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陽だまりに手を引く  作者: 真昼
陽だまりに手を引く
32/61

庭園

 






 ヴェルシオ・ステファノ。とびきり綺麗な王子様、どうしてか私の婚約者になった男の子。

 あれから特に本のことで、今までの1年はなんだったのかと思うほど、彼と話すようになった。年に見合わない本好き同士、驚くほどに趣味があったからだ。

 感想は勿論、好きなシーンの登場人物の心情や、この時どうしてこの人物は、こんな行動をしたのかとか。

 書庫に場所を変えた読書会は本当に本を読むだけの時もあったけれど、1,2時間だったお茶会は3,4時間に伸びたし、帰る時間が近づいたときにもうこんな時間なのか、と思うようになっていた。


 友人くらいは、名乗っても怒られないだろうか。

 にこにこと笑いかけられたことはなかったけれど、黙っていても喋っても彼はとびきり美しくて、友人達とのお茶会では、頬を膨らませて羨ましいと言われたりもした。




「シーリアが婚約者になれるなら、私でも良いじゃない!このあいだの園遊会では素っ気なかったけれど、あんなに美しい方に微笑みかけて頂けるなら、私だって王子様の妻になる為に、どんなことだって努力出来るわ!」


 王都で暮らす貴族の少女たちは、近所の領の子より流行やおしゃれに敏感で、恋の話も大好きだ。

 侯爵家のお嬢様のその子は最近仲良くなった子で、いつも可愛いドレスを着ていて、綺麗に巻いた、つやつやの髪をしていた。

 唇を尖らせて王子様への憧れを話す姿に、別になにも努力はしていないよ、とか、彼に笑いかけられたことはないよ、とかの夢を壊すようなことは言えなかった。


 多少は話すようになった。顔見知り以上にはなっているだろう。それでも婚約者とか、彼と結婚とか、そういうことを言われても、しっくり来ないままだ。


「リリィは凄いもんね。歌も上手だし、この間披露してくれたフルートも凄く綺麗な音色だったよ」


「そうよ!素敵な方と幸せになるために、努力は惜しまないわ!」


 えへん!と胸を張る姿は、やっぱりとっても可愛かった。

 もしこの子が本当にヴェルシオの婚約者になったとしても、そっちの方がお似合いだなあと思う程度には。

 この子じゃなくとも、例えば王太子様の婚約者、ロザリンデ・エヴァンズ公爵令嬢が彼の婚約者になったとしても、私は心から祝福出来るだろう。


 そうして、そっちの方がずっと自然なんだろうなぁと笑みが漏れて、リリィに不思議そうな顔をされた。


 薔薇より鮮やかな髪に、お人形のようにきれいな顔。

 私の知る中で誰よりも完璧で、身分が高くて、努力家の女の子。あんなに可愛い子が婚約者に選ばれていたら、言葉すくない彼も本をテーブルに置いて、跪いて花を捧げていたのかもしれない。




   ∮




 ヴェルシオと婚約してすぐの頃、身分の高い女の子たちとのお茶会で、私はロザリーに出会った。


 エヴァンズ家主催で公爵家の庭にお呼ばれしたその会は、彼女が愛する真っ赤な薔薇が夢のように咲き誇って、縦にながいガーデンテーブルの上座で、少女は誰よりも綺麗な所作で、紅茶に口を付ける。


 呼ばれた子達もみんな可愛らしく着飾っていて、きゃらきゃらと笑いながら、持っているアクセサリーの話とか、どこの劇団が1番素敵かとか、お金が掛かっていそうな話をしていた。遠い世界の話だなあとぼんやり聞いていた中で、一際凄かったのもその子だった。


「青弦の蝶が公演したパティリの鐘は素晴らしかったけれど、やはりもとはアディスリの作品でしょう?原作に忠実な台詞回しも知っておきたかったから、この間お父様にお願いして、アディスリ随一の劇団を公爵家に呼んでいただいたの。翻訳を介さない分細かな表現に違いがあって、とても勉強になったわ」


「まぁ、さすがロザリンデ様!羨ましいわ、とっても素敵!」


 うらやまし気な称賛の声を当然のように受け止めて、赤いドレスに合わせた宝石のブローチが、きらりと光る。

 綺麗な少女は、ずっとこのお茶会の主人公だった。

 特別に国の許可を得たうえで飼っている魔法生物の鳥の羽の色とか、公爵家が総力をあげて品種改良した新種の薔薇の花の美しさとか。お金も人手もとてつもなく掛かりそうな話が、次々と繰り広げられる。


 たまたま王子様の婚約者になったから、この国でも特に身分の高い子達の集まりに呼ばれている。場違いだなあ、とは少しだけ思ったけれど、豪華でスケールの大きい彼女たちの話は、聞いているだけで面白かった。みんなの憧れの王太子様の話や、彼に相応しくあるために9歳のロザリーがもう3か国語を話せて、だいたいの中級魔法も使えることとか、ほかの女の子たちの好きなパティスリーとかで、会話はにぎわっていた。


 きらきらとした、気品とか高貴さとか、そういった上品なもののつぼみが膨らむようなその時間は、馴染みはないけれど新鮮で、彼女たちのようにはなれないけれど、憧れてしまうものだった。

