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バカでもできる異世界イデオロギー  作者: 清水薬子
呪い転じて祝福となる
13/14

新たなるトラブル

 布が村に行き渡るようになってから数日。

 昼間は村人たちに狩りを教え、夜はマギノキューブの作成に取り掛かっている。

 村の見回り隊が一日に一体、多くても二体ほど村の近くを徘徊している獣を仕留めて持ち帰ってくれるので、魔石を回収して加工するのが私の仕事だ。


 実際にマギノキューブを作れば作るほど、魔導工学というものに感心する。

 根底にあるのは、魔法や魔術に使われたルーン文字だ。

 それらの相性を計算し、効率を考えて配置する。

 設計図の通りに作成しているのだが、これがなかなかに手間のかかる代物だった。

 なにしろ、用途によっては、中身がパソコンやスマホに負けず劣らず複雑になる。設計図やルーン文字そのものが違うので、知識が役に立つとは限らない。


「ハルカ、何してるの?」

「マギノキューブ作ってる」


 手元を覗き込むシェリルに答えながら、私は魔石を加工して作った魔鉄鋼に一つずつルーン文字を刻んでいく。

 今回、私が作るのは、感知すると紐づけたマギノキューブに通知が行くセンサーである。

 畑の近くに設置すれば、見回り隊の負担が減るのではないかと考えて、作成に至った。

 元は地雷として運用されていたらしいが、動きを感知する機能は他にも応用され、扉を自動で開けるレオネオのような技術に転用されたらしい。


「この古代技術、やっぱすごいなあ……」


 前提知識がなくとも、説明書の通りに作るだけで恩恵に預かれる。

 『望むのならば、万民に自衛の術を』

 それが魔導工学の根底にある信念であり、全てに通じるコンセプトだ。


 ただ、魔導工学も万能ではない。

 “マレビト”に関する資料は探したが見つからなかったし、元の世界に帰る方法もなかった。

 魔導工学は、あくまで平民の観点から暮らしに必要となるものを効率化するもの。戦闘や生産など多岐に渡るが、その反面、暮らしに関係のないものは研究されていない。


「こんなに凄いのに、どうして今までみんな知らなかったんだろうね」


 シェリルが呟く。

 それは、私が長らく疑問に思っている事でもあった。


「う〜ん、大昔にこの辺りで大きな戦争が起きていたみたいだね。もしかしたら、その影響で失伝……教える余裕がなかったのかも。そのうちみんな忘れちゃったって感じかもね」

「こんなに便利なのに、変なの」


 スキル時代、魔法時代、魔導工学時代、そして現代。

 村長が見せてくれた歴史書は、おそらく魔導工学から現代の間に起こった戦争を指していると思う。その戦争の影響によって、魔導工学は廃れ、人々は安定した古の技術に頼った。

 あるいは、魔導工学を恐れた魔法王が殲滅したのかもしれない。


「ふい、完成した。昼間から取り掛かって、夕暮れに完成か。先が思いやられるなあ」


 凝った肩をグルグルと回す。

 空を見れば、もう日が傾いていた。血のように赤い空に炊飯の湯気が昇っていた。


「さ、夜の見回りに向けて腹ごしらえでもしますか」

「今日は私たちも見回りするんでしょ」


 シェリルの言葉に頷く。

 朝方の村会議にて、徹夜で見回り隊を担当する男たちの負担を減らす為、他の面子も交代で見回り隊を担当することになった。

 マギノキューブがあるとはいえ、緊張で心臓が破裂しそうだ。


「ハルカは水属性だからいいよねえ。炎は危ないから使うな、だってさ」

「火事になると大変だからね」


 ぼやくシェリル。

 水属性の魔法というと、ゲーム的な感覚でいえば、回復や補助のイメージがある。しかし、この世界だとかなり攻撃的なのだ。

 水矢しかり、その他の魔法も生き物の体に作用し、破壊する効果のあるものが多い。

 意外なのは、炎属性の魔法は治癒や補助系の効果がある事である。敵を焼き払う事も可能ではあるが、風や土に並んで汎用性が高い。


「私からしたら、土属性の方が便利そうだけどなあ」

「リト、畑に連れ回されてるもんね」


 畑というものは、栄養のある野菜を育てれば育てるほど、地中の栄養素がなくなっていく。別の野菜を育てたり、耕したりはするけれど、やはり回復に追いつかないので、休耕地を設けるのだ。

