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陽だまりに手を引く  作者: 真昼
陽だまりに手を引く
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再会

 







 見慣れた運河を渡った先に、その都はある。


「こんなにでかい街は初めてだ。あの屋根から見下ろしてくる」


「やめた方がいいかなあ。……それにしても、もうすぐパレードだから活気だってるね」


 新聞を読む限り、国で一番格式高い貴族学園で起きた痴情のもつれや婚約破棄騒動は、全てラフィンツェ公爵家が権力の為に企んだこととして、国民には知らされたようだった。当主と正妃は今は離塔に閉じ込められ、そう遠くないうちに生涯王家の監視付きで辺境に追いやられると、どの新聞も悪が成敗されたかのように綴っている。


 

 王妃は、王家に入るときに家と縁を切らなければいけない。実家の権力の為に国を揺るがしたレオドーラには凄まじい批判が集まり、それを断罪したロザリーは救国の聖女として、一躍刻の人となった。

 断罪直後にオーランドの次の王太子の婚約者に決定したと知らせがあって、それから続きは聞かないけれど、彼女は誰より素晴らしい王妃になるだろう。


 レオドーラの息子である事からオーランドは廃位となり、次の王太子となったのは国王のもう1人の息子である、ヴェルシオだった。

 母親が子爵家の生まれであることから不安の声も聞かれたが、ロザリンデが婚約者となることでそれらは抑えられる。


 平々凡々な成績だったヴェルシオ王太子もロザリーと婚約後は学業でも魔法でも素晴らしい成績を出し続けていて、争いに巻き込まれない為に実力を隠していたのだろう、とどんな記事でも囃し立てられていた。

 期待を集める美貌の次期王の顔見せが行われるのは今日で、パレードの馬車が目の前の大通りを通過するのは、数十分後の予定だ。


 先程行商の彼らと、別れを済ませた。一緒に行かないかと誘ってもらったけれど、頷くわけにはいかなかった。良いわけがない。



「……腹でも壊したか?死にそうな顔をしているぞ」


「はは」


 クロルのデリカシーのなさに、今は救われる。

「寂しくなるな、あんたらならまた何度でも旅をしたいから、縁があれば声を掛けてくれ」と、親方に握られた時は暖かった指先は、酷く冷えていた。緊張なのか、それ以外か。震えを隠すように握り込む。


 アーデンに、家に戻る道中に王都があって、ちょうどパレードが行われるから、かつての婚約者の顔を遠くから眺めるだけ。それだけのことを、恐れる必要はない。

 ―――予定より2日も早く王都に着いてしまったせいで、そんな言い訳は通用しなくなってしまった。

 すぐに行商人の彼らと別れて次の街に向かうことだって出来たのに、帳簿の整理とか取り引きの手伝いとか、手伝いを言い訳にして、今日まで予定を引き延ばした。けれど。



「問題ないよ―――これで最後だ」




 今日賑やかで楽しい人々と別れたように、たまたま繋がった道が分かれて、本来あるべき姿に戻っただけ。納得して、未練がましく思い返す日々を終わらせて、彼を忘れる為に、最後に元気そうな姿を見て、安心したいだけ。

 


 手の震えは止まっていた。

 露天で買った安物の上着のフードを、深く被り直した。






   ∮




 パレードに使われる大通りは騎士たちによって中央は開けられていて、新しい王太子を一目みたい民衆によって、道端はごった返していた。オーランドとロザリーのゴタゴタは全てレオドーラ正妃、ひいてはラフィンツェ公爵家が悪いとまとめられて、彼らが居なくなったことで頭角を表し始めた美貌の王太子は、おおよそ好意的に受け止められているらしい。


