とある皇太子の婚約破棄物語。
皇太子殿下である、チャールズ・フォン・ディストリウスは高揚した気持ちを抑えられなかった。
ついに今日の舞踏会で現在の婚約者、ミント・アルフォンス嬢の極悪非道の罪を全て明るみにし、
本当に愛する、ヒイロ・ウィンターズ嬢との婚約を発表できるのだから。
最初は反対していた国王もしぶしぶミント嬢との婚約破棄を認めてくれた。
もちろん今日の舞踏会で断罪することは伝えていないが、
今日の話を聞けば、きっと両親も自分の考えが間違いではないことを喜んでくれるだろうと考えていた。
チャールズは愛しいヒイロとの出会いを思い出していた。
自分達の通う聖ディストリウス学園は貴族を中心とするものの、
貴族以外であっても、成績や魔法などのスキルが高ければ誰でも通うことのできる学園であった。
ある日、授業の最中なんとなく外を眺めていると、ヒイロが学校にいる猫と戯れている姿を見かけた。
その姿が気になり、授業後、彼女の元を訪れると、皇太子としてではなく、チャールズという人間として
接してくれるヒイロから目が離せなかった。
『チャールズはいつも頑張っているわ』
『皇太子としてではなく、チャールズと友達になりたいわ』
皇太子という身分ではなく、自身を見てくれている彼女に惹かれていった。
しかし、ある時期を境に彼女はだんだん言葉数が減ってきていた。
毎日長時間一緒にいるにもかかわらず、彼女が何を憂いているのかわからなかった。
そして、ヒイロの力になりたいんだと何度も伝えているうちにぽつりぽつりと原因を教えてくれた。
それが婚約者であるミント嬢のせいであった。
学園のベンチで読書をしていると彼女が現れ、下民がチャールズと仲良くするなと言ってきたらしい。
しかし、チャールズの婚約者であると名乗っていたため、チャールズになかなか打ち明けることができなかったという。
こんなに可憐で優しいヒイロをいじめるとは・・!とミント嬢への怒り、すぐに抗議に行こうとしたが、
ヒイロから私は大丈夫だから・・と止められてしまった。
その日以降、彼女を守るために、私は学園ではなるべくヒイロと過ごすようになった。
そうすることで今までよりさらに彼女と親密になれた。
しかし、私の見ていないタイミングや離席している間にミント嬢は現れ、ヒイロに罵声を浴びせたり、
水をかけたり、物を壊していた。
いつも潤んだ瞳で「大丈夫です・・」と悲しげに微笑むヒイロに、胸を締め付けられる。
そもそも、自分とミント嬢が婚約したのは6歳の頃だった。
なぜ彼女と婚約したのか、彼女の家柄のせいだったのか、魔法の能力の高さからだったかすら
覚えていない。
そもそも月に1度程度彼女の家でお茶するだけのミント嬢のことは好きでもなかった。
ヒイロに罵声を浴びせた日以降、月に1度の訪問する実施していない。
そして、それ以降もヒイロはミント嬢の取り巻きの生徒から嫌がらせを受けたりしたそうだ。
気分転換でもと思い、招待した舞踏会の時には、ヒイロのために自身の目の色である
黄緑色のドレスも準備してやり、エスコートしたが、
そのパーティーの時ですら、ミント嬢によってプレゼントしたドレスに赤ワインをかけられ、悪口を言われたそうだ。
「やっぱり、チャールズと私では分不相応なんだよね・・」
とヒイロが涙をこぼす。
この時、ついにミント嬢と婚約を破棄することを決めたのだった。
そこから両親を説得したりしている間にも、ヒイロと共にパーティーや社交界にも出席したが、
どこで知ったのか、ミント嬢は毎回のようにヒイロへの嫌がらせや脅迫を行い続けた。
そして3ヶ月が経過し、父の許可が降りた今日、自身の誕生日パーティーの舞踏会で
ようやく、ヒイロと正式に結ばれることとなる・・!
