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陽だまりに手を引く  作者: 真昼
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21/61

明日

 





「おはよう、ヴェルシオ!今日もとっても格好いいのね、こんなに素敵な王子様に送り迎えしてもらえるなんて、とっても嬉しい!」


「おはよう、マーヤ。……行こう。あいつらが待ってる」


「ふふ、腕を組んでいきましょ!オーランド達が嫉妬する顔、ヴェルシオも見たいでしょう?」


「そうだな」



 シーリア・アーデンは伯爵家の令嬢で、ヴェルシオの婚約者であったらしい。

 舞踏会では型落ちのドレスばかり着ている、平凡な容姿の、学業や魔法の成績も平均程度の同い年。

 本ばかり読んでいて、学園に入る前はそれに付き合わされて、ヴェルシオはずっと王城の書庫にいたという。


「シーリアがいたから、学園に入る前、俺は兄さまとろくに時間が取れなかったんです!何度一緒にお茶をしたいと誘っても、忙しいとか予定があるとかそればっかりで……シーリアが勝手に断っていたに違いありません!」


 あの後弟とマーヤから説明を受けて、憤る声にそうなのかと納得した。どうしてヴェルシオ自身が覚えていないのかは不思議だけれど、腕に抱きつくマーヤを見ていると、そんなことはどうでもよくなる。



 あの日からマーヤは、女生徒の前で特に、俺に密着するようになった。

 それを見て血相を変える女子生徒を面白がるように、あるいはあざ笑うように。

 ついに寮の自室に来てほしいと言われて、女子寮は男子禁制だからと断れば、代わりに朝と夕方、学園から寮の入り口までの送り迎えを頼まれた。


 婚約者であったシーリア・アーデンも、寮で暮らしているらしい。抜けた記憶の手がかりになるか、そうでなくとも一目会えれば、と思って従うことにしたが、寮の入り口にいるのは白い紙きれを胸ポケットに入れた女生徒ばかりで、ついぞ灰色の髪を見ることはなかった。




「ヴェルシオは、わたしといてもあんまり楽しそうにしないのね。やっぱり、皆とは違うからかしら?」


 その日は代わり映えのない朝で、約束の迎えの時間から10分遅れでマーヤは現れた。学園に向かう短い道中、ピンクの瞳に問いかけられて、返事に窮したのはどうしてだろうか。


「そんなことは……」


「皆みたいに好きとか愛してるって言ってくれないし、抱き着いてあげても、全然嬉しそうにしないじゃない。うーん、一番頑張っているのになあ。やっぱりあの女のせい?

 ―――あ、でもいいこと思いついちゃった。そろそろ練習もしたかったから、丁度いいし」


 行きましょうヴェルシオ、とっても楽しみね。機嫌を直して歩くマーヤに、腕を掴まれる。

 暖色である筈のピンクは、乱暴な嗜虐に染まっていた気がするが、きっと、気のせいだろう。









 そう考えたから、彼女は。











 シーリア・アーデンと話してから、ちょうど3月経った頃だった。

「あのね、ヴェルシオ。聞いてほしいことがあるの。わたし、女子生徒たちから嫌がらせを受けていて……」


 学園内ではみんなが守ってくれるから大丈夫だけれど、女子寮だとひどいのよ?居ないところで素敵な宝石とか香水とか化粧品の話をして、わたしが近寄ると黙りこくるの。失礼だと思わない?

 マーヤから不満げに語られた言葉に、だろうなと表情には出さずに思う。あれだけ男とばかり遊んで、嫌われない方がおかしい。

 嫌われたくはないので、わざわざ言葉にはしないが。

 沈黙を肯定、あるいは慰めと受け取ったのか、マーヤは言葉をつづける。


「わたしのやりたいことを邪魔してくるし、貴族とか権力とか、そういう堅苦しいことで威張っているのよ!女子生徒ならみんな持っているはずのカードを、わたしにだけくれなかったもの!」


「カード……?あの女生徒全員が、胸ポケットに入れている紙切れか」


「そう!あれを配ったのはシーリア……ヴェルシオの婚約者だった女なんだけど、誰よりも邪魔をしてきて、とっても目障りなの!だから、あの女のカードを、ヴェルシオに奪ってきてほしいわ!」


