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バカでもできる異世界イデオロギー  作者: 清水薬子
呪い転じて祝福となる
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世界樹の儀式

「皆の者よ。此度の森の異常は、世界樹の異変によって起こった。そこで、村の中から一人、世界樹の世話役を決めようと思う」


 夕食の場にて、村長は厳かな雰囲気で切り出した。

 既に口の軽い妖精たちが村人たちに村に来た経緯を語っていたのか、大きな混乱はない。


「伝承によれば、世界樹と繋がった者は悠久の時を生きるという。その名誉を預かれるのは、ただの一人だ。森と共に生きたいと願う者はいるか?」


 村人たちが素早く目配せをする。

 生贄を決めているのか、あるいはお互いに譲り合っているのか。結果は後者だった。


「村長、お願いです。どうかうちの倅を世話役に選んではくださいませんか?」


 立ち上がって頭を深々と下げるのは、口数の少ないバールドットだ。

 木こりを生業としている事ぐらいしか知らない。


「うちの倅は体が弱く、すぐに熱を出して寝込んでしまいます。世界樹の世話役になれば、人並みには生きていけるかもしれません。どうか、どうかお願いします!」


 世界樹の世話役になる事は、そんなに名誉な事なのか。

 世界樹と一つになるという事が何を意味するのか、妖精たちに聞いてもしっかりとした答えは返ってこない。一抹の不安がずっと胸の中を渦巻いていた。


「エドを世界樹の世話役にする。すぐにでも取り掛かるぞ!」


 村長が下した決断に村人たちは興奮していた。

 連れてこられたバールドットの息子を初めて見た私は思わず口を噤む。

 痩せこけた頬に欠損した四肢、虚な目。

 病院に連れて行かなければ、明日にでも死んでしまいそうなほどに衰弱した五歳の子どもがいた。


「エドは、この開拓村に移住した時に生まれた子です。環境がきっと悪かったのでしょう。一人では生きていけない体になってしまいました。今、村は食料の備蓄に余裕があるからエドのご飯を減らさずに済んでいますが……」


 そこにあったのは、切実な貧困事情だった。

 残酷な平等と徹底した実力主義は、社会的弱者に牙を剥く。

 大学の人権論の講義で習ってきたはずだった。


「世界樹の世話役にエドが務まるのでしょうか」


 私の問いかけに村長は静かに答えた。


「務めてもらわねばなりません。それが、あの子と家族の為なのです」


 憂いを帯びた村長の横顔から私は視線を外し、妖精に儀式の手順を乞う村人たちを眺めた。





 粛々と世界樹の儀式が整えられた。

 村長が開拓村に持ってきた葡萄酒の瓶が開けられ、器に並々と注がれる。群がる妖精たちが葡萄酒に鱗粉を落としていく。

 微かに歌が聞こえる。

 妖精たちが歌っているのだ。


「では、これより世界樹の儀式を執り行う。エド、前へ出なさい」


 バールドット夫妻が子どもを抱えて前に出る。

 妖精に導かれながら、エドは酒を口に含み、嚥下する。

 その体が、柔らかな金色の光に包まれた。


 虚な双眸に光が灯り、肌に血の気が差す。形成不全を引き起こしていた手足が、年相応の筋肉と骨を持ったものへの変化する。


 生まれながらの身体の欠損は、スキルでなければ治らない。

 これには、いくつもの諸説があるけれど、私は遺伝子的疾患は治らないというふうに解釈している。魔法での治療は、あくまで治癒力を魔力で補っているとしているから。欠けたものはゼロから生み出さなくてはいけない。そして、それは奇跡の所業だ。


「奇跡……」


 目の前で起こる事を、その一言以外に表現する術を私は持たなかった。

 子を抱いて咽び泣くバールドット夫妻の声が村に響く。


「わあ、世界樹が喜んでる!」

「久しぶりのコネクターだもんね」


 空気を読まない妖精たちが呑気にお喋りに興じる。

 人間の体には、魔力やマナを認識する器官がない。残念ながら目にする事はない、と私は思っていた。


 ふと、空を見上げる。

 血のように赤い夕焼けに染まった空に、半透明の金色の巨木が枝葉を広げて雲を抱いていた。


「あ、あれ、は……?」


 村人たちも空を見上げて目を丸くする。どうやら私以外にも、あの世界樹は見えているらしい。


「すごぉい、世界樹が進化したよ!」

「進化した! 進化した!」


 興奮した様子で叫ぶ妖精を捕まえ、話を聞く。


「世界樹が進化したって、どういう事?」

「さあ?」


 妖精はするりと指の隙間から逃げ出してしまう。

 もう一度、捕まえようと伸ばした手が金色に包まれている事に気がつく。


「これは……?」


 世界樹の根が、全てに伸びている。

 そう、全てだ。


鑑定(タクソ)


 マギノキューブで数値化された己のバイタルを確認する。

 全ての値が二倍に跳ね上がっていた。

 何が起きているのか、私には理解できなかった。


「ハルカ。エドが呼んでる」


 服の裾を引っ張るシェリルに連れられて、私はエドの元へ向かう。

 そこには、半透明の金色の葉や蔦に包まれたエドがいた。


「ハルカさん、世界樹から言の葉を伝えましょう。此度の儀式は、異界渡りたる“マレビト”の貴女なくして成功はなかった、感謝を伝えたいと申しましょう」


 幼児とは思えない言葉選びに毅然とした態度。

 本当に儀式を成功させて良かったのかと一抹の不安が過ぎる。


「ご安心を。この少年の体を一時的に借りているに過ぎません。この会話を終えれば、すぐにでも返しましょう」

「……では、あなたが世界樹だと仰るのですか?」

「正確には、世界樹の思考を人に調整したものです。コネクターたる種族に語りかける事はあれど、ここまで調整したのは初めての試みでしたが」


 エドもとい世界樹は微笑みを浮かべる。


「コネクターを失って千年。枯れゆくばかりの我が身をここまで持ち直せたのは、スキルを持つ貴女がいたからこそ。命を救ってもらった恩は返しましょう。我が妖精たちは、貴女たちの頼みとあれば喜んで聞くはずです」


 エドが私の手を取った。

 ひらひらと妖精が私に近づく。水の妖精リリーだ。


「我がコネクターは、その内に世界樹の苗を宿します。そして、それは妖精の棲家となる……」


 私の手首から半透明の金色の蔦が生える。世界樹の苗といわれたそれにリリーがはしゃぎながら掴まった。


「世界樹たる私が進化を続ければ、この地は繁栄します。そして、新たなる世界に種子を落とし、他世界と根で繋がる。その先にきっと貴女の故郷もあるでしょう」

「っ!」

「世界は巡り、命は輪廻します。一時の別離はあれど、永劫の別れは存在しません。人の子、“マレビト”のハルカよ。諦めない限り、生は続くのです」


 世界樹の言葉に私は目を見開く。

 静かに微笑んだ世界樹は、少しずつその輪郭を失う。

 倒れかけたエドを抱き止め、呼吸している事を確かめる。


「寝ているだけだよ、みんな。きっと疲れているんだ。休ませてあげよう」


 バールドット夫妻にエドを預け、その日はお開きとなった。

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