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子どもは生意気なぐらいでちょうどいい(マジギレ三秒前)

 付箋とは、アイディアを書き留める簡易的なメモでもあり、本に使用すれば目的ページまでの道標となりえる。


「まさか、一定間隔で貼り付けた付箋が役に立つとは思わなかったな」


 最短で行き止まりを見つけた私が振り返った時、そこに見つけたのは、またもや三つに分岐した戻り道だった。

 どうやらここの遺跡を作った者は、相当に人を迷わせたいらしい。似たような壁、床、柱の死角になって見えない横穴。


 確信を持って言える。

 ここはなんらかの消防法に違反しているに違いない。

 子どもたちが戻らなかったのも、恐らく数分で探索が終わると道を進み、戻れなくなった。


 ノートを開いて、新しいページに簡単な概略図を書く。

 最初の分岐から最奥までおよそ二十分。

 その間に見つけた分岐は二つ。



              行き止まり ←

 階段 → 最初の分岐   二つ目の分岐→行き止まり

              行き止まり ←




 左には、子どもたちはいなかった。

 纏って動いたか、男女で分けて行動したかのどちらか。

 呼びかけも試してみたが、ここの地下に使われている壁や床、天井は音を反響させずに吸収するらしく、声が響かない。



 最初の分岐からまた進んでみる。

 今度は中央。もちろん付箋を一定の間隔で壁に貼っていく。


 途中で振り返る。

 やはり戻り道が分岐していた。


 階段までの道を正解とするなら、ハズレの道はすぐに行き止まりに辿り着く。

 引き返して別の道に進めばいいだけだが、知らない道で孤独に進むとなると、かなり堪える。


「リト、ミゲル、シェリル、聞こえたら返事しろ〜!」


 無駄だとは分かっていても、呼びかけを続ける。

 ひょっこり通路の影から顔を出してくれないかという淡い期待を込めて。


 しかし、行き止まりをいくつ見つけても、やはり子どもたちの姿はない。

 マジでどこまで進んだんだ。

 その時、微かに何か聞こえた。


 ……っく


 微かに、しゃっくりのような音が聞こえた。

 急いでライトを使って周囲を照らす。

 通路の横穴、壁にもたれかかるように体育座りする影があった。


「その長髪は、ミゲルくんか!」


 少年ミゲルは、顔をあげた。

 ライトに照らされた彼の顔は、涙でべしょべしょに濡れた頬と鼻水が、彼の不安な胸中を思いっきり表現していた。


「……お、おせぇよ、ババア」

「い、言うじゃん?」


 迷子で泣いていたのを隠すかのような、生意気な言葉。

 少しは素直になるのかと思った私がバカだった。

 まあ、子どもは生意気なぐらいでちょうどいいっていうし、ここは大人の余裕で許してやろうではありませんか。ははは、キレそう。


「リトとシェリルは?」

「知らねえよ。どっか行った」

「マジか。とりあえず早いところ探さないと」


 ミゲルを連れて、さらに奥へ進む。

 左と真ん中の分岐は全て調べ尽くしたが、やはりミゲルの他に姿はない。


「残るは右だけか」


 ひしひしと嫌な予感が募る。リトとシェリルが一緒に行動している事を願いながら、私は残る通路を探す。

 ライトで照らしながら、耳を澄ます。

 背後から追いかけるミゲルは、さきほどの口振りに反しておとなしい。どうやら迷子になった事で、精神的に疲れているようだ。


「リト、シェリル、返事して! ……げほっ」


 もう何時間も叫んでいたので、喉が渇いてヒリヒリする。

 簡単な調査だけするつもりだったのに、その調査すら満足に進展していない。

 これならいっそ、子どもたちを連れてくるんじゃなかった。

 そんな苛立ちを抱えているうちに、段々と進む足が早くなる。


 揺れるライトの光の中、影のようなものが通り抜ける。


「誰だ!」


 ライトの光の中に影がゆらりと戻る。

 それは、やはりあの『キューブ』で構成された人間だった。

 他と違うのは、その頭に当たる部分に据えられた『キューブ』の表面に人のような顔が張り付いている事だろうか。

 まるでレストランの配膳ロボットの液晶部分に人の顔を投影しているような、平面的でありながら立体的な顔。しかし、その映し出された顔には眉毛もなく、陶器のように滑らかな白い肌のうえに、顔の凹凸が影で強調されている。