「マーヤの分も作って渡せと、そう言うのじゃだめなのか?」


「駄目よ、そんなのじゃ、私の気がすまないもの!」


 肩を怒らせて、けれど卑しさを滲ませるように、桃色の瞳はにやついていた。

 無茶苦茶言うなと思う。どうしてヴェルシオは、この娘が好きになったのだろう、とも。

 以前はもっと夢心地にマーヤが好きで、それよりもっと昔は、比較にならないほどなにかを望んでいた気がする。



 気は乗らないが断れない。けれど憂鬱はシーリア、の一言に、幾分かかき消された。


 ヴェルシオの婚約者だったという彼女と、堂々と話す機会になる。あの東屋での邂逅から、姿すら見ない彼女に。

 まるで邪魔でもされているかのように会えないから、1度だけ気まぐれに安物の万年筆を贈ってみたが、声を掛けられることも、感謝も、礼状の1枚もなかった。

 どうしてそんな気まぐれを起したかも、万年筆だったのかも分からない。けれど彼女こそが、この言いようのない不安や喪失感の、解決のきっかけになる気がしていた。



「あの女は明日の朝に校門前の馬車に乗るはずだから、そこを狙って欲しいの」


 よろしくね、とにんまりとした笑みに頷きを返す。この笑顔も、以前はずっと可愛いと思っていたはずなのだが。




 ∮




 校門の前で見つけた彼女は、他所行きらしい薄手のドレスを着ていた。


「シーリア・アーデンだな?」


 今日と明日は休みだから、何処かに出かける用事でもあったのだろうか。ヴェルシオが掛けた声に、大きく瞳を見開かれる。驚きと少しの怯えが混じっていて、どうしてそんな顔をするんだ、と腹が立った。

 すこし、瘦せただろうか。顔色は悪くないのだが。


「……ええ。私の顔を、覚えてらっしゃったんですか?」


「俺の物覚えが悪いとでも?話がある。着いてこい」


「今ですか?今ちょうど、行きたい場所があるのですが。戻ってきてからお話を伺うのではいけませんか?」


 動揺は一瞬だった。瞬きひとつで取り繕った、下手な敬語が気に食わない。その用事とやらをヴェルシオより優先させようとすることも。


 いつ降り出すかも分からないような曇天だった。彼女の傍らには、魔導馬車が停まっていた。

 王家でも数台しか持たない魔導馬車は、見た目こそ馬車に良く似ているが、目的地を設定すれば、馬の形の傀儡が目的地まで運んでくれる。

 御者も必要なく、要人警護に使われるための防御魔法や簡易的な収納魔法も備えている便利なものだが、ごく一握りの高位貴族しか所持しておらず、平民や並の貴族では一生縁がないくらいには価値のあるものだった。

 伯爵家程度に用意できる代物ではないから、あの赤髪で生意気な公爵令嬢が用意したのだろうか。


 転移魔法が使えるのに、こんなものが必要なのか。仲がいいというロザリンデの差し金か、上級魔法は制限が多いというがその都合か、よほど遠くに行くのか。彼女について、何も知らないから分からない。


 気に食わない。だから、知ることに躊躇いはなかった。


「良いわけがないだろう。そもそもどこに向かうつもりなんだ…………マリット男爵領?」


 魔力持ちが傀儡の頭に触れれば、目的地を読み取ることが出来る。起動前でピクリとも動かない鉄と魔法石の塊に魔力を流し込めば、目的地として設定されているのは、マリット男爵領だった。


 マーヤの故郷。そこに向かう意味。聞き流した嫌がらせをされているのという言葉。

 もしここにいるのがオーランドやほかのマーヤの取り巻きだったら、大変な事態になっていただろう。知ったことを彼女も気づいただろうに、灰色の瞳は一切の色を変えない。



「……マーヤの言った通りだったな。マリット男爵領で、何をするつもりだったんだ?」


 メッセージカードを回収して終わるはずだったのに、そうも言っていられなくなった。

 アーデン伯爵家は権力のある家ではないが、マリット男爵家よりは上だ。彼女がマーヤの義父や家族に圧を掛けようとするなら、焦がれる彼女のために止めなければいけない。焦がれる?なぜシーリアがそんなことをする必要があるのか。公爵家のロザリンデの方がよっぽど適任だ。思考の歯車が錆びついている。考えてはいけない、ただカードを奪うだけでよかったのに、彼女がカードを持っていることが、ずっと気に食わなかっただけなのに。


 刺々しい、冷めた声が出た。彼女は、瞳を伏せた。


「そのつもりはないけれど、そうなるかもしれませんね。……なら、殿下はどうされるんですか?」


 傷ついたような瞳をしたくせに、薄い笑みは崩れなかった。悠然と余裕を保っているように見えて、それにもまた、腹が立つ。

 簡単におわる用事だったのに。今日は休みだから、これが終わったら、手を取って、ともに。


「決まっているだろう。この馬車に乗って、俺もついていく」


 お前の好きにはさせない。そんな風に睨みつけたのに、女はなぜか、驚いた顔をした。










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