 そこで活躍するのが土属性の魔法。

 畝のphや栄養状態をある程度、操作できるのだ。流石にゼロから栄養を作り出す事はできないが、雑草を発酵させて作った肥料を使って、元気のない野菜に栄養を行き渡らせる事ができる。

 おかげで野菜の育ちが良いと村人からは評判で、マギノキューブの需要は鰻登りだ。レンダ婆を筆頭に勉強会が昼頃に開かれている。



 夕食を済ませ、マギノキューブを分配して見張り役になる。

 村の中央に作った高台から、四方を監視するのだ。


「な、なかなか高いな……」


 下を見れば、思わず目も眩むような高さだった。

 軽く四メートルはあるだろう。

 視界は十分に確保できている。


 そして、日が地平線に沈むと同時に、青白く冷たい月がゆっくりと昇る。

 どこからともなく霧が湧き出し、辺り一体を覆っていく。


「夜になると、少し冷えるね」


 少しゴワゴワした生地の生成りのジャケットを羽織る。

 染料の備蓄が心もとなかったので、キノコ本来の色味を活かした自然との調和溢れるカラーリングだ。環境保護活動家もこれには思わずニッコリ。


 シェリルと他愛のない話を繰り広げながら、村の様子に気を配る。

 頼むから獣たちには大人しくしていてほしい。

 地上には男たちの見回り隊がいるとはいえ、獣が村に入ったら、いち早く察知して鐘を鳴らさないといけない。責任重大。


「何も起きませんように」

「私はもっかいハルカの魔法がみたいなあ」

「他人事だと思って軽々しく言うなあ」


 大猪を討伐できたのは、偶然が重なったからだ。

 たまたま機能を確認した直後で、攻撃にも使える事を頭の片隅に覚えていたからこそ、とっさに防御や反撃ができた。

 ほんの少しでも反応が遅れていたら、見事に四人の死体が一日で出来ていた可能性だってあった。

 あんな怖くて痛い思いはごめんだ。



 視界に広がる畑と村を眺めていると、霧に紛れて森から飛び出した何かが一直線に駆ける。


「シェリル、鐘を鳴らせ!」


 私は素早く指示を出し、オリジナルのマギノキューブを掴む。


(リヴァレンチ)水矢(アグゥアサーゴォ)!」


 付け焼き刃の練習で教えてもらった弓に魔法の矢をつがえ、素早く動く獣を狙って撃つ。矢は獣の足を僅かに掠った。

 それだけで十分だった。

 獣が一体、地に倒れる。傷口から入り込んだ魔力が、その体を内部から破壊し、死に至らしめる。


 その亡骸を踏み越えて、他の獣たちが我先にと駆ける。

 霧の中から姿を現した獣たちは、一直線に村を目指していた。

 急拵えの柵に体当たりを繰り返す様は、異様である。


 ガランガランと鐘が鳴る。

 少なくとも、私がこの村に来てから初めて聞く音だ。


連なる(シンセークヴァ)水矢(アグゥアサーゴォ)