皇太子としてお祝いの言葉に耳を傾けつつ、
ヒイロが来るのを今か今かと待っていた。今日のドレスも自分が送った物で
真っ白でたくさん刺繍の入ったドレスだ。
きっと彼女によく似合うだろうと思い、選んだ。
「ヒイロ・ウィンターズ嬢のご入場です!」
入り口にいた兵が叫んだのですぐに立ち上がり、階段の下までヒイロを迎えにいく
ヒイロが入場すると先ほどまではざわついていた周りの人間たちも
皆静まり返り、彼女を見つめる。
白いドレスは本当に似合っていた。
天使が舞い降りたかと思うほどの美しさであった。
そして舞踏会らしく、ダンスが始まった。
本来であれば、婚約者であるミント嬢と踊るべき1曲目はヒイロと踊り、
すでにミント嬢ではなく、ヒイロと婚約するつもりであることを匂わせる。
踊っている際に、ヒイロに何度か足を踏まれたが、まだまだ慣れていないのだと
微笑ましく彼女を見つめる。
そして、あたりを見回し、アルフォンス公爵、その兄弟がいるのを確認した。
アルフォンス公爵が渋い顔でこちらを見ているのがわかり、心の中でニヤリとした。
あなたの性悪娘が皇后になる機会はもうないのだとその場で言ってやりたかったが、
断罪するのはもっと後でいい。娘の悪行を聞かせてから、謝罪を受けてやろうと思っていた。
1曲ダンスが終わると、
ヒイロはこっそりと喉が渇いたと耳打ちし、にこりと笑うと近くのテーブルへドリンクを取りに向かった。
可愛らしいヒイロについて行きたかったが、あいさつに訪れてくれる来訪者たちへの感謝の意を伝えていると、
しばらく経ってもヒイロが戻ってこないことに気づいた。
まさかと思い、周囲を確認すると、バルコニーでうずくまっているヒイロを見つけた。
ホッとし、彼女に近づくと彼女が泣いていることに気づく。
「どうし・・」
何を泣いているのか尋ねなくてもわかった。
彼女の白いドレスは赤ワインで染まっていた。
こんなことをする相手は1人しかいなかった。
もっと後にしようと思っていたが、もう我慢ができなかった
ホールに戻ると大声を張り上げる
「本日、皆様の前でお話ししたいことがある!!」
もう、ヒイロを悲しませることはない。
彼女を抱き寄せ、ホールの真ん中へ進む。
「私は、これまでミント・アルフォンス嬢と婚約していたが、
彼女の悪逆非道な行いをここで断罪し、婚約を破棄し、
そちらにいるヒイロ・ウィンターズ嬢と婚約する!!」
先ほどまでざわついていたが、私の声で当たりは静まり返る。
「とにかく!!!ミント嬢ホールの真ん中へ来るように!!!」
来訪者たちが辺りを見回し、ミント嬢の登場を待つ。
しかし、彼女は姿を現さない。
「ふっ、今になって自身の罪を暴かれるのが怖くなったか!では代わりにアルフォンス公爵に聞いていただこうではないか」
急に名指しされたアルフォンス公爵は狼狽えることもなく、ホールの真ん中に出てくる。
ミント嬢の兄、弟も共にホールの真ん中に出てくる。
「・・・それで、うちの娘がどういう罪で断罪されるのでしょうか」
ホールに集まっている人にも聞こえるように彼女の今までの罪について全てを公表する
「・・ということがあった、今日も先ほど私の目をかいくぐり、ヒイロ嬢のドレスに赤ワインをかけたのだ!
見てみろ、彼女のドレスを!!この罪からもミント嬢の性格の悪さと、罪の深さがわかるだろう!だから私はミント嬢との婚約を破棄し、ヒイロ嬢と婚約する!」
そういい、まだ涙目のヒイロを抱き寄せた。
(決まった・・!)
