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『キューブ』の正体

 ずび、ずび。


 村に戻る道の中、夕日に染まった空に響くのは、子どもたちの鼻を啜る音である。

 リト発案のちょっとした探検のつもりが、気がついたら迷子になってしまったらしい。


 べしょべしょ泣く子どもたちを説教する気も起きず、時間も時間だったので、レオネオの探索は切り上げて村に戻ることにした。


 村に到着するなり、子どもたちは私の方を見向きもせずに各々の家に駆け込む。

 その背中を見送って、私は深くため息を吐いた。


 最低限の成果は得られたが、途中で調査を切り上げる羽目になった。

 村長になんと報告するか頭の中で整理しつつ、村の中の一番大きな建物であるタウンハウスを目指す。


「おお、戻ったようですねハルカ。調査はどうでしたか?」


 椅子に座った村長が私を出迎える。

 私は床に座りながら、洞窟にあった出来事を話した。

 話を聞いていた村長は、難しい顔をする。


「ふむ。やはりその『キューブ』は人工的なものでしたか。そして、レオネオという施設について聞いたこともありませんな。我々が開拓村を作って五年ほど、村は平和そのものでした。誰が、何のためにその施設を作ったのでしょう」

「明日、またレオネオに赴いて調査してみます。この『キューブ』の使い方が分かれば、村の発展に貢献できるかもしれません」


 村長が頷くと同時に、村の女衆の一人が建物の扉を開けて夕餉の支度が整ったことを知らせる。

 村の規模が小さいため、各家で調理するよりも、大きな竈門一つで一気に調理した方が薪が安く済むという理由で食事は配給制である。

 今日も薄いオートミールのスープで飢えを凌いで、寝具というには粗末な藁の上で寝て一日を終える。


 そして、そろそろストレスを迎えそうな体に鞭を打って起きた時。

 そこには、昨日の子どもたちがいた。


「おせえよ」

「寝坊助」

「おはようございます」


 口を開いた順から、ミゲル、シェリル、リトである。

 今日も今日とて生意気そうな顔をしている二人は置いておいて、問題はリトだ。

 この少年、内気そうな顔をしていながら、一番のヤンチャであることは昨日のうちに判明している。他二人は面白そうという理由で乗っかったらしい。


「何故ここにいる」


 寝起き直後の不機嫌マックスな顔で睨みつけると、三人は顔を見合わせ、それから満面の笑みで告げた。


「探検の続きが気になった」

「昨日は全然調べられなかったもの」

「僕も『キューブ』について調べたい」


 昨日の今日で、もう迷子になった恐怖を克服したらしい。

 しかし、一晩で気力が戻った私は腕を組んで不機嫌アピールを強める。


「昨日、私の指示を無視した君たちを連れて行くわけがないだろう。村に残って親の手伝いをしなさい」

「やだ」「嫌よ」「調査の方が大事」


 ……もしやこいつら悪ガキ三人衆か?