 引き続き矢を打つ。

 三連の矢は、全て命中した。

 いきなり三体の獣が倒れても、獣たちは柵への体当たりを繰り返す。逃げる素振りはない。


「なんだ、あれ……」


 獣たちの体から噴き出すのは、血ではなく何かヒラヒラとして風に揺れるもの。

 霧に紛れたそれを、なんとか視界に捉えた。


「木の葉……?」


 柔く金色に光る木の葉が、風に舞う。

 すぐに視界が金色に覆われる。凄まじい量の木の葉が、見張り台にぶつかる。


「わぷっ!」


 木の葉の勢いは留まるところを知らず、いつまで経っても私の体に纏わりつく。

 やがて、私の耳に飛び込んできたのは、風の音よりも耳障りな小さく甲高い翅が擦れ合うような音。


「魔法使いだ!」

「魔法使い! 魔法使い!」


 その中に、子どものような声が聞こえた。

 あまりにもたくさんの声が重なっていたから、羽虫のさざめきかと錯覚してしまうほどだ。


「ええい、うるさいぞ!」


 叫ぶと木の葉がバッと離れた。

 偶然にも掴めた木の葉を睨みつける。

 そこにいたのは、なんと虫のような翅の生えた小人だった。

 大きさは中指ほどしかなく、細い手足がジタバタと暴れていた。


「およ? 巨人さん、もしかして言葉が喋れるの?」

「まあね。それで、君たちは誰なのかな」

「妖精! あたしはね、リリーっていうの! お水の妖精なんだよお!」

「あの獣たちは、君たちの仕業か?」


 残念美少女の雰囲気の妖精が、ぽけーっと首を傾げる。


「ワンワンさんとフゴフゴさんのこと? えへん、あたしたち妖精はお友だちを魔法で操れるのです」

鑑定(タクソ)


 手の中にいる妖精とやらを調べてみる。

 どうやらこの世界の妖精は、自然の魔力に自我が芽生える事で生まれるようだ。人と似た思考回路を持ち、自由に飛び回っては、気まぐれに魔法を使う。大自然などを好む傾向にあり、近くに世界樹『ユグドラシル』を見かけやすいという噂もある……