「「「・・・今日も・・?」」」
3人とも信じられないという顔をしていた。
無理もないだろう。
「今なら、懺悔を聞いてやる!ミント嬢出てこい!」
再度ミント嬢に聞こえるよう大声で伝える。
流石に家族が捉えられるかもしれないとなれば、彼女も出てくるだろうと思っていたが、
彼女は一向に現れない。
「ミント嬢!!!いい加減にしろ!」
再度叫ぶが、当たりは静まり返ったままだ。
そのとき、入り口に立っていた兵が叫ぶ。
「み、、、ミント・アルフォンス嬢のご入場です!!!」
「は?」
扉が開くと、ミント嬢がいつものように眠そうな顔で、階段を降りてくる。
「・・?どうしたの・・?」
今までいなかったことにし、今日の罪だけでも逃れようとしているのか、と
さらに怒りが増す。
「ミント嬢!見損なったぞ!!君の犯した罪は既にここにいる全員が聞いている!」
「罪?」
「聞いていたくせに、白々しい・・まぁいい。もう1度君の罪を教えてやろう!」
「はぁ・・」
「XX月XX日、学園でヒイロ嬢に私に近づくなと脅したそうだな!!」
「XX月XX日なら私は登校しておりませんよ、セグルド公爵邸に呼ばれていたので」
「嘘をつくな!」
辺りを見回し、セグルド公爵を見つけると、真偽を確認する。
「・・ミント嬢は我が家へおいでくださっておりました。朝から夜までいらっしゃったのは私と妻が証明しましょう。」
険しい顔のセグルド公爵が大きく頷く。
「・・では、この間の舞踏会でヒイロに赤ワインをかけた件については!」
「この間??あぁ、チャールズ殿下が私に出なくていいとおっしゃった舞踏会ですね、行ってないですよ。めんど「ゲホッ」・・招待状がなかったので、入れませんよ」
・・・確かにあの舞踏会は王室で主催しており、いくら婚約者だからとは言え、
安全性のため招待状がなければ入れない。
その後も、ヒイロが被害に遭った事件や事故についてミント嬢を問いただしたが、
どれもミント嬢がやったという証拠がない。
「逆に聞きますが、チャールズ殿下。そこのヒイロ嬢以外に私が彼女を傷つけているのを見た人はいるんですか?」
そう言われると、ヒイロ以外からの報告などはなかった・・
そして腕の中のヒイロはカタカタと震え、顔色も真っ青である。
最初は、ミント嬢の前に立ち恐怖で震えているのだと思い、しっかりと抱きしめたが・・・
「ヒイロ・・・・?」
「わ、私を疑うの!!!??チャールズ!?あの女よ、あの女が今日も私に赤ワインを・・!!!」
「ふむ、、ヒイロ嬢、残念だね。」
ミント嬢は辺りをちらりと見るとそう呟く。
「今日この会場で赤ワインは出ていないよ」
ミント嬢にそう言われ、はっと思い出す。
以前、赤ワインをひっかけられ、ヒイロは赤ワインを見るのも嫌だろうと思い、
今日の舞踏会で赤ワインは用意していない・・
「そ、そんなわけない・・!!あなたはさっき私にワインを・・!!」
「だいたい、今きた私にそんなことできるわけないでしょ・・」
「い、今きたのだって嘘よ!私にワインをかけてから入り口に戻って・・」
「あのね、ヒイロ嬢、もう1つ勘違いしているようだから教えてあげるけど」
ミント嬢はツカツカと私とヒイロに近づくと手を伸ばしてくる。
「私この場所にいないのにどうやってグラスに触るのさ。。」
そういって彼女の手は私とヒイロの体を貫通した。
それを見て、彼女の魔法について思い出した。
彼女の魔法は「夢」である。
予知夢を見たり、夢占い、そして夢遊。
寝ていても自身の分身を好きな場所に現せる魔法だ。
つまり、今の彼女は肉体を持ってきておらず、物に触ること自体不可能なのだ。
「ミンティ!!!なんでこないんだよ・・!」
「お姉さまと一緒に踊りたかったのに・・」
兄弟たちは肉体を持ってこなかった彼女へ愚痴をこぼし、
父であるアルフォンス公爵も「たまには参加してくれ」と眉間を押さえた。
「は・・?そんな魔法使えるわけ・・?」
先ほどまでの可憐な姿とは違ってイラつき爪を噛むヒイロは
自身の愛した女性像とは全く異なる・・
「貧乏生活から解放されるためにようやく皇太子と婚約できるっていうのに・・邪魔しないでよ!!!」
とヒイロらしくないほどの大声で、ミント嬢に襲い掛かる。
もちろん今の彼女には物理攻撃など何の意味も持たない。
「騙されていたのか・・」
舞踏会が始まる前の高揚していた気持ちが真っ逆さまに落ちる。
膝をつき、怒り狂い、何とかミント嬢を攻撃しようとするヒイロを衛兵たちが押さえ、
連れて行く。
ヒイロはハッとしたように「チャールズ助けて・・!ミント嬢に騙されないで」と叫んでいたが、
後の祭りである。
「・・・・・」
婚約破棄を意気揚々と伝えた手前、なかったことにしてほしいとは言えない。
何なら、王位の剥奪などの自身の今後も一瞬浮かんだが、
それ以上にミント嬢の名誉を多くの貴族の前で貶めてしまったことが
何より、申し訳なかった。
「ミント嬢・・・すまなかった」
本来、皇太子などは頭を下げるべきではないと教わってきた。
しかし、これで最後になるのであれば、皇太子として、頭を下げたかった。
流刑になって彼女にもう会えないなら、受け入れてもらえなくても謝意は伝えたかった。
「チャールズ殿下・・」
気持ちは受け取ってもらえただろうか・・と思い、顔を上げる。
するとそこにはいつも通りの眠たげな顔、しかしいつもと違い、顔には呆れたと書いてあった。
「あのねぇ・・私の能力知ってますよね?」
「あ。あぁもちろん・・」
「じゃあ聞きましょう、私がこの未来を予知できなかったと思います?
