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バカでもできる異世界イデオロギー  作者: 清水薬子
呪い転じて祝福となる
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呪いの森

 レオネオから村に戻るまでの帰り道で、森から飛び出した大きな猪に襲われた私は、マギノキューブを使ってなんとか討伐に成功した。


 男衆に手伝ってもらいながら、村に戻った私を出迎えたのは、開拓村で古株のレンダ婆からの罵倒だった。


「呪いの森が怒っている! アンタが呪いを拾って、村に持ち込んだんだ! あの狼だって、きっとそうだったに違いない! 言い伝えに背いた村に罰が来るよ!」


 これはいわゆる、『異変が起きた事を知ると、古の伝承を思い出してパニックになる婆さん』というやつだ。

 なお、この開拓村は五年前に出来たばかりなので、レンダ婆の言葉は村の中でも半信半疑である。


「おいおい、婆さん。ハルカが嫌いだからって、そんな乱暴にケチを付ける奴があるかよ」


 私よりも先に、見回り隊の青年が野次を飛ばす。

 レンダ婆は今にも蛙を捻り潰しそうな目で青年を睨んで「黙りな!」と叫ぶ。


「レンダさん、その言い伝えというものを余所者の私は知りません。教えてもらいたいのですが、まずは腹ごしらえをしませんか?」


 大人の私は、余裕のある振る舞いでレンダ婆を丸め込む。

 野菜やオートミール麦が主流の開拓村では、肉はかなりの贅沢品だ。


「さあ、この大猪(ビッグボア)の解体に名乗りを上げる者はいるか? 干し肉が食卓に並ぶぞ!」


 私が煽れば、日頃から食に不満を持つ悪ガキ三人衆が我先にと手を挙げる。

 育ち盛りの彼らにとって、一日一食は到底足りないのだ。


「何言ってんだい、アンタ! 呪いの森の獣の肉は、食べれば死ぬ猛毒だよ!」


 『災いの予兆』と村民が怯える理由が分かった。

 確信はないが、きっと過去にも呪いの森を開墾しようとした者たちがいた。

 その失敗談が、今も言い伝えとなって残っているのだ。


 この開拓村がどうなろうと、ぶっちゃけ客観的に見れば私には関係ない。

 それでも、僅かな縁から私に親切にしてくれた村長が愛した村である。


 解いてやろうじゃないか。

 その森の振り撒いた、呪いとやらを。


「いいや、違う」


 領主にさえ知られていない、貧相な開拓村。

 元の世界に帰る手がかりが見つかるまで、この村を盛り上げてやるのも悪くはない。


「呪いなんて存在しない。これは、村の発展の礎になる」

「はあ? アンタ、何を言って」

「これは祝福だ。この大猪の肉は、これから私たちの食事となり、血となり、肉となり、やがては薬となる」

「!」


 レンダ婆の目を真っ直ぐに見据えながら、私は宣言した。


「私は、呪いの森の獣を食らう方法を、知っている」


 村人たちが息を飲んだ。

 誰もが信じられないという顔をしている。


「みんなは、どうして呪いの森に近づいてはいけないか、知っているか?」


 一人ひとりに視線で問いかける。

 言い伝えはみなが知っているようで、ポツポツと答えが返ってきた。


「森の木を薪にした奴は、大火傷を負った」

「森にある泉を飲むと、四日も寝込むと聞いたわ」

「獣が危ない!」


 それらの解答を聞いて、私は頷く。

 まずは前提知識の合致こそが、説得に必要なのだ。


「そうだ。では、どうしてそうなるかは知っているか? どうして森の木で作った薪は爆発する? 森の泉を飲むと体を壊す? 獣の肉は猛毒となる?」


 誰も答えない。

 危険だと遠ざけた事で、その原理を解き明かすには至らなかった。それよりも、生きる事に必死だったからだ。


「森には魔力が満ちている。あまりにも濃いから、私たちの体は影響を受けてしまうのだ! ならどうすればいいのか? 答えは簡単だ。その魔力を取り除いてしまえばいい!」


 マギノキューブの原料は、『魔鉄鋼』と呼ばれる金属だ。

 その作り方は極めてシンプルだ。

 魔力のある獣から魔石と呼ばれる物質を取り出し、マギノキューブを用いて循環させると金属のようになる。


 そう、魔鉄鋼は金属ではなく、生物由来の物質なのだ。

 なんでも、発見した人が魔鉄鋼と言い張って譲らなかったらしい。


 生き物はマナを循環させて澱みを解消するが、魔力に汚染された生き物は体内に更なる澱みを生み出す。

 それが魔石である。

 魔石がある限り、魔力は澱み続ける。取り除いてしまえば、大気中のマナによって循環し、無毒化するのだ。

 って、魔導工学の教授が講義で言ってた!!


 へへん、凡愚の私にそんな頭のいい結論に辿り着けるわけがないんだよなあ。

 いやあ、この知識があればお肉増えると閃いた過去の私に乾杯。気分はルネッサンスだ。

 過去の知識人に感謝感謝、またいっぱい学びたいな。スタディ!! ディ! ディ! ディ! お勉強は嫌だよ!




 ……。




 ふう、ひとしきり興奮したらテンションが落ち着いてきた。

 後は実践するだけだ。


魔石(マギアストーノ)特定(アイデンティゴ)


 オリジナルのマギノキューブが変形し、スキャナーとなる。

 それを大猪に向ければ、すぐに魔石の場所がわかった。

 左の太腿にあるそれをマギノキューブで摘出する。


「うむうむ、魔力の澱みが急速に解消されている。干し肉になる頃には、すっかり無毒化されているだろうね」


 この世界にオーブンはないので、干し肉を作るには天気の良い日に天日干しするしかない。

 せっせと肉を切り分ける男衆と果実を熱して作った調味料に漬け込んでいく女衆たち。

 口々に干し肉の完成を楽しみにしている様子である。


 作業風景を見守っていると(やんわりと戦力外通告を受けたのは内緒だ)、レンダ婆が杖を突きながらどすどすと近づいてくる。


「アタシゃアンタを信用してないよ」

「構いませんよ。その代わり、信じてたのにって怒るのはナシです」

「ムカつく性格してるわね」

「そこはお互い様です」


 軽口の応酬を何度か繰り返すと、レンダ婆は満足したのか鼻を鳴らして家に戻ってしまう。

 あれでも、産婆として村ではかなり地位が高い。

 露骨に邪険には出来ないのだ。……まあ、かなりの頑固者としても知られているので、村人たちが私に同情したり庇ったりしてくれている辺り、お察しである。


 呪いなど、日本にいた頃の私なら鼻で笑っただろう。

 神や仏に縋るのも、受験期の時だけだった。

 だが、ここは異世界だ。

 魔法や魔術が存在し、魔導工学によるマギノキューブが身近にある。


 調べてみるか。

 『呪いの森』に纏わる言い伝えとやらを。


 まずは、村人たちと交流を深めつつ、探りを入れてみよう。

 私の味方でいてくれる者は増えたが、それでもやはりまだ余所者である事には変わらない。

 情報を得るには、信頼の構築が必要不可欠だ。

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