 楽しくて、本当に緊張したけれど浮かれてもいた。会が終わって帰る間際にロザリーに話しかけられたときも、ああ近くで見ると本当にお人形のようにかわいい子だなと、つくりものめいた愛らしさに、感動すら覚えた。



「シーリア・アーデン伯爵令嬢。あまりお話はなさらなかったけれど、楽しんでいただけたかしら。わたしの婚約者の兄の妻となる方ですから、あなたとは是非仲良くしたいわ」


 花のかんばせとは、きっと彼女を指すのだろう。2つ年下なのにこの愛らしさ、もしかしたら将来は、傾国のうつくしさ、というやつになるかもしれない。

 未来の王妃様に、少しだけ失礼なことを考えた。


「もちろん、とても楽しい時間でした。エヴァンズ様はもちろん、色々な方の話を聞くだけで面白くて、時間を忘れてしまいそうでした。……この国の王太子様の婚約者は、こんなに素晴らしい方なのかと、驚きました」


「ロザリンデで構いませんわ。当然でしょう?賞賛は受け取るけれど、わたしはこの国の妃となるのだもの、何もかも秀でているのは当然よ。1番上に立つのなら、何もかも1番であるべきだわ」



 頭半分低いその子の、毅然とした言葉。これが人の上に立つ人間か、と目を見張る。

 すごいねえと領地の年下の子供たちの頭を撫でるように、思わず伸び掛けた手を止めた。



「殿下の婚約者として、誇れる振る舞いをするだけよ。わたしは、エヴァンズ公爵家の人間だもの」


「……すごいのは、エヴァンズではなくあなたでしょう」


 たしかエヴァンズ公爵家の当主はこの国の宰相を務めていて、彼女の年の離れた兄2人も、とても優秀で数々の功績をあげているのだったか。

 私がこのくらいの年のころには、まだ嬉々として飛んでいる蝶を追いかけていた気がする。

 本当にすごいなと感心して、目の前の少女が赤い瞳を瞬くのに、気が付くのが遅れた。



「沢山の言葉を覚えて、だれよりも紅茶の飲みかたもきれいで……アディスリ語は言語そのものも聞き取るのも、とくべつ難しいと聞きました。あなたにどんな才能や能力があったとしても、いまのあなたがあるのは、あなたの努力があったからでしょう」


  公爵家の生まれだから、王太子様の婚約者だからこの少女は優秀なのではない。だって私は王子様の婚約者になって1年以上経った今も、たまたま選ばれただけだと言い訳をして、それに相応しくあろうと努力はしなかった。

 少しの気恥ずかしさを隠して顔を上げる。

 そうして少女と目があって、彼女が喜びと驚きをごっちゃにして頬を紅潮させていたから、逆に驚いた。


「……本当に?本当に、そう思ってくださるの?」


「ええ、もちろん」


 ぱちくりと瞬いた宝石にも、薔薇の蕾にも似た真紅の瞳は、きらきらと輝いていた。先程までの血統書付きの猫のような気品は少しだけうすれて、瞳の大きい、可愛い女の子がそこにいた。


 そうして彼女は、1歩踏み出した。


「わたし―――あなたともっと、お話がしたいわ!これから、いいえさすがに夕方だものね、今度は2人でお茶会をしましょう!とびきりの紅茶とお茶菓子を、用意するから!」



 きゅうと手を握られて、その手の暖かさに驚いた。頷くと、絶対、絶対よ!と何度も確かめられて、すぐに招待状を送るわ!と迎えの馬車が来るまでずっと、彼女は私の手を握っていた。


 その2日後にお呼ばれしたロザリンデと私だけのお茶会は、公爵邸の彼女の自室に招かれた。

赤を基調としたカーテンや絨毯が敷かれた部屋で、ロザリンデはみんなが憧れる王子様のオーランドは実は子供っぽいのだとか、格好いい王子様が出てくる恋愛小説とか、そんな親しい友人達と同じような話を、私にした。


 ロザリーと呼んでほしいと呼ばれたのはそれから幾ばくもしない手紙の中で、その頃から、彼女も私をお姉さまと呼ぶようになっていた。




   ∮




「シーリア?どうしたの、黙り込んで」


「……ごめんね、すこし考えごとをしてた」


 昨日も手紙をくれた、可愛い友人のことを。

 そうして、ロザリーはダメだな、と考え直す。彼女にはもう婚約者がいる。明るくてみんなの憧れの的の王太子様が。ならばやっぱりこちらの友人、リリィだったらどうだろう。勝ち気で強引で、そういうところが特別可愛い、迷わず人を引っ張れるこの子なら。



「もう、シーリアったら!そんなにぽやぽやして、本当に王子様の婚約者が務まるの?」


 子供らしい怒りと、ほんの少しの心配。出来るよ、とも無理かも、とも返せずに微笑んだ。



 彼と話すのは楽しい。同じ部屋で本を読んでいるときの沈黙は気まずい物ではないし、出されるお菓子も美味しい。

 私には不満は全くないけれど、彼にとってはどうだろう。王子様の婚約者であるために、何が求められているのかも、何をすればいいのかも分からない。

 いっそ、彼が王子様でなければよかった。そう思ってしまうのはきっと、ものぐさな私の悪癖だ。









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