なんならそれで何も対策を練らずに、ここにホイホイ出てきたと?」
ミント嬢の予知が外れることがない。これは貴族だけでなく、この国のものなら誰でも知っていることだ。
「あなたがあの変な女に気持ちを引っ張られる1ヶ月以上前からこの結末まで知っていましたよ・・」
「な!ならなぜもっと早く・・」
教えてくれなかったのか、と聞く前に彼女が口を開く
「あのねぇ・・教えてあげたくてもどっかのバカ殿下は私のところには一切来なくなったんでね」
そうだった・・彼女の元を訪れなかったのも自分だ・・。
月に1回会いに行く時間すらなぜ惜しんだのだろうか・・
「はぁ・・・一応教えて差し上げますけど、国王陛下、皇后陛下と
今日参加されている貴族の皆々様はこの結末をご存知でしたよ・・」
私が伝えたので。と続ける。
「そしてチャールズ皇太子の待遇も私に任せると国王から承っております。
つまりですね、あなたが即時王位剥奪されるかは私の判断次第というところです。」
眠たげな顔でニヤリと笑う。
「・・処刑したければ、すればいいさ、私は君を信じてあげられなかっただけではなく、
皆の笑いものにしようとしたんだ。・・すまない。」
「そうですねぇ・・」
とミント嬢が考える。
そしてにこりと笑うと
「殿下が私に初めてくださった花をプレゼントしてください。」
「え?」
「・・覚えていらっしゃらないと思いますが!!1ヶ月以内でお願いします!それを超えたら王位剥奪ということで!」
そう言い残すと彼女は、すっと消えた。
どちらかと言えば、肉体に戻ったのだろう。
そしてその時になってようやく、ミント嬢・・ミンティと初めて会った時のことを思い出した。
父に連れられ、訪れたアルフォンス領地で、
活発なアルフォンス家の兄と仲良くなり、最初はアルフォンス兄と遊んでいたが、
兄と走り回っている間に木陰になっているベンチで眠っている少女がいた。
キラキラとした金髪で色白の肌。
本当の天使がいると驚いたものだ。
そしてその天使はうっすら目を開け、
「王子様だ・・」とふんわり笑ったのだった。
そう、その時彼女に恋をしたのは自分だった。
そしてたまたま近くに生えていた花を彼女の金色の髪につけてあげた。
・・彼女が今日着ていたドレスと同じ薄紫色の小さな花を。
彼女はきっとずっと自分を想ってくれていたんだ。
そしてこうなることを知り、周囲に事情を話し、即王位継承権を剥奪などされぬよう
手を尽くしてくれたのだろう。
・・自分が行かなくなってからも待っていてくれたのだろうか・・
そう思うと申し訳ない気持ちと共に彼女への愛が戻ってきた。
周囲の貴族へ謝罪し、アルフォンス公爵にも謝罪した。
公爵は娘から聞かされ、まさかとは思っていたが、今後同じことがあれば
娘が許しても命がないと思えと言われ、肝に銘じる。
こうして、私の婚約破棄物語は失敗として、終わるわけだが、
この時の私は知る由もなかった、彼女にあげた薄紫の花が
希少種でこの国ではほぼ絶滅しており、
穏便にすませたように見せかけ、彼女がめちゃめちゃ怒っていることを。。