 嫌な予感のする私を肯定するかのように村長が肩を竦めた。


「すみませんね、ハルカ。この三人は、なかなか遊ぶこともできなくていつもイタズラばかりするんです。良ければ、調査に連れて行ってやってください」

「ま、まじかよ……」


 絶望した私の近くを子どもたちがわーぎゃー叫び回る。

 こうして、私は急かされながらレオネオの探索にまた出掛けるのであった。


「……言っておくけど、またいなくなっても私は置いて帰るからね」

「俺たちガキじゃねえしババアのお守りなんぞなくても家に帰れるわ」

「そうそう、子ども扱いしないでよね」

「お宝は見つけた人が総取りでもいいですか」


 レオネオに到着するなり、子どもたちはすぐさま散り散りになる。

 もういいや。放置しよ。どうなっても知らん。


 昨日、館内システムを復旧した影響か、洞窟内はぼんやりとした光に照らされている。

 S型六番の姿を探して、地下への階段を降りる。


「おはようございます、S型六番さん」

「おや、おはようございます」


 昨日よりも滑らかに人のような動きをしている。

 片手を挙げる動きもスムーズだ。


 昨日、村長に壁画の文字を見せてみたが、写しのノートを見た彼は無言で首を横に振った。

 実は文字の読み書きも怪しいらしい。

 文字を読めるのは、村の中でも私だけと言われてしまった。


 つまり、また調査は振り出し。

 何か知っているかもしれないのは、この謎のS型六番だけ。


「何か御用でしょうか」


 他の人型『キューブ』とは違い、S型六番には知性が宿っているように見える。

 いきなり襲いかかってはこないし、会話ができる。


「これが何か知っていますか?」


 私は『キューブ』をS型六番に見せる。

 相変わらず、不気味の谷現象を表現する顔のまま硬直する。


「そのマギノキューブがどうかしましたか」

「マギノキューブ?」


 『キューブ』の名前が早くも判明。

 手がかりを得た私は、さらにS型六番から話を聞く。


「マギノキューブは、どうやって作っているんですか?」

「すみません。マギノキューブに関する質問は、このS型六番ではなく担当の教諭にお尋ねください」

「教諭?」


 たしか、教師などを指す正式な言葉が教諭だったかな。

 レオネオは学校や教育機関という事なのだろうか。


「その教諭はどこにいますか?」

「館内システムから検索をかけます。どうやら、退出中のようです」

「いつ頃に戻るかは分かりますか?」

「不明です。マギノキューブについて詳しく知りたい場合は、図書館をご利用ください。ご案内しましょうか?」

「お願いします」


 S型六番の案内に従って廊下を歩く。

 昨日とは変わって、明かりがあるからか、あるいはシステムが復帰したからか、洞窟というよりも建物の内部と表現するのが適切なほどに様変わりしている。


 プロジェクションマッピング。

 壁や床を動き回る文字を見て、私は素早く結論を導いた。

 手を翳せば、影が生まれるからだ。


 動き回る文字も、村長たちと同じく、やはり日本語ではないのに、脳内では日本語に変換されて意味が分かる。

 これは本当にどういう仕組みなんだろうか。


「ここが図書館か」


 継ぎ目のない壁がある。

 それでも、S型六番が掌を壁に当てれば、壁が変形して空間が広がる。


「……この建物そのものが、巨大な『マギノキューブ』なのか」


 なんという技術力。その知識の一端を分けてほしい。

 部屋の中に入り、内部を見渡してみる。

 図書館というには、本の類が一冊も見当たらない。

 机と椅子が広がっているばかりだ。居心地が良さそうという他に感想の持ちようがないほどに、何もない。


「ここが図書館です。それでは、失礼します」

「あ、ああ。ありがとうございました」


 立ち去るS型六番を見送る。

 それから、私は図書館をもう一度見渡す。

 やはりそこに本の類はない。


「マギノキューブについて調べるには、どうしたらいいんだろう」


 途方に暮れ、ポツリと呟いた瞬間だった。



 ────ポーン



 小気味のいい電子音が響く。

 それから、電子音声がどこからともなく聞こえた。


「これよりレファレンスサービスを展開します。お困り事はなんですか?」


 レファレンスってなんだっけ。

 でも、図書館で聞いたことがあるような気がする。大学の授業でもレファレンスは大事とか役立つとか聞いたし。


「マギノキューブについて、その歴史の概略と使い方が知りたいです」

「マギノキューブの歴史と使い方ですね。学問の修了についてお伺いします。……おや、未入学者ですか。資料の貸し出しの前に、マギノキューブの作成をお勧めします」


 足元から部屋の奥にある机に向けて模様が浮かぶ。

 机を中心として大輪の花がいくつも咲いた。


「まずは、マギノキューブを作成しましょう。今、あなたの前にある机がマギノキューブ作成台です」


 腰より少し高めの机の上には、斜めの台が設置されている。

 それだけで、特に何の変哲もなさそうに見える。


「マギノキューブとは、マナと金属を混ぜ合わせて作成する魔導具の一種です。オリジナルのマギノキューブを作成する事で、他のマギノキューブよりも効率的に使用する事が出来ます」

「な、なるほど……?」


 村長から預かったマギノキューブが、S型六番のように扱えないのは、そういった弊害があったからなのだろうか。

 頑丈だから投げつけていた事を少し反省。


「台に両手を置けば、マギノキューブの作成が始まります」


 この世界に迷い込んで三日。

 始めは手がかりすらなかった金属製の立方体の謎がようやく解き明かせそうだ。

 生唾を飲み込み、私は台に両手を置いた。

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