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事前調査って、大事

 事前調査は大事である。

 これは、私が大学のレポートを提出して、個別に教授に呼び出されて丁寧に指導を受けた時に学んだ経験から来ている。

 事前調査とは、何が必要になるかをおおまかに予想しておく事から始まる。


 異世界転移が発覚して早々に託されましたは、この謎に満ちた金属製の立方体。便宜上は『キューブ』と名づけました。

 これの謎を解明する事が、私の課題であるわけですが。

 この『キューブ』の正体が判明しなくてもいいのです。


 ぶっちゃけ、村長の懸念は、村民の不安に行き着く。

 不安に駆られた人間は、とにかく奇天烈になる。

 風邪を治す為にキャベツやネギを頭に巻き始めたり、見るからに普通の壺を幸運への片道切符と思い込んで大枚叩いて買っちゃったり……


 「人は未知を恐れる」

 哲学でも、腐るほど指摘されてきた人間心理だ。

 得体の知れない何かが、知らないうちに、不利益をもたらしてきたら、どう対処したらいいのか分からない。

 だから、怖い。不安になる。影響のないところに放ってしまいたい。見なかった事にしたい。


 その気持ちはよぉく分かる。

 私も、この異世界転移したっぽい事実を見なかった事にしたい。

 しかし、それではマジで何も始まらないのだ。


 なので、この『キューブ』がどういう原理でそこにあったのか、これからどんな具合に見つかるのかを説明できれば、人の不安は……和らぐ、かもしれない。


「コレが見つかった経緯ですか。放牧の最中にそれに躓いて、見つけたという報告を聞いただけですな。その放牧地は村の東にある……あそこの原っぱです。他には見つかってないですね」


 ひとまず、『キューブ』を構成している金属は、私が頭を捻ったところで正体を暴かないので、ひとまず歴史からアプローチをしかける。


「皿とか、壺などはどうでしょう」

「……いやぁ、ワシらが開拓に訪れるまで、人が住んでいる気配は皆無でした」


 村長はゆるゆると首を振った。

 艶消しから、もしかしたら人工物なのかもと疑ってみたが、考えすぎの可能性もある。自然に発生した異世界の金属は、光沢しないのかも。

 う〜ん、これは鍛治職人にお話を聞いてみるべき?

 ノートに追加の事項を書き記す。


 『キューブ』を抱えてあちこち叩いてみたが、叩いた指が痛くなるだけで、特に内部に空洞が存在するというわけではないらしい。

 表面を撫でてみる。特に窪みはなし。

 サラサラしていて、水を弾きそうだ。

 溶鉱炉に放り込まれたり、ハンマーで殴られたりしているらしいが、特に傷一つない。


「ああ、ありました。この国の歴史書、の複製本です」


 村長が私に手渡したのは、羊皮紙を束ねて紐で編んだ一冊の本。

 おいおい、中世の書物か?

