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バカでもできる異世界イデオロギー  作者: 清水薬子
呪い転じて祝福となる
8/14

スキル、魔法、魔術、魔導工学、魔物

 レオネオは、もはや私の陣地と言っても差し支えない。

 村人が寄り付かないのをいい事に、私は暇さえあればレオネオを探索しては何かないか探っている。


 レオネオの中にある教室にて、私は悪ガキ三人衆ことリト、ミゲル、シェリルにマギノキューブの使い方を教えていた。


「先生、スキルと魔法と魔術と魔導工学って何がどう違うんですか?」


 三人の中で最も狡猾なリトが手を挙げて質問する。

 こいつはいつも私が来て欲しくないなと思う質問ばかり投げかける意地悪な子どもである。ぶっちゃけ嫌いだ。


「いい質問ですね。まずはスキルについて説明しましょう」

「その棒なんだよ」

「下手っぴ」

「煩いですよ」


 私の手書きのイラストを眺めて文句を垂れる子どもたちを無視して、説明を始めた。


「スキルとは、人工的な奇跡です。例えば、何もない空間からいきなり炎が出てくる事はありませんね。スキルは、体内のマナを消費して、とんでもない事をします。

 マナとは、目に見えない謎の何かで、その正体はよく分かっていません。ですが、このマナが澱むと魔力となり、魔力に汚染された獣が魔物になると言われています。

 ですが、誰もがスキルを使えるわけではありません。そして、スキルを手にする為の条件や法則は、まだ謎に包まれています。

 それでもスキルのように奇跡を起こしたいと願った人々は、スキルの代わりに魔法や魔術を編み出しました」


 なるべく短く説明しているが、果たしてこれで伝わるのだろうか。


「魔法とは、特別な呪文を唱えたり、ルーン文字と呼ばれるマナに働きかける文字を使って、体内のマナを消費して炎や水を発生させます。

 つまり、魔法とは文字や言葉を使ってマナを動かしているんです」


 子どもたちの反応を伺うが、しれーっとした顔をしていた。

 分かっているのか、分かっていないのか、判断に悩む。


「魔法には文字と言葉の意味を知った上で、たくさんのマナが必要になります。ほんの少しの人たちしか使えませんでした。これでは使いにくいね、という事で、新たに魔術というものが作られました。

 魔術は、魔法に比べて必要になるマナの量が減り、覚えないといけないのは呪文だけになりました。その代わり、魔法よりも威力が低いです」


 子どもたちの反応が薄い。

 なんだか不安になってきた。

 教師というのは、こういう恐怖や不安に乗り越えて教壇に立っているのか。講義中に寝落ちしてごめんなさい。


「魔法も魔術も、お勉強できる人たちだけしか使えませんでした。そうなるように偉い人があれこれしたせいでもあります。でも、それだと不便だよね、という事で魔導工学ができました。

