのだから。知られれば、間違いなく血を見るだろう。

  第1に食欲、第2に食欲、5番目あたりにやっと睡眠欲が来るような彼だ。説明したところで、理解しないでしょうけれど。


 じとりと睨めば、む、と不満げに、彼は尻尾を揺らした。


「結婚なら分かるぞ。村長とその妻がしてたやつだろ?」


「恋愛と結婚は別よ。愛していなくても、婚姻関係を結ぶことだってあるの」



「なら、シーリアと王子がしているのが恋愛か?」



 ガダ、と窓が軋んだ。

 うぉなんかぞわっとした、大丈夫か?とクロルが目線を向ける。

 あぁわたしがやったのね、と魔力をおさえつつ、他人事のように思った。



「……さあね。かつては、そうだったのかもしれないけれど」


 いまのあいつにあるのは、ただの執着よ。

 言いながら、本当に?と疑問を挙げる自分を押し殺す。



 憎悪は変わらない。殺してやりたいと、今でも思う。けれど。

 ラフィンツェのように、愚かさを嘲笑できるような屑だと裁ければ、どれだけ。


 視線を落とす。机上には、ラフィンツェの処分に関する報告書が並べられている。





   ∮





 ラフィンツェ公爵家の悪行の証拠は、有ればあるだけいい。

 この国で王家に次ぐ権力を持つ存在の、全てを奪ったのだ。確実な証拠を揃えて、国中の貴族を味方につけたけれど、くすぶる火種はまだ残っている。

 国を乗っ取るために学園中の貴族を惑わし、正義によって断罪されたラフィンツェは、一欠片の救いもない、完全な悪でなければならない。いつだって勝者が正義で、王家しかりラフィンツェしかり、エヴァンズ公爵家だって、国を動かせるほどのものが、完全に正善だなんてありえなくて。それでも譲れないもののために、わたしはあの女を、国随一の貴族を、かつての婚約者を、石畳の牢に閉じ込めた。




 アウディスクは、他国との関わりが酷く薄い。自国で大抵を賄える国力といえば聞こえはいいけれど、魔族も亜人も多く生きるこの世界で、同じ人間が支配する国のみと関わろうとするのは、明らかな排斥だ。

 この国は、王都に近づけば近づくほど、他国の情報が入りづらくなる。百年以上にわたる他国との交易制限はラフィンツェが仕組んだことで、国外の()()の希少価値を上げるためだった。隠れてしか扱えないけれど、自分たちしか知らない、取引できない商品はとても魅力的で、裏で稼いだ莫大な金は懐を潤した。



 ラフィンツェ公爵は、国を乗っ取ったあとはその法を翻し、国で堂々と魔獣や魔物を攫い、資源や労働力として使おうとしていたらしい。捕らえた後の正妃や公爵のマーヤへの言葉からも、魔法以外の魔力を持つものへの、差別と驕りが見て取れる。

 卑しい身分で息子に近づくことを許したのに、探すのに苦労したのに全く使えない、と口汚く罵る言葉は、あの女を人間扱いしていなかった。都合のいい道具で、意思があるなど、少しも考えていなかった。


 マーヤに同情するつもりはないし、あの人を襲うと決めたあの女への憎悪は、今も変わらない。

 けれどラフィンツェの思い通り、国の孤立に気が付かなかった。それは、わたしの、間違いだった。


 そうして計画を聞いたとき、鼻で笑いそうになった。

 上手くいく筈がない。そんなことをすれば、間違いなくこの国は滅んでいた。

 目の前の彼がそうであるように、人間以外でも心や知能を持ち、自分や同胞を守ろうとする種族は多くいる。アウディスクは大国といえど、所詮人間だけの国だ。世界が敵になれば、勝てるはずがないのに。そうしてその時きっと、わたしは、この国を滅ぼす側に回っていた。

 わたしの正しさのために。どれだけの犠牲を、伴ったとしても。


 国を揺るがす大事件で、決して許されないような悪意だった。救いだったのは、不当に扱われていた魔物や魔獣、獣人などの取引の証拠がぼろぼろと出てきて、囚われたり無理やり働かされていた多くのものたちが自由の身になったことだろうか。


 今は貴族牢にいるラフィンツェの者たちは、公には辺境に生涯幽閉されると知らされている。国民からは、罰が軽すぎる、処刑台に上げろと憤る声があるとも聞いた。死が1番重い罰と、彼らは思っているから。


 新聞に載ること、大衆に公になる事だけが、真実の全てではない。幽閉されるとだけで、その扱いに言及しないのは、その方が好都合だから。


 1度国のものとし、協力した他の家に分け与えたから、ラフィンツェに財産はもう無い。

 償いにあてる財産がない分、消費させるのは彼ら自身だという、それだけの話なのに。殺すなんて手ぬるいことはしない。2度と同じことが起きないように、かれらの血筋も、魔力も、すべて使い潰すための幽閉なのに。


 少ないけれどまだ残るラフィンツェの手駒は、当主やレオドーラの命を国が握っているというだけで、大きく行動を制限できる。遠縁ではあるものの王家の血を引いている彼らは魔力量も多い。そういう人間は、研究にも有用だ。血も髪も全て良い触媒になり、魔力を糧とする種族との取引に使う事も出来る。


 どの犯罪に誰が加担し、投資し、サインをしたのか調べ上げて、わたしの憎悪がくすぶる限り、それ以上に、ラフィンツェが踏みつぶしてきた者たちが、償いを求める限り。あの時死んだマーヤは幸運だったと言えるような目に、彼らは遭い続けるし、わたしが遭わせる。




 またむっつりしているぞ、とクロルに言われて、目を瞬いた。

 彼らの犠牲となった者たちのうち、わたしが知る中で一番悲壮感のない青年が、目の前で尻尾を揺らす。


「……なんでもないわ」


「そうか。あと思いついたんだが、恋って本とかにも書いてあるのか?シーリアが好きなデレテレオ?を読めば分かるのか」


「あれは癖が強いからやめなさい」


 あとディリティリオよ、とお姉さまと、あの男が好きだった外国の作家を思い浮かべる。この国に広まるくらい評価されているのもあって面白いのは確かだけれど、一番有名な作が毒花シリーズと不穏な名を冠しているだけあって、なんというか、物騒なところがあるのだ。

 そこがいいんだよ、とかつての彼らはあの作品を何度も繰り返し読んで、感想を交わしていたけれど。


 目を閉じる。

 かつてのわたしもあの男が嫌いで、けれどその恋路を応援していた。

 わたしは王太子の婚約者で、あの人はその兄の婚約者。2人とも結婚すれば、お姉さまと呼ぶあの人と、義理とはいえ本当に姉妹になれたから。

 お姉さまの口から出るあいつは本当に同じ人間?と思うくらい穏やかで愛情深くて、あの人を任せられると思っていたから。



 もう取り戻せない、過去の話だ。

 幸福になって欲しかったのに。今でも、それだけを望んでいるのに。


 どうしてこうなったのかしら。












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