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バカでもできる異世界イデオロギー  作者: 清水薬子
呪い転じて祝福となる
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未知に怯える者、価値に期待する者

 ひょんな事から異世界に迷い込んだ平凡な女子大生の桜木春香こと私は、たまたま助けた老人によって村での滞在を歓迎される。

 開拓村の村長であった老人は、曽祖父が異世界から来た“マレビト”であった繋がりで私に親切にしてくれる。学校に通っていた経緯から、村人が見つけた謎の金属製の立方体の正体を解明して欲しいと頼まれた。

 特に他にやることもなかったので、私は村の悪ガキ三人衆ことリト・シェリル・ミゲルと共に謎の立方体が見つかった所を捜索。またもや謎の洞窟を発見した。

 さらに調査を進めた結果、どうやらそこは教育施設『レオネオ』といい、謎の金属製の立方体は『マギノキューブ』と呼ばれる魔導工学によって生み出された魔道具の一つである事を暴いた。





 私の報告を聞いた村長は、マギノキューブの更なる可能性に期待を寄せている様子だった。


「おお、魔法が使えるようになるとは!」

「いえ、魔法ではなく、正確には魔術なのですが……」


 どうやら、この世界には魔法王の逸話は残っているが、戦争などの影響で多くが失伝しているらしい。

 この開拓村にいる住民も、ほとんどが家業を継がなかった四男五男などが一縷の望みをかけて開拓業に従事している。

 学校がないのも、農業や畜産に人員を割いているし、そもそも誰も学校に通った事がないので教育の重要性が分からないというもの。


「子どもたちに重要な仕事を任せるわけにもいかず、持て余しておりました。魔法使いは一人でもいれば、村の開拓事業が拡大します。やはりハルカに任せて正解でしたな」

「あー、あははは……」


 開拓村とは言うが、近くの街や都市まで馬で一週間ほどかかる。領主すら存在を認知しているのか怪しい状態だ。

 なんでも、この辺りは『呪いの森』と言われていて、領民ですら近づかない。

 よって、周辺の村や街からの支援は期待できないのだという。


「実は、昨日の晩から村の近くを徘徊する獣がいると相談が来ているのです。夜間の見回りを強めているのですが、なかなか人も少なく手が回らなくて……」


 魔導工学とは、魔法の素質やスキルのない平民でも身を守れるようにする為に考案された学問である。

 詳しい知識がなくても、マギノキューブを使う事で擬似的に魔法に近しい事を実現させる。


「なるほど。マギノキューブの使い方を村人たちに教えれば、獣に対抗できるかもしれません」


 自警団もいるっちゃいるが、やはり日頃は生きる為に農業に勤しむ人たちだ。

 夜間の見回りは次の日に影響が出る。長引けば、さまざまな弊害が起きるかもしれない。


 え? 一番マギノキューブに詳しい私が獣の討伐に名乗りをあげるべきだって?