 うーん、曖昧だなあ。

 獣たちの狂乱ぶりを見る限り、どうやら妖精たちは獣を操る事ができるらしい。


 チラリと下に広がる景色を見る。

 見回り隊が残っていた獣を追い払っている。

 大丈夫そうだと判断し、私は妖精の事情聴取に取り掛かった。


「で、なんでこんな事をした?」

「んっとね。えっとね。あたしたちのお家がね、病気になっちゃったの!」

「お家?」

「おっきい木をね、お家にしてるの! そのお家が病気になっちゃったから、お引越しするの!」


 詳しく聞けば、妖精たちがお家としている世界樹がここ最近は元気がなく、幹もボロボロになったらしい。

 なので、新しいお家を探すべくふらふらと散歩していたら、少し前にこの村を見つけたらしい。

 ここにみんなで住もうと決め、大引越を計画したそうな。

 巨人は獣を怖がるから、たくさんの獣を村に放てば無事にお家が手に入ると思ったらしい。


「村にある家は、人間用に作られたものだよ。妖精が住むには、かなり不便だと思うけど……」

「じゃあいらな〜い!」

「な、なんて傍迷惑……!」


 私は絶句した。

 物件の内覧もせずに不動産から鍵を奪うかのような所業を平然と行う妖精に開いた口が塞がらない。

 ここで追い返してもいいが、後々になってまた『巨人さん追い出し計画⭐︎』とやらを実行されても困る。


「リリーさん、その世界樹をどうにか出来ないか考える時間を貰ってもいいかな?」

「みんな〜、魔法使いさんがお家を治してくれるって〜!」


 あちらこちらからわーいと喜ぶ声が聞こえる。

 どうやら、妖精はかなり自由奔放な性格をしているらしい。


「ハルカ、アレはなんだったの?」


 きょとんとした顔で私の手元を覗き込むシェリル。

 妖精の言葉と人間の言葉は違う。

 言語理解のスキルがある事をついつい忘れそうになってしまう。取り急ぎ、簡単に判明した事実を伝える。


「妖精だってさ。家がないから獣を使って村に来たらしい。とにかく、獣たちがこれ以上こちらに来ないように説得する」


 自由気ままな妖精がどこまで人の話を聞くか。

 ひとまずリリーからさらに詳しく事情を聞いていく事にした。


 世界樹とは、厳密には木ではないらしい。

 いくつもの生態系が混在する自然の中に発生した魔力がある種の自我を獲得し、魔力の濃度を維持する為に森に根を下ろしているらしい。

 どちらかといえば、生態は菌糸類に近い。

 森の環境を世界樹が守り、世界樹を森が支える。

 その世界樹が病を患ったとなれば、棲家としている妖精や森に多大な影響が及ぶ。最悪の場合、森が枯れ果ててしまい、周辺の土壌に深刻な影響が発生する事も否定できない。


 朝日が眩しいなか、早くも疲労でふらふらする頭を叩いて意識を叩き起こす。


「世界樹の病を治さなければ、森はより問題を引き起こす可能性が高いと思われます」


 私の報告を聞いた村長は険しい顔で考え込む。


「世界樹の病を治せる者など、この村におりますかな」


 世界樹に詳しい者なんていない。

 魔力は魔法などの分野になるので、その塊である妖精や世界樹になると専門的な知識が必要になる。なので、魔導工学でも概要ぐらいしか説明がないのだ。


「病気の名前が分かれば、解決できるんですけど……」


 苦い顔でマギノキューブ内の図書館に何か見落としはないかともう一度検索をしてみる。

 その時、妖精が口を開いた。


「ん? 世界樹は病気じゃないよ。寿命なんだ」


 村長と私は妖精をじっと見つめた。

 リリーは確かに私に『お家は病気』と言ったし、私が調べている間も否定はしなかった。この場に連れてこようとしたが、飽きたからヤダと何処か行ってしまったので、少し頭の良さそうな顔をしている妖精を代理で捕まえてきた。


「……それは、どういう事かな? 人間にも分かるように説明してくれるかな?」


 思わず声が低くなる。

 ただでさえ余計な損害を被っている最中であり、解決に向けて徒労と無駄骨を折っている。気まぐれで脈略のない会話を繰り広げるリリーから話を聞くだけでかなり苦労したんだ。


「任せろ。俺っちは人間と契約をした事がある。人間には詳しいんだ! いいか、世界樹は三百年ごとに寿命を迎えて脱皮する」

「お、おお……脱皮か……」

「その時に、必ずこの世界の生き物と一つにならないといけないんだ。そうじゃないと、脱皮が出来なくなって、死んじゃうんだ」


 異世界の生き物だ。常識を当てはめる方が間違っているのかも知れない。


「世界樹と一つになったこの世界の生き物はどうなるんだ?」

「『コネクター』になるんだ。世界樹の声を聞いてお世話をする。とっても長生きできるから、エルフや人間たちは喜んで儀式に参加するよ」

「……じゃあ、どうして世界樹は枯れかけてるの?」

「儀式に参加できるほど頭の良い奴がいないんだ。だから俺っちたちも困ってるってわけ」


 獣たちを魔法で操り、乗り捨ててきたような連中だ。

 私は妖精たちを何一つ信用できない。


 村長に妖精の言葉を翻訳し、少し釘を刺しておく。


「村長、このように妖精の話は二転三転します。信じるのはいささか熟慮するべきかと愚考ながらに申し上げます」

「にてんさんてん? じゅくりょ? ぐこ〜?」


 人間と契約したという妖精は、難しい言葉に首を傾げる。

 村長はどこか生温い笑みを浮かべて、少し考える時間が欲しいとだけ告げた。


 村長の家から出て、妖精を解放してやる。

 本人は捕まっていたという自覚もないのだろう。小さな笑い声を残して、ひらひらと風に攫われてどこかへ消える。


「ハルカ!」


 声変わり最中の不安定な声音で名前を呼ばれたので振り返る。そこには、興奮した様子のミゲルがいた。

 両手をぶんぶんと振りながら、手に捕まえた妖精を見せびらかす。


「ハルカ、見てみろよ! 妖精だぜ! 契約するのに何が必要なんだろうな?」

「妖精と契約するのは大変だぞ」


 妖精はするりとミゲルの指の隙間から逃げ、鱗粉だけを残して姿を眩ます。

 気落ちする反抗期少年に私は問いかけた。


「ミゲル、どうして妖精と契約したがるんだ?」

「妖精と契約した冒険者の話、聞いた事ねえの? 妖精と契約すれば魔法使いになれるし、寿命も延びるんだぜ!」

「なんて安直な……」


 私の直感がヒシヒシと告げている。

 妖精は、無邪気で残酷だ。人間と価値観が違う。

 だが、村は妖精の来訪に沸き立っていた。

 もともと村に祭りや娯楽は五年近くなかった。開拓の為に汗水流していた上に、ここ数日の厳戒態勢でストレスを募らせていた。妖精という珍しさに興味が勝ってしまったのだろう。


 村長の決断が下されたのは、夕食の場だった。

古の時代、極悪フェアリーテイマーというキャラで仲間たちと暴虐の限りを尽くした経験があるので、妖精を神聖視できない病を患っています。タスケテ……


気が向いた時にでも感想やブクマ、ポイント評価をしてもらえるとモチベーション維持に繋がります

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