 パピルス紙でも考案したら、経済を牛耳れそうだ。


「わあ、普通に文字が読める」


 視覚から入る情報は、どう考えても異世界の言語。

 それでも、脳内で日本語に変換される。

 この感覚は、物凄く『気持ちが悪い』。未知に怯えなきゃ。


「……ほーん」


 ペラペラと歴史書を捲る。

 サッパリ分からなかった。

 とにかく大陸で戦争が起きて、方々に神の民とかいう人間が散らばった事しか書いてない。それも表現が遠回しだったり、詩的な暗喩っぽいのも多い。

 歴史書で『下々の民も知っての通り』という語句が出てくる時点で、信頼性がダダ下がりだよ。奥付もない本とかやばすぎる。編纂者は反省しろ。


 まあ、とにかく、戦争があったらしい事は分かった。

 逆に言えば、それ以外はサッパリだけど。


「それじゃあ、コレが見つかった原っぱからでも探してみようかな。他に何か見つかるかもしれないし」

「お気をつけて。夕暮れには雨が降るかもしれません」

「は〜い」


 村長に見送られながら、私は教えてもらった原っぱを探検してみる事にした。


「ここかあ」


 十分ほどで、目的地に辿り着いた。

 『キューブ』を抱えて歩いていると、村人たちが怪訝な顔で私を見た後で、原っぱの場所を教えてくれたのだ。田舎の人たちはホスピタリティに溢れてるなあ。


「何もないなあ」


 生まれてこの方、都会で生まれて育った人間に牧場スメルは刺激が強い。

 放牧された家畜がムシャって丈の揃えられた原っぱは見通しが良い。だからこそ、何もない事が一目で分かる。


「収穫ゼロか」


 『キューブ』を腕の中でコロコロ転がしながら、原っぱを彷徨う。そうして、少し丈の伸びたところで、不自然な場所を見つけた。

 何かを掘り返した跡がある。それはちょうど、『キューブ』の大きさだった。

 どうやら岩の影に隠れて見えなかったらしい。


「ここで見つかったんかあ」


 改めて周辺を探る。

 この開拓村が出来たのは、五年前。放牧は四年前から始まったらしい。

 四年間も放牧して、つい最近になって『キューブ』が見つかった。見つけたのが若い衆という事は……


 家畜から目を離した先にどっか行っちゃって、慌てて探しに行ったんだな。

 それで、足元への注意が疎かになって、岩影に埋まっていた『キューブ』に躓いて転んだ、と。


 う〜ん、ありえそう!!

 流石の私、こんな少ない手がかりから答えを見つけるなんて天才か!?


「ふふ、つまりこの近くに手がかりがあるかもしれないメイビー!」


 無茶振りされた時は困ったけれど、解決の糸口があるなら話は別だ。

 さらなる手がかりを求めて、私は近くを探す。

 『キューブ』がどこから来たのか、自然物なのか、人工物なのか、それさえ分かればお役目は果たしたも同然だ。


 そして、私は見つけてしまった。


「わ、わーお。こんな、こんな分かりやすい手がかりスポットが実在するなんて……」


 注意深く観察しなければ、まず気づかない。

 地に裂けた場所に潜むように、大小様々な『キューブ』が埋まっていた。

 人の頭ほどあるものは、中のサイズだ。


 あれこれ迷いながら歩いてきたので、そろそろ日が傾く。

 調査はここで打ち切りにして、ノートに要点を纏め、証拠として小さい『キューブ』を掘り起こして持って帰る事にした。

 もちろん、村民を刺激しない為にリュックに入れて、ね。



 パラパラと降ってきた雨に濡れながらも、私は何とか村に戻る事に成功した。

 迷いかけたのは内緒だぞ。大人になって迷子になるのは、恥ずかしい事だからね。


 村の方に戻ると、なにやら村長の家の前の広場で人々が集まっていた。

 村長を挟んでいた岩は、端っこに退けられている。

 代わりに地面は均され、テーブルや椅子がそこかしこに置かれていた。ちょっとしたパーティー会場みたいだ。


 出迎えた村長は、杖を突いていた。


「おお、何か見つかりましたかな」


 広げられたテーブルには、まあ質素ながらに食事が置かれている。しかも、かなりの人数分。


「戻りました〜。なんかそれっぽい手がかり見つけたんで、明日にでも詳しく調査してみます〜」

「やはり何も見つからな……えっ、なんて!?」


 村長が支えにしていた木の杖が、地面に落ちる。

 からんからんと響いた。


「だから、手がかりが見つかったんですよ。でも、時間がギリってたんで、切り上げてきたんです」

「な、なんという……」

「もしかしたら人手が必要かも知れないので、明日とか暇な人がいたら手伝ってもらえると助かりますね。あと、この辺りの地図ってあります?」


 ぽかーんとしていた村長は、慌てて口を閉じてキリッと表情を引き締める。


「な、何を見つけたのか、早く説明してくれ!」

「あ、はい。この謎の金属製の立方体『キューブ』ですが、これが見つかった原っぱから……だいたい東だったかな。そこにコレと似たようなものを見つけました。これっすね」


 リュックから小さい『キューブ』を取り出す。

 村の人々は、私が取り出したものを見て、ひそひそと囁きながら顔を見合わせた。


「皆さんも気になると思うので、明日の朝にでも調査に出かけて、これの正体について探るつもりです。明かり、ロープ、あと鞄なんかを持ってきてくれると助かります。それと、家畜が迷い込んだら大変なので、余裕があれば柵を作ってもらえるといいかも?」


 私の提案に村長が頷く。

 どこか不安な顔をしていたが、手がかりを求めたのは村長だ。まだ分からない事があって不安だとは思うけど、私も同じ気持ちなので頑張ってもらいたい。


 ところで、元の世界に帰るにはどうしたらいいんだろう。


 その後に開かれた私の歓迎会とやらは、何とも言えない微妙な空気だった。

 村人はどこかそわそわしているし、私を遠巻きに見ているだけだ。どう考えても警戒されてる。

 そんな空気感の中で、村長と親しく話すのも憚られて、というか村長は村人たちに囲まれて収益やら建築の話をしていたので話しかけられなかった。

 つまり、ボッチである。


 寂しくなんて、ないんだから。ぐすん。

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