 いやいや、冗談を言ってはいけないよ。

 マギノキューブ探索の為に村とレオネオの往復だけで、私の足は筋肉痛でパンパンだ。そんな私が野生の獣とスピード勝負で勝てるわけがないだろう。


「では、見回りを担当する男衆を集めましょう。マギノキューブの使い方をざっくりとですが、教えます。村長の命令という事でいいですか?」

「え? 構いませんが、今から、ですか?」

「はい。こういうのは、スピードが肝心ですから」


 私はいくつか回収しておいた漆黒のマギノキューブを抱え、村長の家から出て見回り要員を呼びつけた。


 私がこの村に滞在するにあたって、村人からマギノキューブに向ける畏怖は少しでも早く解消しなければいけない。

 未知への恐怖が転じて私への怒りに変わるかもしれないからだ。


 集まった男たちは、みな一様に逞しい筋肉をしていた。

 畑仕事を終え、夕日に照らされた筋肉にはうっすらと汗が浮かんでいる。大変に暑苦しい。

 小さい開拓村ではあるが、その数は十五人となかなかである。見回りの担当ではあるが、武器は粗末な棍棒しかなく、場合によっては農具を手にしていた。

 ちょっと頭を抱えたくなったが、気持ちを切り替える。


「さて、これから村を見回るみなさんに武器と防具を配布したいと思います」


 男たちは顔を見合わせる。

 開拓村では、鉄などの資源は建物の建築や蹄鉄、農具に回される為、なかなか武器にまで供給が追いつかないのだ。


「武器と防具といってもよお、アンタの持ってるのは、変な金属の塊じゃねえか。見れば見るほど、気味が悪ぃな」

「数日前に見つかったこの金属製の立方体、これに呪文を唱えると武器になるんです。よく見ててくださいね。グラーヴォ」


 漆黒のマギノキューブが形を変え、一振りの剣となる。

 重さはなく、紙のように軽い。


 男たちが目を見開いたのを見て、私は上手くいっている事に手応えを感じる。

 いいぞ。便利だと思うほどに、未知への恐怖は期待に変わる。


「次は鎧ですね。そこの青年、前へ」

「俺っすか」

「これ持っててくださいね。ブルストキュラソ」


 青年のシャツの上に、マギノキューブが変形して漆黒の胸当てとなり、急所を守る。

 キーワードを知らなければ何の役にも立たない金属の塊だが、適切なキーワードを使えれば万能に早変わり。


「村長からの命令で、見回りの人たちに武器と防具を貸す事になりました。これで獣に対抗できるはずです」

「はあ……」


 まずは有用性を知らしめて、それからマギノキューブの活用には文字が必要不可欠である事を伝える。

 ふふふ、人間というものは、一度でも生活水準が上がると、そう簡単には下げられないのだよ。ましてや、安全性ともなれば顕著。


「では、じゃんじゃん獣を狩ってくださいね!」


 安全圏から良い報告を待つだけ。

 いやあ、楽なもんですわ!


 出発した見張り隊を見送りながら、私はむふふとほくそ笑むのであった。




 開拓村における私の地位は、実は結構低い。

 村長が家に連れ込んでいる不審者。子どもたちを連れ回している変な人。

 私の中身はこんなにマトモなのに、悪ガキ三人衆のせいで警戒されているのが実情だ。

 しかし、そんな村人たちから向けられる、怪訝そうな眼差しともおさらばだ。

 何故ならば、見回り隊が獣の討伐に成功したからである!


「ハルカ! いやあ、ウチの旦那がアンタのおかげで助かったって喜んでたよ! 狼に噛みつかれても、防具を着込んでいたおかげで食い破られずに済んだってね」

「いえいえ、村の為ですから〜!」


 むふふ。村を歩けば他人の功績に貢献した私を褒める声がする。こんなに愉快な事はない。


 漆黒のマギノキューブは、いわゆるコモン属性である。

 色付きと比べると運搬する手間が増えて使い勝手は落ちるが、武器防具として運用できる為、キーワードさえ覚えれば便利なのだ。


 そこそこの地位向上を獲得した私は、ようやく大手を振って街を歩けるようになった。

 見回り隊の装備は充実したし、私は尊敬されるしでウィンウィンである。


 ……問題は、マギノキューブを扱う為の講義を理解できるのが、私だけというところだ。

 その謎も、つい先日解明した。


鑑定(タクソ)


 マギノキューブが変形し、私のステータスを表示する。

 人の素質を数値化したなかに、一つのスキルがある。


 言語理解(リングヴォコムプレノ)

 あらゆる言語でのコミュニケーションを可能にするというスキルだ。


 この世界では、スキルは人工的な奇跡といわれている。

 少なくとも、魔導工学ではそのように定めている。

 魔法や魔術は文字や発声にて条件を整え、たくさんのマナを費やして望む効果を引き起こすのに対して、スキルはそのような手間すら必要ない。


 スキルの中でも細かい区分があるけれど、私の言語理解は常に発動するタイプのものだ。

 言葉を習得する為にも時々は切り替えている。

 そのおかげで、最近はスキルなしでも言葉が分かるようになってきた。


「おっと、もうこんな時間か。早くレオネオに行かないとアイツらに怒られる」


 悪ガキ三人衆は、マギノキューブに興味津々で、私に講義の内容を解説しろとせがんでくる。

 村長の家にまで押しかけてくるほどであり、その情熱っぷりは悪ガキとは思えないほどだ。


「さて、今日も授業しますかね」


 おおむね、私の異世界生活は順調な滑り出しを迎えている。

 だが、これが嵐の前の静けさだと気づく事はできなかった。

マギノキューブのなかでもコモン型は、宙に浮かばないので持ち運ぶ必要があります。村民が見つけたのは、コモン型でした。

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