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陽だまりに手を引く  作者: 真昼
陽だまりに手を引く
43/61

明星

 








 オーランドがマーヤに物を贈り、好意を明らかにしていると聞いた時、真っ先に友人のことを考えた。オーランドの婚約者の、可愛い妹のような女の子を。

 わかりやすい恋ではなかったけれど、2人の間には、いつも信頼と尊重があった。お互い同性の友人や実兄、姉のような私と関わる時間の方が長かったけれど、2人っきりで談笑しているところも、同じテーブルで食事している姿も、何度も微笑ましいと思いながら眺めていた。



 どうしてあの子を、裏切るような真似を。直接オーランドを問い詰めようかと思って、足は止まった。

 たかが伯爵家の人間に許される行いではないし、そうするなら彼に相対するべきはロザリーだ。私の出る幕ではない。それでも、何もせずにはいられなかった。

 当のロザリーはけろりとしていて、気遣う少女たちにも私にも、問題ないわと平然と返していた。けれど、彼女は隠そうと思えば誰にだって本心を隠せてしまう。そういう子だ。


 マリット男爵令嬢が入学してから、学園はおかしくなった。だれもが1人に愛を囁くなど、異様で異質だ。あり得るわけがない。

―――魅了など、魔法によるものを除いて。

 学園はなにも対処しない。この事態を良しとすれば、10年後の貴族の勢力図は書き変わってしまうのに。

 適正魔法の転移を除いて、魔法に秀でているわけでも、詳しくもない私にできることなどたかが知れている。魔力の探知などはエヴァンズ公爵家や王家の領分だから、関わるだけ足手まといになるだろう。それでも、何もせずにはいられなかった。


 オーランドと国の重鎮の子息たちはますますマリット男爵令嬢に骨抜きになって、かれらのうちでも駆け引きや牽制を、堂々と行うようになっていた。あんなに仲が良かったのに、今の空気は刺々しい。けれどマーヤを望む気持ちはみな同じらしく、彼女を侮辱するものが居たら揃って攻撃して、振り向いてくれないからと彼女の悪口を吹聴していた男子生徒を、実家の権力で退学に追い込んだことさえあった。


 もしマリット男爵令嬢を貶す女生徒がいれば、同じことが起こるだろう。

 手をこまねいている現状に、いつ諍いが起こっても可笑しくないほどに、女子寮はぴりついていた。いくら優秀で次期王妃と目されていても、ロザリーは下級生の、大半にとって年下の女の子だ。そんな彼女に、何もしてくれないと不満は集まりつつある。明確に形になる前に、手を打たなければいけない。


 やられっぱなしな事が不満の種ならば、反撃すればいいのだ。誰にも、文句の言えない方法で。


「マーヤ・マリット男爵令嬢の素性調査を女生徒たちやその家にも手伝わせる……ですか?既に、エヴァンズ公爵家が調査を行っていますが」


「それでもだよ。マリット男爵令嬢に男子生徒のほとんどが恋しているなら彼女たちだって当事者だし、なにもかもロザリーに任せきりにするのは申し訳ないしね」


 エヴァンズ公爵家より権力のある家はそうはないけれど、親が役人とか、味方だったら心強い子は沢山いる。そうして彼女たちにとっても、マーヤやロザリーへの不満以外に、目を向ける理由になる。


 なによりも多くが同じ方向を向くことで、1人で抱えがちで本音は言わないこの子が、頼れる相手が増えればいい。

 綺麗に編み込まれた赤い髪を撫でる代わりに笑いかけた。いつかこの子が、ちゃんと怒りや弱音を話せる、そうできる相手が現れることを願って。




   ∮




 魅了魔法の痕跡は見つからなかった。魔物の魅了の痕もなくて、マリット男爵家でマーヤが養女になった経緯も分からないまま。現状を解決するための成果はなかったけれど、4階建ての建物の中で、女生徒たちの間には結束が芽生えたように思う。


 貴族ばかりのこの学園の、半数の家の力を用いてもマーヤの正体には至らない。その事実が判明してからはロザリーを力不足と責める声はなくなって、マーヤに用事があれば要件をまとめて話す、というルールも出来た。

 最初は上級生やマーヤと同じクラスの生徒が受け持っていたけれど、男子の居ない場での彼女の態度からもう話したくない、という子が続出して、私1人の役目になった。


 そのくらい、まあ、あれだったのだ。

 彼女の態度というか、対応というか、そういうのは。ロザリーと直接話させるべきではないと、確信するくらいには。


 目を合わせないとか舌打ちとか、そんなあれだった。気が弱い子だったら泣いていたかもしれないし、強い子だったら喧嘩になっていただろう。言い負かされも突っかかることもなく、マーヤを好きにも嫌いにもなっていない私は、彼女との橋渡し役として、間違いなく適任だった。


 あの可愛らしいピンク髪の少女の性格はお世辞にもいいとは言えなかったけれど、今まで読んできた物語の中の悪役は、彼女より悪辣なキャラクターも多かった。善人も悪人も礼儀正しい人間も態度の悪い人間も、この世界にはいくらでもいる。

 世界は作りもののように綺麗ではないから、誰にでも優しくされたいなど最初から無理な話だ。深くかかわらないあの少女1人の為に、傷つく必要はない。


 破られた紙片のついたスカートを払いながら、次の予定を考える。

 1刻後、下級生の子から相談に乗ってほしいと言われていた。たしか子爵家の子で、暗い顔はきっとロザリーに相談したくて、けれど公爵家の彼女に話しかけられないから、私を頼ってくれたのだろう。

 異性との関係か、家の事か。どちらにせよ、私に出来ることを、出来る限りするだけだ。


 いつの間にか窓の外は暗くて、か弱く星1粒が瞬いていた。頬を叩いて、気合を入れなおす。マーヤに迫るために、ロザリーはもっと頑張っている。そうでなくたって常に王妃に相応しくあるための勉学や社交のために、スケジュールはぎっしり詰まっているのだ。彼女が背負う5分の1も背負えなくても、負担を減らしてあげたい。


 明日の朝は親が役人のあの子と戸籍と養子縁組の特例制度について情報を共有して、昼休みは2年生の子がずっと思いつめた顔をしているから、話しかけてみようか。そうして放課後は、と頭の中だけで予定を組み立てて、授業後にいつもの図書室で、と離れた背中を思い出す。


 ヴェルシオ・ステファノ。とびきり格好いい、この国の王子様で、私の婚約者。

 マーヤは、彼に愛されることを望んでいる。あんたなんかが婚約者でヴェルシオ様はかわいそうね、とせせら笑われたばかりだ。もし彼が、マーヤを好きになったら。


 この件があって女生徒の殆どと関わるようになって、彼女たちの人となりを、好きなものや好きな人、嫌いなことや苦手なものを沢山知った。思い人がマーヤを追うようになった、その時の涙が浮かぶ。

 好きだったのにどうして、愛しているって言ってくれたのに。婚約者や恋人が自分を見向きもしなくなって、冷たい目を向けられて。傷ついて、悲しくて、理由もわからなくて。


 泣いている背中を、何度支えただろう。何度気付けずに、孤独にしてしまったのだろう。

 自分の無力さに嫌気がさす。赤い目元を、握られたこぶしを、すべて拾い上げたいのに。





 もしヴェルシオが、同じことになったら。愛を囁いて、共にいたいと願うようになったら。

 可愛い子だ。側から見れば私が婚約者であるよりも、よほどお似合いだろう。それでも。



 1番星を睨みつける。

 はやく、早く解決しなければいけない。










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