 不気味で気色悪く見えるのは、不気味の谷というやつだ。


 それは、奇妙な動きを繰り返す。

 進んでは、戻り、また進んでは、戻る。


「おは、おはよ、おは、は、おは、はよ、おはよう、おはよ、おはよう、おはよう、お、は、よ、お、は、よよよよよ、おおおおお、ううううう、ははははは」


 機械的な音声が、狂ったように何度も同じフレーズを繰り返す。


「ほほほ、本日つつつつつ、ささ、さささささいがががががいいいい……情報取得に失敗しました。再度、おためしくださささささささささ」


 月末の容量制限に引っかかった時みたいな音声再生のように、特定の言葉を何度も繰り返す。

 ミゲルは私の服を掴んでガクガクと震えていた。


 私も怖いと思う。

 でも、それよりも、一つの仮説が脳内を占める。


 この変形した『キューブ』も人型となった『キューブ』のように、様々な機能があるのだろうかという疑問。

 変形、連結、音声再生、動画再生。

 ただの金属の塊だと思っていたこの『キューブ』には、何か途方もない技術が込められているのではないだろうか。


 “マレビト”や“異世界”など、私の予想すらしなかった出来事にばかり巻き込まれている。

 それでも、この『キューブ』の技術を解き明かす事が出来れば、あるいは元の世界に帰れるかもしれない。


 ……知りたい。

 そう思うと、止まらないのが人間だ。


「────おはようございます」


 人型の『キューブ』はピタリと動きを止め、私の方を見る。

 ブン、と画面の表示が消えたかと思うと、すぐに顔が表示される。

 それから画面の顔を満面の笑みに変えた。

 ニチャァ……という感じの、生理的嫌悪感を覚える類の笑みだ。


「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。ここは『レオネオ』、新たな友を歓迎します。私の名前はS型六番」


 今度はとても滑らかで、一切の澱みなく言葉を発する。

 『レオネオ』はこの施設の名前なのだろうか。


「知り合いと離れて、道に迷っているんです。見かけませんでしたか?」

「では、館内のシステムを通じて、その方を探しましょう。……館内とのシステムに接続できません。異常を検知。館内のシステムを手動で復帰する必要があります」

「館内のシステムを復帰するには、どうしたらいいんですか?」


 S型六番と名乗ったそれは、人とほとんど変わらないほどスムーズな動きで歩き出す。

 程なくして、他と変わらない様子の壁に手を当てた。

 ガコンと壁が凹む。にゅるりとレバーのようなものが出てきた。


「このレバーを下げてください。そうすれば、館内のシステムが再稼働するはずです」


 無言で怖がるミゲルを背中に隠しながら、私はそのレバーを下げる。

 ばちん、と何かが弾ける音がした。


「……システムの復旧を確認。館内のシステムが再起動しました」


 S型六番の言葉と共に、洞窟の中に明かりが点灯する。

 床や壁の上に様々なアイコンが踊り、経路図を作成していた。


「館内には、総勢四名の方がいらっしゃいます。どうやら、この通路の先にある右に一人、真ん中に一人いらっしゃるようです」

「教えてくれてありがとうございます」

「どういたしまして」


 S型六番は優雅に一礼した。

 そして、体から小さな『キューブ』を外し、それを変形させた。

 金属質の箒だった。箒を手に、廊下を掃き始める。


 気になるところは沢山あったが、まずは子どもの安全を優先しないと。

 ミゲルを連れて、さらに奥に進む。

 程なく進んだところで、ミゲルが問いかけてきた。


「なあ、アレはなんだったんだ」


 アレが何を指しているのかは、明白だ。

 S型六番という存在について、疑問に思わない方が珍しい。


「どうやら、この施設『レオネオ』に長くいるみたいだね」

「れおねお? って、なんだそれ」


 私は足を止める。

 ミゲルの問いかけた意味について考えたが、機転力の足りない頭では答えを導けない。


「……『レオネオ』について、S型六番が話していたでしょ」

「S型六番?」

「自己紹介していたでしょう」


 ミゲルはさらに困惑した様子で私を見る。

 何を言っているのか理解できないという顔だった。


「オレ、アレが何を言ってるのかさっぱり分からなかった」


 今度は、私がミゲルの言葉に困惑する番だった。

 S型六番と私が会話している最中、とても大人しいと思ったら、会話の内容が理解できなかっただけらしい。


「……そうか。アレは『S型六番』という名前で、この施設『レオネオ』というらしいよ。この施設のお掃除や点検を担当しているみたいだね」

「ふーん」


 解説してやったのに、とても興味がなさそうだった。

 イラッとはきたが、ここで怒ってもしょうがないので、まずは居場所が判明した残りの二人を回収することにした。

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