 王都に来てから2日もあったから、何度も彼の名を目にして、耳に入れた。

 何ヶ国語も流暢に話せるとか、騎士科の生徒と教師全員を剣術で圧倒して、話を聞いて手合わせに来た騎士団長と互角以上で打ち合ったとか。     

 知っているものも知らないものもあって、けれど間違いなく国民の期待の高さは、彼の優秀さによるものだ。

 予想通りではないけれど、今やっと、彼は相応しい世界にいるのだろう。

 喜ばしいことだ。本当に。



「おい、またぼーっとしているのか?そんなに嫌ならもうやめて、北東に行く行商を探すか?」


「……嫌じゃないよ」


  嫌、ではない。どんな顔をすればいいかも、どんな感情を抱くのが正しいのかも、分からないだけだ。今回パレードに出席するのはヴェルシオだけだけれど、王太子の戴冠とロザリーとの結婚は、あと半年もせずに行われるらしい。彼とロザリーが並んで同じ馬車に乗って、微笑みあいながら民衆に手を振るとき、私は何を感じるのだろうか。


 見たくないなあ、と考えかけて瞳を閉じる。瞼に白く靄がかった太陽の残滓が残る中、繰り返し自分に言い聞かせる。

 見ることはない、あったとしても何も感じるな、考えたとしても祝福だけでいい。私の知る中で1番優れた2人が、この国の未来を作り上げる。すばらしいことだ。邪魔をするな。困らせるな、決して。


 本当に大丈夫か?とクロルに顔をのぞき込まれた瞬間、遠くに豆粒のような、馬車が見えた。






 いつか乗って、多分壊してしまった馬車は国に十数台しかないものだったけれど、あの金が張られた王族専用の馬車は、正しく世界に1つしかない。

 8頭の馬に牽かれるそれには天蓋がなく、乗る人間の顔が良く見えるのだろう。遠くで歓声と、身を乗り出す民衆たちの期待の声で、賑やかな周囲はより一層の活気を帯びる。

 すらりと背筋を伸ばした騎士たちは緊張した面持ちで、少しでも王を間近で見ようとする人々を、言葉や軽い魔法で押しとどめる。

 ゆっくりと、馬車が近づく。かつて嫌っていた人混みのなかで、彼はどんな顔をしているのだろうか。オーランドのような笑顔は想像できないから仏頂面か、不満げな顔をしているのか。




 顔を上げて、彼を見て。息をのんだ。


 私の知る彼と、あまりに違っていたから。



「…………うそだ」


 騒がしかった歓声を、遠くに感じる。

 どうした?とこちらを向く、クロルの声すら、耳に入らなかった。




 痩せた、だろうか。

 頬はこけていないけれど輪郭は鋭さを増して、日に焼けていない肌は病的なまでに無機質だ。これ以上なく整った造形はそのままに、けれどなにもかも、あまりにも違う。

 聞こえていないかのように、彼は歓声に一切の反応を返さない。薄い唇は噛みしめられることすらなくて、何よりも、その瞳の空虚に愕然とした。

 生気のない、瞬きするだけの金色は、何も映していなかった。希望も、絶望も、何も。


 違う、こんな筈じゃなかった。どうして彼が、どうして。

 私は。




「…………ヴェルシオ、きみは」




「――――――……?」



 何百、何千と人がいた。フードをかぶっていて、そうでなくとも地味な髪色は目立たないはずだった。

 囁きより小さい声なんて、大歓声の中で届くはずがない。

 それでも彼の唇は、私の形に動いた。


 金色が動く。つられて首がこちらを向いて、濃紺の髪が軽く揺れた。

 民衆に見せびらかすためにわざと鈍い馬車よりも遅い、ひどくゆっくりとした動きだった。そうして、目が合う。


 シーリア、ともう一度、口が動いた。

 呆然。いっそ気が抜けたような顔だった。




 次の瞬間、彼は飛び出した。一切の制御を捨てた、圧倒的な魔力。けたたましい音と衝撃を受けて、馬車が大きく揺れる。

 怒声と悲鳴。止めようとした騎士たちが魔法で吹き飛び、怯えるように人混みが割れる。それすら彼は、見ていなかった。腕が伸びる。



 私だけを、どうして、どうすれば。



 指先が、触れる。



「――――――城に飛ぶ!」



 王太子をお披露目するこの場で、民の前で騒ぎを起こすわけにはいかない。咄嗟に庇おうとするクロルを制して、叫んだ。そうして指が触れた瞬間に、転移魔法を発動する。


 魔力が唸る。掴まれた腕が痛みを訴えるより、誰かの驚きの声が耳に届くより早く、その場から掻き消えた。







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