 魔導工学は、魔法や魔術の知識を詰め込んだマギノキューブを使う事で、より少ないマナで魔法が使えます。勉強する時間も減るので、とっても便利です。

 ここまでで質問はあるかな?」


 子どもたちは首を横に振る。

 ほっと胸を撫で下ろした。

 なんでなんで攻撃は、かなり疲れるのだ。


「さて、今日の授業はマギノキューブの色についてです」


 オリジナルとされるマギノキューブには、それぞれ持ち主によって色が違う。

 マギノキューブの原材料である『魔鉄鋼』が、マナに反応して色を変えるからである。


「色付きのマギノキューブは、オリジナルといいます。他の人のマギノキューブは使えますが、とある理由によって大変になります」


 この世界の魔法は、六元素に基づいて分類されている。

 炎に関連するもの、水に纏わるもの、土に帰属するもの、風としか表現できないもの、そして光と闇。


「どうやら、マナには六つの属性があるようです。魔法はマナを消費する事で使えるのですが、マナの属性によって使える魔法が変わってきます。

 赤は炎、青は水、緑は風、白は土。

 それぞれの色に対応した属性の魔法が扱いやすくなると言われています。逆に、別の属性は使いづらいんです」


 属性の話をした途端、子どもたちはソワソワとし始めた。

 こうなるともう私の話より魔法の方に意識が向くので、ちょうどいいとばかりに気分転換を提案する。


「では、外に出て実際に使ってみましょう」


 あとは簡単なキーワードを子どもたちに教え、実際にやらせて、その感想を聞く。

 授業というにはあまりにお粗末で場当たり的だ。


 だが、レオネオで教鞭を取っていた学者たちはとうの昔に消えているし、戻ってくる気配はない。

 勝手に施設を使っても、誰も怒らない。


 子どもたちが好意的にマギノキューブを語る影響もあって、この世界に来た時にあった未知への恐怖はかなり薄れている。

 ただ、何人かの石頭はやはり未知に対して懐疑的だ。


 子どもたちを教育する必要性は、ぶっちゃけない。

 だが、それはあくまで短期的な視点でという話だ。

 子どもたちがマギノキューブを上手く扱えるようになれば、ゆくゆくは村に多大な貢献をするかもしれない。


 難しい講義の内容を抽出して、簡単に説明する手間はあるが、私の村での地位を確固たるものにする為と思えばやぶさかやぶさめカルメ焼きである。


「先生のマギノキューブは青だから、水属性ですよね。水を使って飲めば、井戸を汲まなくていいんですか?」


 リトが、難題をぶつけてきた。

 水が作れるなら、それを飲めばいいじゃないか。

 魔法使いならば、必ず一度はぶつけられる純粋な疑問である。


「それが、魔法で作った水は、健康に良くないんです。マナの濃度が高すぎて、お水というより魔力に近いものになっているんです。なので飲むとお腹を壊しちゃうんですね」


 森が切り拓かれていないのも、魔力が理由である。

 森にはマナが溜まりやすく、自生する植物の多くは高濃度の魔力が宿っている。これが厄介なのだ。

 森の湧き水を飲んだら、体内のマナが異常活性してしまい、体調を崩す。

 森の木を切り倒して薪を作ろうものなら、燃え過ぎて一酸化炭素中毒。

 森の薬草はだいたい毒。森の土は魔物になることもある。

 森の獣の肉は猛毒となる。飢えていても、食らってはいけない。


 マナはいいが、魔力はヤバい。

 これは魔法使いの常識なのだ。


 もっとも、体内のマナが摂取した魔力よりも多ければ、プラスの効果に転じるらしいが、森の魔力は下手すると人間の千人分に匹敵する。

 まずは危険性を十分に認知させなければならない。

 悪ガキ三人衆は、目を離したら本当にイタズラしかしないからね。

 この前もカマキリで寝起きドッキリされたもんな。


「じゃあ、魔法の水で畑に水やりしたら……」

「枯れる可能性がありますね。試す前に、その辺の雑草で試してみるべきだと思います」


 リトが興味なさそうにふーんと言う。

 さてはこいつ、私に畑の水やりをさせようとしていたな。


「畑なら、水属性の私よりも、土属性のリトさんの方が様々な応用ができるでしょうね。その為にも、文字の読み書きを勉強しましょう。そうすれば、いちいち私に聞かなくても、どんな機能が使えるのか好きな時に確認できますからね」


 大学に通っていた頃の教授のようににっこりと微笑むと、リトは心底嫌そうな顔をしながら頷いた。

 しかし、授業とプライベートを切り分ける作戦は、意外にも上手くいっている。先生モードだと、子どもたちは比較的素直に話を聞いてくれるのだ。


 程よく子どもたちに教えた後、ちょうど夕暮れとなるので、村に戻って食事を取り、村長の家で講義の内容を聞きながら眠る。

 私の一日は、だいたいがこんなルーティーンだ。


 だが、その日は違った。

 夕焼けに照らされた村までの道を歩いている中、ふと気になった。


「夕日ってこんなに赤かったっけ?」


 ポツリと呟く私の言葉にシェリルは首を振って否定した。


「こんなに赤いの、おかしいよ。まだ夏なのに、お日様が血みたいに赤い」


 昨日の夕焼けは確かに柔らかな橙色だった。

 だが、今日の夕日は血のように赤い。

 森から飛び立つ鳥の群れに、何か嫌な予感を覚える。


「腹減ったから、早く村に帰ろっか」


 子どもたちを無闇に不安にさせるわけにはいかないので、胸の内に嫌な予感を秘める。

 きっと気のせいだ。勘違いだ。

 そう思いながら、村までの道が後少しと言う所で、私のマギノキューブが反応する。


「村まで走れ!」


 子どもたちが目を見開く。

 説明する暇も、余裕もなかった。


(シリルド)!」


 キーワードに反応してマギノキューブが変形し、一つの盾となる。

 構えるや否や、森の茂みから飛び出した巨大な塊が私の盾に激突した。


「ぐっ!」


 碌に鍛えていない私は、いとも容易く弾き飛ばされた。

 ゴロゴロと地面に転がる私の元に、立方体に戻ったマギノキューブが飛来する。


 オリジナルのマギノキューブは、どうしてもコモン型の武器や防具と比べて装備した際の性能が劣る。

 コモン型のマギノキューブを取り出し、別のキーワードを唱える。


(リヴァレンチ)


 小さなマギノキューブは、ショートボウと呼ばれる弓矢に変形する。

 付き合いで師事を受けた程度だが、狙いをつける為の補助具が備えてあるので、命中精度は無駄に高い。


水矢(アグゥアサーゴォ)


 水で模った矢を弓につがえ、弦を引く。


 子どもたちに狙いをつける猪が、その先にいた。

 猪は、害獣である。

 日本でもニュースとなるほどである。

 その猪に似た生き物が、森から飛び出して子どもを狙っている。

 動物愛護とか、理想論を語る余裕はない。


 がむしゃらだった。

 痛みに悲鳴をあげる体を無視して、猪の目を狙って射る。

 寸分の狂いなく、矢は猪の眼球を打ち抜き、さらに体内に侵入して内部から攻撃を加える。

 あまりの衝撃に、巨体を誇る猪の体が一瞬、宙に浮いて、それから地面に倒れて痙攣した。


「死んだ……?」


 ミゲルが呟く。


 ズキズキと痛む右足首を庇いながら、私はマギノキューブを剣に変形させて振り上げる。

 猪の首に突き立てた。

 咽せ返る血の匂いに顔を顰める。獣は生命力が高いと聞く。

 痙攣すら止まるまで、何度か剣を突き刺す。


「リト、ミゲル、ミシェル、村に戻って大人たちを呼んできてくれるかな」


 子どもたちは、猪に狙われた直後だというのに、今夜は肉だとはしゃぎながら村へ駆けていった。

 ふふ、大人の気遣いだと思うだろ?


「……ちびったの、バレてないよね」


 そっとマギノキューブで衣服の汚れを洗浄しながら、私は屈辱と羞恥心に火が吹く顔を冷やすのだった。

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